Ⅳ-5 夢の中で

 彼が意識を浮上させたのは、数ヶ月前までよく見慣れていた暗闇の中であった。パチリ、と数度瞬きを繰り返した男はゆっくりと周囲を見回し、ひとつの人影を見つければゆっくりとその唇を震わせた。

「チャールズ、お前なのか?」

 男の問い掛けに、その影は声を上げる。「上手くいったようで良かったです――ルイさん」チャールズの声にルイはその影の方へと足を進める、しかし彼の視界には明瞭なチャールズの姿が現れる事はなかった。「何か、あったのか?」訝しむように言葉を投げるルイに「今、僕らの繋がりは不安定なんです。あなたの意識に干渉できるかも、正直賭けでした」と少しだけ困ったような色を含んだチャールズの声が答える。「干渉出来る時間も短いと思うので、手短に。あの場所――日本支部は危険すぎます。僕にまで悪意が届く程度には」重ねられた真っ直ぐなチャールズの言葉にルイは溜息交じりに言葉を返す。「刺すような視線は感じていた。だが、だからといって査察を中止する事は出来ないだろう。折角の機会だ、魑魅魍魎まで管理してやるさ」静かにそう言い切ったルイにチャールズの影は叫ぶ。

「ジルヴェスターさんでもわからないような、日本古来の呪術が掛けられてる事も考えられるんですよ!? 今の状況は危険過ぎます。僕は一度死んでるからどうだっていい、あなた自身が危険に晒されてるんです!」

 青年の叫びはルイへと届いたが、彼は静かに首を横に振る。「だが、それが俺の選んだ仕事だ」そうしてルイは静かにその口元に微笑みを浮かべ言葉を重ねた。「忠告感謝する」そうして口を閉ざしたルイに、チャールズはそれ以上説得の言葉を重ねる事を諦める。そうして彼はルイへと静かに祈るような声を投げかけた。

「どうか、無事に帰ってきてください」

 チャールズのその言葉を最後に、ルイの意識は再び闇の中へと取り込まれていった。

 

 次にルイの意識が覚醒したのは、自身に宛てがわれたホテルのベッドの上であった。ぼんやりとした思考でベッドサイドの時計へと視線を向ければ、彼の視界の中にはピントの合わないぼやけた数字が午前四時を示していた。再び眠る気にもなれなかった彼はサイドボードに置いたメガネを手に取りクリアになった視界でベッドの中からその身を起こし、部屋に作りつけられたデスクに置いてあった充電中の端末を手に取る。メールアプリを起動させれば、英文が並ぶ中でひとつだけ日本語で書かれたメッセージが表示されていた。

、か」

 朝九時にロビーに一人で来るように、と続けられているメッセージに視線を落とした彼は「罠だろうなぁ」とひとりごちる。大きく一度だけ息を吐き出した彼は端末を強い視線で見据えたままに口元だけで笑みを浮かべる。


「その罠にかかってやろうじゃないか」

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