Ⅳ-1 国連本部、地下にて。

 その日、自身が腰を下ろすデスクの主である特別機動隊長ウィリアム・シーグローヴはデスクトップの端末に届いていたメッセージを見つめながら、小さな舌打ちを放つ。そのメッセージには端的ないくつかの英単語が並んでいた。メッセージの内容に視線を落とした彼は携帯端末を手に取り、そして思い返したように手の中にあった端末をデスクに放る。普段見られない冷静沈着な隊長の乱雑な仕草に彼の行動を見詰めていた隊員達が騒めいた。「隊長!」堪えきれず声を上げその腰を上げたのは白雪である。突然立ち上がった白雪を一瞥した彼は、デスクの上に置かれたキーボードを操作する。静まり返った特別機動隊の事務所にはプラスチックが叩かれる軽い音が響いていた。カチリ、と軽いクリック音を鳴らした彼は、立ち上がったままに言葉を継ぐ事が出来ずにいた白雪へと視線だけで事務所の外へと出ていくように指示を出す。白雪が訝しげな表情を浮かべたままに席を立った。事務所の外へと出て行く白雪の姿を視線で追いながら、彼はデスクに放った端末を手に取りその端末を弄ぶ。今頃白雪の持つ端末が一つのメッセージの着信に震えている頃だろう、と今度は静かに端末をデスクへと置いた彼は、再び机上に置かれた端末のモニターを見つめる。昨晩のうちに届いていたそのメッセージには短く「すまない、先を越された」と記名もなくその一文だけが書かれていた。署名すらもないそのメッセージはフリーメールのサービスを用い送られたものであったが、彼にはその一文とメールアカウントで送り主の予測は付いていた。彼はその一文を削除し、深く腰掛けたデスクチェアから腰を上げたのだ。

 訝しげな表情を隠す事なく特別機動隊の事務所を出た白雪のスーツの中で、局内で貸与されている端末とは別の彼自身が個人的に持つ端末が震える。その端末に表示されたのは見たことも無い番号で、訝しげに端末へと届いたショートメッセージを確認する。その中身には一言だけ「駐車場」と書かれていた。廊下の真ん中で呆けていても仕方がない、と一人納得した白雪はメッセージに従い駐車場へと足を向ける。そうすれば、その駐車場には先客の姿があった。


「やぁ、白雪くん」

 にこり、と人の良さを感じさせる柔和な笑みを浮かべ、一つに纏めたプラチナブロンドの長髪を三つ編みにした長身の男が彼を迎え入れた。「リャビンスキー先生でしたか」メールの主を確かめるように白雪が局内のメディカルセンターに勤める男ーーアレクサンドル・マルコヴィチ・リャビンスキーの名を呼べば「半分正解」と彼はその笑みを悪戯っぽく深める。「メッセージを送ったのは僕だけど、送る番号と送る事を指示したのは隊長だよ」そう重ねられた言葉に、怪訝な表情を深める白雪が疑問を口にする事はなかった。

「リャビンスキー、雑談はそこまでだ」

 彼らの背後から響いた低い声の主――ウィリアム・シーグローヴが駐車場へと足を踏み入れた為であった。

「――にしても、やけに周囲を気にしてますね」

 指示されるままに車に乗り込み不思議そうな声色で疑問を口にするアレクサンドルの問いに、運転席に座るウィリアムは「警戒するに越した事はない。着いたら話す」と短く言葉を返す。私語でさえも許されぬような思い沈黙の中、三人を乗せた車はニューヨークの中心部から郊外へとひた走る。最初に沈黙に耐えきれなくなったのは白雪であった「せめて、せめて何か音楽を流しませんか!」意を決したようにそう声を上げた三人の中では最年少の白雪の懇願する声に「そうだな」とウィリアムは片手でオーディオを操作する。そこから流れるヒットチューンは車内に陽気な音楽を届けていたが、その音楽を楽しむ人間は一人として居なかった。

「隊長、白雪くんが今にも重苦しい空気に押し潰されそうっていう顔をしてますよ」

 仏頂面でハンドルを握るウィリアムの後ろで、わざとらしい程に能天気な声を上げたアレクサンドルに隣に座る白雪が信じられないものを見るような表情で彼を見つめる。そんな後部座席の二人の姿をバックミラー越しに視線を投げたウィリアムは「業務に関係ない話をするなとは言っていない」と平坦な声を投げるのだ。

「じゃぁ、世間話でもしようか?」

 ウィリアムの回答にアレクサンドルは楽しげな声色で白雪へと問う。そんなアレクサンドルの言葉に白雪は思わず吠えた。


「アンタこの状況でよくそんな事が出来ますね!?」

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