第11話
何を考えるべきか、何から考えるべきか、だいたい何か考えなきゃならないような問題が本当にあったのか、どうにも判断出来ない。
いや……その、もともと私さほど利口じゃないし……考えるの苦手だし!
「今日は城の東南東に浮かぶ小庭園に席を用意した。眼下に
それが当たり前の事のように、王様は私の手を取って歩き始めた。
その後をユスティーナさんと『
王様との午後のお茶の時間は、なんとなく毎日の習慣になっていた。
と言うか、黙っていても毎日お茶の道具一式を携えた侍従さんやメイドさんを率いて来るから、否応なしに習慣として定着させられたと言った方が正しいかも。
まあ、調べものにしろ訓練にしろ、根を詰めてやるより程よく休憩を挟んだ方が効率的だろうし、それはそれでよかったのかもしれない。
……で、どうせお茶休憩をするなら景色の良い場所の方がいいだろうと、天空城内の一室とか、景観の良いバルコニーとか、この第95階層天空エリアに浮かぶ浮島庭園とか日替りでお茶の席が用意されることになって、だいたいこのくらいの時間に王様が私達を案内するため迎えに来てくれるのだ。
人に言わせれば、王が迎えに来ているのは『
……うん、そうなのかな……とは、ちょっと思ってた。
実は昨日、それについてアーセルにも言われている。
「……なんなら、俺らは遠慮すっぞ」
って。
言葉面だけ見れば、これはお茶の時間に二人きりでいたいなら自分達は遠慮するってだけに聞こえるけど、そうじゃないことくらい私にも判った。
天空城の王様の言動は完全に私に対して特別な感情があるものにしか見えないし、もし私がそうしたいなら、天空城に留まって『
冗談やからかいの言葉がみんなの口から出て来なくなって、もう何日も経つ。
たぶん、これはアーセルだけじゃなく、リエンヌやウォレス、ドギーたちと相談した上でのものなんだと思う。
「……遠慮されると、困る……かも」
誠意には誠意で返すべきだと分かってたけど、私がとっさに返せたのはいかにも歯切れの悪いこんな言葉。
二人きりになんてされると、困る。
それは本当に確かなんだけど。
「……あ~……なんだ。もし王様袖にしたせいで城からさっさと追い出されることになっても、んなもんちっとも構わねーんだからな? おめェから言い辛いってんなら、パーティーリーダーとして俺がビシっと言ってやるしよ」
相手は何しろ『王様』だ。パーティーに迷惑がかかる事を気にして私が現状を維持しているのではないか……と、アーセルはそんな事まで言ってくれた。
カリカリと自分の頭を掻きながら眉間に皴を寄せる頼もしい剣士の気遣いに、胸の中がほわっと温かくなる。
「大丈夫……ありがと。ごめんね、みんなには悪いけどもう少しだけ付き合ってくれると、嬉しい」
煮え切らない返答に苛立つでもなく、アーセルはちょっと唇を曲げながら
「まーその……無理すんな。悩むだけ悩みやがれ」
と、ぶっきらぼうに吐き出すと、乱暴に私の頭をグシャグシャとかき回してから去っていった。
みんな優しい。
自惚れるわけじゃないけど、客観的に見ても魔導士の私が抜けたら『
ううん、それどころか、歯切れ悪く煮え切らない私がちゃんと答えを出すまで待ってくれるとまで……。
どこから考えに手をつけていいんだか、判断つかないまんま私はまるで当たり前の事のように隣に座る金色の髪のキレイな顔をした人を見た。
くっきり刻まれた二重瞼の下に長い睫が影を落とす目の形も、頬のスッキリした滑らかさも、男性にしてはちょっと華奢で繊細な顎のラインも、中央が少し窪んだ下唇の形も……全部、見てるだけでなんだかドキドキしてしまう。
こんな時にも拘わらず、むやみやたらと惹きつけられる。
「どうした、何をぼんやりしているんだメイ」
私の許可なんていらないとばかり、ごく自然な様子で王様の手が頬をなぞり、金色の目が私の色違いの目を覗き込んだ。
無遠慮で、強引で、でも私に優しくて結構スキンシップの好きなオレサマな王様。
じわじわといたたまれない羞恥心が頬や耳、首筋に血の気を昇らせて行くのが分かる。
逃げ出したいほど恥ずかしいのに惹きつけられて離れられず、どうしてだかそんな自分が情けなくて泣きたくなるとか……周りから見たらこれ、もしかしてもしかしなくとも、まるっきり恋する乙女な状態だったりするんだろうな。
「……」
違うよ?
違うから!
