Ⅶ-1 目的は果たされる
ルイは背後から投げられる居心地の悪い視線を感じていた。逃げるのを阻止するかのように横にぴったりと付いている氷川と彼らの後ろを歩く両手首を拘束されたジルヴェスターと七生を囲むように、武器を持ったスーツ姿の男達が並ぶ。四列になって歩く彼らを廊下に居た職員達は何事かという表情を浮かべながらも異様な隊列に道を譲っていった。
「ここから逃げれると思わないでくださいね」
冷静を装うかのような青年の声を隣で聞きながらルイは「そんな事は考えていないな。この状況は不利にも程があるだろう」と至極面倒臭そうに声を返す。そんなルイの言葉に満足げに頷いた氷川は口を閉ざし、ルイは背後から突き刺さるようなジルヴェスターの非難するような視線に小さく溜息を吐いた。奇妙な隊列は建物から外へと出て、ルイは再びその鳥居と向き合う事となる。
「今回は特別です、あなた方にも見せてあげましょう」
氷川が懐から取り出した札をその鳥居の中へと押し込めば、ぶわり、とつよい風が彼らを取り囲みその隊列に居た全員が現実世界とは隔絶された空間へと誘われた。
「日本支部での滞在は君たちにとって良きものだったかね?」
その空間に取り込まれたルイとジルヴェスターに対して問いかけたのだろう、その空間に居た先客は透明な石柱の向こう側で静かに、しかし通る声で彼らへと言葉を掛ける。
「さぁ、本来の仕事の半分も出来ていないので、早く元の仕事に戻りたいんですが」
その空間に居た先客は紺色の着物を纏った老人と、前日にも彼らと顔を合わせた日本支部長である桐生の二人であった。「理事長にそんな口をきいていいと思っているのか?」ルイの言葉に老人の隣に立って居た桐生が咎めるような鋭い声を上げる。そんな桐生を制するように片手を上げた老人は「まぁよい、氷川の血筋なら致し方ないだろう。あの人もそこの彼のように尊大なお方だった」と懐かしむように口元を上げた。
「あぁ、紹介が遅れてしまった。私は日本支部理事長の一宮だ。広義では彼女の部下でもあった祓魔師協会に属する祓魔師だ」
老人はその歳を感じさせる事なく、しっかりとした足取りでルイへと向き合うように彼の前へと進み出る。一宮の「下がれ」という一言で、その隊列はルイを残しその空間の後方へと下がる。七生とジルヴェスターもスーツ姿の男達に力づくで後ろへと移動させられ、ルイの耳にはジルヴェスターのものであろう英語のスラングと舌打ちが聞こえてきた。
「成程、会長によく似ていらっしゃる。しかし、その聡明で尊大な眼はあの人譲りか」
底が見えないようなどんよりと濁った漆黒の瞳を向けられたルイはその執着と異様さに眉を顰める。敵意を持って細められるルイの紅い瞳に一宮は厭な笑みを浮かべながら口を開く。
「さぁ、今こそ我らの贄となる時だ」
一宮の言葉に眉間の皺を深めたルイは溜息交じりに口を開く。「贄、か。俺があの柱に触れれば彼女が目覚めるとか、そういう話なんだろうな」透明な柱の中で眠り続ける年若い女性は指先一つも動かさないままにその柱の中に存在していた。チラリ、とルイがその柱に視線を投げれれば柔らかな風がそよぐ。ルイは何かの意思を持つかのようなその風に敵意を感じることが出来なかった。彼は静かに瞼を閉じ、思考を巡らす。隔絶された空間、風が吹くはずもない場所で何かを告げるようにそよいでいる風、眠る女性、今朝から彼の周りで起きた出来事を瞼の裏で思い起こす。そうして彼は深く息を吐きだし、その瞼を静かに開ける。彼の視線は柱にだけ注がれ、彼の前に居る一宮も、その後ろに控える桐生も彼の視界にとってはただのノイズとなっていた。風はルイを迎え入れるように優しく彼の背後から吹き、彼は静かにその足を柱に向け踏み出す。
「ダメだ、ルイ!」
思わず声を上げたジルヴェスターの叫びも、ルイの耳にはノイズでしか無かった。その柱へ手を伸ばすルイに駆け寄ろうと拘束されていた両手を腕ごと回しその光景を凝視していた男達の隙を突いて彼はルイへと駆けていく。
「そんな事したら、今度こそ人間ーー否、イキモノとすら言えなくなる!」
拘束された両手でルイを掴もうと伸ばすした彼の手は、ルイに届く事は無かった。英語で叫ばれたその言葉に、ルイは一度だけ小さく振り返り必死で叫ぶジルヴェスターへと笑みを浮かべる。そうして、次の瞬間、強い風が竜巻のように円柱を囲み、その柱に触れようとしたジルヴェスターを撥ね飛ばした。
「残念だな、本部の小僧。目的は果たされた」
静かに英語で告げられた桐生の声が、風が止んだその空間に響き渡る。ルイの姿は消え、その場所には神々しいまでに光り輝く光の柱だけが聳えていた。
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