ほっこり編

トリコロール

 幼いころは散髪屋のグルグルに夢中だった。あれは「サインポール」と言うらしいが、私はそれに気づくまでずっと「トリコロール」と呼んでいた。もちろんトリコロールというのはフランス国旗を指す。


 私がそれを見ているとおばあちゃんはいつも

「あんまり……を見ているとグルグルに吸い込まれてしまうよ」

と言った。

 元より冗談を言って人を脅かすのが好きな人だったから、私は

「んなこと、あるもんかい」

と応じると、おばあちゃんは

「いいや、本当だとも。……の赤は人の血の色、青は内蔵の色、白は肌の色さ」

といよいよ怖いことを言い、私は戦慄し、あれに畏怖していた。今なら毛髪の色について問うけれど、そうなると

「散髪屋だから髪は切ってしまったの」

なんて誤魔化すだろう。

 もっとも、おばあちゃんにはもう尋ねられない。


 葬式はそれなりに盛大だったが、おばあちゃんの人柄が人柄だから湿っぽい感じはしなかった。

 私はおばあちゃんの目の前で香を焚く。数珠を握る。

 そういえば、おばあちゃんもあのグルグルを「トリコロール」と呼んでいた。

「あんまりトリコロールを見ていると――」

「トリコロールのあの赤は――」

 そうか、私はずっと二重でおばあちゃんに騙されていたわけだ!私は思わず笑いそうになって、拝みながら

「よくも騙してくれましたね」

と小声で言った。きっとあの人なら冥土も上手く渡っていけるに違いないや。

 おばあちゃんは霊柩車に運ばれた。不思議と寂しくなかった。

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