Ⅶ-3 終焉の神

「嘘、だろう?」

 本部からやってきた青年が光り輝く柱の前で膝を付く後ろ姿を眺めながら、七生はポツリと言葉を漏らす。その声は近くに立っていた青年に届いたのだろう。口元だけで笑った氷川は「嘘なものか。これが、僕らの待ち望んだ結末だ。翠川琉唯の血をもって、『御本尊』の封印は解かれる」と七生を見ることもなく告げ、聳え立つ光の柱へと駆けていく。その光が収まった時、そこに立って居たのは一人の男の姿であった。柱の中で眠っていた『彼女』とは似ても似つかぬ姿に目を凝らした七生は、何かに呼ばれるかのように手首の拘束をそのままで一歩づつ柱のある方向へと足を進めていく。彼の視界に立っていたのは、ルイの姿をしたルイではない男であった。

「誰……?」

 呆然としたまま呟くジルヴェスターの言葉を重ねるように七生は彼へと問いかける。「あなたは、誰です?」その言葉に彼は手に持つ日本刀をかちゃりと鳴らしながら「難しい質問ね」と口元だけで笑う。彼の知るルイやその父と同じ造形をしたその男は、彼らが見せない表情で笑い、女の言葉で言葉を紡いだ。明るい茶髪を風に揺らし、金色の瞳を愉しげに細める彼の姿は神々しさと邪悪さが同居するものであった。七生の背筋に冷たいものが走る。終焉を司る神が居たのならば、こんな姿をしているのだろうかと。

「お待ちしておりました」

 ジルヴェスターと七生が彼の姿に言葉を失っていれば、ひざまづき首を垂れて居た氷川が彼へと言葉を紡ぐ。そんな氷川の姿を一瞥した彼は、氷川に声を掛ける事もなくその金色の瞳を一宮へと真っ直ぐに向ける。

「お目覚めになられましたか」

 どろりと濁ったその漆黒の瞳に彼の姿を映した一宮は満足そうな様子でにやり、と笑みを浮かべる。「一宮の小僧がジジイになる程の時間が経っていたとは驚きね」呆れたようにそう口にした彼はその手に握った日本刀の柄に右手を添えながら言葉を重ねる。

「この私に、何を望むっていうの?」

 尊大に嗤う神の如き態度を取る彼の言葉に、一宮は「無論、祓魔師協会の復活を。そして、我ら四家の復興を」と、彼に負けず劣らずの態度で口を開く。二人の男が対峙する中、周りで息をひそめる男達は二人の対峙を見守っていた。停滞した空気が重くのし掛かる空間に、爽やかな一陣の風が吹く。口元だけで笑い続ける彼は、その日本刀の鯉口を切った。

「何故私が封印されたのか、覚えても居ないようね」

 それは、一瞬の出来事であった。彼がそう言い笑った次の瞬間、彼の前に立つ一宮は崩れ落ちる。一滴の血も流さず倒れた老人の姿に隣に控えていた桐生が吠える。

「理事長に何をした! 事と次第によっては……ッ」

 桐生の言葉が失われたのは、ひとえに彼の喉元に日本刀の切っ先が当てられた為である。「事と次第によっては、どうするっていうの?」邪悪そのものの姿をした彼の笑みに、桐生の血の気が引いていくのを見た七生は渾身の力で桐生の胸へとその足を蹴り上げる。

「あら、良いところ取られちゃった」

 至極愉しげにそう零した彼に「これで俺のクビも確定かな」と清々しい表情を浮かべながら七生は笑う。

「おばあさま」

 震える声でそう口にした青年の声に愉しげな表情を消し去った彼はピクリと眉を動かした。「氷川の名を騙るお前に、ばあさんと呼ばれる謂れはない。私をそう呼んでいいのは私に連なる者だけよ」吐き棄てるように氷川へ告げた彼は「例えばーーこの身体の持ち主である私の孫とか」と言葉を重ねる。ジロリ、と冷たい金色の瞳を向けられた氷川は絶望を見つめるように言葉にならない言葉を紡ぐように口をぱくぱくと動かす。そんな青年の姿を見つめていた彼は鼻で嗤い再び口を開く。「今どき、こんなクーデターなんて流行らないわよ」そう告げた彼は、遠い場所で呆然と立ち尽くす男達に「立ち去りなさい」と告げる。その言葉と共に風は吹き荒み木々の騒めきが消えた頃、男達の姿はその空間から消え去っていた。

「さて、そろそろ時間ね」

 満足げに肩を竦めながら彼は七生に向き合う。「これは、琉唯に渡してあげて。彼が持っているべきよ。棄てるにせよ、使うにせよ」そう告げた彼は鞘へとその刀身を戻した一振の日本刀を七生へ渡す。「この惨状を俺に押し付ける気ですか」渡された日本刀を受け取りながら、溜息混じりに告げた七生に彼は「そこのガキと一緒に頑張って」と他人事のように笑う。「あまり私が外に出ていると、この子が帰ってこれなくなっちゃうもの」言い訳のように告げられた言葉に「ルイは、生きているのか?」と七生は彼へ問う。

「そうに決まっているじゃない。氷川の血が目覚めてしまったから、元通りにとはいかないけれど。私はこの身体を借りてるだけ」

 彼は微笑みながら、そう告げる。その笑みは慈愛に満ちた母のようであった。「今度こそ、時間がない。あとはよろしくね」彼は優しく笑みを浮かべ、その光景を呆然と見つめていたジルヴェスターと呆れ顔の七生にそれだけを告げてその瞼を閉じる。そして、彼は崩れ落ちるようにその草原の上へと倒れ込んだのだ。彼らの立つ空間の中に、激しい風が吹き荒む。それはまるでさよならの挨拶のようであった。

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