バトルロイヤル

「じゃあ行ってくる」


 悠斗は、バトルスペースへ向かって数歩歩いたところで、奈々実が声を上げた。


「悠斗、これ持っていって」


 そう言って奈々実が手渡して来たのは、二振りの剣だった。

 珍しい事に、刃は、光学式ではなく実体の片刃だ。


「実体剣?」


 悠斗が問い掛けると、奈々実が笑顔で頷いた。


「短くして取り回しをよくした」


 剣の全長は、四十か五十センチ程で確かに短く、取り回しが良い。

 片刃の形状も合わせて、剣というよりは、脇差と言った方が近い印象だ。

 奈々実は、気恥ずかしそうに額を指先で掻いている。


「急ピッチで作ったんだ。武装ないし。自腹切ったんだから折らないでよね」


 急ピッチで作るとは言っても、武装がないと分かったのは、昨日の作業終了直前だ。

 剣の出来は、非常に良く、これが売り物であると言われたら信じてしまう程だ。

 半端な時間で作ったとは到底思えない。

 夜を明かして丁寧な仕事をした証である。


「徹夜?」

「いや。緊張して眠れなくて、眠くなるまでの間だけ」


 嘘だと、悠斗には、分かっていた。

 きっとここに来るギリギリまで手を入れていたはずだ。

 実体剣は、フェア素材で刃を作った後、まずは実体近接武器やシールドにのみ塗布を許可されたフェア粒子耐性塗装を施し、その上からフェア粒子を皮膜状に塗布して作られる。

 耐性塗装をしないと、刃がフェア粒子塗布の時点で崩壊するし、フェア粒子を何度も塗り重ね、皮膜状に固定しないとフェア装甲への攻撃性を発揮しない大変に手間のかかる武器なのである。


 利点と言えば、手間を惜しまなければ、制作に電子系の知識が必要ない事と、製作費が装甲の端材とフェアーズスーツ作成者なら皆が持っているフェア粒子噴射機を持っていれば、耐性塗装代しか掛からない事。

 あとは実体があるから機体のパワーを生かしやすいぐらいだ。

 寝ずに作ってくれた事。

 それを恩に着せない事。

 心優しく、頼もしい親友に、悠斗は、ただただ感謝する以外になかった。


「今度ダブルバーガー奢らせろよ」


 ささやか過ぎる謝礼であるが、高校生にはこれぐらいしか出来ない。

 悠斗の提案に奈々実は春の日差しみたいにくすぐったい笑みを見せた。


「トリプル」


 普段なら断るが、これだけの大きなプレゼント貰っては、無視する訳には行かない。


「しゃーねぇ」


 悠斗の纏うジークの首が大きく頷いた。

 真理沙は、スーツを。

 奈々実は、武器を。

 こう来たら後は、香苗からも何かあるはず。

 そう思って見つめると、香苗は、電光と見紛う速度で視線を逸らした。


「行き遅れー」

「なんだとぉ!!」


 もっとも香苗が一番憤慨する言葉を残して、悠斗は、バトルスペースに走り込んだ。

 もちろん振り返って香苗の表情を確認はせずにだ。

 そんな恐怖体験、試合前にしたいわけもない。


 バトルスペースは、遮蔽物のない荒野が設定されており、内部には総勢百機以上のフェアーズスーツが地上で待機している。

 その中には阿澄のギルティ・ブラストの姿もあった。

 向こうも悠斗を見つけて視線が合うが、阿澄は一瞥して視線を外してしまった。


『さぁ、一回戦Aブロックバトルロイヤル。スタートだぁ!!』


 男性の実況者による試合開始の合図。

 悠斗の周りに居た機体が全て空へ登って行く。

 無論悠斗の機体が飛べるのは極短時間。

 ここで飛ぶ訳には行かない。

 悠斗は大地を蹴ってギルティ・ブラスト目掛けて走り出した。


『さぁ始まりました。バトルロイヤル。ここでは参加機体を八つのブロックに分けて、乱戦をします。制限時間内に撃破数一位になるか、最後まで生き残った選手が本戦のトーナメントに歩を進めます』


