XI 逃亡

 帝国万歳、と斉唱が響く。

 黒い行軍とは逆方向に人混みを掻き分け、レオンハルトはひた走る。


 道行く人々が訝しげに目を向けて来るのが解ったが、少しも意に介さない。人と人との隙間を見つけ、そこをくぐり抜けてはまた走る。

 肌寒くなってきた季節とは言え、人でひしめき合う通りを走っていると身体も温まってくる。

 外套が靡く。人混み特有の熱気で額に浮かぶ汗は風に冷やされ、独特の涼やかさを生んでいた。


 目指すのは己の仕事場でもある首都警備隊本部の地下にある牢だ。

 現在、出兵の壮行会で住人、軍人共に意識がそちらに向けられている。地下牢に忍び込むなら今しか無い。

 普通に考えるなら牢錠保管庫から鍵を盗み出す必要があるが、今回はテオが作った合鍵がある。もし牢を移動させられていなければ、ティナを連れ出すのは容易だろう。


 レオンハルトは人混みをすり抜けて路地裏へと入る。途端に空気が冷え、正午の日光が翳る。

 首都の地図を思い浮かべる。複雑に入り組んでいる首都、アリエスだが、警備隊に配属されてから二年間、散々駆けずり回っていたお陰で抜け道や裏道まで完璧に把握できている。故に迷いなく、石畳の地面を軍靴で蹴る。


 流れる景色に呼応するように、鼓動が早まる。

 頬が火照るのは、きっと走っているせいだけではないだろう。路地裏の冷えた空気が心地よかった。

「外套なんぞ着て来るべきでは無かったな」

 は、と息を吐き、レオンハルトはまた一つ角を曲がり、再び日向に躍り出た。



 案の定、首都警備隊本部の建物付近は閑散としていた。

 無骨な鉄製の門を潜ると、傾斜屋根と等間隔に並べられた柱を持つ二階建ての建物が目に映る。視線を右に映せば、広い芝生の修練場が広がっていた。

 レオンハルトは表情を引き締めると、建物ではなく修練場へと足を踏み出す。

 今日のように晴れた日には、剣や拳をぶつけ合い鍛錬に励む隊員達の姿が見られるが、今日はもぬけの殻だ。他部隊からも前線に志願した者が居ると聞いている。その見送りに行っているのだろう、とレオンハルトは結論付け、殊更時間が無いことに気付く。

 レオンハルトは傍らの建物に沿うようにして走り出す。角を曲がると、すぐに二人の衛兵に出くわした。

 その奥には、小さな木造の小屋が建てられている。


「お疲れ様です、ヴァルフレア中尉。これより先は司令官、及び軍本部の許可状が無ければ進むことは出来ません」

 手にした銃剣を交差させ、片方が事務的な口調で言った。レオンハルトはしかし、足を止めない。

「知っている」

 そのまま無造作に歩を進め、先程口を開いた衛兵の鳩尾に拳を叩き込んだ。

「なっ……中尉!何を……」

 何が起こったのか理解出来ないままくず折れた仲間を見て、もう一人の衛兵が銃剣を構えようとする。しかし遅い。

 切っ先が自分に向けられる前に、レオンハルトは爪先でその腹を蹴り上げる。くの字に身体を折った彼はくぐもった呻きを漏らして昏倒した。

 レオンハルトは二人の意識が無いことを確認して小屋の扉を手で押し開けた。


 軋んだ音を立てて扉が開くと、地下に続く階段が現れる。床は木材を使っているが、階段は石造りになっている。その先は闇に包まれており、ここからでは見ることができない。

 小屋の扉を後ろ手で閉め、傍らの机上に置かれていたランタンを手に取るとレオンハルトは一つ深呼吸をすると闇の先に進むべく足を踏み出した。



「……」

 踏み入れた地下は、暗さとは対照的にあまり低いようには感じられない。その証拠に、空いていた牢を覗いてみると天井近くの格子窓から青空を見ることができた。

 ランタンの光が、暗闇に包まれた空間を茫と浮かび上がらせる。

 人が三人は並んで通れそうな通路の左右に、錆びた鉄格子の牢が並んでいた。

 空気が重い。粘りつくような湿気と、染み込んだ錆の臭いが鼻につく。耳鳴りがするほどの静寂の中、レオンハルトの足音だけが石の壁に反射して漂っている。


 悲哀、憤怒、怨嗟──あらゆる負の感情に満ち、それを鎖として罪人を繋ぐ牢獄ゲットー

 レオンハルトは、そんな感想をこの場所に抱いていた。壁や鉄格子に、触れれば発狂に値する程の憎悪が染み付いている。そしてこの奥には、人間の内面を見通す占い師が繋がれている。


