ノア君
第13話
小さい頃は、よく手をつないでた。
好奇心旺盛で猪突猛進。周囲状況なんて気にせず心の命ずるまま衝動的に動き回る私のストッパーになってくれたのがノア君で、道路の向こうにある消火栓に気を取られて車道に飛び出したり、スーパーボールを追って犬のゲージに手を突っ込もうとしたり、水深の浅いビニールプールに水泳競技張りに頭から飛び込みキメようとしたり……。
後から考えると本気で危険だったって思うんだけど、ついやらかしてしまうわけデス。
そういうわりと命の危険がピンチな場面でいつもノア君は握った手を引いて私を引き留めてくれた。
考えれば洒落にならないやらかし未遂ばっかりだったけど、
「ノア君がいてくれると迷子紐いらずだねぇ」
とかなんとか暢気に言ってたっけ……。
事実、おかげさまで彼と一緒の時には迷子紐の装着率は低かったように思う。
小学校に入った頃にはたいがい少し落ち着いてそれほど突飛なことはしなくなったけど、ノア君はしばらくのあいだ、私の落ち着きなど信用ならないとばかりに外へ行く時とか、危険物が周囲にある時なんかにはしっかりと私の手を握ってくれていた。
私はもう大丈夫なのに……って思いながらも、大好きなノア君と手をつなげるのは嬉しかったから、文句もなんて言わないでおとなしく小さな子ども扱いに甘んじてた。
手を繋ぐのを辞めたのは、たぶん小学二年生になった頃だ。
はっきり覚えてる。学校近くの公園で写生大会があった時、私が芝生から立ち上がるのをノア君が手を引いて手伝ってくれたのを見た同級生の男の子達が
「ひゅーひゅー!」
と、からかい出したのがきっかけだった。
最初は男の子だけが騒いでたのに、翌日には女の子達まで便乗し出したのはたぶん、私に対するやっかみも混ざってたんだと思う。
お人形みたいにキレイな顔した美少年ノア君は、どうしてか、私以外の子たちとはあんまり係ろうとしなくて……って言うか、話しかけても素っ気ない反応しかしない。表情だって動かない。
なのに私に対しては割とフツウで、しかも世話焼き。家も隣同士の独占状態。
そりゃ、面白くもないよね。
私の場合は出会いから
「
なんて言われちゃったから、それで面倒を見てくれてるのもあったと思うんだよ。
同じ幼稚園出身の子とか私と仲のいい友達だったら、ノア君が人見知りなこととか、私に引きずりまわされて渋々っぽくはあっても一緒に遊んでくれるツンデレさんだって分かってくれてたんだけど……。
私としてはホントのところ、からかわれるのなんて屁でもなかった。ただ、私の世話を焼いてくれたせいでノア君が同性の男の子達にからかわれたのが申し訳なくて。
……それで、手をつなぐのを控えるようになったんだった。
以降は、運動会の入場の時や手つなぎ鬼とか遊びの中でとか、授業でフォークダンスを踊るとかの時くらいしか手を繋いだり接触したりする機会なんて無くなった。
いや、ずっと仲は良かったんだけどね。だって私、ノア君のこと大好きだったし。
一部女子の目は突き刺さって来たけど、それくらいは平気。なにしろ私は
あ、ノア君も嫌々っぽく見せかけてそれなりに楽しそうにしてたから、そこは無問題。
だいたい私と一緒じゃないと人の輪に入ろうとしないノア君は私とセットに近しい周囲や先生たちは思ってた節がある。
じゃなきゃ、それなりにクラス数のある学校で六年間一度もクラスが別れないなんて、そうは無いはず。
中学校に入ってからなんて、もっと
用事があってポンっと肩叩いたり、消しゴムの貸し借りでちょっと指先が触れるとか、小学校の時と同じく授業でのフォークダンス程度。
オクラホマミキサー踊っててノア君の手前で曲が終了した時には、いつの間にか二人の間に開いた身長の差を呪った。背の順に並ばせずに五十音順でいいのではないかと提言したい気持ちで一杯だった。
ちなみにマイムマイムはなぜか男女別に踊ったから論外。ただでさえ世界の状況がすごい勢いで悪化して、学校も休校が多くなってた中であれは酷い仕打ちだと思う。青春はたった一度しかないし、その先だって長くはなかったのに結局フォークダンスで手を繋いだのたった一度きりだった!
