天空城の王
第5話
「
昇降機の出入り口を出ると、そこには綺麗なお姉さんが待ち受けていた。お姉さんの背中には大きな白い翼が一組。
下層階の一般住民や冒険者に鳥系獣人がいるけど、彼らの鳥としての名残は頭部の冠羽とか手首あたりに数枚羽が残っているていど。こんな大きな翼が生えている人種なんてこの世界では第95階層の彼ら有翼人くらいしか存在しない。
そもそも彼らはたぶん、鳥系の獣人とは別の存在なんだと思う。だって鳥系獣人には鳥からの進化を感じさせる形跡があるけど、この人達は背中の翼以外はまったく普人と変わらないんだから。
リエンヌと張る美貌に白に近い淡い色合いの長いローブに身を包んだ翼持つ神人と呼ばれる彼らの姿は、私から見て"天使"以外の何ものでもない。
天使のお姉さんの背負った景色、緑の芝に覆われ白い踏み石が点々と道を示す昇降機周辺のセーフティーエリアの向うには、見渡す限りに透明度の高い水の領域が広がっている。
それだけ聞けばこの階層の城がどうして
「すげぇ~……」
口をパカンと開けて呟くドギーの呆け顔も無理はないと思う。だって、この景色は凄すぎる。
揺らぎの少ない水の鏡を青く染めるのは、空の色。
足元の水以外はぐるりと360度すべての背景が空色で、果ての見えないその中に、ぽつりぽつりと幾つもの浮島が浮かんでいるのだ。
大小さまざまな浮島には草木が茂り、島はそれぞれ個々に独立しているだけじゃなく、苔むした石橋渡されていたりもするし、孤立した浮島間を繋ぐ浮遊する踏み石らしき姿も見える。
あちらこちらの浮島の中には泉水を湛え水を溢れさせるものがいくつもあって、滝のように落ちる水流は高高度を落下する内にやがて雨粒の大きさになり、霧の細かさになり、小さな水の粒子が空を白く煙らすその銀幕の上をいくつもの虹が美しく彩っていた。
こんな光景を見せられたら、誰だって感動せずにはいられない。
まさしくこれは
『RPG系ゲームの終盤マップのイメージそのもの』
……そんな言葉が頭に浮かんで途端、それまでも高揚感に高鳴っていた私の胸のドキドキが、別の意味を帯びて呷り出すのを感じた。
「天空城へご案内いたします。……どうぞこちらへ」
先導する神人の指示に従いみんなと一緒に白い踏み石の示す先、水の上に浮いた幾何学模様の刻まれた巨大な石のキューブの上に乗り込めば、巨石のブロックは音もなく水上を離れて上昇してゆく。
揺れも無くただ静かに高みを目指すその思いもよらぬ上昇の速度に、リエンヌは小さく息を飲みつつ好奇心に輝く目を周囲へと向け、アーセルは微妙に一歩足を引き、ドギーはそのふっさりした尻尾を激しく左右に振りながら
「おぉ~っ!」
と、歓声を上げた。
「庭園……美しい……」
ふだん無口なウォレスの零す感嘆の声につられて目をやれば、朽ちた石の建造物を緑と花とが飲み込もうとしている美しい庭園を擁する浮島の姿。
名作アニメ映画を彷彿とさせるその景色に、私の胸はざわざわと騒ぎだす。
『天空のお城に至る道はね、ピカピカで小奇麗なだけじゃつまんないでしょ? 緑に埋もれかかった遺跡の浮遊島とかロマンだもん、やっぱりこういうのもなきゃね。滅びの美学ってやつ?
いろんなゲームや映画、小説の世界からつぎはぎに借景した妄想の世界を能天気に語る自分の声が脳内に再生され、じわりと汗が手の平を湿らせた。
気のせいだって思いたいのに、巡らせる視線の先に見えるアレコレがあまりにもその妄想話のアホ発言を彷彿とさせてくれる。
向う側に見える緑が少なめの浮島の上にあるのって、有名な『石庭』じゃないのかな。庭を囲む塀が朽ちかけてボロボロだから、もしかしてこの辺りが滅びの美学で
ある程度の高度に達した巨石のキューブがゆっくり停止すると、みんなが乗っている物と寸分違いの無いキューブが一つ、音もなく滑るように空中を水平移動して来て隣接し、隙間なく接続した。
「こちらの浮遊石へ移動してください」
天空エリアマップの浮遊石上をパーティーがそろって移動すれば、次に乗った浮遊石が横方向へと動き出し、それを何度かくり返して私達は目的地へと向かって行く。
レトロなゲームのドット映像が想起されるようなそんな挙動……。
向かった先にあったのは、ひときわ巨大な浮島のうえの建造物。
居住性とかまるきり度外視の装飾的尖塔がお城の両翼にいくつも林立し、清掃係の過労死上等なほどに汚れなく白くまばゆく輝いた華麗にして壮麗なその天空の城は、タージマハルとノイシュバンシュタイン城その他をいい感じにドリーミーに混ぜ合わせたようなフォルムをしていて、夢見がちな
「わぁ~ステキ……
私の肩を軽く揺さぶり、キラキラしたお目ゞのリエンヌが天空王の居城へ指をさす。
あ"あ"……。
『白亜のお城』
……私、そんなふうなこと、言った覚えが……ある。
城に攻め込む対抗勢力やこの第95階層に入り込める不埒者がいるとも思えないのになぜか存在するお堀の跳ね橋をみんなと渡りながら、私は一人笑顔を強張らせ、嫌な汗にじっとりと濡れていた。
生来能天気な性格で深く思い悩むとかあまりしない方ではあったけど、たいがいに私でもこれはおかしいと思うんだ。
いや、前世の記憶があるって時点でたぶんすでにオカシイっちゃおかしいけど、過去世が自分のしゃべり散らした
ふつうなら『夢が叶う』って素敵だと思うんだけど、夢にも賞味期限ってものがあるんだよ。
だってさ、幼稚園の頃にカブトムシ大好きで将来はカブトムシになりたいって言ってた子がいたけど、大人になってもカブトムシになる夢を抱きつづけてたりするものかな?
