Ⅱ-1 男たちは再び集う

 日本庭園を見下ろす料亭の一室に、男達は再び集められていた。前回の集会から一週間程の時間が過ぎ、彼らの狙うその日はあと数日という所まで迫っていた。窓の外は今回も闇に包まれていた。

「査察まで、あと数日」

 上座に座る老人はおもむろにそう口を開き、口元に弧を描く。彼を見つめる男達はひそひそとざわつき始め、それを消すかの如く老人は細い外見に似合わない低く通る声で「ヒカワ」と一人の男の名を呼ぶ。名を呼ばれた青年は、老人から一番遠い場所にいた。男達の視線はその場に立ち上がる青年へと注がれる。彼は口元に笑みを含ませながらも男達の視線を気にすることもせず、老人の元へと足を向けた。畳の上で足音すら立てずに静かに歩みを進める彼が老人の後ろに立てば、男達の様子を確認するかのように視線を巡らし満足そうに頷くのだ。その立ち居振る舞いは彼と同年代の青年たちとは一線を画すような高貴さに満ち満ちていた。


「ヒカワには『釣り餌』になってもらう」

 老人の宣言に周囲が騒めき、不満の声がひとつふたつと上がっていく。そんな中でもヒカワはその黒い瞳を揺らすこともなく、意外とでも言うかのように首を傾げる。一度も染めたことの無いであろう艶やかな黒髪が彼の動きに従ってさらりと揺れた。

「それでは、皆さんの中に僕以上に適役が居るとでも?」

 自信に満ちた笑みを崩すことなく、皮肉にも取れる言葉を心底不思議そうに彼は口にする。「あなたがたの中に、祓魔師ふつましの血筋を持ちお一人で『』に入れる力を持つ方が居ればいいんですけど」くすくすと、囀るような笑みを漏らす彼は「僕以外には理事長くらいですよねぇ?」と心底楽しそうに言葉を重ねる。わざと他人を怒らせるような言動を重ねる青年に理事長の隣に座る初老の男が「そこまでにしておきなさい」と嗜めるように口を開く。

「しかし、この男は一度失敗しています。それを今回のような重要な作戦の中心に据えるなんて……」

 高らかに声を上げたのは、青年の上司に当たる男であった。その男の言葉を皮切りに、周囲の不満を持つ者は我先にと同意の声を上げる。青年を野次るような男達の騒めきに青年は「僕を愚弄するな!」と叫び声を上げる。整った彼の顔には赤味が差し、黒い瞳には怒りの色が浮かぶ。

「ヒカワ、心を乱すんじゃない」

 青年の叫びに男達は興奮したように声量を上げ、その一室は男達の声に満たされる。そんな中で静かに口を開いたのは老人であった。その老人の一声に周囲は水を打ったかのように静まり、青年も老人の言葉に深く息を吐く。その瞳には未だ怒りの色は消えてはいなかった。

「今回の計画は、如何に継承者を禁域へと連れて行くかが重要だ。若い男であれば継承者も警戒を緩めるだろう」

 静まり返った空間に、初老の男が静かに言葉を紡ぐ。そうして彼は「理事長の人選にそれでも異義があるものはいるか」と重ねるのだ。男の言葉に異議を訴える者は一人としていなかった。

「全員が為すべきことを為せ、そうして初めて

 理事長が告げたその言葉に、男達は静かに頷きそれぞれがその腰を上げる。その空間に残ったのは青年と初老の男の二人だけであった。

一睦かずちか、お前はもう少し我慢を覚えなさい」

 初老の男からそう声を投げられた青年――氷川一睦ひかわかずちかは悔しさに満ちた苦々しげな表情を隠さず男へと噛み付く「ですが支部長! 術師でもないただの人間風情が僕を、僕らを愚弄するのは許せません!」端正な顔を歪めそう吠える氷川は「今の日本支部には私たちのような術師ではないものの方が多い事を忘れるな」と静かに告げる支部長の言葉にその拳を握り締める。

祓魔師ふつまし協会が再興すれば、あいつらは用済みになりますよね?」

 氷川は縋るような目を支部長へと投げかける。その視線を逸らすことなく受ける彼は「あぁ、そうだ。そうすれば氷川の権力も再興するだろう。一宮いちのみや鷹司たかつかさ桐生きりゅう――そして、氷川。四天王と呼ばれた名家も復興し、私達の時代が戻ってくる。その為には、お前が為すべきを為さねばならない」と氷川を宥めるように静かに告げる。

「承継者が、その頂点に来るのですか」

 忌々しげな声色で氷川はそう問う。その言葉に言葉を投げられた彼は静かに首を横に振る。「それは無いだろう、御本尊の力は借りるが祓魔師ふつまし協会が再興すればその役目は終わりだ――そもそも、御本尊は権力を持つ氷川の家の出ではあったが異端者だった為に封印されたと聞いている。氷川の名を継ぐのは継承者ではなく、お前だ――何の為に私がお前の後見人になったと思っている」そこまでを一気に告げた支部長に、氷川は安堵したように小さく息を吐く。

「それならば良いです。為すべきを為しましょう」


 そう言って自信に満ちた笑みを浮かべた氷川の瞳に、怒りの色はなくなっていた。

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