まあ、それなりに青春めいたことはしてたけど。
たとえば、私が
別のクラスの女子達に放課後視聴覚室に呼び出されて
「どうしてあんたみたいなのがノア君を独占してんのよ図々しい。離れろ」
と、罵られてみたり。
ノア君に交際をお断りされたらしい下級生の女の子と仲間達にクラスまで突撃され
「先輩が彼女を作れないの、アンタがず~っと張りついてるせいって聞いた。先輩がカワイソウ」
とか、泣きながら叫ばれてみたり。
……年齢的に恋愛に興味が行くお年頃だし、ノア君は顔が良いだけじゃなく運動も出来て神童と言われるほど頭も良かったからモテるのも当然で、その隣りに張り付いてる凡人幼馴染の私が目障りに思われるのも無理はなかったかもしれない。
でも私は睨まれたからってて身を引いたり、何かされて黙って耐えてるような弱腰な気持ちなんて毛筋ほどもない。
私はマゾじゃないから何かされて黙ってる趣味なんてないし、いびられて身を引くってその程度の気持ちってことだと思う。覚悟が足りない。
だから私は、上級生のお姉さんからのお手紙には
『名前も言えない相手と話はしたくありません』
ってお返事を呼び出された場所に前もって置いておいた。
二度目に靴箱に入ってた署名入りの手紙はその先輩の担任の先生に渡し、前回の経緯をお知らせした上で何の用事か先生経由で知らせてくれるようにお願いしてみたけど、残念ながらそれ以降、返事は来なかった。
偽名だった可能性もあると思ったんだけど、本人の名前での手紙だったらしいことにちょっと感動した。
視聴覚室に呼び出された時は、三分くらいしたら迎えに来てってノア君にお願いしてから向かったんだけど、私が取り囲まれ罵られているって言う神がかったタイミングで彼が入って来てくれた。
……あの時の彼女達のうろたえ方には、正直、驚いた。
ノア君に見聞きされたらこまるような事したのそっちなのに、変なの。
だって、私は彼の隣りに住んでて仲のいい幼馴染なんだよ?
こういうコトあったんだよ~って私の口から伝わる可能性だって高いのに、どうしてそこを考えなかったんだろう。
ああ……そうだ。あの時も私は彼と手を繋いだんだ。
視聴覚室に入って来たノア君が
「何してるの? どうしてこいつら
って言いながら、私の手を引いてその場を連れ出してくれて……ノア君……ちょっと怒ってたよね。
今度からなんかあったら自分に教えてって言ってくれたけど、彼女達からは私に直接のアクションはなく……油断してたら、どうやら下級生にあること無いこと吹き込んでたみたいで、突撃事件があって……。
あの子たち、本人がいる前で『カワイソウ』ってさ……一体どんなことを吹き込まれたんだろう。
「明花がいてもいなくても、キミらとは絶対付き合わないから可哀想じゃないよ。安心して」
って、ニッコリ笑顔でノア君は言ってた。
アレも……けっこう
じわっと怖かったし、私の為に怒ってくれたのが嬉しかったけど……本当は、私がいるから付き合わないって言ってくれたらいいのになって、ちょっと、そう思った。
私と彼は一緒に学校に行き帰りした。
頭のいいノア君に勉強を教えて貰った。
お礼にお菓子を作って持って行ったり、ノア君のお父さんが仕事で殆ど家を空け始めた中学入学後からはウチで一緒にご飯食べたり、私がノア君の家に作りに行ったりしたてた。
ちっちゃい頃から本当に長い時間を二人は一緒に過ごしてて……。
あんまり私があからさまにノア君のベッタリで、ノア君も嫌な顔しないで私の面倒を見てくれるから、お母さんとかおじいちゃんは
「この子のことお嫁に貰ったげて、一生面倒みてやってよ~」
なんて笑いながら言ってて、ノア君も
「……明花ちゃんが生きている間、ずっと一緒にいたいと思います」
なんて、それは冗談だったのかもしれないけど、そう、答えてくれて……。
高校は、必死に勉強して同じ学校になんとか受かったけど結局、急激に『世界の終わり』に向けて何もかもがグズグズと崩れ出したせいで殆ど行けなかったから、高校の思い出は全然ない。
小学校二年生以降高校生になるまでの間、手を繋いだ数は数えるほど。
キスなんて当然してないし、抱きしめられたりしたのなんて……それこそ最後の最後、フラフラで死にそうだった時に支えて貰ったくらい。
私とノア君は彼氏彼女な関係にはなかったけど、ただの友達とか幼馴染とか言うものでもなくて、家族みたいだけどそれともなんか違って、やっぱりちょっと彼氏彼女な感じに近くって……。
ずっと近くにいてくれた。最後までそばにいてくれた。
大好きだった。
たぶん、向うも憎からず思っていてくれてた。
結局、なにを言いたいかといえば、私達は清く正しく健全な間柄だったってこと。ノア君は優しくて紳士だったてこと。
間違ってもノア君が私に向けて
「伽を命じる」
なんて、言ったりしない。
絶対に言わない!