しないよね?
ふつうしないよ。
カブトムシならまだましかもしれない。唐揚げ好きだからって鶏唐揚げになりたいって言ってた子なんてどうするの!?
これは唐揚げだ。ダメな事例だ。
生まれ変わって私はかつて夢として語った通り、冒険者になった。
魔導士になれた。
理想の容姿として語った妄言のとおり、白い髪と白い肌と
でもさ、冒険者って仕事があるならそれになりたいと思っちゃうのは若者のサガだと思うし、パーティーの仲間に恵まれたから竜が倒せちゃっただけと思うし、魔力があったのは運が良かったのか両親の遺伝子のお蔭かも……で、妄言どおりのアルビノは……まあ……なんと言うか……た、
うん、こう言うたまたまの偶然だって広い宇宙の中には存在するはずっ。
空の浮島も天空城の様子も、全部ぜーんぶそれは偶然なんだと思い込もうとしながらも半面、私は必死に前世の記憶に思いをこらした。
天空に浮かぶ白亜のお城……天空城の王様からのご招待。
夢見がちと言うにはあまりにも夢見がちだったあの自分は、その先にどんな
「よく参られた
「王がお待ちです」
「参られませ」
「さあ、こちらへ」
城内へ入るとミルクティー色の髪の天使に代わり、神人の中でもお偉いさんであるらしい人や高位の貴族っぽい男女一組、女官長を名乗る人らが現れて私達をお城の奥へと導いていく。
天空城の中の階級なんて分からないけど、とりあえず神人とも呼ばれる有翼人は私達冒険者からすれば全員がいわゆる殿上人……いや、文字通り天上人。最初からほとんど口を開く事のないウォレスはもとより、今日は昇降機に乗る前から緊張気味で口数がめっきり減ったアーセルも、お城の入り口付近までは見る物の物珍しさにはしゃいでいたドギーやリエンヌも、ここに至って緊張の方が勝ったのか、もうさすがに口を開こうとはしていない。
大理石のモザイク模様の床に白漆喰の壁。壁の天井に近い高い部分には等間隔で装飾的な
「王は末たのもしき冒険者として、勿体なくも其方らに労いと今後の助力を……と、申された」
自分を天空城の宰相と名乗った神人が、長い廊下が終わろうとする頃、私達にそういった。
確かに冒険者ギルドから届けられた招待状にはそんな事がむつかしい言葉で書かれていたから、私達は神妙な顔でおずおずと頷いた。
「下階層の者がこの城に招かれることはそう多くない」
「平時、我が王は城奥で眠りに入られており、われらとて彼の方にお目に掛かれる機会はほとんどありませぬ」
高位貴族の男女がもったいぶって言うとおり、天空城に一般人が招待されるなんてめったにあることじゃないし、それに白金色の髪の有翼人女性の言葉によれば、ゴールディロックス階層世界の支配者とも言われる天空城の王様は、神人である有翼人の前にもほとんど姿を現さないらしかった。
「王の麗しき尊顔を拝するこの機会、得難い行幸と感謝することです」
目もとをほんのりと赤くして謁見の場へ通じる大扉を示す有翼人女性の言葉と様子からして、この城の王様はかなり美々しい人なんだと思う。
白亜に輝く城の最奥に眠り、まどろみの中に世界を見守る美しい天空城の王……とか、これはガチでファンタジー。それもキラキラの少女小説なファンタジー設定じゃないだろうか……。
じわじわと手の平や背中をしっとりさせていた汗が、首筋、頭皮へと勢力範囲を勢いよく広げていった。手指の爪と肉の間がむずがゆく、いやましに増す嫌ぁ~な予感に髪の毛が逆立つ。
いやいや、まさか。
変に願ったことが叶ってるって思うこと自体がすでに妄想だし、前世の中二妄想は、今の私には全然関係ない筈だし……っ。
脳内には否定の言葉と同時、過去世の自分が言い出しそうなアレヤコレやが次々と……それこそ摩擦で発火しちゃうレベルの勢いで加速度的に浮かんでは消える。
自分との力と仲間を信じて戦う剣と魔法の世界での冒険譚も好きだったけど、年頃の女の子らしく恋愛メインのゆるふわファンタジーも私の大好物だった。どうせ夢見るなら思い切り、王侯貴族、天使に悪魔に精霊様。チャラ系と腹黒眼鏡はたぶん無い……さしたる特殊性癖は持っていなかった筈だもの美老人とオネエ系も無かった筈。
だいたいにして私が妄想話を語った相手は自分の初恋の人なんだから、彼に絶対に妙な事なんて言っていないと思う。
けど、そもそも私、どういうシチュエーションでそんな相手に中二妄想話を語りまくったの……!?
謁見の間の大扉が我々一行の前に開かれてゆく。
表面上なんとか平静を保ちながらも内面パニックに陥っていた私の脳裏に、過去世の私の能天気な言葉が蘇った。
『金色の、王様!』
なにその、フワッとした指定……っ!?
不毛なツッコミをマッハで入れる私の視線の先に待っていたのは───黄金色の髪と目を持つ天空城の王様だった。
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