第12話 軽蔑の示す意味は

 軽蔑されても仕方がない、そう前置きをしたジルは「俺の身内の話だよ」と苦々しげに笑って見せた。

「俺の家は知っての通り代々魔術師の家系でね。両親も祖父母も勿論それ以前の一族も全て魔術師同士の姻戚関係で結ばれているような旧家なんだ」

「前にも言ってたな」

「うん。で、今のハイデルベルクの当主は俺の兄で、対外的には俺と兄の二人兄弟ってなってるんだけど、本当は三人兄弟なんだ。俺と兄の間に、もう一人兄が居る」

 そう言って深く息を吐き出したジルは「死んだ事になってるんだけどね」と呟く。

「本当は生きてる、そういう事か?」

 俺の確認に彼は言葉は返さず首を縦に振るだけの肯定を見せる。

「その頃の当主――俺たちの父だけど、彼が兄を殺したんだ……書類上、だけどね」

 そして、死んだ事とした兄が、俺たちが追い詰めるべき敵だよ。と彼は自嘲気に呟く。

「その兄は、禁じられた秘術を使ったという咎でハイデルベルク家から追放された。だけど、

 告解をするように、彼はその言葉を絞り出す。それはきっと、彼の家族ですら知り得なかった彼の秘密で。彼はそれを誰にも告げずにその人生を歩んできたのだろう。俺が、翠川琉唯の名を捨てて生きてきたように。

「家の書庫には、数世紀に渡って集められた書物が眠っていてね、その中には禁術に関した書物も無数にあってさ、子供ながらにやってみたくなっちゃったんだ。でも、古い魔術の本だったし、後の魔術師達がその魔術を行使できないようにってその本の通りにしてもその術が発動しないようにされていた。俺はそれを読み解いて、術が発動する方法を見つけたんだ」

 彼のその罪の告白に、俺は静かに「使おうと思って、か?」と問う。

「そうじゃない。ただ、ガキがイキがってただけだよ。後は俺みたいな人種の宿命かな。出来るからやった。それが禁術であれ、兵器を作ることであれ、俺たちはそうやって生きているんだ。出来たものが人を殺す何かでも、それは俺たちには関係が無い」

 だけど、これはやってはいけない事だった。彼はその碧を伏して呟き、掛ける言葉を見つけられずに居る俺の言葉も待たずに言葉を重ねていく。

「俺が完成させてしまった禁術を使ったのが兄だったんだ。優しくて、優秀な人だとばかり思っていたのに、彼はその秘術を見て俺に笑いかけた「僕とに居たんだね」って。その時彼はもう闇に魅入られてたんだ」

「お前が思っていた優しく優秀な兄というのは演技だったと?」

「それは解らない。今でもね。でも、一つだけ言えるのは、昨日俺が言った過激派のアタマが、兄だ」

 そう言ってジルは弱気を隠せないように笑い、俺は「そうか」の一言だけを発する事が精一杯だった。

「ここからが俺の罪滅ぼしだ。俺は、まだ彼からメッセージを送られる程度には必要とされている。一晩だけ時間をくれないか? 奴らのアジトを突き留めて見せる」

 そう言い切って、デスクチェアから腰を上げ、まっすぐに俺を見つめる。その視線の強さに圧倒されながらも、俺は「解った」と彼と視線を合わせる。彼はふわりと微笑んで「ありがとう」と告げ、俺の横を通り過ぎ、壁際へと足を向ける「でも、ごめん」背後に響いたその言葉に俺は咄嗟に振り返る。そこには杖を手に取り、その先端を俺に向けるジルの姿があった。彼が二言三言何かの言葉を呟けば、俺の身体から力が抜け去り、意識までもが遠のいていく。

「ジル、なん……」

 なんで、という言葉すら口から出す事が出来ないまま、遠のく意識のなか、彼の悲しげな顔と「こうするしか、ないんだ」という言葉だけが、辛うじて俺に届き、そのまま俺の意識は闇へと沈んでいった。


「お目覚めですか」

 暗闇の中、一人掛けのソファに座り、昨夜にも言葉を交わしたチャールズが俺に笑う。

「目覚め、なのか?」

 俺はこの暗闇の中で倒れていたらしい。チャールズの言葉に疑問で返しながら、身体を起こし、彼の元へと足元がおぼつかないままにふらりと向かう。

「まぁ、現実では眠ってますけどね。この場所では目覚めたという意味で」

 そう言ってカラリと笑うチャールズは昨夜のようにテーブルを挟んだ彼の向かいに置かれたソファを俺に勧める。仕方なく、俺はそのソファへと腰を沈め、いつの間にか置かれていたテーブルに置かれた紅茶の入ったカップを手に取る。

「俺は何を信じればいいんだ?」

 ジルの告解、そして俺自身について。矢継ぎ早に知らされてしまったその真実と、意識が途絶える間際に垣間見えたジルの表情を思い出しながら、俺は彼に回答のない疑問を震える声を隠せずに呟く。そんな俺の言葉に彼は鷹揚な笑みを見せながら「あなたの信じる事を」と告げるのだ。

「因みに僕はあなたの目を通してこの一日の事を見てましたけどね。あなたが巣を持つ者だったというのには納得です。きっとこの場所はあなたの持つ概念外生物僕らの巣なんでしょうね。僕だけじゃない。この空間には他のイキモノの魔力も充満しているんです」

 あなた自身の身体がヒトを保てるのも、僕らの魔力がこの巣の中で貯めこまれてヒトの身体に侵食してないからですね。とティーカップを片手に彼は微笑む。

「巣を持つ者は珍しいですが、存在しない訳ではないんです。僕は初めて逢いましたけど、僕らからしてみればとても貴重で珍重すべき存在ですよ」

「それよりも、ジルだ」

 きっと俺を落ち着かせようとするための言葉だったのだろう。俺がネストの家系巣を持つ者である事に不思議はない、と優しく言葉を紡ぐ彼に、俺は同意すら示さず、俺が最後に見た景色にカップをソーサーへと戻し、両のこめかみを押さえながらもその言葉を吐き出す。

「俺はジルに何をされたんだ?」

「眠らせられただけですよ。そうじゃなきゃここにあなたは来ない」

 彼はかわらず穏やかに俺へ告げる。

「俺はアイツを信じたい」

 俺が告げたその言葉に彼は少しだけ驚いた顔をして「あなた実はお人好しでしょう」と笑う。

「僕はあなたに生かされています。だから僕が僕として存在している間は、あなたの味方ですよ」

 そう言って笑い、「折角だから、少し話しましょう? 彼があなたに掛けた術は、彼が解除しない限りあなたが目覚める事は無いですし」と、優しく俺に告げるのだ。



 椅子の上で眠るルイをベッドに移し、俺は彼の寝顔を見つめる。

「ごめんね、ルイ。だから言ったんだ。軽蔑してくれて構わないって」

 彼の頬を一度だけ撫で、俺はデスクへと向かい、端末に短いメッセージを打ち込む。宛先は存在しない筈の兄だ。

【明日の朝、行くよ。手土産は鳥籠でいい?】

 そのメッセージは彼の元へと送信され、数分の間を置いて【楽しみにしているよ】と返答が返って来る。そのメッセージに俺は奥歯を噛みしめながら表示されたウィンドウを消す。そして、メモ用紙にいくつかの文章を書き殴り、彼の纏うスーツのポケットへと滑らし、眠る彼の耳元にいくつかの言葉を囁く。きっと、には届いていると信じて。


「これは、賭けだ」


 俺の言葉はラボの中で虚しく響いた。

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