COBA:概念外生物管理局
狭山ハル
COBA:概念外生物管理局
第1話 Overture
その日、僕の人生は変わってしまったのだ。
見たこともない生物の死骸と大人二人の死体が転がり、赤ん坊の泣き声が響き渡るリビングには血の海が広がっていた。
僕は今まで触ったことも無かった、手の中にある『凶器』のグリップを握りしめ、赤ん坊の声が止まっていない事に安堵の息を漏らす。
「やるじゃないか、坊主」
この空間で赤ん坊と僕以外で息をしているもう一人の人間――見たことのない生物を追いこの家に入ってきた男が生物に傷つけられたらしい肩口を押さえながら僕へそんな言葉を投げる。
黒い髪と黒い瞳を持ち日本人にしては彫りが深い、しかし日本語を操る黒衣の男が幾つなのかはわからなかった。しかし両親や学校の教師達――その頃の僕が知りえる大人達よりは若そうなその男は、元々は彼のモノであり、今は僕の手が震えながら握りしめているそれから僕の指を丁寧に一つ一つ解いていく。
「おにいさん、誰なの」
震える声で座り込んでいた僕の前に膝をついていた彼へ小さく問えば、「まぁ、そこからだよなぁ」と困り顔で小さく笑う。
「坊主の問いに答える前に、君の人生を今、ここで、決めてもらわなきゃいけない」
彼はその黒い瞳を真っすぐに僕を見つめ、そう告げる。
「何も聞かずに、すべて忘れて、君とその赤ん坊は親戚か施設か、まぁそういった所へ身を寄せる。そうすれば君の人生は親が事故で死んだってだけで普通に過ごすことが出来る。俺達もその手助けを陰ながらしよう。そして、君の問いに俺が答えるとなると、君も俺達の棲む世界に足を踏み入れる事になる。アレみたいな見たこともないような生物と闘う世界に、だ」
今思い返しても、彼は僕に酷な選択を迫っていたと思う。義務教育も終わっていない幼気な少年に対してそんな人生の二択を迫るというのは酷い。今になればその選択を迫る重要性も解らないわけではないけれど、そんな二択を迫らず、すべて忘れさせる選択をとる事だって彼には出来たのだ。有無を言わさず記憶を消して、親戚なり施設なりにぶち込むという選択を、だ。
「そんなの、決まっている」
僕はそう告げ、平凡であった僕の人生に終わりを告げる。
「答えて、貴方はどこの、何なのか。あの生物は何なのか、全部答えて」
その答えを満足気に聞き頷く男によって、俺の人生は始まったのだ。
「――パイ、ルイさん」
青年の声に俺の意識は引き戻される。俺の事をセンパイと呼ぶ青年は出会った頃の男と同じくらいの年齢であろう。あんな昔の事を思い出したのはきっとその所為だ。青年――
「ちょっと聞いてますか?」
「聞いてる聞いてる、で、何だって?」
彼にそんな返事をすれば「聞いてないんじゃないですか」と呆れた声で返される。
「出動要請ですよ、内容は下級生物共の縄張り争いみたいですケド、警務部じゃ手に負えないって事らしくて」
「あいつらに上級も下級もねぇよ、そういう言い方はよせ」
つまらなそうに報告をしてくる青年にそう告げれば、彼は面白くなさそうな様子で「すみません」と口先だけの謝罪を口にする。
「行くぞ、出動要請は無視出来ないからな」
「あ、センパイ待ってくださいよ」
座っていたデスクチェアから立ち上がり、自分用に作られた銃がホルダーに入っている事を確かめて、カウンターで指示書を受け取り俺達が潜む地下の穴倉から地上へと向かう。
壁にカモフラージュされたエレベーターを出て非常口と書かれた重い扉を開ければ、俺達が出るのは国連本部である。
概念外生物管理局――通称、
そして、その中でも世界各地に置かれた支部に監視の目を光らせ、本部や支部の通常対応職員で対応しきれない案件の処理を行う。保護・管理をしている生命体に対して生殺与奪の権を与えられた世界でも数えれるほどしか居ない精鋭部隊。それが俺達が所属する特別機動隊である。
あの日、僕は答えを求め、COBAで俺の人生を歩み始めた。それに後悔はない。
俺は、彼に救われ、彼の為に生きると決めたのだから。
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