第4話 誓約と呪い

 ランチを終え、サーシャは医務室へと戻り、俺とジルは研究課にあるジルへ宛がわれているラボへと向かう。

「現地で収集したデータはもう送ってあるから」と言いながら彼はデスクに鎮座するデスクトップを立ち上げ、俺は勝手知ったる彼のラボで二人分の飲み物を用意する。ジルのマグにはインスタントコーヒー粉末をぶち込み、彼のラボに持ち込んである自分用のマグにはこれまた持ち込んでいたノンカフェインのアールグレイのティーバッグを投入し、それぞれ適当に湯を入れる。そうして二人分のマグを持ってデスクトップの方へと向かえば、デスクチェアに座るジルは俺に手を伸ばす。伸ばされた手にインスタントコーヒーが入ったマグを渡せば、彼はそれを一口啜り「相変わらずルイの淹れるインスタントコーヒーはマズいね」と笑うのだ。

「なら自分で淹れろよ、ドリップだろうが何だろうが好きにしてくれ」

「インスタントコーヒーにだって淹れ方があってだね? 今度淹れてあげようか」

 ケラケラと笑いながらジルはそんなことを言う。この男は人に飲み物を用意させる癖に飲み物にはこだわりを持つタイプなのだ。面倒くさい事この上ないし、今俺がこのラボにいるのは別に飲料談義をする為ではない。

「ブラックは胃に来るんだ。で、結果はどうだったんだ」

 俺は彼にそう切り出せば、彼も解ってるって。なんて言葉とともに慣れた様子で端末を操作していく。

「過去の資料から裏取りをするのに苦労したけど、やっぱりあれは正しくリントヴルム――ドラゴンだった。小型で比較的御しやすいドラゴネットはこの地域でも登録しているけれど、ドラゴンなんて危険な存在、ウチが登録する訳がない。っていうか、そもそもCOBA発足の時点でドラゴンと呼ばれる大型の竜種は滅ぼされてた筈なんだけど。ルイって概念外生物学、やってたっけ?」

 やってないんならまず分類から話すけど、と唐突に講義が始まりそうになるジルへ「生憎、学校にはロクに行ってなかった」と返す。

「学術的な事はいい、結論を言え結論を」

 続けて彼へと結論を急がせれば、「結論から言えばアレは登録外ウェットバックだよ」

 不法入国を揶揄するスラングでそう結論付ければ、証拠を提示するかのように端末を操作し、ここを見て。と二つのデータを画面に並べる。

「コレはウチで登録したドラゴネットのデータと、今回のドラゴンのデータなんだけど、ドラゴネットの方はここの数値がマイナス値を出してるだろ? で、ドラゴンの方はプラスになってる部分、うん、そこ。ここの数値ってウチが登録した概念外生命体はマイナス値になるようになっているんだ」

 ディスプレイを指さしながら解説するジルに俺は首を傾げ彼に問う。

「個体や種族で異なる数値ではなく、か?」

「勿論数値には個体差も種族差もあるんだけどね、この数値は本来プラスで在るべきなんだ。そこをウチが封じているからマイナス値になる。魔術による封印だね。この数値は攻撃指数って俺たちは呼んでるけど、まぁ、有体に言えばこの生物がどれだけの攻撃力、破壊力を持っているのかっていう数値なんだ。その攻撃力は社会生活には不要だし、普通の人間を解析すればもっと酷いマイナス値になるから、このドラゴネットはこれでも人間よりは攻撃力が高いという事になる。術を掛けなければ更に高い攻撃指数を持つその能力を封じた上で社会生活を営もうとする概念外生物に対して社会に適応する術を授けるのが概念外生物誓約ウチのやり方だ」

「数値の設定根拠は」

「ゼロでコンクリートの壁がぶち破られる」

 俺の淹れたコーヒーを不味そうに啜るジルはしれっとそんな事を口にする。

「ザルみたいな数値設定だな」

「ゼロなんて基本出ないしね。登録更新の時にここの数値を見て、少しでも0に近づいていたら要観察で警務と連携したり、術を掛け直してるし。特機にもたまに要請出してるだろ?」

 ジルの言葉に成程、と頷いて俺もティーバッグを入れたままにした所為で濃くなってしまったアールグレイを流し込む。

「しかし、アレがプラスだったって事はあのトンネルが潰れてない事が奇跡に近かったのか」座っていたジルの隣で立ち続けていた俺は、デスクトップが置かれたデスクに軽く腰を掛けながらそんな感想を抱く。「そうだね、もう一方の方が必死で止めていたんだろう」ジルも俺の言葉に同意し、まるで今思いつきました。みたいな顔で「を見るかい?」と俺に問うのだ。


