Ⅳ-2 ドライブの終着地点
ウィリアムの運転する車は国連本部から一時間程の時間をかけてニューヨーク郊外にある一軒家のガレージへと滑り込む。その間アレクサンドルの語る身の上話を聞かされ続けていた白雪はウィリアムが車を降りるのを見てげんなりした表情を浮かべつつ車を降りた。車中を殆ど一人で話し続けたアレクサンドルはいつもの柔和な笑みを浮かべながら白雪に続いて車からその長身を出して一度だけ背を伸ばすように身体を逸らした。「ここってもしかして隊長のご自宅ですか?」アレクサンドルが口にした問いに「そうだ」とそれだけを返したウィリアムは、ガレージに作られたドアから家の中へと二人を招く。
「局内だと誰に聞かれているかわかったもんじゃないからな。それに、リャビンスキーにはこちらに来てもらうだけの理由がある」
重ねられたウィリアムの言葉に首を傾げるアレクサンドルの隣で白雪はレンズ越しの視線を鋭くウィリアムへと投げる。「日本支部の事ですか」低く呟くようにそう口にした白雪の問いに、ウィリアムは言葉に出さずとも小さく頷く事で彼の言葉を肯定する。「まずはリャビンスキーの用事を片付けよう。こっちだ」ウィリアムは一人で住むには広すぎるその一軒家の中、もう一人の住人が待つ寝室へと足を進めた。
ウィリアムがアレクサンドルと白雪を連れ潜ったドアの先には一つのベッドが置かれ、壁に作りつけられた机と棚には誰かの生活の気配が存在していた。その気配の主はベッドに横たわる青年のものだろう――アレクサンドルと白雪はベッドに横たわる青年の姿を見つめる。心なしか青ざめた顔色で居心地が悪そうに眉を潜める青年はチャールズ・ハワード、またの名をチャールズ・リントヴルムと言う一年前の事件に関わり一度命を落とした概念外生物であった。
「チャールズ?」
気遣わしげにアレクサンドルが彼の名を呼べば、チャールズは苦しげに細い声を上げる「サーシャさん、シラユキさんも」と呟くように声を絞り出したチャールズに「喋らないでいいよ、どうしたんだい?」とアレクサンドルはウィリアムへと視線を投げる。その視線を受けたウィリアムは「昨夜突然倒れてな、それまでは普通だったのがいきなりこうなったんだ」とアレクサンドルへ状況を伝える。ウィリアムの言葉にアレクサンドルはチャールズの診察をするかのように彼の身体へと触れる。一通り症状と状況を確認したアレクサンドルは普段の柔和な表情ではなく、珍しく苦虫を噛み潰したかのような渋面で「僕の専門外ですね、人間としても概念外生物としても思い当たる不調の原因はこれだけじゃ……局内の施設でもっと詳しく検査してみないと」と悔しげに呟く。「たぶん、検査してもわからないとおもいます」細く小さな声で、チャールズは呟く。「多分、これは僕がルイさんと繋がっているから」重ねられた言葉に、白雪が「日本支部の結界か」と舌打ちとともに声を漏らす。
「結界?」
何度か日本支部へと足を踏み入れた事のあるウィリアムは理解ができないと言うように首を傾げる。ウィリアムの言葉に白雪は「普通の人間や概念外生物には影響がないので分からなかったんだと思いますよ。多分、ハイデルベルク主任も気付いてないと思います」と真っ直ぐに彼を見据えそう口にする。「日本支部がその組織一つだけで運営されてた頃からの古い呪術です。外から来たものが中で悪行を働かないよう作られた、魔力を無効化する結界です」そう重ねた白雪の言葉にアレクサンドルは合点がいったように声を上げる「そうか! チャールズはルイの持ってる魔力で繋がってるから、それがおかしくなったって事か」そして、自身の発した言葉に首を傾げながら言葉を重ねる。「でも、その結界から出たら元に戻りそうだけど……今は向こうって夜中だろう?」疑問に満ちたアレクサンドルの言葉に白雪が「推測の話ですが」と口を開く。
「日本支部には、古くから呪術師の家系に連なる家柄の人間が何人か居るんです。支部長や、理事長。その他にも――彼らが、センパイへ何らかの術を掛けている可能性はあります。主任にも気付かれないような小さな、しかし抜群に効くものを」
白雪の言葉にウィリアムは小さく唸る。「ハイデルベルクはこちらの魔術には強くても、日本古来のものには通じていなかった、という事か」呟かれたその言葉に、チャールズは小さく声を上げる。「あの場所は、危険すぎる。僕が感じたのは、強い悪意でした」チャールズの言葉に、白雪は「早くセンパイに連絡しないと!」と叫ぶように声を上げ、その隣でアレクサンドルは眉を潜める。「でも、向こうは夜中だ。連絡がつくかどうか」自身の端末を弄りながら日本の時刻を確かめた彼はそう告げ、白雪は苛立ちを隠すこともせず、自身の髪を掻き毟るようにその両手を頭へと動かした。
「僕がやってみます」
そんな大人たちの様子を見つめていたチャールズは小さな声で、しかしはっきりとそう告げた。「ルイさんが眠っているのであれば、もしかしたらこちらから夢に干渉する事ができるかもしれない。まだ繋がり自体が途切れた訳ではないので」チャールズの言葉に何か言い返そうとしたアレクサンドルの言葉を制するように、ウィリアムは静かに口を開く。
「それしかないだろうな」
小さくチャールズの頭を撫でたウィリアムは「頼む」と告げ、アレクサンドルと白雪へと視線を向ける。
「行くぞ」
ウィリアムの言葉に頷いた二人は彼の後を追うようにチャールズの寝室を抜け出し、一人ベッドの上に残されたチャールズは意を決したように瞼を下ろした。
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