第6話

 有翼の神人達の話からして、おそらく見た目があてにならないほどの時を生きている人なのだろうけど、天空城の"王"の外見はごく若い男の人だった。

 男の人と言うか、少年から大人になりたてと言うくらい。私達とそう変わらない年齢にも見える。


 まあまあ高い背と、しっかりしているけどしなやかな体を螺鈿の遊色を持つ糸で刺繍が施されたスタンドカラーの白い長衣ローブで覆う王のその髪は、まばゆいばかりの黄金こがね色。


 金髪きんぱつってよく言うけれど、本当の金の色をした髪の人間が存在してることに驚かされる。

 そりゃあこのゴールディロックスにはピンク髪の人とか青髪、緑髪と、色んな色の髪色の人がいるけど、本当の・・・金色の髪の人がいるなんてちょっと想定外だったから。

 彼の髪は色素が薄くて金色っぽい色に見えるとかじゃなく、一本一本がメタリックな金色なんだよ。

 髪が本物の金で出来ていたり、髪の毛に金メッキを施したりしたらこんな感じになるんだろーなって色と質感なの。


 その王をひと目見た瞬間に、私はすごい勢いで赤面していく自分を自覚していた。


『金色の、王様!』


 能天気で楽しげな自分の声が脳内でリフレインする。この幻聴が他の誰かに聞こえているわけはないと知っていても、羞恥心は止められない。

 まるきり自分の妄想がそのまま形を取ったような存在が目の前にいる状況って……一体これはどんな罰ゲーム?


 今のこの気持ちを、どう表現するべきか。

 中高生の頃に書いたポエムが十年後、会社の同僚に貸した小説の間に挟まって発見されてしまったみたい……だとか。それとも、中学生の頃に魂こめて考え出した最萌え素敵キャラクター(自作イラスト入り)ノートを自宅に来た大学の非オタの友人に発見閲覧されているのに気がついた時……みたいな。

 どちらにせよ、いたたまれない事このうえ無しなんだけど。


 穴があったら入りたい。

 でも残念。あるのは自分が掘った墓穴だけとか……!


 この第95階層に入ってから会った人々とは違い、天空城の王様の背には、翼が無かった。

 だけど翼は無くとも黄金の王の姿は、有翼人達よりも神々しい。

 輝く金色の髪と整った造作とが相まって、彼の姿は本当にとてもきれいで……私はどうしても目の前にいる王様から目を逸らせないでいた。


 この階層の有翼人達は、どちらかと言うと彫りが深いしっかりとした顔立ちだったけど、天空城の王様は彼らよりも若干あっさりとした造作をしている。

 東洋的と言うのか、それとも無国籍な……とでも言うのか。人種を越えたその美しさはどこか人形のように人工的で、ともすれば整いすぎた風貌は見る人に冷たい印象をあたえるものでもあるののだけど、どうしてかそれは、私にとってとても好ましい物に感じられた。


 なんと言うか、自分の嗜好を突きつけられる感が半端ないのに……しかも、すっごく偉い王様相手にガン見とか無礼なことをしてる自覚だってあるのに、そこから目を逸らすことも出来なかった。


 私の耳も頬も首も、たぶんビックリするくらい赤く染まってると思う。髪の毛だって逆立って酷い事になっているかもしれない。

 平たい顔立ちなのに白い髪に鮮やかな黄褐色と青のオッドアイとか、ただでさえどーよ!?って思うのに、完熟トマトみたいに赤い肌になった自分がどれほど攻撃的なカラーリングになっているのか、想像するだけで死ねる。恥ずか死ねる。


 きっと……そう。たぶん恐らく妙な感じに気持ちが高ぶっていたせいなんだろうけど、私の涙腺は自分の意志とは無関係に唐突に決壊してしまっていた。

 涙がダ~ラダラ。もう、とめどなく、滝の涙状態。


「其方らが方舟アークの面々か。冒険者ギルド創設以来最速でのAランクー昇格、見事だ。……其方らには今後、冒険者として大成する事を望んでいる。助力は惜しまん。その力を養う為にもこの城にしばし滞在するがいい」


