第3話

 私達が走竜を狩ったこの第29階層から冒険者ギルド本部がある第1階層へと帰還するには、各階層を貫き繋ぐ巨大な昇降機エレベーターに乗り込む必要がある。

 昇降機周辺は魔物や動物が近づかないセーフティエリアになっていて、階層によってはこのエリア内に宿泊施設や武器防具、道具類を取り扱う店舗なんかで小さな町みたいになっていたりすけるれど、この第29階層以降の高階層にはそういった物はないらしい。

 AランクパーティーかBランク冒険者の中でも昇級を狙える上位者しか出入り出来ない階層だし、訪れる人間も少ないしから仕方ないと思う。

 それでも治療施設とか、狩った獲物の解体洗浄を行うための設備、簡易宿泊所なんかを含む各階層共通の基本設備だけは必ずある設置されているので安心だ。


 解体洗浄設備と宿泊所はまあおいて、治療設備の存在は危険と隣り合わせの冒険者にとってなくてはならない。

 なにしろここにある治療水槽キュアプールを使えばほとんどの怪我が治るんだから。それこそ、命さえ残っていれば手足や胴体が千切れても完全な回復が可能と言う優れものだ。

 発達した科学技術は魔法と見分けがつかないとかなんとか昔読んだ気がするけど、魔法にしても科学にしてもとりあえず古代文明すごすぎる……。


 浮遊荷台フロートキャリアを追尾させる魔道具を持つ先導役と、周囲の警戒と危険生物の駆除役、荷台に走竜と同乗しての休憩を交代しながらの帰路にさしたるトラブルも無く済んでいる。それでも走竜を荷台に乗せるのに結構な労力を振り絞ったし、狩り自体への緊張や無駄な戦闘を避けるために草原狼の群れを迂回したりで相応に疲労が溜まっていたのだろう。


「はぁ、やっとここまで着いた~」


 荷台の上でグッタリしていたリエンヌは前方、まるでバベルの塔のように地から生え空の彼方に上部を霞ませる『昇降機』を眺めながら、あからさまにホッとした表情。

 私もつられるように昇降機の上部が霞んで消える空を見上げた。

 暮色を混ぜた青空には雲が浮かび太陽があって、時間が経てば日は傾きやがて夜も訪れる。一部、空の見えない階層もあるけど、階層ごとに空と太陽があるとか……正直この世界は不思議でならない。

 ゲームとか小説に出て来るダンジョン・・・・・なんかにこう言う不思議空間が登場してても「フィクションだしな~」と適当に流してたけど、現実ではこの仕組みがどうなってるのか首を傾げてしまう。

 リエンヌやアーセルに訊ねようにもそもそも彼らは他の世界なんて知らないんだし、宇宙とか惑星とかの概念自体が無い人間に私の疑問なんて意味不明なものだろうと思うからこれは口には出さないけど……。


「おめェほとんど浮遊荷台の上にいたくせに、なに一番疲れてるみてぇな顔してやがる」

「だってぇアタシ、種族的に長距離移動向きじゃないんだもん。しかたないじゃないの~」


 口の悪い剣士が険しく睨みつけてもどこ吹く風。兎人は悪びれた様子なく肩を竦めた。


「アーセル。リエンヌ、ちゃんと浮遊荷台フロートキャリアの上から索敵してたよ」


 草原狼の群れを迂回した時の事を思い出してか、ドギーがリエンヌをフォローした。少し拗ねたように口を尖らせているのはたぶん、自分の耳や鼻より先に兎人の耳が敵を察知したのがちょっと悔しかったせいだろう。


「ほら、適材適所って言葉があるし?」


 やる時はやるし能力も高いけど、ふだんはのんびりとしたリエンヌにアーセルが絡むのは孤児院時代からの恒例事らしい。男子が憎からず思っている女の子に突っかかるって言う例のアレ。

 実際年齢的にはもう『男子』と呼ぶには厳しいけど、男性は永遠に少年の心をもっているそうなので仕方ない。

 内心ぬるく苦笑いながら犬人ドギーのフォローに私も乗っかると、熊人ウォレスも声は出さないがコックリ頷き同意を返した。


「ったく、甘やかしてんじゃねーよ。リエンヌ……おめェも何うんうん頷いてんだ。んなダレてると、ただでさえデケェ尻が運動不足でもっとデカくなっぞ」

「ええぇ!? 酷~いっ嘘ぉ」


 言いぐさ自体は酷いけど、これは彼女の女性的なボディラインを魅力的に感じてるのだろうアーセルによる天邪鬼な好意の発露だと承知してた。それでも一応


「……リエンヌ、スタイルいいじゃない。アーセルだってそう思ってるんでしょ?」


 とかつい口を挟んじゃうのは、なんと言うか……彼の言葉が愛情の裏返しだと分かってても言葉面がちょっとキツく感じるのと、裏を知っていても表面が波立って見えるのに耐えられないと言う平和主義で苦労性な日本人気質が私にそれを命じるせいだと思う。

