決勝戦~ジークドラグーンVS雪月花~

 五月五日 午後六時。アーマード・フェアーズ春季埼玉県大会会場。


『さぁついに決勝戦!! 派手に行きましょう!!!!』


 実況アナウンスが反響し、比例するかのような歓声に震える会場の中で、悠斗はつぎはぎだらけのジークを見つめていた。

 決勝戦は準決勝までと違い、開始時刻は夜であったが、機体の修繕すらままならず、部室にあった装甲板の端材を打ち付けただけの応急処置しか出来なかったのである。

 武装に関しても奈々実がまたも夜なべして、実体剣を二本作ってくれたが、相手は世界レベル。

 フル装備でも勝ち目の薄い相手に立ち向かうにはささやか過ぎる。


「悠斗いけそう?」


 不安げに聞いてくる奈々実。

 その不安を少しでも取り除いてやりたい悠斗だったが、生憎と事態が好転する材料は皆無であった。


「無理だな。相手は、世界レベルだぜ。まぁ楽しんでやるよ」


 世界大会ベスト十六と直に手合せ出来る。

 貴重な経験が出来るだけでも喜ぶべきなのだろう。

 優勝を考えていた愚かさを自嘲する以外にない。

 悠斗が自分の傲慢さを鼻で笑いながらスーツを身に纏おうとしたその時、


「悠斗君。奈々美さん」


 聞き慣れた少女の声。

 力強くも聡明な、そんな声の主を間違えようもない。

 結城真理沙だ。

 真理沙は、何か大きな物が乗った台車を押している香苗と共に悠斗の目の前に居る。

 来るはずがないと思っていた人物の登場に、


「何しに来たんだよ」


 怒るよりもまず、なんでここに居るかが気になって悠斗が尋ねる。


「これを渡しに」


 真理沙がそう言うと、香苗が台車に乗っている物を手で叩いた。

 見た目はバックパックだが巨大な羽が四枚とスラスターユニットが複数確認出来る。

 悠斗も一見して分かった。後付け型のフライトユニット。ジークの為に作られた翼だ。


「爆弾入りか」


 しかし悠斗は、この好意を切り捨てた。

 可能性で考えればかなり低い。

 それでも拭えぬ疑惑。

 もしかしたらそれすらも真理沙に対してどんな感情を向ければいいのか分からないが故の言い訳かもしれない。

 悠斗のあしらいを受けても尚真理沙は、首を横に振り、力強く真っ直ぐに悠斗の眼を見つめた。


「これは、あの時見せなかった秘密です」


 あの時。それは一昨日の夜、真理沙の家で食事をした時の事だと悠斗は思い至った。

 作業室の中にある扉。

 その向こうに、このフライトユニットが隠してあったのだろう。


「びっくりさせたかったんです。本当は、これを完成してから見せたかった」


 真理沙の言葉が本心である事を悠斗は悟っていた。

 嘘偽りはない。

 きっと夏の大会、その時の為に用意した物。

 悠斗達への贖罪の証だ。


「私を許さなくていいです。ううん。許してもらえるなんて思ってない。でも信じて欲しいんです」


 本音を言えば信じたい。

 信じたいけど、もしもまた裏切られたら?