 会場にいる観客向けのルール説明を聞いて、悠斗は改めて一回戦突破の難しさを思い知る。

 近接武器のみで、しかも陸戦型のマークⅦで、空を飛んでいる敵機を一番多く落とさねばならないのだ。


『さて、このAブロック注目の選手が居ます。彼の名前は、神凪悠斗!』


 実況者による突然の指名。

 どうやら大会運営側が悠斗の正体に気が付いて、実況者に伝えたのだろう。

 だがそれを言われれば否応なく注目が集まる。

 陸戦機体である事が悟られる。

 弱者を狙うのは定石。

 誰もが悠斗を狙うはずだ。

 集中砲火を喰らえばいくら重装甲であろうとも生き残れるわけがない。

 これ以上はやめてくれ。

 そんな懇願をしたところで相手に伝わる事はなく、実況者の饒舌は熱を増していく。


『アーマード・フェアーズ生みの親、我々アーマードフェアーズファンのゴッドォ! 神凪雄二さんの息子さんです!』

「まじでやめてくれ」

『正に神の子!! 正に神童!! ポイントマッチでは、中学生にして全国大会ベスト四の経験を持つエースパイロットがフリーマッチ初参加!』

「目立ちたくないんですけど」

『機体は、ジークドラグーン・マークⅦ!! 自作の機体だそうですが、その性能やいかに!?』


 ついに会場のスクリーンにジークの姿が、悠斗の姿が映し出される。

 当然悠斗は、剣を二本両手に持ち、地面を走っている。

 他の機体は、全て空を舞い、華麗な戦いを披露している中、悠斗だけがそれを見上げる格好となっていた。


『これは、どうした事か。神凪選手のジークドラグーン。飛びません。エンジントラブルか?』


 実況が疑問に思うのも無理はない。

 まさか開発者の息子なのに、スーツ制作の才能も部活の予算のどちらもないとは思っていないだろう。


「飛べねぇんだよぉ」


 もう泣きたい。

 入場前の覚悟は、既に砕け散っている。

 せめて誰か地面に降りて来てくれないものかと、ありもしない出来事を望んでいると、聞きたくない声がフェイスアーマーの中に反響した。


「見た目は、立派だが、前よりも性能が終わってるな。この才能のなさもある意味ですごい」


 悠斗の視界に飛び込むギルティ・ブラストの姿。

 声からしても間違いない。阿澄だ。

 ギルティ・ブラストは保護ガラスの天井ギリギリの高度から、銃口を悠斗に向けている。

 鈍重な陸戦機では、回避は、間に合わない。

 トリガーを引かれれば直撃を受けるのは必至だった。

 そんな考えの刹那、ギルティ・ブラストのライフルから放たれたビーム弾によって、悠斗の視界が閃光に飲まれていく。


『あっと胸に直撃ぃ!! 早くも神凪選手脱落かぁ!!』


 実況の声がうるさい。

 やかましくて聞いていられたものではない。

 そう、脱落したのだ。終わったのだ。

 これで何もかもが終わってしまった。


「あっけない。もっと弄ればよかった」


 圧倒的な力量差に愉悦に浸る、憎たらしくて、ぶっとばしてやりたい阿澄の声が聞こえる。

 胸の装甲貫通による直撃判定は、敗北を意味する。

 ギルティ・ブラストの光学ライフルを受けては確実に装甲を貫かれている。

 それでもまだ戦いたい。

 そんな願いが通じたのか、ジークは悠斗の意志の通りに走り出した。


「まだ撃墜判定になってないのか? でも直撃を」


 戸惑う悠斗がモニターをチェックし、ジークの破損状況を確認すると、確かに胸部への被弾が認められた。しかしダメージは損害軽微と表示されている。

 表示がバグでないなら耐えたという事だ。

 高級機の主力兵装の直撃をである。


『何とジークドラグーンびくともしていない!! これはすごい。高出力ビームを受けて無傷だぁ!!』

「なんだあの装甲、レギュレーションに違反しているんじゃ」


 実況者や阿澄が仰天するのも無理はない。

 悠斗自身信じられない出来事なのだ。


『ちなみに事前の検査はパスしています。反則行為はしていません! さすが開発者のご子息!! 凄い技術力だぁ!!』


 反則ではない。

