幕間:夕暮れ時、資料庫にて。

 ​その訪問者がやってきたのは、男が仕事を終えようと席を立ったのと同時であった。蛍光灯が無数に並ぶ無骨なファイルの束を収めた棚を照らすその部屋のカウンターの中で男はその来客に口角を片端だけ上げながら笑みを浮かべる。

「来ると思ってたよ、ウィリアム」

 ウィリアムと呼ばれたスーツ姿のその男は、普段の神経質そうな仏頂面を悪党のように笑みの形に歪めてその口を開く。

「「」なんて、懐かしい伝言を貰えばな」

 来るしかないだろ。と男は笑う。その姿にもう一方の男も浮かべていたその笑みを深めるのだ。


「しかし、ルイも可愛い所があるもんだな。あの伝言を違わず伝えたか」

 資料庫の主である男――コーネリウス・リヴィングストンはカラカラと笑い、帰るために浮かせたその腰をデスクチェアへと沈める。そんな彼の反応を見ながら特別機動隊の長であるウィリアム・シーグローブは「アレは存外素直だぞ? ひねくれては居るが、それは成り行き上仕方ない所が有るだろうよ」と静かに笑う。彼らの間で「美味い酒を飲ませろ」という言葉は、彼らがまだ若かった頃決めた人を介して互いを呼び出す為の符牒であった。

「で、本題だが」

 コーネリウスはひとしきり笑い終えたのか、真面目な顔で話を切り出す。切り出された側の男も静かに頷き、彼の答えを推測する。

「ここ数ヶ月起きてる概念外生物の暴走事故。違うか?」

「そこでトンチンカンな事答えたらボケを疑うが、正解だ」

「何か不審な点が他にもあったか?」コーネリウスの答えにウィリアムは更に問いを重ねる。「不審な点、なぁ」嘆息するようにそう吐き出すコーネリウスは「ルイの持ち出して行った資料。ありゃぁ深堀するとぞ」と言葉を重ねる。

「……か」

 、彼のその言葉にウィリアムは敢えてその名を口には出さず、アレと表現する。それは彼ら二人にも因縁深い事件であった。

「ルイが報告してきた時に確かに予感はあったが、確かか?」

 ウィリアムが重ねた言葉に、コーネリウスは静かに頷く。

「今日のは流石にデカ過ぎた。アレさえ無けりゃぁ俺も最近の事件と二十年前のアレが線で繋がるとは思わなかっただろうな。意図的に線が繋がる資料はルカには渡してない。だがアイツだって馬鹿じゃない。俺が出した資料を洗い出せば意図的な穴を見つけるだろう」

 コーネリウスはそこまで言い切れば、ウィリアムへ「そろそろ腹括った方が良いんじゃねぇのか? そろそろ年貢の納め時だろう」と重ねる。

「何の話かさっぱり分からんな」

 白々しくそう返すウィリアムに「そこまであからさまにすっとぼけられると忠告をする気にもならんな」とコーネリウスは呆れ切った様子で息を漏らす。

「まぁ、お前がどうするかなんて俺の知ったこっちゃねぇけどな」

 今度こそ帰ろうとデスクチェアから再び腰を上げたコーネリウスにウィリアムは「一つだけ仕事を頼まれてくれないか?」と声を投げる。

「こうなって来ると内容にもよるぞ」

 溜息と共に立ち上がるコーネリウスに「簡単な事だ」とウィリアムは再び悪党のような笑みを浮かべ、言葉を繋ぐ「ルイの資料の閲覧権限を少しロックするだけだ。あぁ、念のためハイデルベルクのアカウントでもロックを掛けておけ」お望み通り美味い酒は奢ってやるよ。と重ねながら彼はその依頼を何でもないような事のように口にする。

「ったく、何処までロックを掛ければいい?」

「流石にお前が抜いた資料まで掛けるとアレも不審がるだろうから……そうだな、十九年前以前の閲覧権限にするか。あの事件に繋がる事件と、あの事件そのもののファイルは抜いて置け」

 ウィリアムのその言葉にコーネリウスは「お前って奴は。仕方ない。残り少ない同期の頼みだ。恩を着せといてやろう」と、既に電源を落としていたデスクトップを再度起動させ、カウンターから抜け出しファイルが押し込まれている棚へとのそりと足を向ける。

「ルイに恨まれたって俺は知らんぞ」

 数冊のファイルを棚から抜き出しながらコーネリウスは悪党のような笑みを浮かべる彼へそう告げる。

「知らなければ恨むことも無いだろうよ」

 そう言って笑うウィリアムに、コーネリウスは「アイツだっていつまでもお前の忠実な犬で居るだろうかねぇ」と皮肉じみた声色で漏らす。


 そんなコーネリウスの後ろ姿に「さて、どうだろうな?」とウィリアムは笑うのだ。

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