Ⅵ-2 その糸を辿る先に

 チャールズは暗闇の中、必死でルイの気配を追っていた。切れかけた糸のようなその気配に手を伸ばし、まだ切れていないと祈りのように呟きながらもその気配を追っていれば、ルイのものとよく似た、しかし違う気配にその指先をピクリ、と動かす。自分の指先すら見えないその闇の中、闇に取り込まれそうになりつつもチャールズは毅然と声を放つ。

「誰ですか」

 音として発せられたのかも怪しいその言葉に、凛とした女性の声が返される。「君が居る、この男の関係者とでも言っておくわ」影すら見えないその女性の声は、少しだけ楽しげに「それにしても、感じたことの無い気配のように思えるけれど、あなた、日本の妖ではないの?」とチャールズへと問いかける。

「僕は、チャールズ・リントヴルムです。竜種の子孫ですよ」

「あら、礼儀正しい子ね。姿も見えない、敵かもしれない相手にちゃんと名を名乗るなんて」

 はっきりとその名を名乗ったチャールズへ、その女性の声は笑みすら漏らしながら声を上げる。「誰かと話したのなんて、十数年ぶりだから楽しくて。でも、そろそろあなたともお別れしなくちゃ」重ねられた言葉に、チャールズは先刻アレクサンドルから聞かされた物語を思い起こす。「あなたは……御本尊……なんですか」不安の色に塗れた彼の声に彼女は「そう呼ばれるのは好きじゃないけれど、そうと答えるしか無いわ」と詰まらなそうに言葉を返す。

「でも、心配しないで。ちょっと借りるだけ。乗っとりゃしないわよ」

 彼女は静かにチャールズへ告げ、言葉を選びきれなかった彼へと言葉を重ねた。

「私がはじめたことは、私が終わらせるべき。それだけの話よ、『御本尊』はこれでやっと失われる」

 彼女のまっすぐな言葉に、安堵の色が混じる。そんな彼女の声に「あなたは、消えるつもりですか」とチャールズは彼女へと問う。チャールズの問いかけに「元々最初からそうすればよかったのよ、でも、時勢が悪かった。私の骸がどうなるか、わからなかったから。でも、もう終わらせる。やっと楽になれる」チャールズの頬を優しげな風が通り過ぎる。「優しい子ね、チャールズ。もっと話して居たかったけれど、私はやるべき事をやらないと」彼女はその言葉を最後に、言葉を重ねる事は無かった。彼女の気配と、彼が元々辿っていた男の気配が全て断たれたその場所で、チャールズは一人立ち竦んでいた。チャールズが立つのは、ルイの中に作られた彼の巣である。「まるで、檻ですね」彼は思わずひとりごちる。そして、チャールズ自身の意識が続いている事に、自分自身が消えていない事を彼は認識する。チャールズは日本支部の企みは失敗に終わるのだろう、とぼんやりと考えていた。何故なら、彼女がそれを望んでいないから。けれど、不安要素は消える事などない。彼女自身が覚醒に失敗する事も、ルイが戻って来られない事だって考えられる為だ。けれど、ルイと彼女が出会ってしまったのであろう今、彼女が上手くやる事だけを祈るしか、彼にできる事は無かった。彼女の纏う空気、そして彼女とルイが接触を果たした時にチャールズが感じた気配には敵意などなかった。確かなものがそれだけしかない以上、彼は隔絶された空間で彼女の成功を祈る事しか出来なかった。

「僕は、名前も知らないあなたの成功を祈る事しか出来ません、でも、きっと僕はあなたのことを忘れない」

 暗闇の中、消える為に目覚めるのであろう彼女へ向けた手向けの言葉のように、チャールズははっきりとそう告げる。その言葉は彼女に届いたのであろう、柔らかな風が彼の頬を撫でた。その瞬間、チャールズの意識の中で微笑む若い女性の姿が浮かんで、消えた。きっと、彼女なのだろう。その風が吹いた瞬間から酷い眠気に襲われ意識が途切れそうになりながらも、チャールズはその手を伸ばす。そして、彼はそのまま泥に沈むように意識を失っていったのだ。再び瞼を上げる事が叶った時が、全てが終わった時なのだろうと感じながら。

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