恥ずかしくて転げまわりたい気持ちと格闘してるだけだから。
ただ、それだけ……なんだから。
「あのぉ……たぶん、第78階層攻略案に行き詰ってるせいだと思います~」
ぼけっとしている私に代わり、リエンヌがそれらしい理由を答えてくれた。
「……ああ、ブラックジャイアントホーネット、だな」
詳しく説明するまでもなく、王様はすんなりと私達が何に引っかかっているか察したらしい。
ユスティーナさんが教えてくれた通りなら、この城にある資料の収集には彼も直接かかわっているそうだけど、こんなにすんなり事情を察知出来るって……もしかして、頭の中に各階の地形も生態系も全部記憶されている……とかだろうか?
いやまさか、たまたま記憶に残ってただけだよね。
「あ、ええと、連鎖的に集まってくる蜂の対策が……ですね」
私は顔の上に笑みを張りつけ、王様に言った。
いつまでも呆けてる場合じゃない。
考えたくない事はとりあえず後回しにするのは前世からの私の得意技。終末間際の世界で鍛えた現実逃避スキルは、すでにカンスト状態だ。
蜂の毒針を防御出来る装備に全員がガチガチ身を包んで力押しで突っ切るとか、とても現実的じゃない対策が頭をよぎったけど、これはさすがに一瞬で却下。
身軽さが身上のドギーとか、弓の速射に期待のリエンヌが機能出来ないんじゃしょうがない。
「なにか魔道具とか……それとも私の魔法でなんとか打開策とか、思うんですけど……」
思うけど……うまい案が浮かばない。
実はブラックジャイアントホーネットやジャイアントホーネット系列の生息域は第78階層に留まらず、第92階層辺りまでにもいくつかあるのだ。
ここで行き詰ってるようじゃ先が続かないから、どうあってもアレには対策が必要。
他の高ランクパーティーに声をかけてレイドを組むってのは最後の手段として、一応現状で私は『
するんだけど……具体的な案が思いつかない。
こういうのは切っ掛けがあるとポコっといいアイディアが出て来たりするんだけど。
ボンヤリしてたせいで冷めかけたお茶を、ズズっと一口。
ふう……と息をついて隣に座る麗人を見れば、天空城の王様は侍従とか執事とかの人に視線で私のお茶の淹れかえを指示した後、顎先を軽く自身の手指で支えつつなにやら思案顔。
仕草一つ一つがやたらと優雅で、いかにも
キラキラの金の髪も着ている衣装も天空城の王様にこれ以上なく相応しいもので、この人は絶対に私みたいな人間の身近にいていい存在とは違うと感じる。
なんだかそう思ったらのぼせ上がった頭が少し冷めてくれた気がした。
「参考になるかは分からんが、この世界の魔導、魔法の原典……『虚ろ(?)の魔導書』をお前に見せてやろう」
読み終えた雑誌をちょっと貸してやる的ニュアンスでポンっとばかり投げかけられた王様の言葉に、ユスティーナさんを始めその場にいた有翼人達が息を飲んだ。
え、なに?
なんかそれってすごい本なの?
そんなすごい本、見せて貰っていいわけ?
ってか『虚ろカッコはてなカッコ閉じの魔導書』って、何なのその変なタイトル……。
「『虚ろ(?)の、魔導書』……ですか?」
「ああ、著者によって表題の文字が何度か書き直されてるのだ。『虚』の文字だけが辛うじて判別できる為、仮にそのように呼んでいる」
「はぁ……なるほど……?」
失われた真実の表題……とか、卒業したはずの中二心を疼かせるじゃないですか。
しかも残されている文字が『
それとも『
たしかえーと……『
ふわっと脳裏に浮かんで過る、思い出したくない恥ずかしい記憶。
過去世、中二病真っ盛りの私が最高にカッコいいと信じ、夜な夜な書き込んでいた魔法の自作呪文書に、私は何と言うタイトルをつけたんだっけ……?
ファンタジー作品定番の尾を飲み込む蛇……『ウロボロス』を表題にしようとして、とりあえず『
脳みその半分側ではそんなことはあり得ないと失笑しながら、もう半分の脳みそで必死に過去の記憶を探ってしまうのはどうしてなのか。
気のせいか、背中辺りに嫌ぁな寒気を覚えながら顔を強張らせる私に、ユスティーナさんが思わずと言った様子で苦言を呈する。
「はあ、なるほど……じゃありませんわよ。『虚ろ(?)の魔導書』は王が仰いました通り、この世界の魔導の原典ですのよ。彼の書があったればこそ、世界に魔法と言う概念は作り出されたと言われている物ですわ」
その本なくしては世界に魔法、魔導は無かったのだと彼女は力説するのだけど、ちょっと私には意味が分からない。
逆に言えば、本があったからってそうホイホイと魔法って発生するものなの?
