ジークドラグーンVSブラック・カーネージ
五月四日、午後二時。埼玉県大会会場。
ついに始まる準決勝の相手は、ブラック・カーネージ。
優勝候補の一人である織田を破ったアメリカ帰りの黒船、沖田美雪選手だ。
問題は、彼女のパイロットセンスよりも織田のファングトルパーを機能不全に追い込んだ武装の正体だ。
不安材料だらけで試合に臨まされる悠斗だったが、意外にも冷静であった。
何も出来ずに撃墜されるかもしれないと不安を抱えながら試合に臨むのではない。
武装の正体が分からない以上、無駄に慌てふためくより、平常心に身を委ねて試合に望むのが最良と結論付けたからだ。
「真理沙。機体はどう?」
大切なのは、機体のポテンシャルだ。
空は、飛べずとも、万全の状態ならどんな事態にでも対処出来得る力がジークにはある。
真理沙に限って調整をしくじるという事はありえないが、念を入れて損はないはず。
しかし真理沙は、作業の手を止めて呆けていた。
珍しい事もある物だ。そう思いながら悠斗は、もう一度呼び掛ける。
「真理沙?」
またも反応がない。
「真理沙? どうしたんだ」
と、もう一度呼んで今度は真理沙の肩に手を置くと、彼女は急に振り返り、困惑の眼差しで悠斗を見つめてきた。
驚かせるつもりのなかった悠斗は、思わず謝罪を零した。
「悪い……」
それを受けて、真理沙も平常心に戻ったのか。息を吐いてから急に萎れてしまった。
「いえ。私は、平気です……すいません。ぼーっとしていて」
「そっか。あの――」
『試合開始三分前です。準決勝、第一試合の選手は、カタパルトでスタンバイしてください』
――どうしたの?
そう聞こうと思った悠斗であったが、会場のアナウンスに割り込まれてしまう。
昨日から真理沙の様子がおかしい事には気付いていたが、結局その原因を特定するには、至らなかった。
準決勝への重圧か。
それとも別の事が気になっているのか。
「具合でも悪いの?」
月並みな事しか聞けない自分の無力感が悔しかったが、思い当たるのはこれぐらいだ。
けれど、予想は、外れたらしく真理沙は、首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。今すぐ調整終わらせますから」
「無理すんなよ。多少の不備は、腕でカバーするから」
「はい……」
いつもの自信たっぷりの真理沙とは違う。
目の前に居るのが双子の妹と言われれば、そのまま信じてしまうかもしれない。
それほど、今日の彼女は、いつもとは様子が違う。
違和感が拭えないまま時間は過ぎて、ついに試合の開始時間となってしまった。
『それでは、準決勝第一試合、ジークドラグーン・マークⅦ対ブラック・カーネージの試合を始めます!!』
カタパルトの中で考えるのは、真理沙の事だ。
試合の事よりも彼女の様子が気がかりであった。
しかし油断を出来る相手ではない。意識を試合に切り代えねば喰われるのは、こちらだ。
「神凪悠斗。ジークドラグーン・マークⅦ、出ます!!」
カタパルトからバトルゾーンに射出される悠斗は岩肌が剥き出しとなった荒野に降り立つと飛翔する黒い機影にターゲットを合わせる。
地上で対抗する。
それこそがジークに出来る唯一の戦い方だ。
光学キャノンを構え、ブラック・カーネージへと放たれた光の砲撃。
決して甘い攻撃ではない。
なのに相手は、機体を回転させつつ、容易く悠斗の攻撃をかわしてみせた。
パイロットセンスと言うよりは、機体性能の高さ故の芸当だろう。
敵が回避した事を悠斗が認識した次の瞬間、ブラック・カーネージの姿が視界から消え失せていた。
正面や側面には居ない。だとするなら背後に回り込まれている。
普通の機体ならあり得ないスピードと機動性能だが、悠斗は、直感を信じて背後を見やった。
そして視界の端でとらえる漆黒の姿。間違えるはずもない。
「速い!」
視界に収めたブラック・カーネージは右腕にキャノン系の武器と思しき物を持っている。
ジークの装甲でも直撃弾を受ければただでは済まない。
そう判断して悠斗は機体の前面をブラック・カーネージに向けてから大地を蹴って後方に飛んだ。