「じゃ、ちょっと下がっててね」

 を見るか、というジルの言葉に頷けば彼はラボの片隅に立てかけられた複雑なデザインを持つ彼の肩程までは長さがありそうな木製の杖を手にし、「作業場の方まで行くよ」と、さっさとラボから出ていく。俺がその後ろ姿を追い、研究課の共有スペースであるただっ広い作業場へと向かう。広く取られたスペースの真ん中には、俺の腕の中で息を引き取ったがそっと横たえられ、その身体の下には複雑な文様が描かれていた。恐らく魔法陣であろうその円形の文様の外周にコツリとその杖の先端を添えたジルは俺にそう声を掛けて、違う国の言葉をつらつらと吟じる。

「いつ見ても凄いな」

 文様が光を放ち、青年の姿をしていた彼は竜の姿を取り戻す。そんな光景に俺は簡単な感想を述べれば「ルイだって勉強すれば出来るようになるよ、人間のくせに魔術師よりも能力値高くなってるんだから」とジルは杖を手に笑う。

「ちょっと待てよ、この竜、?」

 笑うジルに俺は問う。彼の魔術によって姿を見せたその竜の姿は俺がトンネルで見たの姿とは異なる姿であったのだ。俺の問いにジルは「やっぱりそうだったかぁ」といつもの飄々とした笑みとは違う、複雑な感情を孕んだような表情を見せる。

「それならは完全に被害者だ」と。

「どういう事だ?」

 ジルの言葉に俺は再度問う。俺もの事を加害者であるとは思ってはいなかったが、完全なる被害者であるという言葉と、現れたの姿が違う事に、接点を見出せなかったのだ。

「俺もやってみるまでは確信を得られなかったんだけどね、これで分かった。この竜には魔術師の中で噂されてた呪いがかかっていたんだ」

 そう言って、彼は一呼吸置く。

「噂の出所は聞かないでよ、俺だって又聞きなんだから。それでもいいならルイには話す」

 いつになく真剣な面持ちで彼はそう告げる。俺もその言葉に頷く「解った、話してくれ」

「オーケー。それじゃぁラボに戻ろう」

 近くにいた研究員にジルはの解析を依頼し、元来た道を戻る。俺も同じように彼の後をついて彼のラボへと戻るのだ。


「で、呪いの話だけど」

 ラボに戻りドアを閉めればジルはデスクチェアに座りながら即座にそう切り出す。ジルはデスクに置いたままだった冷めてしまったコーヒー片手に言葉を続ける。

「魔術師ってのは俺みたいにCOBAに勤めているのも大勢いるけど、勿論反体制的な奴も多く居る。潜在的には反体制的な奴らの方が多いんじゃないかな。欲望に忠実な奴、多いし」

「お前もだろ」

 ジルの前置きに俺は壁に立てかけてあった折り畳み式の丸椅子を開き座りながら言葉を返す。そんな俺の言葉には「まぁね、俺の場合はCOBAと利害が一致したからこっち側にいる訳だけど」と笑う。

「まぁ俺のことは今回はどうでもいいんだけど、その反体制的な魔術師の一部――過激派って言っても良いかな。そういった過激派の集団が居るんだよ。この世界のあらゆる厄災を自分たちの手で御したいっていうタイプの奴らがさ、並みの魔術師じゃまず無理だけどね。あったま悪いよな」

「お前の評価はいい、続けろ」

「ハイハイ。その集団は何百年も前から存在してる組織だ。まぁトップは流石に凄腕が君臨してるらしいんだけど、今の時代そんなの流行らないだろって興味も無かったからスルー決めてたんだよね。でも、最近トップが変わったらしく、また力を付けてきたらしくてさ。そのトップって奴が編み出したのが、さっき俺が言った呪いだ。善良な生物を支配下に置き、厄災を撒き散らす呪い」

「今回の話だと、善良な生物ってのがか」

 俺がそう問えば、ジルは頷く。

「そういうコト。向こうだってこっちのやり方は解ってるんだ。使い方は違えど同じ魔術を使う魔術師だしね。で、ウチが掛けた魔術の痕跡を追って人間として社会に溶け込んでいる筈の概念外生物達を見つけて捕らえる。そうしてウチが掛けた術をさっき言った厄災の呪いで上書きする。そして彼らの記憶を消して社会に戻すんだ」