この辺はたぶん、神人と呼ばれる有翼人と下層階生まれの一般ピーポーとの意識とか認識とかの差なんだろう。
とりあえずそんなすごい
「そんな貴重な物を見せてもら……いただけるなんて、大変とても嬉しいです。あの、ありがとうございます」
お礼の言葉と共に下げた頭をもとに戻せば、王は私を見ながら目を細めて微笑んだ。
「メイの力になれるなら、『虚ろ(?)の魔導書』を見せる程度、厭いはせん」
ナチュラルボーンジゴロに片手をすくい上げられ、手の甲に唇を落とされた。
すぐ横で、私のカップに新しいお茶を淹れてくれている侍従とか執事さんとかの人の目が冷たい気配を発散させてるのが気になるけど、かと言って王様の手を振り払ったりしたら、きっともっとこの視線の温度は下がるに違いない。
さっき一瞬振りきるコトに成功した恋する乙女っぽい羞恥心が、王様が振れた手の甲からジワジワと全身に浸食して来て、またどうにもいたたまれない気持ちになった。
私が心の中のジタバタになんて気づいていないだろう天空城の絶対的支配者は、手の甲から唇を離した後も手を握ったまま、空いた片手でパチンと指を鳴らす。
「そうだ『
合図を受けてお茶の席の後方に控えていた従僕達が私達の前へと一歩踏み出して来た。
それぞれ両の手で捧げ持っているのは、恐らく謁見の場で王様が私達に贈ると約束してくれていた武器や防具などの装備だろう。
「メイ……お前のローブは後ほど部屋の方へ届けさせよう」
言いながら王様は席を立ち、ついでにさっきから握ったままの私の手をグイっと引っ張った。
思いのほかに強い力で引かれて自然、私も椅子から腰を上げることになる。
「随身はいらん。……行くぞ」
一体どこに行くのか、と、疑問の声をさしはさむ間もなく、私は王様に手を取られて歩き出す。
話の流れからして行き先はゴールディロックス階層世界に魔導の概念がなんちゃらと言う『虚ろ(?)の魔導書』の
浮島庭園から天空城へ戻るために乗った浮石の上で、王様が言う。
「ブラックジャイアントホーネットには手こずっているようだが、それ以外では随分と攻略計画も進んでいるようだな」
と。
「あ、はい。あの、お蔭様で」
うん、確かに
必要な道具や目標資金額の試算もウォレスが頑張ってくれた。
毎日顔を合わせるし、装備や道具・動植物の話もしてたけど、それほどはっきりどの階層についてシミュレーションしてたとかは言ってないと思うんだけど。……まあ、司書としてサポートしてくれてるユスティーナさんがその辺の報告をしてたのかもしれない。
なかなかに王様は私達について情報通だなー……とか、ちょっと感心。
「想定していたよりも、随分と早い進行度合いだ」
麗しの
あれ? 私、何か気を悪くするようなことをした?
だって、攻略計画が早く進んでいるのは王様がお城の資料とか施設を使わせてくれてるからだし、今だって貴重な魔導書を見せてくれようとしてる……んだよね?
空中を移動する浮石から降り、二人で天空城の中へと歩み入る。
お城の出入り口にはさすがに警備の人がいたけど、歩き出した城内には人影が見えなかった。
何しろ広いお城だし、たぶん有翼人の人数も多くはない。人気がないのも仕方ないんだろうけど、今はちょっとそれが不安に思えた。
私と金色の王様が歩く床の音だけが廊下に響いている。
王様の眉間の皴はいまだ消えず、むしろ少し深くなってる気がする。握られた手の力が、少し強い。
「……それに、お前はあの……アーセルと言ったか、あの剣士と随分仲良くしていたようだしな」
と、不意に王様が言った。
思い浮かんだのは、つい昨日の一場面。
アーセルが王様とのお茶の席に自分達は遠慮しようかと私に問いかけ、私がそれは困ると答えたアレだ。
「え……だって、アーセルは同じパーティーのメンバーですし……」
だけどあの時、周りに人なんていただろうか?
ただでさえあまり人の気配のない天空城で、アーセルだって私が人に聞かれたくないような答えを返す場合も考えてただろうから、人の目や耳のない場所を選んでの会話だったはずなのに……。
「それにしても、相手は異性であるのだ。メイ、お前は少々彼らと気軽にふれあい過ぎるのではないか……?」
この言葉を聞いて確信した。
王様は、昨日のあの場面を見て知ってたんだって。
でも、どうやって……?
ううん、どうやってじゃない。そうだよ……王様は簡単に見たり聞いたりする手段を持ってるんだって、ユスティーナさんが教えてくれたじゃない。
ブラックジャイアントホーネットの触角の繊毛も足のトゲトゲの一本一本も、威嚇の声も鮮明に記録できる銀色のまぁるい魔道具を操れば、私達の動きを見ることが出来る。
あの時ふたりで話していた場所のすぐ横には大きな窓があったから、窓の外にでも魔道具を浮かせておけば簡単に見れる。それに……あの銀色の丸い球体が、短時間であれば透明になれることを私は知っていた。
王様は、情報通どころか
冒険活劇からオレサマな王様との王道ラブファンタジーに方向転換だと思ったら、なぜか
私の背筋に冷たいものがツツー……っと一すじ流れて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます