Ⅳ-4 古い日記帳
その日記帳は「母が死んだ、死の定義からは逸脱した方法だったが、確かに母はこの世界から消え去ったと言っても問題ないだろう」という一文から始まっていた。日付は不連続であり、その日記帳の主が書き残そうと思った事のみしか記されてはいなかった。一番古い日付は七十数年前、一番新しい日付でも二十年以上前のものであった。日記帳の本来の主であった男の手から離れ、紆余曲折を経て現在それを所有している男は静かにその日記帳のページを捲る。真夜中の闇に包まれた部屋の中で、手元の照明だけを点けていた彼は溜息と共に手本のように整った文字を見つめる。その日記帳は、一人の男の半生が綴られたものであった。
「何もないか」
ポツリと呟いた男の声は、一人きりの部屋に虚しく響く。そうして男はその日記帳を閉じ、元あった棚の中へとしまい込む。そうして思い浮かべるのは、今朝出会った一人の男の姿であった。レンズ越しの紅い瞳は男が知る日記帳の主のそれとよく似ていた。彼の記憶の中に生きる日記帳の主はもう少しだけ歳を重ねよく笑う男であったが、それを差し引いたとしても彼が今朝出会った男は日記帳の主と生き写しと言っていいほどにその面影を色濃く残していたのだ。事が終わった後にはあの日記帳を返さなければな、彼がそう考えていれば、机に置かれたままであった端末が小さく着信を知らせるように震える。それは、メールの着信であった。フリーメールアドレスを取得するアプリを経由して届いたそのメッセージには、アルファベットで構成された短い文面と、一つのメールアドレスが記されていた。端末を片手に文面を考えながら壁へと視線を投げる。そこには概念外生物管理局日本支部の警備員が纏う制服が掛けられていた。
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