 実況者の言う通り、事前検査はエントリーの時にパスしている。

 真理沙がブレンドした特殊金属粉末を一割混ぜた装甲。

 本当にそれだけでこれ程の強度を実現出来るのだろうか。


「真理沙。お前天才だな」


 悠斗が真理沙に驚嘆を覚える中、奈々実と香苗もジークの性能に唖然としていた。


「香苗先生! 悠斗無事だよ!」

「結城さん、あなた何を作ったの?」


 香苗の問いに、真理沙は珍しく子供っぽい笑みを浮かべた。


「最強のフェアーズスーツです」


 陸戦型。

 武器がない。

 不安はあったが真理沙の言う通り、ジークドラグーンは最強のフェアーズスーツとして生まれ変わった。

 真理沙の自信の根拠を、ようやく悠斗は理解していた。


「これなら遠距離攻撃は耐えられる」


 二振りの短剣を構えて、悠斗は周囲を見回した。

 今の攻防は他の選手の注目を良くも悪くも引いてしまった。

 既に三機からのロックオンを受けており、アラート表示と警告音がうるさい位にフェイスアーマー内に反響している。


「行くぜ!!」


 悠斗は、走り出した。

 敵の目を引いてしまった現状に、細かく動き回る選択をしたのだ。

 いくら陸戦型と言っても足さえ止めなければ、多少なりとも被弾は防げる。

 そして遠距離攻撃に耐える装甲を見せれば、敵はより威力の高い近接武器による攻撃を開始するはず。

 頭の良い装着者は、ジーク相手にそんな事はしないかもしれないが、出場者全員が天才でもなければ冷静でもない。


 一人でも来てくれればそれで良く、予測通りに無謀な機体が一機、光学ブレードを構え、悠斗目掛けて突進してくる。

 県大会出場者とあってその機動は相応に速いが、武術とアーマード・フェアーズ双方の世界に幼少から身を置き続ける悠斗に、見切れない速度ではない。

 そして正面から来ているのだから、カウンターは、合わせやすい。

 敵の光学ブレードがジークの頭部を目掛けて振り下ろされる。

 しかしそれは虚を突く事も、練磨もされていない素人の剣閃だ。

 殺意もなければ、駆け引きもない。

 単純すぎる攻撃をかわす事は容易かった。


 アーマード・フェアーズは、ポイントマッチでとは言え、十年近く場数は踏んでいる。

 それ以上に、悠斗の回避を助けるのは、真剣を使った立会いの経験だ。

 斬られれば死ぬ。

 実際には、寸止めでも、一歩手元が狂えば斬り、斬られる世界に比べれば眼前の敵の剣は、児戯にすら及ばない。


 頭を振り、必要最小限の動きでブレードを避けると悠斗は二本の実体剣を相手の頭部と胸に突き立てた。

 加速の付いたカウンターの形。

 奈々実が作った剣の切れ味。

 抵抗なく飲み込まれた刃の切っ先が頭部と胸部の保護フレームへ触れる。

 撃墜判定により、保護フレームに内蔵された撃破を現す爆散エフェクトを撒き散らしながら墜ちる敵機。


 致命傷を与えた確信にも油断は、微塵も介在せず、悠斗は相、手の機体を眺める。

 相手の撃墜を確認するためと、搭載している遠距離武装を拝借するためだ。

 敵機の肩にマウントされた光学ライフルを見つけると、悠斗はそれを奪い取って「後で返す」とだけ告げて、その場から退避する。

 遠距離武器を手に入れれば、上空の敵を撃ち落とせるし、敵の飛行能力も奪い地上戦に持ち込む事も叶う。

 悠斗は本来光学ブレードを装備する予定だった腰の両脇のスカート装甲のマウントスペースに左手の実体剣を差した。


 左手に光学ライフルを構えると、空へと銃口を向ける。

 これは百人以上が入り乱れる乱戦。

 特に敵を攻撃もしくは補足している選手は攻めに集中してしまい、背後に気を配っている者は少ない。

 敵を夢中で追い回している選手を落とす。

 そして自分を追っている選手が墜落した事で油断が生じる、追われていた選手も落とす。

 丁度格好の獲物を見つけ、悠斗はまず攻撃側の機体をライフルで落とし、そして追われていた機体が見せた一瞬の隙にビームを叩き込む。


 これで撃破は、三機目。悪いペースではない。

 そんな安堵は、悠斗にとっても致命的な隙を晒す。

