お家へ行こう:後編
五月一日 午後一時三十分。
「すげー。絵に描いたみたいな豪邸ってあるんだ」
悠斗は、奈々実、香苗の三人と共に、眼前にそびえる豪邸にただただ圧倒されていた。
石造りの塀に囲まれた敷地は、どう少なく見積もっても三百坪はある。
その広大な土地の中心にレンガのような外壁の、まるで二十世紀初頭のヨーロッパを舞台にした映画に出てきそうな三階建ての邸宅が威風堂々たる貫禄で鎮座していた。
人の背よりも高い門扉の傍に設けられた大理石の表札には『結城』と書かれている。
埼玉県南部にこんな広大な土地があったのかとか、この辺の建蔽率はどうなってるんだとかの疑問は尽きないが、夢ではない。
これが真理沙の住んでいる家なのである。
現実離れした物を見せつけられ、奈々実は、目を細めて疑い深げに真理沙の自宅を見つめた。
「裏回ったらハリボテみたいな」
「んなわけあるか!!」
悠斗の突っ込みもお構いなしに、奈々実は、全速力で駆け出した。仮にこれがハリボテだとしても、この大きさのハリボテを立てるだけで結構な金が掛かりそうなものである。
悠斗がそんな思案をしていると、真理沙宅を一周して奈々実が帰ってきた。
「ちゃんと裏まで作ってある!!」
随分と嬉しそうに報告してくる奈々実であったが、常識的に考えればハリボテなわけがない。突っ込むのも面倒だったが、悠斗は一応反応を返した。
「むしろ家がハリボテでもこの敷地所有しとる時点で金持ちだわ」
「野球とかサッカー出来そうだね」
「発想が貧乏人だな、お前」
「うるさい!! いいんだもん。お金持ちと結婚して玉の輿する予定だから!!」
そんな予定があったのは、悠斗も初耳だ。
この手の恋愛話を奈々実とした経験は悠斗にはなかった。
そして改めて話題に登ると、気になってしまうのが人の性だ。
「んだよ。お前好きな奴でも居んのかよ」
「居ちゃ悪い?」
悪い訳がない。
別に付き合っている訳じゃないのだから。
けれど奈々実と最も近しい異性は自分だと悠斗は自覚しているし、奈々実にとっても同じだと思っていた。
その自信が突き崩されて、まだ見ぬ奈々実の恋する男に火種のような小さい嫌悪が悠斗の中に燻っていた。
「悪かねぇけど……誰だよ」
「秘密……」
煮え切らない奈々実の態度に、追及の手を伸ばそうとした悠斗を遮ったのは、気だるそうな香苗の声だった。
「私、忙しいんだけど。青春してないで、さっさとスーツ持って消えちまえ」
「忙しいの先生? どうせ一人でビール啜ってるくせに」
「奈々実。あんた一辺まじで死ぬか?」
「はいはい。二人ともキャットファイトはおわりおわり。ほら来いジーク」
悠斗の呼び掛けで香苗の車の後部座席から、ジークが自分で扉を開けて外に出て来た。
高性能なフェアーズスーツには、自立行動可能なものも存在しており、ジークは、マークⅦにしてようやく機能が実装された。
ジークの背中には、部室から持ち出した未完成の武器が詰まったリュックサックが背負われている。
「先生あんがとう」
香苗に一応の礼を言うと、彼女は、愛想もなしにそのまま車に乗って帰宅してしまった。
残された悠斗と奈々実とジークは、真理沙の自宅の門扉に近付くと、塀に取り付けられたインターホンを押した。
「どちら様でしょうか?」
聞こえてきたのは、荘厳な音色をした男性の声だった。
週末だから真理沙の父親が在宅なのだろうか。
悠斗はインターホンに顔を近付けて、口を開いた。
「あの、僕たち、真理沙さんの友人でして。同じ部活の」
「お嬢様のご友人の方ですか。少々お待ちを」
お嬢様?
ご友人?
父親の口振りじゃない。
もしかして執事とかそういう人なのか?
