第2話 はじまりは嵐のように
「待たせましたか、特機です」
俺とコンビを組んでいる白雪の運転で指示をされた現場である薄暗いトンネルの奥へと入り、車から降りて人々が慌ただしく動き回る場所へと向かえば、俺の隣に立つ白雪が警務部の見知った顔に声を掛ける。奥で暴れているのであろう対象を外に出さないようバリケードを作る警務部の職員は俺の顔を見て表情を明るくする。
「ルイさんが来てくれて助かりました。種は竜型っぽいんですけど、獰猛で捕縛はムリそうで。特機でも変なのが来ちゃったら始末出来そうにないなって話してたんで」
「ここら辺で登録されてる竜型ってそんな獰猛な奴居なかったよな? 流石に火ィ吐いてたりしたら俺もキツいな」
警務部の話を聞き、俺たちの居る地区の登録を脳内で思い返す。俺の問いに俺たち特別機動隊よりもこの地域に精通している筈の警務部職員も首を捻る。
「そこなんですよね。精々がドラゴネット程度のものなんですけど。完全にドラゴンですよあれは。あ、でも今の所は二体が互いの首狙ってる感じで何らかの噴射とかはしてないです」
「オーケー、とりあえず状況見てみるか。白雪、車からデカいの持ってこい。ジルの新作な」
「了解しました」
白雪が車へと駆けていくのを見送れば、俺は一人でバリケードの中へと入る。
「ワーオ、こりゃあ拳銃じゃぁどうにもならんな」
思わず声を出してしまう位には大型の獣が二体、トンネルの中で互いを殺そうとしているのだろう。あちこちの壁にぶつかり、壁を崩しながら絡み合い暴れる。俺は懐の拳銃を取り出し天井へ一発、引き金を引くのだ。
「こちらはCOBA特別機動隊だ。大人しくするのであれば命までは奪わん、申し開きはあるか!」
この惑星に住まう『概念外生物』つまり、俺たちが登録し、管理している生物達は、この惑星へ危害を加えないという誓約を交わす。そしてその誓約の元、COBAは彼らを人の形を取り人語を理解できるようにする。つまり彼らへ社会に溶け込めるような術を施すというのもCOBAの重要な役割だ。しかし、それを破るものも少なくはない。そこで登場するのが警務部や俺たち特別機動隊である。警務部は概念外生物に対する警察のようなもので、取り締まりや捕縛までは許されているが殺す事が許可されてはいない。警務部が捕縛出来ないものに対して出動出来るのが狩人――特別機動隊である。
俺が声を張り上げ口上を述べれば、一体は俺へと視線を飛ばす。しかし、もう一体は俺の声など聞こえていないように一瞬動きを止めた片側の首へと牙を剥き、その牙を首筋へと撃ち込む。首筋に喰いつかれた竜はその眼を見開き、その喰いついた頭を離そうと首を振るう。その衝撃と勢いで引きちぎられた竜の皮膚からは大量の体液が噴き出し、辺りは彼の体液で染め上げられる。
「センパイ! 無事ですか」
今手にある拳銃ではどうにも勝ち目は無いと、端から今の状態で戦う気は無かった俺は、喰いつかれた竜の傷跡から噴き出した体液を頭から被ったまま、二体の関係を推察していた。そうやって二体の竜を観察していれば白雪の駆け寄ってくる足音が破壊音の中からかすかに耳に届く。
「見ての通り五体満足だ。よし、持ってきたな」
「俺が撃ちましょうか。これでも狙撃には自信があるんですよ」
ガシャリ、と金属音を立てて黒光りする大型銃を自慢げに構える白雪に「お前、それテストした事あるか?」とだけ問う。
「これは初めてですけど、他のと変わらないでしょう?」
きょとんとして答える白雪の手からそれを奪い取り「コイツは反動が酷いんだ。今度練習しとけ」と返して俺はコンクリートに膝を立て、無傷の方の竜に狙いを定める。狙うは頭、一発で仕留めなければ今度は俺が危ない。
「現時点でCOBAは貴殿が武装解除をする意思が無いと見なす。概念外生物誓約第三条に基き殺処分を行う!」
声を張り上げ二体の竜にそれだけを告げ、無傷の竜へ向けた銃の引鉄を引く。地を震わすような轟音と共に火球が竜へと飛び出し、その反動に俺も後ろへと飛ばされかける。急いで体勢を整えて二度目の引鉄を引けるよう構えれば、一発目のそれは狙いを違えずに暴れる竜を撃ち抜いたようで、その竜は唸るような声を上げながら地へと墜ちる。俺は白雪へ持っていた銃を放り、竜の元へと駆ける。
「センパイ! まだ一体居ますって!」
「多分あれは大丈夫だ!」
白雪へむけてその言葉だけを投げ返せば、首を喰いちぎられ虫の息となっている竜の元へ向かい、彼と視線が合う場所へと向かう。
「COBA職員、ルイ・シーグローヴです。一体何があったのですか」
そう言葉を投げ返せば、彼は竜の形から人の形へと姿を変え、俺の前で横たわる。その姿はまだ少年から青年へと向かう頃と言えるような年若い男の姿であった。白銀の長髪は彼の流した体液に所々染められ、彼の金色の瞳は真っすぐに俺を捉える。
「私を撃たないのですか、私も誓約違反になるのでは?」
口を開く度に傷が痛むのだろう。震える声で彼は俺に問う。そんな疑問に俺は「最初に俺が声を上げた時に停戦の意思を見せたでしょう。その所為でこんな怪我をさせてしまった。今からCOBAへ向かえば何とかなります。急ぎましょう」と人型となった彼の身体を抱き上げる。彼は俺の腕の中で弱弱しく首を横に振る。
「私はもう駄目だ。それよりも、貴方が処分した竜の解析をした方がいい。私たちとは毛色が違う。何かが始まっているのかもしれません」
彼はそれだけを告げれば、満足気にその金色の眼を閉じる。何が始まっているのか、重要なのはそこじゃないのかと罵倒したくなる気持ちを堪え、俺は彼の亡骸を抱えて白雪の元へと戻る。
「センパイ、彼は……?」
「お前が言ったもう一体だよ。しかしウチの管理課は優秀だな。死んでもウチで掛けた術が解けない」
返す言葉に迷っているような表情の白雪を横目に俺は彼の亡骸を抱えたままバリケードを越える。先ほど話した警務部の男に「完了だ、中にある竜は研究課の解析に回してくれ。俺からもジルに頼んでおこう」
「了解しました。ルイさん、また派手にやったんですか? 体液塗れですよ」
「俺がやったんじゃないよ、彼のだ。もう一体にやられてな」
「そうですか……お疲れ様です」
彼の言葉に頷き、車に戻る。彼の亡骸を後部座席に横たえさせて、俺は助手席に座って白雪を待つ。
「センパイ、戻ったらメディカルチェックからですよ」
戻ってきた白雪にそんな言葉を投げらる。
「わかってるよ」
それだけ返せば俺は車に置いていた端末で研究課に所属する最も信頼のおける研究者であるジルへと電話を掛ける。
「ジルか、警務部からも連絡があると思うが一体解析に回すから頼む」
電話の向こうの男は笑みを含んだ声色で了承の意を俺へと告げる。その答えを聞いてから、俺はその電話を切り、窓を流れる景色を眺める。
後部座席に横たわる彼が告げた「何かが始まるのかもしれない」という言葉に胸をざわつかせながら。
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