第12話

「たとえそこにやましい感情がなくとも、独占欲が強く嫉妬深い男はそれをどう取るか……お前には解らぬのか」


 歩みを止めないまま、王様は言う。私を見下ろす金色の目の上の眉根はまだ寄せられたままだ。


「……あい……すみません」


 解からんだろうと言われても、解らないものは分からない。

 気持ちも伴ってないのにとりあえず謝罪の言葉を言うなんて……と、罵られても仕方ないかもしれない。でも相手は『王様』なのだ。口ごたえするなんて選択肢とれるわけもない。


「気をつけることだ、メイ。時にそう言った強い情念は、思いもよらぬ形でお前を絡め取りにくるぞ」


 セリフだけ聞けば拉致監禁でもされかねないサイコホラー発言っぽくて、なにそれこわいと思ったけど、なんとなく差し迫った緊迫感を覚えられないのはどうしてなんだろう。


 昨日のアーセルとの会話を王様が覗き見してたのはまず間違いなく、もしかしたら走竜を倒した日の夜に見たあの銀色の丸いのもこの人の魔道具だったかも知れない。

 ……お城に招待されるまで王様と私に接点なんてなかったから、そっちは気のせいだと思いたいトコだけど。

 第78階層のブラックジャイアントホーネット対策が上手く行っていない事とか、その他の階層はなかなか順調に攻略案が出ている事とか、色々この王様は調べ上げている。


「気をつけます……」

「……そうしろ」


 だけどなんだか小さく頷きを返すその人の表情には、どこか面倒くさそうな色が見える気がするし、私の返答の真偽を疑う気配なんて微塵もない。

 いや、昨日のはカウントしないにしろそこは前にも反省した部分だし、これ以降は本当に気をつけるつもりはあるけど。

 私を信用してくれてるから……とか?

 それにしたって本当に本当のストーカー気質な人なら、もっとこう……粘着質なものがありそうなものなのに。


 だいたいにして、言葉とか行動をみれば、今現在の王様は平凡ヒロインにベタ惚れなオレサマ王様ヒーローっぽく見えるかも知れないけど、だけど……なんか違うと思うんだよ。

 だって、この人の目には誰かが好きだって気持ちが……熱が───ない。


「あ、わわ……っ!」


 考え事なんてしながら歩いていたせいか、私は回廊の曲がり角で足をもつれさせて転びそうになってしまった。

 バランスを崩しながらそれでも転倒を免れたのは、王様が繋ぎっぱなしだった私の手を引っ張って抱き寄せてくれたおかげだ。


「おい……大丈夫か? ……すまん、少し歩く速度が速すぎたな」


 私の肩を抱き込むようにした王様が、そう詫びの言葉を口にした。


「足を、痛めていないか?」

「うん……あ、はい。全然」

「そうか。もうすぐそこだ……歩けるな?」

「……えーと、はい大丈夫、です」


 彼の目の中には恋とか愛とかそー言った熱は全然ないけど、私を支える腕と謝罪の声には偽りない労わりの気持ちがあるように感じる。

 今もこう……私がまた転んだりしないように背中に腕を回してゆっくり歩いてくれているし、ね。


 身長差がけっこうあるから背中と言うより肩から腰……と言うか、脇腹へとしっかり回された腕には安心感があった。

 なんていうのか、この腕は私が転びそうになった時には絶対に助けてくれるって、確信が出来た。それから、胸の中からこの人が一緒に歩いてくれるんだと言う、得も言われぬ幸せな気持ちが湧きあがる。


 でも私は、その幸福感に首を傾げた。

 そりゃあ……転びそうになったらさっきみたいに助けてくれることは確かだろうけど、どうして安心感と言うか、幸福感と言うか、そういう感情がこんなに湧いてくるんだろう……?