「……」

 レオンハルトは昨夜頭に叩き込んだ地下牢の地図を思い出す。

 ティナが囚われていると言う十番牢は、この一本道を進んだ最奥にある。迷うことは無い。

 そう思って歩いていたレオンハルトだが、正面から橙色の光が揺れながら近づいて来ているのを見て微かに鼓動が早まった。


 道の端に寄り、そのまま進む。光が近付くにつれ、その主の姿が視認できるようになってくる。

「この先に何の用だ?レオンハルト・ヴァルフレア中尉」

 すれ違うその刹那、力強く張った声がレオンハルトの足を止めた。正確には、止まらざるを得なかった。

 レオンハルトはそちらに目を向ける。


 歳は三十前後程だろう。レオンハルトより更に頭一つ分程背が高く、鍛えられた体躯は黒い軍服と相俟って岩壁のような印象を受ける。

 艶やかな黒髪を無造作に結んではいるが、不思議と粗野な印象は無い。厳しげに眉を寄せているが、顔立ちは整っている方だろう。胸には少将の勲章がランタンに照らされて淡く光っていた。

 しかし、何よりレオンハルトが目を奪われたのは、血のように光る真紅の瞳だった。


「囚人の様子見です」

「嘘だな」

 間髪入れずに男は答えた。

「分隊長に囚人を扱う権限は無い。俺の目を誤魔化せると思っているのか」

 男の表情は変わらない。ただ、何かに対峙しているかのような厳しさと威厳がランタンの光に浮かび上がっていた。

「無知蒙昧。そうは思わぬか?」

 男は重ねて、レオンハルトに問いかけた。


「俺が、ですか?」

「いいや、この国がだ」

 レオンハルトは訝しさに眉を顰める。男の目は依然として厳しげで、そこに一片の稚気も混じってはいない。

「貴様もいずれ気付くだろう。して、俺が此処を通さぬと言ったらどうするつもりだ?」

 男はじっとレオンハルトを見下ろしている。

「貴方が何と言おうと、俺は通る」

 反射的に、レオンハルトは外套の内側に忍ばせていたダガーナイフを抜き放ちその切っ先を男の喉に突き付けていた。

「己が望みは他の命を奪ってでも貫き通す、か。成程、獅子心レオンハルトとはよく言ったものだ」


 しかし男は、微塵も動揺した素振りを見せない。ただ厳然と、審判者の如き冷徹さでレオンハルトを見下ろしている。


「黙れ。此処を通す気があるのか無いのかはっきりしろ」

 目上に対する礼儀をかなぐり捨て、レオンハルトは男を鋭く睨めつける。

 そもそも、此処でこの男と問答している時間はない。人が集まる前に、何としてもティナを連れ出さなければならないのだ。

「無論だ。通るなら通れば良い」


 だからこそ、続く男の言葉に咄嗟に反応することが出来なかった。

「……は?」

 レオンハルトは己の耳を疑った。

 この男は今、何と言った?