 そう言ってジルはマグカップへと口をつける。彼のその言葉で俺の脳裏に一つのシステムが過る。「時限爆弾か」俺の言葉にジルは「正解。今回はちょっと違ったみたいだけど、やろうとした事は同じだよ。本来であれば呪いを掛け、記憶を消した上で社会に戻した後、奴らの好きなタイミングでそれを発動させて厄災を撒き散らすっていう流れになるんだろうけどね。ここ数か月ポツポツと出てた概念外生物の暴走事件はこの呪いが噛んでるんじゃないかって調べてた矢先に今日の事件だったからね。中途半端に呪いが掛かってて良かったよ。今までの案件は終わった後にその呪いの証拠まで消えて確証に至れてなかったんだ」

「タチが悪いな。でも何では完全に呪われてなかったんだ?」

 ジルの言葉に一つの疑問が浮かぶ。それを問えば「まぁ、ここからは完全に憶測の域になっちゃうんだけど」と前置きし、彼は言葉を選びながら口を開く。

「まず、種族の問題。今までの事件で捕らえられたり処理された生物に竜種は居なかった。魔術師俺らから見て術の掛けやすい魔力の弱い生物に限られてたんだ。あとは魂の資質かな。気高い魂を持つイキモノに対しては呪いっていうのは掛けにくいんだ。暗示と一緒で掛かりたくないと思えばその術の効力は落ちる。だから、きっとはその気高い魂でその呪いを拒絶したんだろう」

 そう言ってジルは押し黙ったままの俺に「ルイも呪いは掛けにくそうだよね」なんて緊張感を砕くような言葉を続け、話を続ける。

「今回ウチで掛けた術が効力を発揮し続けてたのもいい例だ。ウチで掛ける術は半ばオートマチックでね、専門の術師が居るには居るんだけど概念外生物全てに人力で術を掛けるのは負担が大きいから基本は機械で掛けてるんだ。今は最初に話した攻撃指数が不安定な生物に対して術師が術を掛けるような運用になってる。に掛けられた術も詳しく調べてみたら機械で掛けた均一的なものだったから、がその術を受け入れていなければその死と共に術が解けててもおかしくはなかったんだ。その観点から見ても、は厄災の呪いによる被害者だ。今回何であんな事になったのかはに聞かないと解らないけどね」

 凄いよ、は。俺から見ても。とジルはの健闘とその魂を称えるように滅多に見せない優しげな笑みを浮かべる。

「参考までに聞くが、お前の推論は」

「参考になるかは解らないけど、まず、ルイが処理した方の竜。あれはその集団によって作られた、もしくはウチが関知できないような密林とかそういう未開の奥地で見つけ出して連れ出して育てたものだと思う。あのドラゴンをあの状態でこんな所に放ってるって状況事態、ウチとしては在り得ない事象だし、その集団だって流石に成長し切ったドラゴンをすぐに制御できるようなドラゴン使いなんて居ないだろうしね。そしてドラゴンがその集団の中に居る状況でドラゴンに殺された方の竜――つまりが捕らえられ呪いの儀式の壇上へと上げられた。同じ竜種だったからか、それとも関係がないのかは解らないけど、何かがあってドラゴンは街へ放たれた。そして彼も、中途半端に呪いの掛かった状態で街へと出た。しかし、中途半端に呪いが掛かり、としての意識をはっきりと持っていた彼はそのドラゴンを止めようと自らもドラゴンの姿を取りあのトンネルに辿り着いたっていうのが俺の推測だ」

 一息にそう告げて、ジルはマグの中の黒い液体を一気に喉へと流し込み「冷たくなったルイの淹れたコーヒー程マズいモノは無いね」ジルはそう言って、押し黙り続ける俺を茶化すようにラボの張り詰めた空気を打ち砕く。

「大体解った。俺の方でも過去の資料の洗い出しをしておく。何かわかったらまた教えてくれ」

 俺の言葉にジルはいつもの笑みを浮かべながら口を開く。

「了解。の解析はもう始めてるから明日になれば名前も解るだろうし、明日出勤したらラボに顔出してよ。あと、今日はサッサと帰りなよ」

「解った、明日の朝にまた来る。だが、まだ昼が過ぎた所だぞ? 資料の洗い出しもあるし、また同じような事件が起こる可能性もあるだろう」

 ジルの言葉に反論すれば「何日ここの仮眠室で寝てるの? どうせ明日からはまた帰れなくなるんだから今日は定時で帰りなよ。そのうちサーシャが家に上がり込んでルカちゃんと同棲し出すよ?」と返される。

「ルカとサーシャに限ってそんな事……」

「信頼するのは結構だけどね。何日も帰らなかったら自分の家なのに居場所無くなるよ?」

「まぁそうなったら俺の家に来ても良いけどね?」とジルはウインクと共に言葉を繋げるのだ。

「遠慮する。お前と同居する位ならシーグローヴの家に帰る」

 俺はそう返し、ジルの笑う気配を背中に感じながら彼のラボを後にした。

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