 謁見の間の玉座の前に跪く私達の前、天空城の王様がその口を開いた。

 ちょっと口調がオレサマで偉そうだと思ったけど、そういえばこれ以上なくこの王様は偉い人だった。

 王が若干一名目の前にいる赤い顔で自分を凝視しながら涙を流す不審人物を黙殺してくれたのは、その寛大な心ゆえだった……と、信じたい。

 気持ち悪くてスルーする以外に無かったとかじゃないと……いいな。 


 記憶から永久に抹消したいこの天空城の王との謁見の後で、リエンヌが私に


「わたし、人が恋に落ちる瞬間って初めて見ちゃったぁ」


 とか、ほわっと笑いながらおかしなことを言いだしてくれたけど……違うから。

 赤面したのは羞恥心のせいだし、涙がだらだら出ちゃったのは興奮しすぎただけで、全然そういうの・・・・・・・じゃないからホント。

 王様から目を離せなかったのだって、ただあの顔の造りがすごく自分好みだったことに打ちのめされていただけなんだから。変な誤解はしないで欲しい。

 誰だってすごく顔の良い人がいたらつい視線がそっちへ行っちゃったりするよね?

 それに、見た事の無い金色の髪の毛をキラキラさせてるんだもん、そんなもの視界の中にあったら見ちゃうでしょ。


 私達はその日から天空の城に滞在する事になった。

 助力は惜しまないとの王の言葉に違わず、剣士のアーセルには鋭く手になじむ剣を、ウォレスは丈夫で質の良い盾を、斥候のドギーは小刀と一瞬空中に足場を得られる天駆の靴を、リエンヌは最上級の弓矢、私は今の物よりかなり防御力の高いローブをこの滞在中に作ってもらえることになっている。

 さらには天空城所有の上層階についての貴重な資料や攻略の為のシミュレーション、戦闘訓練が行える設備の使用も私達には許可されていた。

 その上、滞在にあたってひとり一人に与えられた客室は広くて上等な個室で、トイレもお風呂もばっちり完備。身ひとつで来るようにとの招待だったけど、ワードローブには城内での平服から下着、戦闘訓練用の運動着にお呼ばれ用の礼服にいたるまで用意されていて、まさに至れり尽くせり。


 治療用水槽の溶液の素材として使われる走竜の一角モノホーンと同じように、上層階にはこの世界に住む人々の生活に有用な素材の数々がある。

 例えば、第53階層の緑沼水蛇からは高カロリー燃料がとれるし、硬鎧牛の外殻や74階層の粘液生物の分泌物の積層からは浮遊荷台フロートキャリアや古代文明の遺構である昇降機や治療設備、通信機器に魔導コンロと言った生活に欠かせない魔道具を魔道具たらしめる重要部品の原料が精製された。

 どうやらこのゴールディロックス階層世界には原油や石炭、鉄や希少金属とかの純全たる地下資源はあまり存在しないらしくて、それに代わって前世の世界にはいなかった動物や植物なんかを由来とした物質が多く使用されている。

 一般住民居住可能エリアで育てられた動植物が原料になることも多いけど、それだけじゃ種類にしろ量しろ、この世界に暮らす人々の生活に必要な素材を賄いきれはしない。だからこそ、一般の人達には入れない危険な場所での狩猟採取を行う冒険者は、なくてはならない重要な存在だった。

 当然、私にも人々の生活を支える仕事をしている誇りと自負があるから、今後の活躍を期待され、力と知識を増す機会を与えられた事に大いに発奮したのだ、けど。 



「どうしてこうなった……」


 私は口から半分タマシイをはみ出させながら力なく心のうちに呟いた。


 王様との対面を果たした後、私達は謁見の間まで先導してくれた貴族や宰相様らと歓談しつつの昼食を済ました。それから、城内の使用許可が出た施設をざっくり説明してもらいながら各人あてがわれた部屋へと案内され、広くて立派な客室に収まったまでは良いのだけれど───