「通れば良いと言ったのだ。元よりティナ・シュレンベルクの拘束は軍本部の下らぬ勘繰りによる不当な命令。それに反発する者が出てきたとて何ら不思議ではない。──それが、例え国家に仇なす行為であろうともな。故に剣を収めろ、中尉」

 真紅の瞳に、偽りの色は見られない。レオンハルトは恐る恐る、ゆっくりとナイフを下ろした。

 それを見て、男は出口へ向けて歩き出す。

「元より人間には、理不尽に抵抗する権利がある。時には全てを犠牲にしてでも。貴様等は──いや、この国はそれを忘れている」

 何を──そう言いかけたレオンハルトだが、その言葉を口にすることは出来なかった。


「否と嘆くなら抗え。何度でも、何度でも。突き落とされた千尋の崖から這い上がってみせろ、獅子の子よ」


「──!」

 レオンハルトは息を呑んだ。

 鼓動が早まる。掌に汗が滲む。脳を突き抜け響く耳鳴りに、視界が眩むような錯覚さえ覚える。

「待て、お前っ……」

 慌ててレオンハルトは叫ぶ。しかし、男の姿はもう見えない。いつの間にか、彼の持っていたランタンの光さえ見えなくなっていた。

「馬鹿な……」

 男が消えたことが、ではない。そんなことはどうでも良かった。

 レオンハルトにとっての問題は、先の男の言葉だった。

 それは遥か昔に捨て去った記憶。

 忌まわしく、おぞましいものとして無意識の深淵に封印した悪夢おもいでを、彼は知っているのか。

「……いや、よそう」

 レオンハルトは軽く首を振って思考を切り替える。

 優先すべきはティナだ。早くしなければ、倒れている守衛を見つけて此処に兵士達が雪崩込んでくるかもしれない。

 レオンハルトは余計な思考を振り切るように駆け出した。

 動悸は未だ、治まらない。



 突き当たりまで走り抜けると、一つだけ光が漏れている牢があった。

「ティナッ!」

 レオンハルトは鉄格子を掴んで叫ぶ。すると、寝台に横たわっていた影がゆっくりと身体をもたげた。

「……貴方、何故来たの」

 心做しか、少し痩せた気がする。机に置かれた蝋燭の光に浮かぶ瞳に、相変わらず感情らしきものは浮かんでいないが、何処か疲れているように見えた。

「お前を助けに来た。詳しい話は後にしろ」

 レオンハルトは早口にそう言い、テオから貰った鍵を鍵穴に差し込む。

 半ば祈るように回すと、軽い音が響いて閂が外れた。

「開いた……行くぞ」

 レオンハルトは未だ寝台の上で茫洋としているティナに手を差し出す。

 が、ティナは動かない。

「何をしている、早く行くぞ」

 焦れたレオンハルトが声を荒らげると、ティナは冷えた瞳でレオンハルトを見上げた。


「私を捕らえたのは貴方でしょう。ならば何故、貴方が私を此処から出そうとするの?」

「後で説明してやる。兎に角今は時間が無い」

 答える言葉を持たなかったから──などではない。だが、この場で言うことでは無いだろう。洒落も色気も無い話だが、自分はどうも

 ティナはじっとレオンハルトを見つめていたが、やがて「解った」と呟いて寝台を降りた。

「逃げる宛は?」

「勿論ある。大人しくしていろよ」

「……ちょっと、貴方!」

 講義の声を無視し、レオンハルトはティナを左肩に担ぐ。見た目通りの軽さだ。これなら走るのにも問題は無い。

「ちょっと、何処を触っているの」

「後で文句は聞いてやる。今は後ろを見ていろ!」

 レオンハルトは右手ランタンを提げて駆け出す。

 逸る心臓の鼓動に舌打ちし、レオンハルトは暗い牢獄をひた走る。


「──!」

 石段を駆け上がり、小屋の中に出ると視界の眩しさに目が潰れそうになる。それはティナも同じだったようで、「最悪の気分」と小さく呟いていた。

「大丈夫か」

 ティナを床に下ろすと、彼女は目を擦りながらも頷いた。

「おかしいわね。此処に来るまで誰にも合わなかった。貴方、どうやって人払いしたの?」

 ティナの問いに、レオンハルトは首を振る。

「別に。ただ、出兵壮行で通りに人が集まっている時に乗じただけだ」

 時計を見ていた訳では無いが、レオンハルトが守衛二人を気絶させ、牢獄に侵入してから三十分は経っている。そろそろ倒れている守衛を誰かが見つけて入って来てもおかしくはない。しかし、だと言うのに今に至るまであの男以外と会っていない。しかも、その男には見逃されている。