 相手は王様だけど、でも彼は覗き魔でストーカーな人なのに。

 心の中に首を傾げ、歩きながらチラリと隣を歩く佳人を窺う。

 あまり背が高くない私に腕を回しているせいで少し屈み気味の姿勢をしたその横顔が、酷く懐かしく、愛おしい気がした。


 ……なんで、こんな……、あ……───


 ザ……ザ……ザ……と、現実に見えている視界にノイズのように二重重ねでチラついたのは、ここじゃない場所、今じゃない時の記憶だ。


 真昼であるにも関わらず空を分厚く覆った火山の噴煙や、いくつかの国に落とされた核兵器の爆炎に生み出された粉塵のせいで暗い世界の中を、私は歩いていた。

 降り積もった塵と激しい地震で出来た地割れ、倒壊した建築物の瓦礫で足場も悪く、有害なガスや物質で殆どまともに歩けなほど弱り切ってフラフラの私を、ノア君の腕はしっかりと支えていてくれた。

 ───そう、たったいま王様がしてくれてるみたいに、こんな風に……。


 たぶんそれは、瞬き一つかふたつの間の出来事だったんだろう。目の前から過去世の暗い景色が消えて、まだ昼の日が明るい現在が何事もなかったみたいに帰って来る。

 薄暗闇の過去にノア君を見上げたのと全く同じ角度で、いま私は金色の王様を見上げている事に気がついた。

 背中に当てられた手の位置も、見える顎の角度も全く同じ。


「どうかしたのか……?」


 隣を行く私の足が急に鈍ったことに気づいた王様にそう尋ねられても、答える言葉どころか声も出せそうもなくて、ただ黙って首を振る。

 伏せ気味の顔のなか、抑えきれず歪んだ口元はたぶん見られなかったはずだ。

 ちょっと怪訝そうな表情かおはされたけど深く追求されずに済んだのは、目的地がもう目と鼻の先だったからかもしれない。


「さあ、ここだ」


 廊下の突き当りの何もない壁に王様が手の平で触れると、壁面に幾何学模様の光の線が一瞬浮かんで、消えた。

 今ので何かの認証が行われたのか、壁の一部がスゥッと音もなく横にスライドして開く。


 そこは、飾り気のない白い部屋だった

 窓は無く、照明器具も見当たらないのに室内が明るいのは、同じ材質で出来ているらしい天井や床や壁自体がほんのりと発光しているせいみたいだ。

 背中に回されていた手が外されホッと息をつく私の数歩先に天空城の王が立ち止まり、振り向く。

 彼の後ろには透明樹脂と金属で作られたギャラリーケースがいくつも並んでいた。


 私の視力は両目ともに余裕で2.0を超えてるから、入り口からすぐのこの場所からでもギャラリーケースの中身は良く見えている。

 入れられているのはあまりこのゴールディロックス階層世界では見かけないツルリとした材質、色褪せかけているけど華やかな色合いの物が多い。


 記憶にあるより随分と古ぼけているけど、どれもこれもが見覚えのあるモノばかりで、心臓がバクバクと呷り出した。


 このところ過去世の夢を続けざまにみていたせいか、薄ボケていた細かな思い出も随分と鮮明さを取り戻してたせいで、あれらが何なのかはすぐに分かった。


 右端のケース一段目と二段目に並んでいるのはお気に入りの冒険物のラノベのシリーズで、その下の段にあるのは溺愛系作品を集めたレーベルの中でもオレサマ系ヒーロー率80%超の選りすぐりの作品群。

 少女向けのマンガに少年マンガ、ゲームの攻略本にファンブックとイラスト集。それから、いわゆる古典と言われるファンタジーの名作が数冊。

 完結してるのも未完のままで終わった物も、紙媒体で手に入れたのはどれもこれもが吟味に吟味を重ねたお気に入りの少数精鋭。

 向う側のケースの中に見えるのは、RPGゲームソフトや好きキャラ満載の恋愛シミュレーション……いわゆる乙女ゲーの数々だろう。

 その殆どが中古なのは、私が小学校に入る頃にはもう新作ゲームの制作が出来るほど世の中が豊かでも安定してもいなかったから。小説だってマンガだって、全部そう・・だ。


 不確かで、不安定で、不安に満ちた時代だったからこその現実逃避。多くの人が現実リアルを忘れるファンタジックで胸躍るフィクションの世界を求めていたけど、海外では多くの国で政情が不安定になったり、治安が乱れたり……。

 経済とか詳しくないなり、娯楽に資源を新たにつぎ込むような余裕がなかったことは知っているし、それも当然だと思ってもいた。

 だから紙媒体や中古でもソフトの形で手元におけたのはごく少数ので、プロや素人玉石混交の創作物、紙を使わない電子書籍、ダウンロードして遊べるゲームや映像作品をため込んでいたのは、お兄ちゃんからおさがりで貰ったスペックだけはすごいジャンクパーツの不格好な自作の……そう、あのギャラリーケースの中にある自作のパソコン……。


「……ここは、一体、なに……?」


 どうして前世の私の私物がこの部屋にあるの!?

 暴走状態の鼓動につられ、掠れて震える声が喉の奥からようやく押し出される。

 気持ちが悪くて胸がむかむかとした。

 白い部屋。発光する床に壁に天井に……と、明るい場所にいる筈なのに目の前がやけに暗くて揺れているのは、もしかしたら血圧が上がり過ぎてるせいかもしれない。


「この世界の概念構成へのサゼッション……資料庫のようなものだ」


 構成概念とかサゼッションとか言われても、全然意味が解らない。

 どういうコトなんだ日本語でおk……と、出来る事なら大声で問いただしたいけど、相手はこの世界で一番偉い人間で、しかもいまだこの状況がどう言う事なのか理解出来ていないのを思い出したのもあり、私はなんとかギリギリ口をつぐむ事に成功した。

 自分一人の責任で済むならとっく昔に喚き散らして掴みかかっていたかもしれないけど、私のせいで『方舟アーク』のみんなに迷惑をかけるようなマネ、絶対にしちゃいけない。

 みんな、私の事を大事にしてくれる大切な仲間なんだから。


 静かに……なるべく深く、息を吸って吐く。

 冷静になんてなれるわけはないけど、冷静に見えるように。フツウに見えるように……。

 ウロウロと視線を彷徨わせながら落ち着こうと内心必死で呼吸を整えている私に、王がじっと目を向けていた。この部屋に入ってからずっと、まるで私の様子を観察するみたいにだ。


 なんでこの部屋に前世の私の私物があるのか……とか。

 魔道具だと言う銀色の丸い風船みたいな物をノア君がもってたのはどうしてなんだ……とか。

 しかも、こうしてじっくりつくづく正面から王の顔を見てたら、さっきこの人に支えられて歩いている時に覚えた違和感の答えが、ポコッといきなり転がり出て来た。


 たぶん……だけど、金色の王様の顔は、ノア君に似ているんだ。

 今までずっとやたら眩しい金色の髪とか、猫みたいに透明な金眼とかに気を取られてたけど、背の高さも体型も、それから顔も……この人はあまりにもノア君に似すぎている。

 だからさっきフラッシュバックした光景の中、私がノア君を見上げた角度と現実で王様を見上げた角度が全く同じだったんだと思う。


 初対面の時、意味もわかんないのに滝みたいに涙が出たのは、王の顔が前世で死に別れたノア君の顔だったから。

 会う度に恥ずかしくて身悶えしたくなったのだって当然だよ。

 小さい頃から好きで、大好きで、どうしようもなく大好きで、でも恋人同士とかじゃなかった幼馴染とおんなじ顔した人が、まるで私にすっごく気があるみたいにグイグイと来たりしたら誰だって照れちゃうに決まってる。

 しかも自分好みのオレサマ系王様ヒーロー溺愛シチュエーションとか……。

 過去世での私の妄想ネタが現実化なんて、誰が素で見てられるって?

 自分の脳内妄想が垂れ流しなのを見て平常心でいられるヤツがいたら、そいつ、絶対あたまオカシイから!


 なんなの、この世界は?

 私の本とか好きだったゲームとか映像作品とか、そーゆー物がこの世界のナントカ構成のサゼッション?とかの資料がどーこーってこの人は言ってたけど、だからここは私が好きだった剣と魔法のファンタジーな世界ってことなの?

 ……もしかして、これ、夢だったりするんだろうか?

 ううん、違う!

 今までだって何度も夢じゃないかって思ったことはあったけど、そんなわけないよ。

 アーセルも、リエンヌも、ドギーも、ウォレスもみんな実在の仲間だし、冒険中にした怪我は痛かった。

 汚い話だけど、毎日お通じはあるし小用にも行ってる。

 コッテリした食事とか甘い物を食べ過ぎればにきび・・・とか出来るし、髪の手入れをサボると枝毛だって出来る。特に鼻の頭とかアゴに出来たにきび・・・はサイアク痛いなんて、そんな夢は嫌だ。


 だいたい私が見てる夢なのに、ノア君が出て来ないなんて絶対にぜったいにあり得ない。どう考えてもありえない。

 名前も顔も覚えてない不完全な記憶だけだった時でもずっと執着してた相手ノア君への私の妄執は、半端じゃないんだから。


 夢じゃないなら、ここは本当になんなんだろう。

 どうしてこの王様はノア君の顔をしてるの?

 まさか……彼はノア君の遠い子孫……とか!?

 じゃあここは滅びた地球の遠い未来だったり??

 いやまさか……って言うか、この人がノア君の子孫ならノア君が誰かと子供つくったってことだよね。

 い……いやだ!

 ダメそんなの。

 やだやだやだ、いーやーだー!

 くっそー相手の女は誰なんだ。その女を連れて来いっ今すぐ成敗してやる!


 疑問が山ほどあり過ぎるうえに思考が明後日の方向へ暴走するせいで、頭がパンクしそうになった。

 正直、テンパってる。完っ全にキャパオーバーだ。

 いや、オーバーしても止まらずに怒涛のオーバーフロー状態。

 ちっさいちっさい私の心の器をとめどなく溢れ出し勢い良くだだ漏れる思考に翻弄されること数秒で、プツン……とブレーカーが、落ちた。

 いや、私は配電盤じゃないんだけど、そんな感じで唐突に感情がフラットに……平坦になった。

 電極が抜けた心電図モニターみたいに、見事なフラットライン。さっきまでは必死に平静を取り繕うとしていた顔面から、表情が抜け落ちるのが分かる。


「メイ。これがお前に見せると言った『虚ろ(?)の魔導書』だ。ブラックジャイアントホーネット対策用の魔法の参考にするといい」


 まるでTV画面越しに見るように現実感……と言うか、臨場感が失せた視界には、王が差し出す一冊の本……否、懐かしのキャンパスノート。

 差し出した本人はノートを受け取る私の様子をじっと観察していた。

 まるで私の反応を見ているみたいだけど、でも、どうして?

 この世界の成り立ちと、この王様の立ち位置が解らないんだからいくら考えたところで答えが出るわけもなく、ただ悪戯に頭の中に大量のクエスチョンを発生させたまま、私は渡されたキャンパスノートに視線を落とした。

 

 表面にはお世辞にも上手とは言えない筆跡で『虚』の一文字と、いくらかの空間を開けて『魔導書』の文字が書かれている。

 漢字の当て字で『ウロボロス』と読めるようにしたかったけど、『うろ』の後に続くカッコイイ漢字が見つけられなくて、何度もシャープペンで書いては消し、書いては消しを繰り返した結果、『虚』と『魔導書』の間には小汚い消し痕とシャーペンで凹んだ文字の形跡が残されていた。


 むず痒い……と言うか、痛痒い。

 むしろ、『アイタタタ……』だ。

 あぁ……これは辛い。……見ているのが辛すぎる。


 現実感がぼやけてるせいで変に淡々とそんな事を思いながら顔を上げると、そこには表情の動かない私をどこか消沈した様子でうかがう王様の金色の目が。

 ……この感じには覚えがある。

 そう、初めてこの王様に会った日に図書室で名前を聞かれた時と同じ、失望・・の色だ。


 だけど、どうして……?

 と、またもクエスチョンが浮かぶけど、考えても答えなんか出ない事を思い出した。


 黙っていても仕方ない。聞かないと。

 どうしてここに前世の私の私物があるのか。

 この世界はなんなのか。

 どうして王様はノア君とそんなによく似ているのか。

 それから、ノア君は一体あの後・・・どうなったのか……。 


 私はそれらの疑問を口にしようとしたのだけど、タイミング悪し。無念そうな表情を浮かべていた王様が、先に口を開いた。


「恐らく、その本があればお前たち『方舟アーク』のみなは近日中にも全階層の攻略法を作り終えるだろう」


 まあ……確かに。

 きっとブラックジャイアントホーネット系統さえどうにかなれば、そう長く時間をかけずに攻略案は出せると思う。

 彼の話が終わってからこっちの疑問をぶつけるのでも遅くはないし、とりあえず私は黙って王様の言葉に頷きを返した。


「そうなれば、お前はこの城から去るのだな。……あの、熊人や普人、犬人らと共に……」


 いや、ウォレスやアーセル、ドギーだけじゃなくリエンヌもいるんだけどね?

 小さなことでツッコミを入れるのも無粋かと、私は再び黙って一つ頷いた……のだけど。


「帰らずここに残れ、メイ」

「…………え……?」


 急にそんな事を言い出され


「お前はこの天空城で、私の妻になるのだ」


 ……なんて、さらにはそんな事を言われたら


「…………はぁあ……??」


 私だってビックリして首を傾げたくもなる。なんとなくフラット化してた感情もいまのビックリの刺激でちょっと平常に戻った。

 いきなり何言ってるんだこの王様は!?

 ノ……ノア君の顔で、わ……私のつ、妻とか……っ。


「い、いや……無理ですよ、そんな」

「無理なことはない」

「ほ、ほら、私、このお城の有翼人のお貴族様ではないですし?」

「そんなこと、かまわん」


 かまわんとか言われても。


「そー言うわけには行かないです。ただでさえ王様に馴れ馴れしいって、わりと風当たりが強かったりしてるし……」


 ここに来てすぐに貰った『身の程をわきまえなさい』とのありがたいお手紙は、その後、昨日までの時点でもう少し語調を強めながら三通ほど追加で届き、さらには部屋の前にゴミが置かれてたり部屋の備品が壊されていたり……と、順調に私の嫌われ度合いはランクアップしていた。


「……ふむ?」


 あ、いけない。どうせお城から出てくまでのことだろうし、こんなこと言うつもりはなかったのに、つい、ポロッと。


「システム管理の職務上第95階層に暮らしているだけにも関わらず、くだらぬ特権意識を持つ者があるようだな。……だが確かにそう言った輩を説くのも面倒な話か」


 考えるそぶりを見せたのは、ほんの一瞬。

 何やら速攻で答えを出したらしい王様が、一歩、私へ向けて足を踏み出した。


「簡単な話だ」


 一体何が簡単なのか口をさしはさむ間も無く、一歩、また一歩、さらにもう一歩。


「古典的手段として『既成事実』と言うものがある」


 どうにもアヤシイ話の流れになりつつある気はしたけど、一端この人の顔はノア君の顔だと意識してしまったせいで、カツカツ大股で自分に近づいてくる大好きな人の姿に「あわわ」とか慌てる内に、逃げ遅れた。

 辛うじて一歩さしたる距離も稼げない後ずさりをしてみれば、そこはさっきこの部屋へ入って来た時には確かに入り口だったはずの現・壁で、と言う事は私は壁際へと追いつめられてしまったわけで。


 差し伸ばされるノア君……もとい・・・王様の腕が、壁際の私の顔の横へトンっと音を立ててついたりすると、つまりはこれこそあの・・『壁ドン』と言うやつなわけで。

 謁見の間での対面。図書室での遭遇と『顎クイ』、毎日のお茶の時間のセクハラ……いや、ただイケスキンシップを込みにしても、これまでで一番ノア君……いやいや、王様のキレイな顔が接近していた。


 息がかかる距離(口臭などの不快な香りは一切しない)ノア君……違う、王が、私に言う。


「子を成してしまえば、うるさ型も口を噤もう」


 と。


 ……子っ!?

 誰が、誰のっ!?!?


 私の頭は真っ白になった。

 そして───


「メイ、お前に伽を命じる」


 とどめのこの言葉で、私は真っ赤になる。

 ……主に、脳内が。 

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