Ⅲ-2 偶然の再会

「便利な世の中になったもんだよねぇ」

 感慨深げに自身の端末を操作しながらそう呟くジルヴェスターに「全くだ」とルイも頷く。十四時間程のフライトを終えた彼らは預けていた荷物を受け取り、到着ロビーを抜けてすぐ、その荷物を宿泊予定のホテルへと送る手配を取り空港内に設置されている通信機器レンタルカウンターで申し込みを済ませていたモバイルルーターを借り受けたのだ。ローミングを切ったままの自分たちの端末をルーターに繋げば彼らの端末の通信機能が息を吹き返す。そうして彼らはルイが生まれ育った地へと向かったのだ。

 公共交通機関を乗り継ぎ辿り着いたのは、何の変哲も無い住宅地であった。その住宅地の一角にルイとジルヴェスターは並んで立つ。彼らの眼前には駐車場が広がっていた。

「これは想定外だった」

 ポツリと呟いたルイの言葉に「俺もこれは予想してなかったね」と漏らす。平日の昼過ぎに静かな住宅地の中で長時間のフライトを過ごしたままのラフな格好で立ち尽くす男たちは異質であったが、幸いにも通りを通る人影はなく二人はぼんやりとその駐車場の前で小さく笑う。

「でも、ここでルイは十四歳までを過ごしたんだね」

 どこか感慨深げにそう呟いたジルヴェスターの言葉に「あぁ」とだけ返したルイは降り注ぐ昼下がりの太陽にその紅い瞳を眩しそうに眇める。そんな時だった。「スイカワか?」と訝しげな日本語が投げかけられたのは。ルイが翠川すいかわの名で呼ばれるのは数十年ぶりの事だった。その声の主を探すように振り返ったルイの視界に飛び込んできたのは、ルイと同年代であろうスーツ姿の男の姿であった。

「翠川だろ、覚えてないか? よく遊んでた星宮だよ」

 星宮と名乗ったスーツ姿の男にルイが「ホシか!」と合点がいったように声を上げる。「っていうか、よくわかったな」と重ねられたルイの言葉に星宮は笑う。「昼間にガラガラの駐車場で立ち尽くす男二人組が視界に入ったら気になるだろ。で、ちょっと見てたら翠川に似てたから声掛けてみたんだけど、まさか本当に翠川だったなんてなぁ。あの火事の後、翠川と妹が行方不明って聞いて心配してたんだぞ?」答え合わせのように言葉を繋げる星宮にルイは生家が消えた顛末を知る。「それは申し訳ない、アメリカに居る知り合いの家に引き取られてな」と静かに言葉を返したルイに「そういえば、親父さんって世界中飛び回ってたんだっけか」と納得したように頷く。日本語で交わされる会話についていけなかったジルヴェスターがルイへと疑問を投げる。「誰?」ジルヴェスターの疑問にルイは小さく笑い、ジルヴェスターにも分かるよう「幼馴染だ、星宮孔明ほしみやひろあき。ホシだ」と英語で言葉を返すのだ。ルイの言葉でやっと状況を理解したジルヴェスターは星宮へと笑みを投げる。「ジルヴェスター・ハイデルベルク、です。ルイは、どうりょー、デス」辿々しい片言の日本語でそう告げたジルヴェスターに星宮は破顔する。

「マイネームイズ、ホシミヤ、ヒロアキ。スイカワイズ、オールドフレンド!」

 英語の例文のように星宮がそう告げればジルヴェスターは右手を差し出し、星宮も差し出された手を握る。

星宮によって幼い子供がするようにぶんぶんと振り回された腕をジルヴェスターがそっと離せば、彼は上機嫌でルイへと再び日本語で声を上げるのだ。

「なぁ、久々に会えたんだし、今度皆で飲みにでも行こうぜ! 中学の頃の奴らも翠川の事気にしてる奴ら居たしさ」

 そう告げた星宮の言葉にルイは歯切れ悪く「それは、」と言葉を選ぶように視線を彷徨わせる。首を傾げる星宮に「今回は出張で来てるだけなんだ。だから、すぐにニューヨークに戻らないとならなくてな」とルイがその事情を告げる。その言葉を受けた星宮は「いつまで居るんだ?」とルイへと訊ねる。星宮の問いに「今日から四日間の滞在になる」と答えたルイに「じゃぁ明日! 明日の夜ならどうだ?」と重ねる星宮に「それなら」と勢いに押されたように承諾を告げる。「ハイデルベルクさんも良かったら!」と重ねられた言葉に自分に投げられた言葉である事は理解したジルヴェスターはその真意を確かめるようにルイへと視線を投げる。「明日の夜、お前も含めて飲みに行かないかって」ルイが星宮の言葉をジルヴェスターへ通訳してやれば彼は星宮へと了承の意を伝える。

「急だから集まらないかもだけど、他の奴にも声かけておくわ。あと、連絡先教えてくれよ。ラインやってるか?」

 星宮は携帯端末を取り出しながらルイへと問う。星宮の言葉に気圧されながらも「いや、」と首を振れば「じゃぁ登録してくれよ。まずアプリのダウンロードからだな」と星宮は言葉を重ねる。星宮の指示通りに端末を操作するルイを興味深げにジルヴェスターが見つめていれば、やがてルイの端末に星宮からのメッセージが到着する。「じゃぁ、詳細はまた後で連絡するから、ちゃんと返信しろよ?」星宮はそう言い残し元々の目的地へと駆けていく。嵐のような星宮が去った後に残された二人はその勢いに気圧されたまま彼の後ろ姿を見送り、ジルヴェスターは「ホシミヤさん、すごかったね」と呟く。

「昔からああなんだ。思いついたら一直線で、よく引っ張り回されてた」

 懐かしむように小さく笑ったルイに「引っ張り回されるルイとか想像つかないや」とジルヴェスターは声を上げて笑うのだ。

「でも、ルイもちゃんと子供だった頃があったんだね」

 感慨深げにそう呟くジルヴェスターにルイは笑う「俺を何だと思ってるんだよ」そんなルイの少しだけ呆れの色が混じった声色に、ジルヴェスターは「ルイ・シーグローヴ」と答える。そうして彼は続けて「俺は、ルイが『翠川琉唯』だった頃を知らないから」と少しだけ悔しそうに呟いた。そんなジルヴェスターの悔しげな声色に掛ける言葉を見つけられなかったルイは何も言わずに、自分より少しだけ高い位置にあるジルヴェスターの癖のついた黒い髪をくしゃりと撫でた。

「ちょ、何すんの」

 非難を込めたジルヴェスターの声色に、ルイは「なんとなく」と小さく笑う。


「翠川琉唯も、ルイ・シーグローヴも同じ俺だよ」

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