「いいように泳がされているのかもな」

 誰かの掌で転がされているような不快な気分だった。テオの言葉を借りれば、『嫌な予感しかしない』。

「取り敢えず、此処を出ないことにはどうにもならないでしょう」

 ティナが扉を見つめて息を吐く。矢張り、氷のような無表情は変わらない。

「解っているが……」

「扉を開いた瞬間、袋叩きに遭うかもしれない、と」

 レオンハルトは頷いた。

「幾ら何でも上手く行き過ぎている。小屋から出た瞬間を狙う作戦かもしれん」

 運良く上手く行った、と喜べる程楽観主義ではない。

 だが、此処で立ち止まる訳にはいかないのも事実だ。

「離れていろ」

 そう言いつつ、扉に近付く。ティナが背後に下がるのを確認し、右脚を引く。

 腰を捻り、扉の中心を鋭く睨みつける。

 左脚を軸に遠心力を乗せ、扉を思い切り蹴りつける。当然、木製の扉は衝撃に耐えられず、蝶番が外れて勢いよく吹き飛ぶ。が──


「……誰も、居ない……?」

 正確には、侵入する時に倒した守衛二人が気絶しているだけだ。来た時と同じく、他の兵士は居ない。

 おかしい。

「どうかしたの?」

 立ち尽くすレオンハルトの背中に、ティナの平坦な声がかかる。その時だった。


 破裂音と共に、澄んだ空に黄色の光が弾けた。

「──!」

 血の気が引いたのが解る。レオンハルトはティナの手を掴んだ。

「拙い、走るぞ!」

「っ……ちょっと、触らないで!」

 ティナが眉を寄せて抗議しているが、今は聞いてやれない。

「黄色の閃光弾は反逆者や囚人が逃亡中であることを知らせるものだ。誰が打ち上げたものかは知らんが、早く逃げなければ間違い無く捕まる。急ぐぞ!」

 右手で剣を抜き、左手でティナの手を引いて駆け出す。

 嵌められた。

 あの場で男を始末しなかった自分の浅ましさを後悔しながら、レオンハルトは再びひた走る。



 そしてその光は、首都を出てジープで街道を走っていた兵士達の目にも届いていた。

 最初に気付いたのは、人よりも視力に優れた狙撃部隊の面々だった。

「あれって……」

 エリルはジープの車窓から顔を出し、先刻出立した首都を見る。小さくなっているが、黄色の閃光弾が打ち上げられたのが解った。

「そういや、アンタの隊が占い師を捕まえただがなんだか言ってなかったか?エリルちゃんよ」

 ジープを運転している男が操縦桿を握ったまま、声だけをエリルに向ける。

「あ、はい。レオン……ヴァルフレア隊長が捕まえたんですけど……」

 答えながら、エリルは一つの予感を抱いていた。

「まさか……」



「チッ、もっと上手くやれっての」

 馬を使い、先行して街道を疾走するテオは、背後に確認出来た黄色の光を見て苛立ったように呟いた。

「どうした?中尉」

 先を行く上官の声に、「何も無ェっす!」と答え、テオは口元に楽しげな笑みを浮かべた。

「成功か、レオン。やっぱお前すげえわ」



「いたぞ!あそこだ!」

「捕らえろ!ただし殺すな、警備隊の威信に懸けて生け捕りにしろ!」


 ティナの手を引き、商店街を疾走する。閃光弾に触発され、警備隊の人間が総出でレオンハルトとティナを追っていた。

 既に何人か警備隊の人間を倒してしまった以上、罪人の逃亡幇助の他に障害、公務執行妨害の罪も課される。それが首都警備隊の分隊長ということもあり、他分隊の隊員達は躍起になっていた。