 悠斗は、拭えぬ不安を怒声に変えて、真理沙にぶつけた。


「何を信じろっていうんだよ!! 裏切ったお前を!?」


 しかし真理沙は、怯む事無く悠斗と向き合い、こう続けた。


「私の作った物です」

「作った物?」

「私の作った物は、私なんかと違って素直な良い子です。だからこの子を信じて欲しんです」

「真理沙……」

「私なんか信じなくていい。私は、この子達まで裏切った。自爆するよう仕掛けして、大事な子供達をこの手に掛けてまで。そんな私は、信じなくていい。でもこの子は――」

「一つ聞く」


 悠斗の言葉に、真理沙の唇が強く結ばれた。

 どうしても聞きたい事が悠斗にはある。

 それはどうしてジークには細工をしなかったのか、だ。


「どうしてジークには、細工しなかった? 織田さんの機体には、そうしたのに」


 その答えはすぐに真理沙から得られた。


「ジークまでそうしたら悠斗君たちとの思い出まで壊れそうだったから。私にとって生まれて初めての、失いたくないって思った大切な思い出だから」

「それだけか?」

「……友達だったから」


 同じだった。

 悠斗にとっても真理沙と過ごした日々は忘れ難い。

 だからこんなにも苦悩させられるのだ。

 大好きだったから、こんなに悩んでいるのだ。

 こんなに悩むぐらいなら、いっそもう一度馬鹿になるのもいいかもしれない。


「都合の良い事言いやがって。今回だけだ」


 悠斗がそう言っても真理沙は首を傾げてしまう。

 きっと真理沙自身許されたとは思えないのだろう。

 だけどもう決めたのだ。

 悠斗はもう一度だけ、結城真理沙の事を信じるのだと。


「俺短気だから、今回しか許してやんないから。だからもう二度と裏切んじゃねぇよ」


 悠斗から伝えられた許しの言葉。

 それを聞いた真理沙の瞳から涙の粒がしとしとと零れ落ちた。


「はい! ありがとうございます。二度と裏切らない……信頼も期待も……絶対」


 泣きじゃくる真理沙を悠斗が微笑み見つめていると、ごほんと、わざとらしい咳払いが耳を突く。


「真理沙」

「奈々実さん」

「わたしは、許してないからね。まぁ一から友達になりたいって言うなら別にいいけど」

「あ、奈々実さんは別にいいです」

「なんで!?」

「冗談です。ありがとう奈々実さん」


 早くも奈々実は真理沙のペースに持ち込まれている。

 その光景が何とも微笑ましく悠斗には思えた。


『試合開始まであと五分です。両選手はカタパルトにて待機してください』


 会場に鳴り響くアナウンス。どうやらゆっくりと仲直りしている時間もないらしい。


「真理沙、急いで取り付けてくれ」

「まだ調整中で長時間飛べません。その間に相手の飛行能力を封じてください」

「無茶言うぜ。相手は世界大会のベスト十六だぞ」

「これを」


 真理沙が手渡して来たのは、二本の光学ブレードの柄であった。

 以前の物よりも大型になっており、柄の下部には何かを取り付ける為だろう、ジョイントが付けられている。


「このジョイントは?」

「奈々実さんの剣と噛み合うように作っています。持ち換える手間や時間を省こうと思って」


 真理沙は、説明をしながらも素早くフライトユニットを取り付け、戦闘準備は万端となった。


「勝利をくれよ。ジーク」


 笑顔で語り掛けた悠斗は、ジークを身に纏い、カタパルトルームに足を踏み入れる。

 これが最後の戦い。

 これに負ければ廃部となる。

 もう二度とWAF部として活動できなくなってしまう。

 ラストチャンスにして最後の戦いへと――。


「ジークドラグーン・マークⅦ、神凪悠斗出ます!!」


 カタパルトの初速に乗って悠斗はフライトユニットを起動する。

 スラスターが青い噴射炎を奔流のように吐き出した瞬間、悠斗の身体を鉛のような圧迫感が襲った。

 速い。

 マークⅥの初速とは比較にならない。

 しかしその感慨に耽る間もなく、悠斗の視界を黒い影が覆った。

 煌めく線状の光。

 咄嗟の反射反応で悠斗は身を捩り、これを避けた。

 世界大会ベスト十六。雪月薫の愛機、雪月花。

 悠斗の体験した事のないマークⅦの飛行スピードをあっさりと捉える機体性能と技術。

 そのどちらも、悠斗の想定していた遥か外の領域であった。


「なるほど速いな。それ以上に驚くべきは――」

「なんて出力だ! でも制御出来る」


 ジェネシス機関の圧倒的出力で稼働するフライトユニットだが制御は容易だった。

 悠斗の意図から外れて暴れる事はなく従順に、しかし嵐のように荒々しくジークの巨体を舞わせている。


「これならいける!!」


 二振りの光学ブレードを同時に起動し、悠斗は、右のブレードを突き出しながら雪月花の懐に飛び込んだ。

 上半身を動かし回避する雪月花。華麗な回避に見えるがこの程度の芸当は想定内だ。

 カウンターとして振り下された雪月花の右の斬撃を左の光学ブレードで受け止め、ジークが鳩尾に右膝を捻じ込んだ。

 雪月花が後方へ吹き飛び、ジークが追撃を慣行する。直撃の確信を抱きながら振るったブレードは大気のみを切り裂いた。


「さすが全国ベスト四にして、開発者の息子」


 雪月花は、悠斗の間合いの外に居る。


「熟練のエースというわけか」


 雪月選手の賞賛がうすら寒く思えるのは、それ以上の芸当を息を吸うように行う彼の技量故だろう。

 しかし嬉しい想定外もあった。

 実力差は明白だと思っていたが接近戦でのプレッシャーはさほど重たくはない。

 むしろこの程度の緊張感なら心地よいとさえ思える。

 だから迷わず斬り込める。

 ジークと雪月花の繰り出した剣閃は数十二数を超えてもたがいに致命傷を与える事なく折り重なり、光刃と実体剣の甲高い衝突音と火花の光が会場を包み込んでいく。


「すごい悠斗君。あの雪月選手と互角に……」


 真理沙は自分の言葉を紡ぐ前に飲み込んだ。

 状況が変化しつつあるからだ。

 それは、掠る程度の微かな到達。

 しかし繰り出される刃が確実に微細ながらダメージを累積させているのは悠斗の側であった。

 修繕が不完全で一見大破寸前のジークだが、試合開始から一切の損傷を負っていない。


「いや、むしろ追いつめている?」

「パイロットの差だよ」


 喜色満面でそう語る奈々実に真理沙は首を傾げた。


「どういう事ですか?」

「雪月選手が最強の剣士なのは、アーマード・フェアーズ限定。でも悠斗は違う。実戦的な格闘術や剣術を収めている。スポーツと実戦の差は果てしなく大きいの。だから悠斗の実戦剣術に雪月選手のアーマード・フェアーズ特化の剣術じゃ対応できないよ」

「競技と実戦の差……ですか」

「悠斗は、真剣を使った立会いも経験してるんだから。接近戦なら安心して見てられるよ」

「でも今まではどうして? 世界レベルの選手を圧倒する近接戦闘技術があるなら今までだって」

「今までのスーツの機動性じゃ、悠斗の反射神経や技術に追いつけなかったんだ。真理沙のスーツだから悠斗の動きについてこられるの。ありがとね」

「奈々実さん……」

「結果は、どうなるか分からないけど。ありがと、真理沙」

「何がですか?」

「悠斗、いますっごく楽しいと思うから」


 動きたい通りに動ける。想定した通りに動ける。意識に身体が付いてくる。

 フリーマッチに転向して以来、初めての経験だった。

 ポイントマッチでも味わった事はない。

 互いに刃を繰り出し合い、皮一枚の所でお互いかわし、また繰り出す。

 僅かな隙に拳を撃てば、反撃の爪先がこめかみを打ち抜く。

 既に心に渦巻く渇きも飢えも消え失せていた。


 このままずっとこうしていたい。こうやって戦っていたい。

 だが今のジークは、不完全な修理と飛行制限時間の枷を嵌められている。

 楽しいばかりではいられない。楽しむだけでここに居るわけではない。勝つためにこの場で剣を交えているのだ。


 互角の応酬では二つも爆弾を抱えているジークに不利だ。

 悠斗の剣捌きは精細さを欠く事はなかったが、次第に荒々しさを増していく。

 愚直とも言える攻めの姿勢は飛行時間に限界を設けられた事の裏返しだ。

 機体の損傷も激しく、長時間の戦闘ではいつ故障がぶり返すともしれない。

 膨大なハンデを背負って雪月薫という世界規模に挑んでいる。

 だからこそ悠斗に悠長な試合運びという想定はされていない。果敢に攻めて、攻めて、攻めて続けるしかないのだ。

 悠斗は腰に差した光学ブレード二本を振るい、バツの字状の剣閃を描いたが雪月花は紙一重、光学ブレードの間合いより離れていた。


「いい攻撃だ。さぁもっと攻めてこい!」


 最初は押していたはずなのに雪月花の動きは徐々に悠斗の攻撃に対応しつつある。

 この短時間で悠斗の剣術を窮しているのだ。

 今まで戦った相手とは、最早次元の違う存在。

 損傷を抱えているとは言ってもフライトユニットを得たジークの性能は雪月花を超えているはず。

 だがアーマード・フェアーズは武術競技ではない。パワードスーツを着て行うスポーツだ。

 そして相手は世界レベルの選手。

 次第に悠斗の攻撃は雪月花に届く頻度は減っていき、回避にも余裕が見られるようになってきた。


「掌の上で踊ってるってとこか」


 恐れは、身体を硬直させる。

 判断を妨げる。

 だから考えるのはどう戦うか。

 負ける姿を想像するよりも一撃浴びせる策を弄する。


「なら掌を切ってやる!!」


 悠斗は、光学ブレードの柄のジョイントに、実体剣を差し込んだ。

 計四つの刃、間合いをかく乱して、一気に勝負を決める。

 しかし剣を振るおうとした瞬間、黒い影が悠斗の周囲を駆け巡った。

 その機動は、人間の視覚が捉えられる速度を超越している。

 高機動の機体とは聞いていたがそれだけではない。

 それだけでこのような芸当が出来るはずがなく、機体特性を理解し、真に使いこなしているからこそ出来るのだ。


 しかしジークのフェイスガード内を警告音が鳴り響く。

 HUDには、フライトユニットの動力が熱暴走を起こしていると表示されている。

 残された時間は、あと三十秒もない。

 それまでに雪月花を地面に落とさなければ悠斗の勝ちはなくなる。

 真理沙の思いも無駄になる。


 一心不乱に悠斗は、両刃を振るうも切っ先が掠る気配すらなく、ただ空を切るのみだ。

 攻めても、攻めても全てがかわされる。

 飛行速度はジークの方が上のはずなのに、いつの間にか雪月花は視界から消えているのだ。

 世界との壁の厚さ。

 ここまでの差があるとは悠斗も思ってもみなかった。

 何とかなるなんて、楽観視が通用する世界じゃない。


 よくよく考えれば、悠斗は、トーナメントの当たり運が良かった。

 優勝候補と言われた織田とも雪月とも当たらず、決勝戦まで駒を進めたのである。

 全国レベルの選手ともアメリカのプロ選手とも戦った。

 でも機体性能の高さで勝ち続けただけといわれたら否定出来るのか?

 実力で相手を凌駕した事があっただろうか。


 結局、真理沙の作ったジークがあったから、勝ち残ってきたのだ。

 奈々実の作った剣のおかげで、ピンチを切り抜けたのだ。

 悠斗は、何もしていない。

 彼女達に頼り切っていただけ。

 性能に任せて武器を振り回す戦い方では限界がある。

 その限界がきっと今日、この時なのだ。


 真理沙は、無敵のフェアーズスーツを与えてくれた。

 奈々実は徹夜をして武器を託してくれた。

 そして香苗は、懸命に支えてくれた。

 悠斗が彼女たちに与えられるものは、優勝しかない。

 どれだけ壁を感じようと、格上だろうと、悠斗は勝たなければならないのだ。


「ジェネシス・クライシス!!」


 悠斗は、両手の剣を腰に収めると、両手を開いて突き出した。

 点や線での攻撃は、避けられてしまう。なら残された手段は面攻撃一択。

 残り十秒、恐らく最後のチャンスとなるこの場面で悠斗は空中で静止した。

 傍から見れば無謀な行動。しかし悠斗の目は冷静に敵の姿を追っていた。


 そう、無防備の状態を見せれば、いくら雪月でも仕掛けてくる。

 雪月花は接近戦型。相手を倒すには、絶対近付かなければならない。

 そしてジェネシス・クライシスはこの大会で何度も使っている。

 どんな武器か、知れ渡っている。

 だからいいのだ。威力を知っているからこそ、相手は恐れるはずだ。

 だから相手の来る位置が予測出来る。

 前方から来ると見せかけて、突如背後に回り込む。

 安全に攻撃するなら、それ以外に手はない。

 いくら速くてもどう攻めるかさえ分かれば絶対に捉えられる。


 残り五秒。


 それでも悠斗は焦らない。待つ側が焦れば、敵に気取られる。

 ここまで雪月は、あまり自分から攻めては来ない。

 恐らく、ジークの火力を恐れているからだ。

 悠斗は試合開始直後、雪月花の得意とする接近戦で優勢を保っていた。

 だから雪月の警戒心を余計に煽り、あまり積極的には攻めて来なかったのだろう。


 残り四秒。


 雪月花が悠斗の視界から消えた刹那の瞬間、雪月花の姿が悠斗の眼前に現れた。

 ここまでは予想通り。

 悠斗は右腕を突き出し、雪月を捉えようとするも姿を消した。

 雪月は、単純に後ろを取りには来ない。焦って攻撃をしてきた所をカウンターで取るはず。

 だから攻撃をかわしたたった今この瞬間、雪月は、悠斗の背後で剣を振り上げているはずなのだ。

 自分の読みを信じた悠斗は振り返り、雪月花の姿を確認する間もなく、両手を広げて青い閃光を撃ち放った。


「バーストショット!!」


 散らばり広がる閃光に飲まれる雪月花。

 悠斗が敢えてエネルギーを収束させずに、放った一撃は破壊力こそ必殺武器ではなくなっていた。

 それでも装甲の薄い高機動型の機体の動きを一瞬止めるには、十分過ぎる物がある。


 残り三秒。


 悠斗は、腰に差した光学ブレードを抜くと、振り下して頭部と胸部を攻撃しようとした。

 しかし雪月花は、咄嗟か、読みかは分からないが、腕を盾に頭と胸を守っている。

 残り時間で正面突破は、不可能と悠斗は判断した。とは言え、このまま逃がすわけには行かない。


 残り二秒。


 時間が無くなり、悠斗は、空中で動きの止めた雪月花の背後に回り込む。最大のチャンスだが、これは同時に最後のチャンスでもある。すべき事は次に繋がる行動。

 悠斗は、二本の剣を雪月花の背部スラスターに突き刺した。

 ジークは元々陸戦特化型、出来るか分からない正面突破よりも地上戦に持ち込む事を選んだのだ。


 残り一秒。


 背面から火を噴く雪月花に、渾身の蹴りを入れ、地面に叩き落す。

 その瞬間、ジークのモニターに、タイムリミットの文字が表示され、背中のフライトユニットが強制排除された。

 重力に任せて落下する悠斗は、接地の瞬間に、膝を曲げ、衝撃を吸収しながら着地する。

 パイロットとしての技量を考えれば、有利の戦場に持ち込んでも五分とは言えない。

 それでも僅かばかり、世界の領域へと近付けたはずだ。


 悠斗は、地面に墜ちたまま動かない雪月花との間合いを詰め、二本の光学ブレードを同時に振り下ろす。

 普通ならトドメとなるはずも一撃だが、雪月がこのまま終わるわけがないと、悠斗の直感が声を上げた。

 その予想は、見事に当たり、悠斗の繰り出した斬撃が雪月花を切り裂く事はなかった。

 光学ブレードを受け止めているのは、雪月花の両腕に取り付けられた実体式のブレードである。この剣で雪月は、幾多の大会で優秀な成績を残していた。

 さらに脅威なのは、これが腕だけでなく、雪月花の両足にも取り付けられている事だ。

 四つの花弁が敵を裂く。

 雪月花に接近戦を挑む者が居ないのは、その恐ろしさを世界中の選手が知っているからである。


 しかし悠斗は、接近戦以外の手段が取れないから、この四つの刃に付き合うしかない。

 幸いにしてこっちのブレードも四つ。数では互角だ。

 そして何よりジークは、雪月花をパワーで上回っているし、地上での斬り合いなら実際の立ち会いの形に近い。

 空中戦よりも、悠斗に、より分のある戦場だ。


 悠斗は腕部の出力を上げて、二本の光学ブレードを雪月花のブレードに押し付けた。

 だが、雪月選手は力押しに付き合う凡夫ではない。

 突如、雪月花が後方に体重を移動した。

 雪月花と力比べをしていた悠斗は、合気柔術で受け流されるかのように、体勢を崩してしまう。


 間髪入れずに迫る雪月花の右足の刃。切っ先が頭部に迫る中、悠斗は、顔を逸らし、これを回避する。

 掠った剣が頬を切り裂くも、攻撃は、保護フレームに達していない。

 悠斗は、前に一歩足を踏み出して、体勢を立て直すと光学ブレードで一直線に薙ぎ払った。

 姿勢を屈めて逃れる雪月花。そして立ち上がりざまに左足のブレードでジークの胸部を突き上げようとする。


 悠斗は、左の光学ブレードで受けると、無防備となった雪月花の左足ブレードの付け根に、右の光学ブレードを突き刺し、雪月花のブレードを切断した。

 すぐさま左の光学ブレードを翻し、雪月花の頭に振り下ろすも、刃が触れるより、雪月花の右腕に付いたブレードがジークの光学ブレードの柄を切り裂く方が速かった。

 続け様に、振り下ろされる雪月花の両腕。

 悠斗は、光学ブレードと実体剣で受け止めると雪月花を力任せに弾き飛ばし、間合いを詰める。


 姿勢を崩した雪月花の胸に、光学ブレードを突き出すと、雪月花は、右のブレードの腹で受け止め、僅かな猶予も与えずに雪月花の右足のブレードが悠斗の顎を狙って迫る。

 悠斗が左手の実体剣で受け止めると、雪月花は右、腕のブレードで悠斗の実体剣の刃を叩き切った。

 悠斗は、柄だけとなった剣を放り捨てると、ジェネシス・クライシスを起動し、雪月花の右腕を掴んだ。

 収束して放たれたエネルギーが瞬時に、雪月花の右腕を吹き飛ばし、ブレードも粉々に粉砕する。

 それでも雪月花は怯む事無く右足のブレードをジークの左腕に突き刺した。

 その一撃でエネルギーライン切断とHUDに表示され、ジェネシス・クライシスの光が急速に薄れていく。


 さすがに世界大会出場経験者。

 同じ手は、通用しないという事らしい。

 だが攻撃のチャンスは、こちらも訪れていた。

 お返しに悠斗は、左腕に突き刺さったブレードの横腹を光学ブレードで叩き付け、両断する。

 これで悠斗が光学ブレード×一、実体剣×一、ジェネシス・クライシス×一だ。

 雪月花は左腕のブレードが一本残っているだけだから、武器の数では悠斗の方が優勢である。


 悠斗は光学ブレードに取り付けられていた実体剣を取り外し、左手に持った。

 圧倒的に有利なはずの状況なのに、悠斗は、雪月の間合いに踏み込む事が出来なかった。

 それは強者の持つ独特の威圧感のせいである。

 武術家としての直感が危険信号を鳴らし続けている。

 でも近付かなければ勝つ事は出来ない。

 腹は、くくっていたはず。けれど勝利の可能性が出てしまった事で、逆に悠斗を敗北の恐怖が蝕み、前進を拒んでいた。


 それを見透かしたのか、突如雪月花がブレードを構え、悠斗の間合いに飛び込んでくる。

 完全に虚を突かれた。やはり迷えば即、見切られてしまう。

 今の悠斗に出来るのは、後方へ飛び、相手の距離から脱出する事――否、それでは付け入られる隙を作るだけだ。雪月薫に勝つためには、立ち向かう以外にない。

 悠斗が右手に持った光学ブレードを突き出した瞬間、雪月花の刃が一閃し、光学ブレードの柄が断ち切られ、胸部装甲までもが深い傷を負った。

 しかしダメージ判定は内部まで達していない。

 試合続行だ。


 深手を負い、武器を失った悠斗だが、意外にも冷静だった。

 振り切られた雪月花のブレード、返ってくるまでの極僅かな時間。

 悠斗は、最後に残った実体剣を雪月花のブレードと腕の接合部に差し込むと、梃子のように使って、雪月花の腕からブレードを取り外した。

 同時に悠斗の実体剣も強引な扱いに耐え切れず折れ、刃が地面に突き刺さったが、雪月花に残された武器はない。

 反撃の芽は完全に摘んだ。


「行け!」


 勝利を確信した悠斗が雄叫びを上げ、繰り出すとどめの一撃。

 ジェネシス・クライシスの蒼い光に包み込まれたジークの掌――

 その最後の攻撃が雪月花に届く事はなかった。

 ほんの数センチ。

 雪月花の顔面を捉える寸前に、ジークは動きを止めてしまったのだ。

 何が起きたのか、理解の追い付かない悠斗の耳に入る警告音。

 モニターに表示されたのは胸部装甲貫通という表示だった。


 全ての武器を破壊したはずなのに、何故?


 疑問に支配された悠斗が雪月花を見ると、左腕に灯火のような残光があった。

目を凝らすと、雪月花の左腕の装甲が開き、そこから銃口と思しき物が飛び出しているのが伺える。

 恐らく仕込み銃だ。

 前世界大会で遠距離武装がなかった故に敗れた雪月花。

 その辛酸を舐めされた過去から取り付けられた切り札だろう。

 きっと全国大会ですら、使うつもりはなかったはずだ。

 最後の最後、世界大会の為のとっておき。

 ジークの胸部装甲を切り裂いた瞬間からきっとこの隠し銃を使うつもりだったのだ。

 装甲に傷をつけてから撃ち込み、一撃で貫通させる。それが狙いだったはず。


 機体の電源が落ち、悠斗の視界は漆黒に塗り潰されていく。

 しかし悠斗に悔いはなかった。

 だって世界大会準優勝者に、本気を出させる事が出来たのだから。


『試合終了!! 勝者雪月花の雪月薫選手!! 優勝です!』


 実況アナウンスが悠斗の敗北を告げる。

 これでWAF部は廃部が決定した。

 織田との約束も果たす事は出来なかった。

 それでも悠斗に後悔はなかった。

 終わってみれば、今日ほどアーマード・フェアーズという競技を楽しく思えた日はなかったから。


 試合が終了した事で、ジークの電源が再起動する。

 モニターには握手を求めてくる雪月花の姿があった。

 ジークを着たまま悠斗が手を取り、雪月花との握手に応じると、客席から拍手と歓声が降り注いでくる。


 こんなに敗北を気持ち良いと思った事が今まであっただろうか。

 納得の行く負け方をした事があっただろうか。

 雪月との握手を終えた悠斗は、バトルスペースを後にする。

 どんなに居心地が良くても、ここは、敗者の居ていい場所じゃない。

 歓声に応じる雪月の姿に、ほんのちょっぴりだけ、名残惜しさを感じつつも。悠斗は、仲間の所へと戻った。

 そしてジークを脱ぎさった悠斗はその姿を見つめる。

 ジークは胸部の中心を綺麗に撃ち抜かれていた。


 こうもきれいに撃たれちゃ仕方がない。

 悠斗が笑みを浮かべて振り返ると、少し残念そうだけど、それでも笑顔の奈々実と香苗が居て、そして真理沙は、人目も憚らず、涙を流している。

 きっと真理沙は、責任を感じているはずだ。

 自分の裏切りで悠斗が負けた、きっとそんな風に思っている。


「泣くなよ」


 悠斗が声を掛けると、真理沙は俯きながら頭を横に振った。


「でも私のせいで」


 やっぱり、自分を責めている。

 確かに状況が状況だし、悠斗も随分きつい事を言ってしまったからこの反応も当然だ。

 しかし、武器があって機体が万全なら勝てたのか?


「負けたのは、俺が油断したせいだ」


 敗因は、機体のせいではない。

 悠斗が最後の最後で勝利を焦り、油断したからだ。

 きっと機体が万全でも勝てなかったし、真理沙の持ってきた翼が無ければ、触れる事も出来なかった。


「真理沙が来たから互角の勝負が出来た。きっと万全の装備でも勝ち目はなかった。この翼がなかったら納得出来ない負け方してたと思う。きっと悔いが残ったと思うんだ」


 負けたのに、悔いはない。

 それは、きっと世界を舞台に活躍する雪月薫の実力を引き出せたからだ。

 でも、真理沙を思えば、悠斗は、勝たなければいけなかったのかもしれない。

 彼女の心の重荷を軽くしてやれなかった事だけが無念である。


「ごめんな、真理沙。勝てるチャンスを持って来てくれたのに」

「ううん。私が裏切らなければ、勝ってたのに……ごめんなさい。私……」

「だからさ、わたしも悠斗も、そんな風に……」


 悠斗と奈々実が真理沙のネガティブに飲み込まれそうになった時、香苗が手を打ち鳴らして、満面の笑顔を見せた。


「はい、やめやめ。辛気臭い。まぁ負けちゃったけど、でもさ、こういう時は、宴会でもやって盛り上がんのが一番。あんたらの仲直りもかねて、いい店連れてってあげるから」


 こういう時香苗の存在は、ありがたいはありがたい。しかし香苗本人が結局飲みたいだけだろうし、仲直りも何も既に、そんなのは終わっている。

 いや終わっているが、いっそ蒸し返してしまうのも悪くはない。そう、どうせなら利用してやろうと悪魔が囁いたのだ。


「いや、まだ仲直りしてねぇし。これだけで許してもらえるとは思ってないよなぁ。なんでもしてくれるとかないとなぁ」


 まるでチンピラのような態度で悠斗が真理沙に詰め寄ると、奈々実が冷めた口調で呟いた。


「外道がいる。わたしの前に今外道が居る……」


 確かに外道かもしれない。だって悠斗には、真理沙の反応が手に取るように分かっていたからだ。


「分かりました。何でも言う事聞きます」

「思春期の男子にいう台詞じゃないわよ」


 何でもというのは、中々魅力な提案だが、悠斗がしたいのはお年頃の男子が妄想するような事じゃない。

 勿論したくないと言えば語弊があるが、優先事項ではない。

 真理沙に頼みたい事は他にある。

 してほしい事なんて一つしかない。


「なら、言う事聞いてもらおうか。結構大変だぞ」

「はい。なんでも」

「なら、ずっと俺専属のメカニックをしてくれ」


 悠斗の願いを聞いた真理沙は気の抜けた顔をしてしまった。

 彼女がこんな表情を出来るという新たな発見を悠斗が喜んでいると、泣き腫らした真理沙の目に再び涙が溢れ出る。


「いいんですか? ずっと一緒に居ても?」


 悠斗の答えは決まっている。


「当たり前だろ。廃部になっちまうから今までより、さらに予算とか厳しいかもしれねぇけどよろしく」


 この大会、負けたのに、悔いが残らなかった理由は、もう一つある。

 それはこの四人なら部活動という形に縛られなくても、やっていける。

 そんな風に思えたからだ。


「うん、よろしく。悠斗君、奈々美ちゃん、香苗先生」


 太陽みたいに心をぽかぽかと温めてくれる真理沙の笑顔で、悠斗の初めてのフリーマッチ県大会は、終わりを告げた。

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