直後、先程まで悠斗の立っていた地面が溶け出し、マグマのように飛び散る。
間違いなくジークの光学キャノンと互角の破壊力だ。
しかしそれだけの高出力を発揮した後は、動力のクールダウンが必要となり、動きが鈍る。
ブラック・カーネージはまだ動いていない。いや動けないはず。その確信を元に悠斗はビームキャノンを撃ち放つ。
回避は不可能。
敵の取る道は防御以外にない。
空を切り裂き猛進する光の奔流。
彼が敵を捕らえるその瞬間、強烈な閃光が悠斗の眼球に飛び込んできた。
着弾した際の閃光とはまるで違う。まるで膨大なエネルギー同士が衝突したような反応だ。
悠斗の脳が状況を理解しようと努めた瞬間、生じた違和感。何かがおかしい。
そう直感して悠斗は盾を構え、防御姿勢を取ったのである。
本能的に感じた恐怖。
正体も分からぬまま、光を受け止めた数瞬後、盾の中央部が赤熱の液体に姿を変え、その役目を終えた。
「何!?」
悠斗が驚きを口にした時にはもう遅かった。盾に穿たれた穴から光が入り込み、ジークの二の腕から左肩までを万遍なく焼き尽くした。
「なんだ、あの威力!?」
ジェネレーターの出力が下がるどころか、同じ威力の攻撃をもう一度行ない、シールドを一撃で貫通せしめた。
ブラック・カーネージの動力は、尋常のそれではない。信じられないスタミナと出力を持っている。
恐らくはジークと互角だろう。
直撃弾を受けた左肩を回して動作を確認すると、動きに引っかかりは感じない。
盾は失ったが、機体も武器も健在である。
まだ戦いようはいくらでもあるという事だ。
悠斗は用をなさなくなった盾を投げ捨てて、左手に実弾キャノンを持つ。
こうなれば徹底的な火力の応酬を選択するしかない。
機動性は優位を取られ、攻撃性能もほぼ互角。
この火力のぶつけ合いでは装甲も意味を成さない。勝利のためには、相手を技量で上回るしかない。
悠斗は、両手の火砲のトリガーを交互に引き続ける。
飛び出した極太のビームと大口径の実体弾が絶え間なくブラック・カーネージを襲った。
下手な鉄砲も何とやらと言うが、悠斗の射撃は下手などではない。
全てが直撃コース。
どちらか一発でも当たれば確実な逆転を約束する一撃だ。
相手は、これまでの試合で見せたジークの火力を知っている。
だからこそ敵には恐怖が生まれ、動きが混乱し、敵自身の攻撃の手は止む。
そして激しい回避行動のみを続けていれば必ずボロが出てくる。
悠斗が絶え間なく撃ち続ける事、十秒近く。
ビームがブラック・カーネージの皮一枚ほどの距離を掠め飛んだ。
一瞬硬直するブラック・カーネージ。
狙うならここしかないと、悠斗は、実弾キャノンの引き金を絞る。
「そこだぁ!!」
弾丸は真っ直ぐに空中で刹那の隙を見せたブラック・カーネージの鳩尾を捉えた。
激しい衝撃に、機体は空中で静止する。
ここに撃ち込めば――。
「お返しだ!!」
悠斗がビームキャノンのトリガーを引こうとした刹那、それより速くブラック・カーネージが閃光を放ち、ジークの右腕が爆風に包みこまれた。
「なんだ!?」
悠斗が驚き見ると、右腕に持っていたはずのビームキャノンが粉々に粉砕されている。
「攻撃? いや暴発!?」
高出力で撃ち過ぎたせいで、ビームキャノンが負荷にに耐えられなくなって暴発してしまったのか。
しかし真理沙の整備した武器が暴発するとは考え辛いし、HUDにも高付加を知らせる警告は表示されていなかった。
ブラック・カーネージの放つ閃光。やはりここに何かしらの仕掛けが存在している。
閃光を浴びた織田の機体は動きに異常が見られたと言い、ジークは手持ちの武器が暴発した。
二連続のアクシデントとは、偶然にしても出来過ぎている。
どんな仕掛けなのか、解明しなければ勝負にならないのは自明だ。
犠牲にする事を覚悟で、悠斗は実弾式キャノンのトリガーを絞った。
その途端にキャノン内部から火の手が上がり、炸裂する前に悠斗がキャノンを地面に投げ捨てると、ついにはビームキャノン同様に爆発を起こし、無残な残骸へと変貌したのである。
だが今回の暴発時にはブラック・カーネージは光を放っていない。
一度でも光を浴びてしまうと機器類に異常が生じるのか?