言うわけが無い!!
それなのに……。
思い出した。
世界の終わりとか人生の終わりが迫っているからって辛気臭い話をするのが嫌で、ノア君が生まれ変わったら何になりたいって聞くから、最後の数日間に私が彼に語りまくったあの一連の中二臭い妄想話。
異世界冒険ファンタジー中二妄想設定盛りまくり盛りもりヒロイン冒険譚はまだいい。あれはまだ、自制の効いた妄想だった。
だけど後半、ホントにフラフラで、苦しくて、目の前が暗くなって来て、ボロボロになってからの部分は半分以上中二妄想ってより、片足踏み込んでるあの世への憧れ描写だった気がする。自制の効かないだだ漏れの欲望だった。
天空の白亜のお城で私を迎えてくれる王様がノア君だったらいいって思ったのに、それを言うのがなんだか恥ずかしくて、とっさにいかにも
ええ、はい。
オレサマヒーローに無理やりキャラクターの違うノア君を投影して、妄想してましたよ。
それがなにか!?
思春期の乙女ならままならない現実を
───だからどうした!
私はキレるよ、逆キレるよ。なにしろ、恥ずかしいから!
恥・ず・か・し・い・で・す・か・らーっ!!
天国でも、生まれ変わった後でも、ノア君と一緒にいたい。また会いたいって、言えばよかったんだと思うよ。
でもね、言えなかった。
それを言ったらきっと、彼のこと困らせちゃうと分かってたから、言わなかった。
だって、たぶんノア君は、
小さな頃からノア君は頭が良くて、理性的だった。母親がいない父子家庭だからしっかりしたとか、頭の出来が良いとかってレベルじゃなくて、なんか……そう、まるで、子供の身体に大人が入ってるみたいだったんだよ。
天空城の王様の話をしたのは、私が
いくつもの火山が噴火して、ひび割れた地面からは有害ガスが噴き出してた。あちこちに核ミサイルも落ちてたって。
私は有害ガスのせいか、それともひどく被ばくしてるのか、息も絶え絶え、もう目だって殆ど見えていない状態。
だけどノア君の呼吸に乱れはなくて、私を支えてくれている手は力強いままだった。
安全な場所を求めて二人でさまよってる間に、道端で亡くなってる人達をたくさん見た。
なるべく私にはそう言う場所を見せたくないらしいノア君は、銀色の丸いのに向かって有害ガスの濃度の低い場所と安全なルートの確認と同時、遺体の少ない道筋を訊ねたり、場合によってその撤去を指示していたりしたけど、それでも急ぎの時には間に合わなくて、何度も道の端とか物陰に倒れている遺体を見た。
あのまあるいの、なんなんだろうってずっと気になっていたよ。
むかしは銀色の風船だって思ってたけど、すごく便利な物だよね。
小さい頃からずっとノア君の部屋とかじーっと見てたせいか、時々あの丸いのが彼の家の周りにフっと現れて窓から入ってくのを見かけることがあったんだよ。
なんか、そう言うの何度も見てるうちにね、ノア君はどこか遠い場所から来た、私達とは違う何かなんじゃないかって思うようになってたんだ。
だから、私や世界中の人が死んでも、たぶんノア君は死なない。
死なないんなら、同じ『あの世』とか『来世』とかには行けないよね……。
それなのに、来世の
「ノア君じゃないのにノア君の顔で、そー言うこと、言わないでッ!!!!」
───と、私は目の前にいるノア君もどきに大きな声で喰ってかかっていた。
続いておでこの辺りにガツンと衝撃が走る。金色の髪の王様が、顎の下を押えてよろよろと何歩か後ずさるのが見えた。
どうやら私は『壁ドン』体勢から抜け出すために、無意識にジャンピング頭突きを王様にお見舞いしてしまったようだ。
今までの自重は一体なんだったのか。『
脳内を真っ赤に染めていたモノが、私の顔までもを真っ赤に染めている。
恥ずかしい。
腹立たしい。
恥ずかしくてたまらない。
ムカついて仕方ない。
だいたい何がムカ恥ずかしいって、ノア君が言うはずのない言葉を言わせたがってたのは自分だったことに気づいたら、そりゃあムカムカして恥ずかしいに決まってる。
私は最後までノア君に好きだって言わなかった。
好きだと言って欲しいとも言わなかった。
なのに、なんなのこの状況は?
世の中のお兄さんお姉さん達がエロ本とか特殊性癖画像フォルダを家族とか誰かに発見されちゃうのは、隠し方が甘い自分の未熟って部分もあると思うんだよ。詰めの甘さが招いた悲劇だよ。
けど、言葉にしてもいない頭の中の妄想を、こんな風に勝手に現実化されるなんて……それってどんな羞恥プレイ!?
私にそんな趣味ないからね。
そーゆーのは頭の中で想像して、キャ~って悲鳴あげながらもだもだしてるのがいいんであって、リアルで経験したいわけじゃないんだから。
「ノア君は、そんなこと言わないっ!!」
だいたいにして、私の大好きだったノア君は、女の人に、と……と、と、『伽』とかっ、そんな失礼な事をいったりしないもん。
絶対に、そんなこと言わないんだからっ!
恥ずかしくて、ムカついて、悔しくて、いっぱいいっぱいな私の両の目から、涙がどどーっと溢れ出した。
涙でボヨボヨに歪んだ視界に、顎を押えた王様が金色の目玉を大きく剥いて私を睨んでいる姿が揺らめいている。
前世も現世も
いいよどうせ、この世界には、目の前のノア君もどきしか見当たらないし。ノア君がいない世界なら、もう、いい。
なぜか生前の自分の私物が保存されたり、冷静になれば考えるべきところはあるんだけど、冷静になってないので無理。全然無理。
半ば捨て鉢な気持ちでだだ流れの涙を拭いもせずに、顎を押えたまま私の方へ再び歩いて来るノア君もどきの王様を眺めてた。
ああ……似てる。本当に似てる。
って言うか、髪の毛と目玉の色を黒から金に換えただけでこの人、まったくノア君と同じ顔。この王様は、ノア君の2Pカラーだ。
私は色設定に失敗した2Pカラーで、この人は見本にしたい成功例。
ううん、ノア君なら何色にカラーリングしてもハズレはないから、そもそも比較対象にすらならなかった。
ノア君もどき王が私の前に立ち止まった。
怖い顔で私のことを睨んでる。ノア君はこんな怖い顔で私のこと睨んだりしない。
捕まるのかな?