 後、ちょっと面白いから。


「───んなっ!?」

「ホント? うふふ。嬉しい~」


 膝立ちで自分のお尻を涙目で眺めていたリエンヌが、私の言葉に反応して嬉し気な笑みを普人の剣士に向ける。

 計算の無い天然は最強だ。少し身体を捻ったポーズがスタイルの良さを強調し、ピコピコ揺れる短い尻尾と長い耳が私から見てもあざといくらいに可愛らしい。

 言葉に詰まりみるみるウチに両の耳を赤く染めた剣士が数秒間の硬直の後、照れの度合いに比例して凶悪化した目でこちらを睨むけど、怖くない。ミジンコほども怖くない。

 それよりもっと恐ろしいのは


「あ……そっか。メイはいつもいっぱい動きすぎるから……っ!」


 と言う、納得顔で犬人が放った失礼極まりない天然砲撃の方。

 どういう意味なのか問い詰めたいけど、同じくらいに問い詰めたくない。聞きたくない。

 でも私はけっして動きすぎて色々と擦り減ったわけじゃない。いや、見た目以外はやたらスペックの高い身体に生まれ変わったから、今日みたいにほとんど休憩無しで歩きつづけても身体は全然疲れてないし、だから擦り減るとかは無いはずだ。

 全体的なメリハリの不足な外見はおそらく不本意にも前世を引き継いでしまっているせいで、そもそも魔力を持つ人間は老化が遅いそうだからまだ育ち切っていない・・・・・・・・と言う可能性も無きにしもあらず……。


 普段通りの軽口が出るのは緊張感が必要な場ではなくなっている証し。入り口で冒険者登録タグ提示による認証と行き先階層の指定を終え、昇降機内に乗り込むと本格的に肩から力を抜くことが出来る。

 私達と走竜を積んだ浮遊荷台フロートキャリアが入っても全く余裕の広い昇降機は、すでに微かな稼働音と共に下降を開始している。窓の無い機内からではどれほどの速度で下降しているのかは不明だけど、ものの数分ほどで第1階層に到着することが出来た。


 前世の世界と比べると、この世界は本当に不思議で妙な場所だと思う。

 地球と言う惑星の上、海や島、大地があって、人は地球の表面に住んでいる───と言う当たり前・・・・が、このゴールディロックス階層世界では当たり前・・・・じゃない。

 ここは『階層世界』と言う名前の通り、ミルフィーユみたいに幾層もの階層の重なりにより形成された世界なのだ。

 一層ごと空間はそれぞれ特性を異にしていて、例えば第29階層は少しの森林と草原のエリアだけど、第10層は湿原と湖沼のエリアで、第35層には砂漠のエリアが広がっている。そのほか氷雪の階層もあれば、日の射さない洞穴の階層なんかもある。

 高層ビルの一階毎にいろんな地形や気候の場所を詰め込んだような感じ……と言うとイメージし易いだろうか?


 階層世界は全部で100階層まであると言われていた。

 全階層制覇の偉業はいまだ誰も成しえず、冒険者による最高到達階層は第82層まで。ただ時おり第95階層天空城に住む神人の王が才能ある職人や芸術家、見どころある冒険者などを城へ招く事があって、その機会に上の層へ足を踏み入れた人がいたらしいんだけど、第95階層より上の階層は空気が希薄で準備も装備も無く行くのは無理とわかったんだとか。


 それにしても天空城……いつか行ってみたいものだ……。

 アニメとかゲームの終盤マップに出て来そうなロマンあふれる浮遊城と言う存在には、こうしてファンタジーな世界に生まれ変わってなお残るFTスキーの魂がトキメキを禁じ得ない。

 この世界の創生から存在すると言われてる天空城の神人、有翼人達は、男女問わずビックリするくらい美人だと言うし、そんな素敵なモノなら一度くらいナマで見てみたいじゃないですか。

 私は美人に弱いのだ。美しいは正義だと思う。だってなにしろ妄想が捗る。

 頭の中でキレーなお兄さんとのラブロマンスとかほわほわ想像するくらい、お年頃のお嬢さんなら普通にあるよね?

 うん、ある。


 前世での中二病妄想のせいで悶え転がる事が多い癖に、どうやら私は現世でも結局妄想癖からは脱却しきれていなかったようだ。

 しかも基本的に物事を難しくとらえられない性格なせいか、現世において前世の自分の中二妄想が異常な確率で現実化してしている事実をうっかりツルっと失念したままに、私は『方舟』の仲間達と共に走竜狩りを達成して一階層冒険ギルド本部へと報告へ向かったのだった。


 うん、迂闊。  

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