第2話

 私は嘘を吐きました。

 今現在の気持ちは微妙などではなく『とても・・・いたたまれない』が本当です。


 少しだけ、わたしの昔の話をしたいと思う。

 それはこの世界に生まれ変わった今世でのむかし……ほんの数年前のこと。

 運悪く両親を事故で亡くした私には引き取り手になる親戚がいなかった。そこで就労が認められる成人年齢になるまのしばらくのあいだ孤児院に身を寄せるという事になったのだけど、その当時の私は周囲の色々な人や物にむやみやたらと違和感・・・を覚えまくっていた。


 違和感のもと・・はたとえば今まさに視界の端で盛大に揺れているシープドッグな犬人、ドギーのふさふさ尻尾。風の音や遠くから聞こえる小動物の鳴き声に反応し、右に左にと向きを変える兎人のリエンヌの長い耳と、ピコピコ震える短く丸い尾。

 孤児院時代に友誼を結んで現在同じパーティーに属しているこの二人の獣人だけでなく、私が世話係になった五つ下の猫人のしなやかな黒い尾と先だけ白い黒い耳も、ヨチヨチ歩きの狐人の幼児のお尻に揺れるふっさりモフっとした赤茶の尾や同色の大きな三角耳も……とにかく、それらのモノがやたらと気になっていたのを思い出す。


 獣系獣人だけじゃない。爬虫類系蛇人や蜥蜴人の艶やかな鱗やそれが肌に張り付いているさまも気になれば、鳥系獣人の飾り羽と髪の部分の質感の違いや、手首に生える名残り羽の存在もひたすらに意識に引っかかる。

 ただもう理由も分からず、むやみやたらとそれらが強烈に私の目と意識とを引いたのだ。

 ───どころか、自分と同じ普人族の紺色の髪とか孤児院一の美少女のシュガーピンクの巻き毛、哺乳瓶片手に真っ赤な顔で泣きじゃくる赤子の水色のにこ毛でさえも、ひたすら視線の端に引っかかりまくるのだからたまったものじゃない。


 この世界・・・・では色々な種族の者がいて、それが当然のように一つ村一つ街の中に混ざりあい生活している。黒髪に濃い色の目が周囲の大勢だった前世とは違い、金髪も茶髪も珍しくなく、それどころか緑や青や紫といった色の髪色の人間だってざらにいる。

 それがここでの普通・・のはずなのに、なぜあれほどそのことに違和感を覚えまくっていたのか……。

 あの頃まさに私の中に前世の記憶がよみがえりつつあったせい───と言う理由づけは、あるていど記憶をよみがえらせた今だから出来る事。

 自分で言うのも何だけれど、よく気が狂わずにいられたと思うくらいだ。

 私、偉い。頑張った。うん。


 当時、前世では存在しなかった周りのあれやこれやに気を取られ、違和感を抱く理由は前世の記憶があるから……との事実を知る機会は、ある朝、唐突に訪れることになる。


 ある日ある時ある朝に、ふだん通りに身支度のしようとブラシ片手に覗き込んだ鏡の中に、それまで覚えたことのない強烈な違和感を私は感じ、思わず手にしたブラシを取り落していた。


「なに……これ」


 ぞわっと頭皮が粟立って首の中の産毛が逆立ち、耳鳴りが周囲の音をかき消して後ろ首から耳へとものすごい勢いで熱が上った。

 同時に、鏡の中の少女の顔も茹でタコみたいに朱に染まる。


 孤児院で与えられていた個室の鏡の中に映っていたのは、白い肌に白い髪、黄褐色と青のオッドアイと言ういつも通り・・・・・の普通の私の姿だったのだけど、この瞬間によみがえってしまった記憶が自分の認識を完全に変えてしまっていた。


 鏡の中にいるのは、前世と殆ど変わらない姿かたちの私だ。

 つまり、愛嬌はあるけど美人ではない平凡で地味で平坦な顔立ちと体型に、やたらと中二臭いカラーリングを施した……日本人顔モンゴロイド


 失敗した2Pカラー・・・・・・・・・とか、メイク前の・・・・・コスプレイヤー・・・・・・・とか、知らなかった筈の言葉がだだ~っと脳裏をよぎっていったのは、たぶん唐突に襲って来た強烈な羞恥心がショック療法の効果をあらわし、イモづる式に前世の記憶を引き出ずりしたせいだったんだろう。 


 それにしてもあんまりだ。生まれ変わっても色が違うだけで基本同じ姿とか、もう少しなんとかならなかったんだろうか?