 ティナの息が上がっているのが解るが、構ってはいられない。囲まれたら終わりなのだ。

「……っ、前!」


 ティナが叫ぶ。裏路地から飛び出して来たのは、レオンハルトの部下である三番隊の隊員達だった。

「止まって下さい、隊長!今ならまだ許されるかもしれません!」

 そう叫んだのは、今年軍学校を卒業したばかりの青年だった。他の隊員達も、何処か恐れるような、困惑したような複雑な表情を浮かべてレオンハルトを見ている。


「そこをどけ」

 レオンハルトは低く放ち、走る速度を落とさないまま剣の柄で彼の頭を打った。

「なっ……」

 躊躇いの無い突撃と攻撃に隊員達は瞠目する。その間隙を縫うように、レオンハルトは昏倒した彼を飛び越えて走る。

「おのれ、帝国軍の誇りを忘れたか、ヴァルフレア中尉!」

 背後から怒声と共に破裂音が響く。レオンハルトは咄嗟にティナの腕を思い切り引き、自分の正面に抱き竦めた。

 瞬間、左の肩に焼けるような激痛が走る。だが、足音は迫っている。止まれない。

「貴方……」

「黙っていろ、もうすぐだ」

 痛みに耐えて走り出す。向かう先は商店街南通りを抜けた先にあるイータ駅だ。そこから出る汽車にさえ乗ることが出来れば、一先ずは逃げ切れる。

 レオンハルトは再び走りだしつつ、外套に忍ばせていた発煙弾を自分を追う警備隊員達に向けて放り投げた。




「何だと!?レオンハルトが!?」

 同刻、アルスタニア帝国軍首都警備隊本部の司令官執務室で、ヴェルザードの怒声が響き渡った。

「壮行式の警備が手薄な時間帯を狙ってティナ・シュレンベルクを脱獄させたようです。現在、警備隊が彼を追っていますが拘束は困難でしょう。至る場所で隊員達が倒されています」

 彼の部下である副司令官は額に汗を滲ませつつも、冷静に報告している。

「部下の報告によると、現在イータ駅方面に向かっているとのことです。如何しますか、司令官」

 ヴェルザードは眉間を揉みつつ、先程目を通したばかりの極秘書類に目を落とした。


「参ったな……こんな時に……牢錠保管庫の見張りは何をしていた!」

「それが……保管庫の警備をしていた者に確認すると、誰も立ち入っていないとのことです。鍵が盗まれた形跡はありませんでした。ですが虜囚を拘束していた十番牢は鍵を使って開かれていました。ヴァルフレア中尉が合鍵を持っていたのは確かですが、ティナ・シュレンベルクが拘束されてから彼が保管庫に立ち寄ったと言う証言も記録もありません」

「……テオか!」

 方法は解らないが、警備隊指折りの器用さを持つテオならば、合鍵を作ってレオンハルトに渡すことは造作もないだろう。しかもタチが悪いことに、彼がとんでもなく頭が良い男であることをヴェルザードは知っている。


「……あいつらが駅に着くまでに捕えられなかったら追わなくていいと伝えろ。……その後は、俺がなんとかする」

 苦肉の決断だった。副司令官は敬礼して踵を返す。

「……何をやっているんだ、あいつは……」

 副官が去った執務室で、ヴェルザードは一人呟いた。

 外では怒声が響いていた。




 夕刻の斜陽が、礼拝堂に設けられた窓から差し込んでいた。

 首都郊外の小高い丘の上に建つ小さな教会には、壮年の神父と、可愛らしい双子の姉妹が住んでいた。

 だが、それも過去の話だ。

 礼拝堂の長椅子に腰掛け、神父──ギムレットは、じっと掲げられた十字架を眺めていた。


 突然、背後の扉がけたたましい音を立てて叩かれた。

 その音に、ギムレットは何やらただならぬものを感じて立ち上がる。軍を退役したものの、かつて中隊を率いて敵国の軍と戦った元指揮官でもある。戦場を駆け回っていた頃の勘は衰えていない。

 ギムレットは扉に近付き、ゆっくりと外へと続く扉を開く。


「……助けて……」

 少女のか細い声が、夕刻の丘に小さく響く。風に乗って、微かに血の臭いが漂っていた。

「貴方達は……」

 見開かれたギムレットの瞳に映ったのは、黒いローブを着、長い黒髪を乱した占星術師、ティナと、外套の左肩を血に濡らし、彼女に支えられながらも意識を失っている首都警備隊分隊長、レオンハルトの姿だった。

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