何かしらの仕掛けがある事は間違いないがそれがなんであるのか、いまだ推察が届かない。
それでもこうなる覚悟があった故に冷静さを保てた悠斗とは違い、バトルスペースの外で見守る奈々実や香苗が、この事態に焦燥を覚えているのも無理はなかった。
「どうなってるの……ジークの武器、こんな時に故障なんて……どうしよ香苗先生!」
「どうしよって言われてもね……結城さん、どうしよう?」
「先生子供に頼ってる!」
「だって機械とかよく分かんないもん!!」
打開案をたらい回しにされた真理沙だが、香苗の質問に答えようとはしなかった。
ただ苦痛を堪えるようにバトルスペースで戦う悠斗を見つめているばかりだった。
「悠斗君……」
不安げな真理沙の声が悠斗の耳に届く事はない。
悠斗自身に誰かに気を配る余裕がなかったのだ。
降り注ぐ弾薬と光線の群れ。
遠距離武器を失った事で完全な防戦と追い込まれている。
敗色は、濃厚。勝機は、千里先の針の穴を見とおすかのように儚い。
「準決勝まで来たんだ」
しかし心を折る事は出来ない。
真理沙や奈々実や香苗。仲間達の協力でこの舞台まで来る事が出来た。
もしも負けるようなことがあればそれは他でもない悠斗の責任だ。
「ここまで来れたんだ」
負ける事は許されない。
ジークと共に皆の思いを纏って、この戦場に躍り出たのだ。
「考えるんだ」
敵は超能力を使っているわけではない。
ルールに接触しない範囲で何かを行っていると考えるのが妥当。
しかし過去の大会にこのような武装の例はなかった。
外装にダメージを与えず内部機器だけにダメージを与える武器。
その正体にさえ気付ければ逆転の目は大いにある。
悠斗は、腰の光学ブレード二本を両手で振るい抜いて起動させる。
遠距離戦ではジリ貧は否めない。
どんな武器か分からない以上、得意の接近戦を仕掛ける方が多少なりとも安全であると悠斗は本能的に判断した。
ジークは、最大出力でスラスターを噴射し、空中に居るブラック・カーネージへと向かった。
あまり細かい機動は出来ないから一直線に高速で間合いを詰めるしかない。
相手にしてみれば、狙い目以外の何物でもないはずだ。
ブラック・カーネージのビームの洗礼でジークの全身の装甲が焼け付き、溶け出していく。
しかしビームは実体弾とは違い、フェアーズスーツの突撃を押し戻すような力はない。
ビームのシャワーを掻い潜り、ようやく間合いに追い詰めた瞬間、ブラック・カーネージが左手にもう一つキャノンを持った。
直後ジークを襲う強烈な衝撃。
それが実体弾である事を悠斗は、機体の硬直で実感した。
「持ってけ!!」
悠斗が強引に両手の光学ブレードをブラック・カーネージの二門のキャノン目掛けて振り下ろすも、ブレードは無情にも悠斗の手の中で爆発し、光刃は消え失せてしまった。
でも悠斗は、ジークの中でにったりと笑んでいる。
これすら織り込み済みの突撃だったから。
もしも光学ブレードが爆発すると知っているなら、沖田は攻撃を受ける前に武器が破壊されるという事実により、回避ではなく攻撃を優先するはずである。
回避に専念されたら今のジークにブラック・カーネージを捉える術はない。
だが悠斗が無謀な突撃をするなら、その突進が確実に止まると知っているなら、好機を前に相手は攻撃を優先して回避行動は取らないはずだ。
悠斗は、冷静だった。
相手が武器や機体に何かをしてくる前提があったし、閃光では機能不全に出来ないと確信出来る武器が一つだけ残っている。
悠斗は、腰に差していた実体剣二本を振るい、カーネージのキャノンを二問とも切り裂いた。
この武器は、奈々実がフェア装甲板を切り出して作った武器。
他の機械的な武器とは違う唯一原始的構造の武器だからこそ内部機器を破壊する閃光では止められない。
そして虚を突いた今が最後のチャンスだ。
悠斗は、カーネージの懐に飛び込むと再度スラスターを点火し、地上に向けて急降下した。
悠斗の狙いは、地面に衝突する衝撃でブラック・カーネージのスラスターを破壊する事。
武装の大半を奪われた現状では機動性を奪う以外に勝ち目はないからこその選択だった。
狙いに気付いたのか、ブラック・カーネージの手が腰にマウントされている光学ブレードに伸びる。