 安易な2Pカラーは画面上で浮きまくる。だって考えても見て欲しいんだけど、その辺の中高生女子になり切りメイクも無しにカラコンにカラーウィッグを装備させたところで、十中八九馴染むわけが無いじゃないか。

 鏡の中へフォトショのインストールを要求したい。

 別に顔面偏差値が絶望的数値ってわけじゃなく、自分の顔が嫌いでもなかった。だけどなんと言うかこう……現在の己の色彩設定に対してもっと説得力がある容姿だったなら───例えばもうちょっと彫りが深い西洋チックな容姿とかだったりしたら……と、思わずにはいられないのだ。

 そしたらきっと、私は周囲人やモノへの違和感を覚えながらもよけいな前世の記憶なんて思い出さずにいられたかも知れないのに。


 自分の姿を恥ずかしがるなと言われても無理な話。だってもう私は思い出してしまっている。

 白い髪に白い肌、金目銀目のカラーリングはかつての世界で幼馴染に私の希望する来世の姿として鼻息も荒く語ったモノだった。

 だいたいにして生まれ変わったら何になりたいって話題自体がすでに充分痛いのに、転生した先でこんな目の色になりたいだの、こんな髪の色になりたいだの……と、一般人相手に語るなど、前世の私はあまりにも馬鹿過ぎる。

 しかも自分が恋愛感情を持っていた少年相手に恥ずかし気も無くベラベラと中二臭漂う夢語りをした前世の私を、私は今すぐ撲殺してしまいたい。ぬっころしてしまいたいっ。

 おかげで私は今生で、いたたまれない羞恥に苛まれている。その羞恥心・・・をきっかけにして、時折ぽこぽこと心の中に前世の記憶が蘇るのだ……。


 例えばさっき微妙な気持ちになった時、思い出したのは自分が『竜殺しドラゴンスレイヤー』の冒険者になりたいと夢見がちに語った記憶。

 ついでに今は、短期間の内に次々と希少な採取物や強い獲物の討伐等と言った難しい依頼をこなし、冒険者ギルドのランクを上へ向かって駆けあがって行くと言うテンプレがいかに素晴らしいかを熱く熱く幼馴染みに語り倒した過去世の記憶が、羞恥心と共にリアルタイムで現世の自分の中へと転がり出でている。


 う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛……!

 なに語ってんのよ? なに語っちゃってんのよ、過去の私ぃいっ~っ!?


 人目さえなければ草むらの中、頭を抱えて転がりまわってしまいたかった。落ち着くためには最低でも100回転の高速ローリングを希望する。

 しかし生憎この場には私の脳内状況など知らないパーティーメンバーがいて、今回の互いの仕事を讃え合う流れで私が走竜に放った魔法の話がこっちに振られていた。

 うう……いまはこの羞恥心をこらえて常識人として振る舞わねば。


「ねえねえメイ、すごいね。もうすっかりメイの魔法、呪文無しでエイって一発だね」


 明るいセーブルカラーの頭から突き出す先の微妙に折れた焦げ茶の耳をピコピコさせ、ふさふさの尻尾をばっさばっさと揺らしながら犬人のドギーが私に笑いかけていた。濡れたような黒茶の瞳が裏表なく尊敬やら憧憬やらを乗せ見上げて来るのに耐えられず、視線が泳ぎ頬と耳とにじわっと血がのぼる。


「み……皆の動きが素早いから、テンポ良く動かないとって思ってね」


 ちょっと前までの私は魔法の発動のため、もっと長い呪文の詠唱を必要としていたのだけれど、この詠唱と言うのがまた……過去の自分の中二な病気を生々しく思い出させるようなものだった。

 例えば夜間や光源に乏しい階層の探索に使われる光明ライトの魔法。

 初心者向けの魔導書通りだと、発動呪文はこう。


『手中に掴みしぎょくのように、凝れ無形なる光明よ。朝に昼に地の営み照らす陽光にも似て、我ら暗闇に道迷う者らの歩む先行きをささやかな明りで導く標べたれ。───光明ライト!』