悠斗がそんな考察をしていると、門扉が開き出した。
悠斗や奈々実が開けた訳ではない。自動で門が開かれているのだ。
門扉が開き切ると、今度は奥に見える邸宅の玄関扉が開かれる。
そこから姿を現したのは白いワンピースを着た真理沙であった。
ここはきっとイギリスかフランスだ。
日本のしかも埼玉県で豪邸から出て来た白いワンピース姿の美少女が手を振りながら歓迎してくれるという光景を見られるはずがない。
対する二人の服装は、ジーンズにTシャツとジャケットの悠斗と、奈々実は開襟シャツとプリーツスカート、大変にラフな格好だ。
いっそ学校の制服でも着て来た方がましであったかもしれない。
「いらっしゃい」
笑顔で出迎えてくれる真理沙に、悠斗は安堵を覚える。
到着直後から気圧されっぱなしだが友達の家なのだ。気負いする必要はない。
「真理沙の家凄いんだな」
「そう、普通だよ?」
「俺の家が普通基準だって。比較してみろ」
他意はなかったつもり悠斗の発言だが、異議を唱えたのは奈々実である。
「待って。悠斗の家もかなりおっきいよ。私の家が一般的だよ」
奈々実の家は、敷地面積二十坪の一軒家だ。
平均よりも小さいと見ていい。
あれを平均と思い込んでいる奈々実に、悠斗は、同情を禁じ得なかった。
「あのウサギ小屋が……だと?」
「黙ってろ、ブルジョア共!!」
泣き叫ぶ奈々実を尻目に真理沙が手招きをした。
「さぁどうぞ」
「お邪魔しまーす」
「無視すんな! 金の亡者ども!」
喚き散らす奈々実を放っておいて、悠斗は、結城家に足を踏み入れた。
まず出迎えてくれたのは、天井からシャンデリアの吊り下がるエントランスホールである。
目の前には階段があり、家内の造りのイメージとしては、映画でよく見る豪邸のそれだ。
「私の部屋、こっちです」
真理沙は玄関で靴を脱ぐと、玄関の正面にある階段を駆け上がった。
どうやら真理沙の部屋は二階にあるという事らしい。
悠斗と奈々実が真理沙の後をついて二階へと行くと廊下にはドアがいくつもあるのだが、ドアとドアの間隔が広い。やたらと広い。
「ここが私の部屋です」
真理沙の部屋は、階段を上がってすぐ右手にあり、中に入ってみると、その内装は悠斗の予想とは全く違っていた。
もっと理系っぽいメカメカしい部屋かと思いきや、飾り棚やベッドの上にぬいぐるみがいくつも置かれており、机に真理沙の自作らしいデスクトップの巨大なパソコンが鎮座している以外は女の子らしさを強調された年相応の物であった。
だが特筆すべきはその広さだ。
どう少なく見積もっても二十畳以上はある。
「しっかし広いな。奈々実の家より大きいんじゃ」
「それはないよ……」
否定する奈々実の瞳に生気はない。
彼女の家の土地は二十坪。建蔽率を考慮すると――
悠斗は無言で奈々実の肩を叩く。
「うちが貧乏なんじゃない!! あんたらが金持ちなんだ!!」
このまま傷口を抉り続けるのは酷と判断し、悠斗は本題に入る事にした。
「それで機材はどこに?」
「ああ、ここです」
真理沙は、部屋の奥の右側にある扉を開ける。
悠斗が中を覗き込むとそこには、真理沙の部屋と同じ広さの作業室が姿を現した。
「すげぇ……学校よりも施設がちゃんとしてる……」
悠斗が驚くのも無理はない。真理沙の私的な作業室は、最新鋭機材のオンパレードだ。部の予算では、手の届かないような物までずらりと並んでいる。
いくら金持ちでも、親にねだって買ってもらえる次元を易々と超えている。
恐らく真理沙がアメリカで働いていた頃の給料で購入したのだろうが、総額で数百万円は確実に下らない。
さらに悠斗達が入ってきた作業室の入り口の向かい側にはもう一つ扉がある。
もしかしたらその向こうにも、さらなる作業室が広がっているのかもしれない。
圧倒され通しの悠斗を気遣ってか、真理沙がふんわりとした口調で話しかけてきた。
「じゃあ、マークⅦを運び入れましょう」
「あ、ああ。だな。おいでマークⅦ」
悠斗の呼び声に反応して、ジークが真理沙の作業室に入ってきた。
ともかくこの部屋があれば明後日の大会に向けた作業をする事は可能だ。
五月三日から五日までトーナメントは連日行われる。
本格的な整備の出来る最後の機会が今日と明日なのだ。
悠斗は、ポケットに入れていたUSBメモリーを取り出すと真理沙に渡した。
「これは?」
「設計図のデータ。やっぱり真理沙が持ってるのが一番役に立つからさ」
「そうですか。それでは今日しかないので急ぎましょう。機材は持ち出せる分はお貸ししますから」
昨日真理沙から明日は予定があると聞いている。
特に真理沙しか分からない部分は確実に今日で終わらせる必要があった。
悠斗はジークが背中に背負っていた未完成武器の詰まったリュックを床に下ろして、中身を作業台に置きた。
「ああ。残りは俺の家でやるよ」
「お願いします。では整備を始めましょう」
三人の決意は一つ。
大会で優勝して廃部を免れる事。
そのための最後の作業の火ぶたが今まさに切って落とされたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます