罪
結城真理沙がジークに何らかの細工をしていた。その推理を覆す根拠が悠斗にはなかった。
悠斗は、ジークの内部構造に関して正確に把握していなかった。
悠斗がこういうスーツを作りたいというイメージを伝え、真理沙が実行に移した。
武装には様々な部品が使われていたが、そのどれかに爆発する仕掛けを組み入れられても悠斗にも奈々実にも分からない。
そう考えると昨日の不自然な態度にも説明が付く。
今までの事に罪悪感を抱いていたのなら、耐え切れず表に現れたと考える事も出来なくはない。
でも何故真理沙はこの沖田という女性に利する行為をしたのか?
考えるまでもない。そこまでする理由なんて一つしかない。
沖田美雪は、マサチューセッツ州に大会に出場した経験を持つ。
真理沙もマサチューセッツの大学に通い、大学時代の友人がフェアーズスーツを作っていた話をしていた。
二人は、大学時代の友人でずっとグルだったのだ。
真理沙の狙いもジェネシス機関を手に入れる事。
神凪悠斗は、結城真理沙に好意を持っていた。
彼女への小さな恋心でもあったが、それ以上に友として仲間としての想いだった。
今その淡かった感情も強固であると思っていた信頼も、悠斗の内で炎へと昇華し、心を焦がしていく。
「真理沙ぁ!!」
気付けば悠斗は、叫んでいた。
想い人の名を呼んだのではない。
友の名を呼んだのでない。
敵の名を呼んだのだ。
友と恩師を欺き、父の作り上げた物を穢した女の名前を。
許せない。
許せるわけがない。
そんな想いが右の拳に宿ると青く輝き、敵へと向かった。
既に両機とも満身創痍だ。
これが悠斗にも沖田にとっても最後に残された最強の切り札。
二つのジェネシス・クライシスが真正面から衝突し、溢れ出す閃光が会場全体を照らし出す。
猛り狂う閃光にモニターが白く焼け付き、目を開けている事も困難だったが、ここで退くわけには行かない。
これこそが悠斗に残された最後の手段だから。
悠斗は、左腕の状態を確認する。
先程の被弾でかなりの損傷を負ったがエネルギーラインまでは断ち切られていない。
勝利を我が手にしたい執念と真理沙と沖田への憎悪を込めて悠斗は、左の拳を開き、ジェネシス・クライシスを起動する。
正真正銘、悠斗が繰り出す最後の一撃。
「くそったれぇ!!」
真理沙に向けてか、沖田に向けてか、眩い閃光の支配する中、悠斗の悲壮な声が響いた。
やがて視界を覆い尽くしていた光が晴れると、眼前に立つブラック・カーネージの胸に悠斗の繰り出した左手が深々と突き刺さっていた。
『試合終了!! ここ来て黒き虐殺者、勝利の龍に破れる!! 勝者はジークドラグーン、神凪選手!!』
実況者の勝利宣言に会場中から歓声が降り注ぐ。
勝利を望んでいたはずなのに、決勝へと駒を進めたのに、喜びは欠片もなかった。
空しくて、悲しくて、不の感情だけが残る勝利。
バトルスペースから出て来た悠斗に喜びながら駆け寄る仲間達さえ空々しく映る。
この戦いは、全て仕組まれていた。
何もかもが嘘で塗り固められていた。
そんな中、聞こえるもっとも聞きたくない人の声。
「悠斗君……」
真理沙の声色が明らかに普段と違う。
自信なんか微塵も感じない。
何かを恐れているような震えた声だ。
勘がいいから、きっと悠斗が気付いた事にも気付いているはず。
悠斗は、纏っていたジークを脱ぐと、笑顔を向けてくる奈々実や香苗を振り切って真理沙の前に立った。
彼女は、視線を合わせようすらしない。
怒りが高く積もっていく。今更罪悪感を抱いて何様だと。
悠斗は、真理沙の胸倉を掴み上げ、強引に視線を合わせた。
「裏切ったな! 最初から全部……全部、嘘だったのか!!」
悠斗の中に、理性は、なかった。
感情に任せ、憎悪を吐き出す事以外出来なかった。
しかし真実を知らない香苗は、悠斗の真理沙の間に身体ごと割って入ってくる。
「ちょっとあんた何してんの!?」
香苗は、必死の形相を浮かべながら、悠斗の手を強引に引き剥がすと、悠斗の胸を押して突き放した。
傍から見れば悠斗が真理沙に突然襲い掛かった風にしか見えないから当然の判断だ。
悠斗が真理沙と距離を取っても、香苗は、間に立ったまま動かずに、悠斗と真理沙を交互に見ている。
教師という立場もあるから、彼女なりに状況を把握しようとしているのだろう。
悠斗が熱くなっているのは、事実だ。
でも香苗が真理沙を庇うのは、何の事情を知らないからである。
だったら教えてやればいい。そんな心の囁きに悠斗は従った。
「真理沙。ジークドラグーンとあのスーツは、全く同じ武装で同じ動力を積んでるな」
「どういうこと?」
香苗の問いかけに、悠斗は真理沙の敵意を強めて続けた。
「ジェネシス・クライシスを使えたのが証拠だ。俺は、奈々実と先生と真理沙にしかジェネシス機関の設計図は見せてない。そしてあれの内容を理解出来るのは優れた技術者だけだ。あのスーツを作れるのはお前しか居ないんだよ」
悠斗の指摘に真理沙は視線を逸らして、ぎゅっと結んでいた唇を震わせながら開いた。
「……ブラック・カーネージは、私が作ったスーツです」
「てんめぇ!!」
理性が弾ける程の激怒が悠斗の身体を突き動かした。
相手が女である事を忘れ、殴りかかろうとしたその時、香苗の背中が悠斗に立ちはだかった。
「ねぇ結城さん? 事情があるなら話してくれる?」
「んだよ先生!? 裏切りもん庇うのかよ!」
「まずは、話を聞く。カッとしてるのは、分かるけど、落ち着きなさい」
悠斗と違って、香苗は、大人だから冷静に努められるのだろう。
あくまで真理沙の言い分を聞くという教師として中立の立場を崩さなかった。
しかし真理沙は、無言を貫いている。
言い訳を考えているのか、それとも後悔から何も言いだせないのかは、当の真理沙以外には分からない。
「結城さん?」
再び香苗が訪ねると、ようやく真理沙は、重々しく口を開いた。
「ブラック・カーネージのパイロットは、沖田さんは、大学生の時に出来た、たった一人の友達なんです。彼女は、私より四つ年上だったけど、それでも飛び級してる日本人は他に居なくて、沖田さんは、私に優しくしてくれたんです」
――やっぱりだ。
「すごく心強かった。彼女が居たから留学中やっていけたんです。彼女とは進む道が違ったけど、卒業後もよく会っていました」
「どうしてこんな事したの?」
香苗が聞くと真理沙は、頷き、答えた。
「沖田さんは……最近大きい大会で成績を残せなくて。スポンサー契約を打ち切られそうに。それで今年日本に帰る事になっていた私に彼女が頼んだんです。日本にあると噂されているジェネシス機関が欲しいって」
真理沙から聞かされた話に、悠斗は特段驚かなかった。
アーマード・フェアーズのプロともなれば開発の裏話は耳に入る。
ジェネシス機関の存在を知っていても不思議はない。
悠斗が言い訳の続きを待っていると、真理沙は、先程よりも重いトーンの声を出した。
「だから開発者の息子が、悠斗君が通う浦野宮学園に転校してきたんです。ジェネシス機関を手に入れる為に。他にも強力なライバルを消すために」
「やっぱり、てめぇが織田さんの機体に細工をしたのか?」
「ええ。優勝候補は織田先輩と雪月さんの二人。その内の一人でも潰してしまえば、沖田君の腕ならなんとか勝ち残れると思いました。トーナメントの当たり方によっては賭けではありましたけど、織田さんが居なくなれば」
確かにジェネシス機関を手に入れ、さらには織田を敗北させられるなら、敵は雪月のみ。
立ち合った印象では沖田の腕は決して悪くない。
プロを名乗るにふさわしい力を持っている事は戦った悠斗には理解出来る。
機体性能で圧倒出来れば、確かに優勝の可能性もないわけではない。
世界大会優勝候補に挙げられる雪月を破っての県大会優勝はスポンサーを繋ぎ止めるのに十分な材料となる。
「でもさらに確立を上げる為には、トーナメントに織田先輩と悠斗君の二人を上げる必要があったんです。トーナメントに上がってさえくれれば織田先輩も悠斗君も……スーツの細工で負けさせられる。沖田さんの勝率が少しでも上がるから」
結局悠斗は、噛ませ犬にされたという訳だ。
「あとはジェネシス機関を手に入れ、性能を試す事。マークⅦは、ジェネシス機関の性能を確かめるために作ったブラック・カーネージの試作機です。そこで得られたデータをカーネージに反映していく。それが私の役目でした。全部、彼女を勝たせるためにした事なんです」
友人を勝たせるため、何もかも真理沙の掌の上で起きた事。
悠斗にとって輝くように素晴らしかった時間の全てが嘘だった。
ジェネシス機関を無断で複製された事よりも、機体に細工された事よりも、真理沙の言葉が、信じていた物全部が嘘だった。その事実が茨となり悠斗の心に食い込んでいた。
「全部嘘だったのか。信じてたのに……友達だと思ってたのに……」
「ごめんなさい……夏の大会、夏の大会は、悠斗君に勝ってもらうつもりでした。このお詫びに、あなたに夏の大会で優勝してもらう。私、そう思ってとっておきを作って――」
「黙れ!」
もう大会なんて悠斗にはどうでもよかった。
ただ今は、彼女の言葉を聞くという事が何よりも不快で堪らなかった。
話を聞いて事情は理解出来ている。それでも納得なんか出来ないし、共感もしない。
香苗の言う通りに話は聞いた。
だからその上で判断を下せばいい。
結城真理沙は許せない。
それが悠斗の出した答えだった。
「もう二度と部室には顔を見せるな。学校でも話しかけんな!!」
「悠斗君!」
追いすがろうとする真理沙に向かって、悠斗は殺意に等しい憎悪を乗せて真理沙を見つめた。
「話しかけんな! くそ!! なんだよ、ダチのためって、俺たちゃダチじゃねぇのかよ!!」
「それは……私は」
「いくらなんでもここまですんのかよ」
「悠斗君の事も奈々実さんの事も……私は友――」
真理沙が言わんとしている事を悠斗は察した。
「俺は、お前なんか大っ嫌いだ!」
だから遮った。
そんな事を言われたら心が揺らぐ。
きっとそれが分かっていて真理沙は言おうとした。
だから言わせない。
そんなずるくて卑怯な言葉を言わせるものか。
「悠斗、くん」
悲しみが滲み出した真理沙の、この表情すら嘘なのかもしれない。
同情を引こうとしているのかもしれない。
「死んじまえ、このクソ野郎」
その言葉は、悠斗の本心であった。
友人に冗談で言った事は何回かある。
しかし本気で人の死を望んだのは今日が初めてであった。
この場に居る事すら苦痛に感じて、真理沙と同じ場所に居る事が耐えられなくて、悠斗は県大会会場を後にした。
残された真理沙は、呆然と立ち尽くして、その背を見送っていたが視界に奈々実の姿が割り込んでくる。
怒っているというよりは、感情をどう制御すればいいのか分からない困惑の色の強い表情であった。
「信じてたんだよ? 悠斗もわたしも」
奈々実は背を向けて、吐き出すように言った。
「でも悔しいのは、あんたが居なきゃ……わたし達だけじゃ、ここまで来れなかった事」
きっと言いたい事は、他にもあった。
でもどんな言葉で伝えればいいのか分からなくなったのだろう。
「それが悔しいんだ」
奈々実も悠斗の後を追って去ってしまった。
準決勝第二試合を雪月選手の圧勝で終え、誰も居なくなった夕刻の大会会場。
その駐車場で真理沙と香苗はジークと大破した武器の破片を車に積み込んでいた。
後部座席に腰かけるジークの姿は戦闘前とは変わり果て、もはやスクラップに等しい。
この所業を行った張本人は、その姿を見るのが忍びなくて白い布をかけた。
「悠斗と奈々実は、あなたの事大好きだったのよ」
唐突に掛けられた香苗の言葉に真理沙は俯いた。
香苗の性格を考慮するなら決して責めるために放たれた言葉ではない。
しかし自身のした事の重さを突き付けられるようで、真理沙の胸を裂かんばかりに痛め付けた。
そんな胸中を察したのか、穏やかな口調で香苗は告げた。
「ねぇ結城さん、今からでも償えない訳じゃない。二人に許されるかは別問題だけどね」
どうすれば?
答えを聞こうとした真理沙の両の頬を香苗はそっと摘まんできた。
すると彼女は意地悪く笑んだのである。
「悪いけど、私は、そこまで甘くない。あんたが自分で考えな。友達なんでしょ。なら分かるんじゃないかしら」
香苗は、真理沙の頬を離すと車に乗り込み、笑みを浮かべながら駐車場から走り去った。
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