 ライトは行使した人間の歩みに合わせ光源が空を移動しつつ先行してくれる小さな魔法なんだけど……発動呪文が無駄に長い。

 魔法は術者のイメージで行使される特性上、初心者ならなるべくイメージの固定がしやすくなる詠唱が求められるのは理解出来る。でも、何もこんなもってまわって格好つけた詠唱にする必要があるんだろうか……。


『コブシ大の光球出現。浮遊して先行』


 じゃダメだったのかな、これ。

 魔法書にある詠唱はふだんの生活の中じゃ使わないし使えないような言葉ばかりで、口にするのがどうにも気恥ずかしい。

 私が昔(前世で)考えた最高にカッコいい魔法の呪文書と言う黒歴史をすっごく思い出すから勘弁してもらいたい。あのノート……一体どこにしまったんだったかな……嫌な事は容赦なく思い出すのに、肝心なところが思い出せなくて困る。

 ……とにかく、黒歴史魔法ノートを思い出すと言う事故が起きて以来、私は頑張って詠唱破棄の練習に努め、魔導士が一生の半分の時を費やして身につけると言われる詠唱の短縮や破棄を自分の物にした。

 それでも魔法発動のきっかけになる鍵言葉だけはどんな魔法を使うか周囲に知らせる都合上、なるべく口にするようにしているんだけど、何しろイマジネーションが鍵となる魔法の行使だ。

 魔法のイメージに関してはゲームとかCGを駆使した映画やアニメと言った前世の記憶がおおいに助けてくれるんだけど、気を抜くとさっきみたいに変な幻光エフェクトが飛び出したりして焦る事もある。


「おお、さっきの魔法の話か。あれスゲーな。オーガがぶっとい棍棒で殴り掛かる魔法なんて、オレ初めて見たぜ」

「緑肌に黒角は上位種。あれは……強い」


 などと私と同じ普人族の剣士アーセルと熊人のウォレスが言い出したけど、アレはオーガじゃなくて風神様だから……オーガの上位種にそんなの居るなんて、いま初めて聞いたよ。

 ああ……いや、この世界の人に風神雷神図屏風の風神様って言っても分からないだろうし、勘違いを訂正する必要はないかな。しかも棒で殴り掛かったとか無茶苦茶言われてるけど、バズーカ砲撃も説明不可能だよねぇ。


「ウォレス、あの大盾での一発強烈だったよね。アーセルも固い鱗のあいだ狙って一撃なんて、すごい腕上げたよ。リエンヌもドギーもいつも難しい役、安心してお願い出来るし」


 これ以上無自覚なツッコミに心抉られるのを防ごうと口を開いたけど、出て来た言葉に偽りはなし。もともと過去世の私の妄想の中にあったのは、ソロでの冒険者活動とランクアップ快進撃だった。

 それが、孤児院でのドギーやリエンヌとの出会いをきっかけに同じ孤児院出身のアーセルやウォレスとこうしてパーティーを組む事になって……。


「皆とパーティー組めたの、私にとって本当に幸運だったと思う。……ホント、『方舟アーク』は最高のパーティだよ!」


 これは混じり気なしの真実の気持ち。

 もしも私がソロの冒険者をしてたなら、きっと今頃もう心が折れていたに違いない。だってそれじゃ、あまりにも現状が前世の私の妄想のまんま・・・で、自分が本当に現実を生きているのか分からなくなってしまいそうだもの。

 こうしてパーティーの皆と何かを成し遂げたり、わいわいギャーギャー騒がしく過ごすのは私の心の救いであり喜びだ。


「まー……なんと言うかそういうコトで。ほら、いいからもうさっさと撤収作業して街に戻って祝杯を上げようよ!」


 照れ隠し半分。撤収作業を呼び掛けた私に、皆は笑顔で応じてくれた。


 ……のはいいけど、アーセルとウォレスは人の頭をクシャクシャしてから行くの止めて。ドギーも背中パッチン叩かなくていいから。

 どうやら私が照れてるのはバレバレだったらしい……。

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