死刑かもしれない。
もうどうでもいいけど、でもホント『
……謝れるなら、みんなに謝らないと。
真っ赤な顔で滝の涙を流しつつ、ただぼわ~っと突っ立っている私から目を離すことなく、ノア君もどき王が口を開いた。
「お前……今……『ノア君』と言ったな!?」
言った。言いました。だからどうした。
ってか、この人、声まで完全にノア君だし。
ノア君の顔と声で人にいきなり『伽』とかって、性的奉仕を求めるようなこと言い出してノア君の品格落とすのやめてよね。
あ、でも、オレサマな貴族とか王族ヒーローの場合そー言うシチュはありがちで、過去世の私はそー言うヒーローにノア君を脳内投影してひっそりこっそり身悶えながら部屋の中を転がり回ってた。
もう十分赤くなっていた自分の顔に、更に血の気がのぼるのを感じる。
口を閉ざしたままの私に、もう一歩、ぐいっとノア君もどき王が近づいて来た。
「言ったな……!?」
王の手が私の両肩をがっしりと掴む。
さらに顔が近づいて来た。さっきと同じ、息がかかる距離。
これはさっきと違って色っぽい場面じゃない。全く色っぽい場面なんかじゃないのに、色違いなだけで完全にノア君な顔が至近距離まで……前世では一度もなかった距離まで近づいてくるのを見て、そんな場合じゃないのにドキドキとした。
限界まで血がのぼった頭に限界突破で血がのぼる。死刑にされる前に私、脳の血管プツッとイって昇天するかもしれない。ノア君じゃない相手に無駄にときめいたことが腹立たしい。
ほぼ八つ当たりの気持ちで私が
「……言った」
と、不貞腐れた声で返事をすると、ノア君もどき王の見開かれた目が、さらにクワっと大きく開く。掴まれている両肩への圧力が増した。
見間違いかもしれないけど、王様の瞳の色が銀色に変色して来ているように見える。
まさか……ここに来て金色から銀色への色彩変更だろうか?
ノア君もどきの癖に、カラーチェンジとは生意気な。もし髪と目をノア君ブラックに変更して変なこと口走ったら、さっきよりも強烈な頭突きを絶対にキメてやろう。どうせ処刑されるなら最後にそのくらいやってやる。
私が理不尽な闘志を胸の中にふつふつと滾らせているのも知らないで、ノア君もどき王もまた完全に銀色に変色した目で私を睨み付け、こう言った。
「───お前の名前を言って見ろ!」
と。
……は?
はぁあ……!?
どこの世紀末伝説アニメのパロディよ、それ。
っつか、前にもこの人、それ聞いたよね? 聞いたよね!?
私、名乗ったよ。
ちゃんと名乗ったのに!
「……メイ……リンヒルって、前にも言ったっ!」
両肩を掴んでいるノア君もどきの手首をがっしりと掴み返し、私は
「違うっ」
「違くない、私はっ」
「そっちじゃない、お前が、
ムカつく。
こいつムカつく。
ノア君の顔して、ノア君の声で、私に名前を名乗れって!?
ノア君なら知ってるのに。
ノア君ならこんな聞き方しないのに。
なんなの、こいつ!?
「あんた……ノア君の顔してるくせに、なんで知らないのよ!? 私は、『明花』だよ。鈴岡……明花───っ」
白い髪、白い肌、青と黄褐色の目を持つこの身体に生まれ変わってから一度も口にしたことが無かった過去世での名前を、私は大きな声で叫んだ。
叫びながら、痛いほど指を食い込ませていたノア君もどきの両手首を自分の肩からもぎ離すべく力を入れる。
手は、思いのほか抵抗少なく肩から外れた。
『…………………………鈴岡・明花、本人認証、成功しました……』
両腕を私に持ち上げられた格好のまま、ノア君もどき王の口からはこれまでになく無機質で機械的な声が、そんな言葉を吐き出していた。
『規定に基づき、現在休眠中のマスター・ノアをプライオリティ1、鈴岡明花をプライオリティ2として、ユーザー登録申請………………』
意味不明の言葉を吐き出す間、ノア君もどき王の身体はどんどんと力を失って行く。さっきまでガッシとばかりに私の肩を掴んでいた両手は、いまはもう私が掴んでいなければだらりと垂れ下がっていただろうくらいに脱力してしまった。
ズルズルと床に崩れ落ちて行こうとする
まだ頭突きは食らわせていなかったはずなのに、どうしてこの人倒れちゃうの?
私の方が先に血圧上がり過ぎて卒倒すると思ってたのに、なんでこの人が?
ってか、なに喋ってるのこの
倒れながら喋ってて気持ち悪いんだけど……!
『………………ユーザー登録、完了しました』
この世界に生まれ変わってからやたらと性能が増した身体の力で、今や完全に脱力しきって両腕でつり下げられた
「……ぅぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……………………っ!?」
白い部屋の中に、私の悲鳴がキンキンと響き渡る。
何の前触れもなく眼下、
あまりのことに驚いて思わず
なにこれ……気持ち悪っ!
なんなの、コレ─────────っ!?
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