一章 収穫祭篇
Ⅰ 占星術師
レーヴェ大陸の西に位置するアルスタニア帝国。軍部が統括し、大陸の五分の一を占めるこの国の首都では年に一度、十月に大規模な収穫祭が行われる。秋までの豊作を神に感謝し、冬の間も飢えることが無いように祈る伝統の祭りで、開催期間中は国中から多くの人々が首都に訪れ街は一年で最高の賑わいを見せる。
今年も、その季節が近付いていた。
建物の間に吊るされた色とりどりの旗の下を、一人の男が早足に歩いていた。
短く切られた金髪と、晴れた空をそのまま映したような碧眼を持つ端正な顔立ちの男だ。しかし、不機嫌を顕に顰められた眉と鋭い眼光のせいで近寄り難い雰囲気を醸している。
纏う黒い外套の襟元にはアルスタニア帝国軍の天秤を模した紋章が留められ、被ったいる帽子の正面にも同様の模様が描かれているのが剣呑さにより一層拍車を掛けている。が、収穫祭の準備の為に忙しく走り回っている街の住人は別段怯えることも無く、ただ苦笑混じりに道を開けていた。彼等にとって、この男が不機嫌そうに歩いているなど日常茶飯事なのだ。
そして、とある露店の前にその原因の一つが立っていた。
「───テオ!」
金髪の青年は、露店の前で品物を物色していた赤髪の男の頭を容赦無く平手で叩いた。
「いってえ!?何すんだよレオン!」
テオと呼ばれた青年は、自らがレオンと読んだ男を不満げに睨んだ。
此方も金髪の男と揃いの外套を纏っており、僅かに釣り上がった目は金髪の青年以上に物騒な空気を放っている。
「何、は此方の台詞だ!お前は何持ち場を離れてほっつき歩いている!?俺達の仕事は──」
「首都の警備だろ?もう聞き飽きたっつの」
テオ・ノイバートは叩かれた赤毛の頭を摩りながら、手に持っていた軍帽を被った。
「でも、祭りの準備を手伝うのだって仕事みたいなモンだろ?持ち場はエリルに任せてあるし、俺がどっか行ったって文句は言われねえって」
「エリルに?彼奴は今日は確か非番だろ?」
エリルとは、レオン──レオンハルト・ヴァルフレアが隊長を務めるアルスタニア帝国軍指揮下、首都警備隊三番隊の最年少隊員であり、唯一の女性隊員でもある少女の名だ。
「いや何でも、俺とレオンだけが街に繰り出してるのがずるいー、て事らしいぜ。あいつも暇だよなぁ」
「お前に言われたら終わりだろうな」
心底から呆れた溜息を吐き出しながら、レオンハルトはテオに背を向けて歩き出す。テオの持ち場は商店街の入口付近だ。彼の言うことが本当なら、現在此処で油を売っているテオの代わりにエリルと名乗る少女が居る筈である。
行き来する人を掻き分けて進むと案の定、見覚えのある顔が目敏くレオンハルトとテオを見つけて輝いた。
「おーい、レオン!テオ!お疲れ様ー!」
二人と揃いの外套に身を包んだ少女が両手を大きく振りながら声を上げた。楽しそうににこにこと笑っている。二つに分けて束ねられた長い銀髪が、飛び跳ねる度に大きく揺れていた。
「よおエリル。任せて悪かったな」
「全然大丈夫だよ。レオン、久し振りだね!」
「久しいな、暇人」
親しげに手を挙げてみせるテオとは真逆に、レオンハルトは冷ややかに放った。
「暇人なんて酷いよ!せっかく来てあげたのに……」
「頼んでない」
「最低だね、レオン。そんなだから二十歳過ぎても恋人が出来ないんだよ?クソ真面目気取ってる冷血人間にわざわざ付き合ってあげてる私に感謝の一つもしないでさぁ。そんな骨の髄まで配線が這ってそうな機械人間はさっさとスクラップにでも……いたぁ!」
延々と続く嫌味をレオンハルトは頭部に拳骨を落として断ち切った。殴られたエリルは暴力反対などと騒いでいるが黙殺する。
エリル・オースディン。今年で十八になる少女だが、その中身はどうも幼い。決して軍人として無能では無いのだが、レオンハルトとしては非常に扱いに困る人間だ。
「で、お前は何できっちり軍服を着てまでこんな所に来ている?まさか本当に俺とテオだけが首都にいるのがずるいから、なんて理由じゃないだろうな?」
「ふふふ、よくぞ訊いてくれました!」
いつの間に手にしたのか、焼菓子を頬張りながらエリルが待ってましたとばかりに含み笑う。隣を見ると、テオが苦笑と共に小銭入れを外套の内側に仕舞っていた。成程、焼菓子で機嫌を取ったらしい。
「実はね、今首都に占い師が来てるらしいの!」
エリルは小さな子供がするように、レオンハルトの方へと身を乗り出した。
「……占い師?」
レオンハルトは眉を寄せてエリルの言葉を反復した。それに答える形で口を開いたのはテオだ。
「ああ、何でも北方のカトレア共和国から来た占星術師らしいんだが、そいつの占いがとんでもなく当たるんだとよ。だからエリルが興味持ってわざわざこっちに来たって事だ」
「そういうこと!ただ、任務のフリしないとエルが怒るからさ」
続くエリルの説明を聞いて、漸くレオンハルトの中で合点がいった。
エルとは、エリルの双子の妹であるエルミア・オースディンのことだ。溌溂としたエリルとは真逆の刺々しい人物で、占いや宗教を迷信、妄言の類と言って毛嫌いしている。自分の双子の姉であるエリルが占い師に会いに行っていると知れば、怒るだろうということは想像に難くない。
「下らん」
レオンハルトは短く吐き捨てた。
「エルミアの方が正しい。占いなど迷信だ。科学的根拠も何も無いだろう」
占いと称して詐欺紛いの商売を働く者も居る。そういった悪事も、レオンハルト達首都警備隊の検挙対象である。
「やっぱりそう言うと思った!レオンのばーか!」
エリルは不満げな様子で頬を膨らませる。それをまあまあ、と宥めながらテオが口を開いた。
「エリルは三人で行った方が楽しいだろうからって俺達を誘ったんだぜ。丁度二番隊の奴等が配置に着く頃だし、そうなったら俺達も暇になる。だったら行っても良いじゃねえか。占いを信じるか信じないかは後で決めりゃ良い話だしよ」
乱暴で粗野だが、ふとした場面で細やかな気遣いが出来るのがテオと言う男だ。今もエリルの気持ちを汲んでいるのだろう。
レオンハルトは親しげに首に腕を回してきたテオを渋面で見遣った。すると、エリルもレオンハルトの外套を引っ張り始める。
「ね?新しく街に来た人と仲良くなるのも警備隊の仕事の一つだよ!だから一緒に行こうよう」
動作そのものは子供同然だが、銃器を扱うエリルは一般的な女性よりもかなり力が強い。
「わかった、わかったから引っ張るな」
不意打ちに体勢を崩したレオンハルトは男の意地に懸けて何とか踏み留まり、彼女の肩を掴んで自分から引っペがした。
「やったあ!そうと決まったら早速行こう!」
エリルが拳を天に高々と掲げて駆け出す。レオンハルトは大きく溜息を吐き出しながら、テオと共に同僚の小さな背中を追いかけた。
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