Ⅶ-2 『彼女』との出逢い

 その柱に触れた瞬間、目も眩む程の光に巻き込まれて思わずギュッと瞼を閉じたルイが次に感じたのは身体中に殴りつけられるような強い風圧だった。成人男性である筈のルイが吹き飛ばされかねないような強い風に耐えるように身体を屈めた瞬間、眩い光も強い風も一瞬にして消え去り、彼が瞼を上げた時に見えたのは遠くまで塗りつぶすような暗闇であった。まるで、夢の中でチャールズとはじめて出会った時みたいだな、とぼんやりと思い返していれば、カツンとあるのかないのかもわからない床を鳴らす音がルイの耳に届いた。

「こういう時何て言えばわからないわね」

 笑みすら混じっているような、それでいて困惑の色が混じったその声は若い女性のものであった。声の発せられた方角に視線を移したルイの視界には暗闇しか無い。「あぁ、これじゃぁあなたの顔も見えない」愉しげな女性の声は先程よりも少し近づき、パチンと指が鳴らされる。その音と共にぽう、と灯された橙色の灯りは彼らの周りを取り囲み幻想的な光景を作り出していた。ルイの前に現れたのは、柱の中で眠っていた軍服姿の女性であった。

「あなたは」

 掛けるべき言葉に迷い、言葉を切ったルイに彼女は背中ほどまでの長さの癖のついていない明るい茶色の髪をさらりと揺らして少しだけ困ったように笑う。柱の中では閉じられていた瞳はルイのそれと同様に紅く輝き、瞬間的に金色にも見えるような不思議な色をしていた。

「私は氷川千歳、貴方の祖母に当たるわ」

 そう名乗った千歳は少しだけ悲しげな色を瞳に映しながら「来てしまったのね」と彼の頬へ細く白い指を伸ばし、そっと撫でる。

「翠川琉唯です。ルイ・シーグローヴで通っていますが」

 彼女のひんやりとした指先をその頰で感じながらルイは淡々とそう告げる。「ルイ、ね。少しの間だけ、あなたの身体を貸してもらうわ」子供に微笑む母親のような柔らかな笑みを浮かべた彼女に、ルイは小さく頷く。そんな彼の反応を見た千歳は「いい子ね、普通もう少し嫌がりそうなものだけど」と少しだけ驚いたように紅い瞳を大きくする。千歳の言葉に「そういう事をやったのは一度や二度では無いので」とルイは苦笑混じりで言葉を返し、少しだけ何かを考えるように遠くへ視線を飛ばした彼は「それに」と言葉を重ねる。

「最初にあの空間に足を踏み入れた時も、今も、あなたの操る風に敵意は感じれられなかったので」

 はっきりと彼女に視線を合わせて告げられたその言葉に、虚をつかれたように言葉に詰まった彼女は、次の瞬間破顔する。「ルイ、あなたは本当に私たちの孫ね! あの人にーー睦月にそっくり!」そう言ってくすくすと笑いながら彼女は言葉を重ねる。

「でもよく分かったわね、あの空間に吹く風が私のものだって」

 彼女の疑問にルイは小さく笑いながら答える。「勘みたいなものです、あの空間は普通じゃ無かったですし、普通なら風が吹きそうもないのに風が吹く。それは誰かが吹かせているって考えれば封印されているあなたの手によるものっていうのが一番妥当じゃないですか」彼の答えに「それもそうね」と彼女も笑う。

「睦月に封印してもらってから、私が動かせるものは風だけだった。見る事、聞く事は出来ても私の言葉を伝える術はなかった。それに気付いて貰える事って嬉しい事なのね」

 笑みを深めて彼女は独り言のように、小さな声で呟く。噛みしめるようにその感情に折り合いを付けた彼女は若い女性が楽しむように不敵な笑みを彼へと見せる。

「また後でお話しましょう。おばあちゃんの勇姿、とくとご覧あれ!」

 その言葉と共に、彼女と辺りを照らしていた光は消え、彼は先程までの空間に立って居た。しかし、彼の身体は動かす事が出来ず、彼の前で崩れ落ちるように膝を付くジルヴェスターへ掛ける言葉をその口から発する事も出来なかった。そうして、その光景は彼女が十数年間に渡り見つめて居た柱の中からのものである事に彼は気付いたのだ。

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