 ───ふだん暮らしている宿と違って、部屋が立派で静かすぎた。

 夜は王や神人達と晩ごはん……夕餐を摂ることになっていて、夕方にはメイドさんが身支度を手伝いに来てくれるそうなんだけど、それまで時間がある。

 いつもなら同室のリエンヌがいたり、宿の人もいる。街に出れば知り合いも多いし、私は知らない人でもあまり構わず話しかけたりするからこんな静かなところに一人でいるなんてほとんどない。

 部屋にはお茶の道具もそろっているみたいだし、ワードローブの中をのぞいたり時間のつぶしようはあるんだけど、どうにも落ち着かない。

 隣りの部屋にはリエンヌがいる。訪ねて行けば部屋に入れてくれるだろうけど……この部屋に来る途中に王様とのファーストコンタクトについて誤解されて、誤解を訂正しようと焦れば焦る程、むこうは頷きながら変に生暖かい目になっていくのがやり切れなくて……本当に、誤解なのに。

 だから、いまはリエンヌの部屋には行きたくない。

 かと言って、他のメンバーは別の棟へと途中で別れて案内されて行ったせいで、どこの部屋か分からないし……。


「はぁあ~……」


 ひとりで時間を過ごすには、この部屋は静かすぎる。

 宿の部屋のベッドを二つくっつけたよりも大きな寝台に転がった私は、落ち着いて今後この城でするべきことについて考えようとしてうっかりと金色の王様のキレイな顔を思いだし、とっさに身体を捻って枕に拳を叩き込んでいた。


「っ……! うぎゃ~うきゃ~……き、消えて! なし、無しっ、それ消去!」


 小さく叫びながらパスパスと枕を殴り、少し息が切れたところで我に返る。殴りつけたせいで真ん中が窪んだ枕に顔を埋めれば、今度は閉じた瞼の裏にあの時、自分が王様の目にどれほど不細工な姿に映っていたのかありありと浮かび上がり、自分への腹立たしさと羞恥で私は顔をうずめたままの枕をかかえてベッドの上を転げまわった。

 真ん中から右端。右端から左端。さらにまた一往復。


「ぶ……不細工で変なやつでもっ私は、良い冒険者だから!」


 自分でも意味の解らない慰めを口にして、私はこの部屋でおとなしく時間を過ごすことをあきらめる。これ以上ここにいたら、枕を抱えて転がりまわる以上の奇行に走りそうで危ない。

 だから私は、気を紛らわせてくれる物を求め使用許可が出ている図書室へ行くと、とりあえず軽い読み物でも探そうとズラリならぶ書架の間を背表紙を眺めながら歩いていたのだけれど……。


「どうしてこうなった……」


 再び、私は心の中に茫然と呟く。

 何冊かの本を腕に抱えたまま、気になった本をパラパラとめくって見ていた私は文字列を追う視界が不意に暗くなった事で顔を上げた。

 黄金の光沢が見上げた先、触れられる距離にさらりと揺れる。

 目の前に、天空城の王様がいた。


 まがりなりにも冒険者としてそれなりの実力を私も持っているのだ。この静かな場所で、例え大量の本にちょっとテンションが上がっていたとは言え、こんな……腕を伸ばせば触れられるほどの接近に気づかずいるなんて、ありえない。

 一体どんな高度な気配隠蔽スキルを持っているのこの人……!?

 とか、多少混乱気味に茫然と王を見上げる私へと、金色の髪の王様の手が伸べられた。

 伸ばされた手指が、私の顎を下からクイとすくい上げる。


 何てことでしょう。……天空城の王様から、『顎クイ』一つ入りました。


 どうして、こうなった……。


 

 

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