それを見た悠斗は、間髪入れずに実体剣をブラック・カーネージが手にした光学ブレードの柄に突き刺した。
お返しのように、今度はブラック・カーネージの拳がジークの顔面に突き刺さる。モニターに表示される頭部装甲亀裂の文字。
既に装甲は摩耗し切っている。
同じ場所に何度も攻撃を受け続ければ、いずれ素手の殴打でも破壊されてしまうだろう。
しかしここで退けば、敵に勢いを持って行かれてしまう。
悠斗は再度繰り出された拳を首を捩じりながら避けると、そのまま額をカーネージの頭部に叩き付けた。
地面まであと五メートル。
ブラック・カーネージがもう一本の光学ブレードを握った瞬間、ブレードの柄を実体剣で切り裂くと同時にジークとブラック・カーネージが地面に激突し、凄まじい砂埃を立ち上らせる。
実体剣以外の全武装という損傷を払い、ようやく悠斗はブラック・カーネージを地上戦に引きずり込んだ。
無茶をしたため、こちらのスラスターが破損した事が警報音と共に、HUDに表示されている。
問題は、敵のスラスターを破壊出来たかどうかだ。
砂埃が晴れて視界がクリアになると、悠斗は満面の笑顔に浮かべた。
悠斗が組み敷いているブラック・カーネージの背中から黒煙が上がっている。
「悪いな沖田さんよ。こいつで終わりだ」
武器もなく、飛行も出来ないブラック・カーネージに反撃の目は残されていない。
悠斗は、二本の実体剣をブラック・カーネージの胸部装甲目掛けて振り下ろした。
勝利――
悠斗の確信はブラック・カーネージから突如繰り出された赤い閃光によって実体剣と共に砕かれたのである。
悠斗の身体に伝わる装甲がひび割れていく感触。
機体の激しい損傷を警告するモニター画面。
そこに映るブラック・カーネージは左腕に赤い光を纏いながら立ち上がり、こちらを見下していた。
黒き虐殺者の名に恥じぬ、威圧と畏怖を禁じ得ない姿。
堂々たる勝利者の風格。
しかし悠斗を戦慄させたのはそれではない。
ブラック・カーネージの放った武装。その原理についてだ。
沖田の放った威力の正体を悠斗は知っていた。
間違いがない。
間違えようがない。
ジークの装甲すら破壊するこの威力は――
「ジェネシス・クライシスなのか?」
大量のフェア粒子放出による近接制圧武装。疑いようもなく同じ原理の武装だった。
悠斗が考案したジェネシス機関を用いた武装。
それをブラック・カーネージも使ってきた。
確かに悠斗は予選のバトルロイヤルでもトーナメントでもこの武装を使っている。
再現をする事も不可能ではないかもしれない。
無論それは時間的制約がなければの話だ。
「この短期間に武装を真似た? いやでもジェネシス・クライシスは、この武装はジェネシス機関じゃないと……!?」
悠斗の推理がある一つの到達点に足を踏み入れた。。
ブラック・カーネージの武装は実体剣を除いてジークと同様である事を。
まるでジークドラグーンのコピー。
そればかりか欠点を失くして強化された理想の機体だ。
悠斗達が諦めた高い飛行性能をブラック・カーネージは持っている。
ジークの欠点を失くし強化した機体。
何故そんな機体が目の前にあるのか?
なぜ沖田がそんな機体を使っているのか?
沖田と織田との試合では、織田の機体が異常を起こし、沖田が勝利した。
今回も悠斗の武装は故障し、さらに相手はジークと同じ武装を持っている。
ジェネシス・クライシスはジェネシス機関でないと使えない。
他の動力機関で再現してもこれ程の威力を持たせる事は不可能だ。
悠斗の中に、認めたくない真実が見えてくる。
考えれば考える程、この事態を引き起こせる犯人は一人しかない。
あの閃光は、未知の武器等ではなかった。
そう思わせるためだけに存在している目眩まし。虚像。
あの光は、ただの光でなんの意味もない。
動作不良の種が実際には、機体や武装その物に直接仕込まれていたとしたら?
悠斗や織田の機体と武装に細工が出来る機会があって、ジェネシス機関の構造を知り、短期間の内に複製品を作成出来る人物は――
「嘘だろ……真理沙」
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