 またも閃光が視界を覆い付くし、被弾警告がなされた。

 顔面にビームの直撃を受けたのである。

 幸いにして損傷は、またも軽微。

 この事実が悠斗を撃った相手を驚かせたのだろう。こちらに銃口を向けている機体が一機、空中で硬直している。

 この好機を逃すわけもなく、悠斗もお返しに敵の頭部へとビームを放った。

 直撃したビームは敵の頭部装甲を貫き、視覚的に撃墜を現す擬似爆炎を撒き散らしながら地面へと墜落していく。


 四機目。


 全員が敵の状況での集団心理は強い者を協力して排除しようとする者が現れ、漁夫の利を狙い、それらが消耗させた後にとどめを頂く者も現れる。

 悠斗には、どちらも好都合だった。

 すでにビームで仕留められないのは、周知。ならば接近戦の割合が増えてくる。

 多対一の状況では、人間強気に出るものだ。

 数機がまとまって悠斗の周囲を旋回飛行し、ビームの豪雨を降らせてくる。

 だが直撃しても、大したダメージは受けない上に、地上限定とは言え、機動性もすこぶるいい。

 足さえ止めなければ滅多に被弾は貰わない。

 そんな機体を相手にしたら大抵の人間は焦り、より接近して攻撃しようとして来るはずだ。

 思惑はぴたりと当たり、攻撃を避け続ける悠斗に、旋回飛行していた内の一機が光学ブレードを抜いて接近してくる。

 やがて、それに続いて二機三機と、近接兵装に持ち替えた敵機が次々に近付いてきた。


 迫り来る大群に、悠斗は、至極冷静だった。

 この機体なら対処出来る。

 それは慢心ではない客観的事実に基づいていた。

 悠斗に向かって来る先頭の機体が光学ブレードを振り上げ、切り掛かる。

 身を捩り、攻撃を避けた悠斗は、無防備を晒した相手の顔面に剣を突き立てた。

 息つく間もなく、今度は背後から別の機体が一機、両脇から一機ずつ、合わせて三機が一斉に悠斗を襲う。

 悠斗は、背後の敵機へ振り返りざまに、蹴り足を頭部に打ち込み、相手の姿勢を崩した。

 すぐさま胸元に飛び込んで、全重量を乗せた剣先が敵の胸部装甲を貫く。

 敵の胸に剣を刺したまま悠斗は、強引に剣を振るって敵機を鈍器のように扱い、両脇から来ていた二機を薙ぐように叩いた。

 右手の剣を敵から引き抜き、左手に持っていたライフルを投げ捨てると、腰のマウントしたもう一本の剣を取って、姿勢を崩した二機の胸部を貫く。


 あっと言う間に、八機の機体を大破に追い込み、悠斗は、実感する。

 ジークの性能を。

 真理沙の技術を。

 奈々実と香苗の想いを。

 これだけ背負って負けるわけがない。

 絶え間なく押し寄せる敵の群れ。

 敵意の波。

 来るなら来ればいい。

 この鎧と二振りの剣は、最後の希望なのだから。

 退かない。

 恐れない。

 並み居る敵を全て切り裂き、目指すは世界の頂へ。

 その障害は何であろうと打ち砕く。

 渾身を持って、全霊を賭けて。

 こいつも。あいつも。それも。これも。彼も。彼女も。何もかも。


「ふざけるなぁ!!」


 例えそれが狂乱する積年の相手でも。相手がどんな機体を纏おうとも。

 邪魔する者は皆敵なのだ。

 阿澄のギルティ・ブラストが光学ライフルを撃ちながら突撃してくる。

 さすがに機動は速く、偏差射撃も正確だ。

 確実に機体を捉える光弾だが、それでもジークに与える損害はなきに等しい。


『あっとビームの連射ぁ! 光の雨粒が神凪選手に降り注ぐ!』


 実況が何と言おうとも、効かぬ豆鉄砲に怖さはない。

 けれど阿澄は退かない。退けるはずがないのだ。

 今までライバルと自覚してきた相手に、背を向けられるほど、容易くプライドを捨てる男ではない。

 勝負には愚直な男なのだ。

 だからこそ反目しあうのだろう。

 だからこそお互いに逃げないのだろう。

 そう、二人に共通点があるとすれば、それはアーマード・フェアーズを愛している事。

 だから逃げない。

 逃げられない。

 闘争本能が逃走を拒絶する。

 遠距離戦の無意味さを思い知り、阿澄はライフルを投げ捨て光学ブレードを引き抜いた。


「あの装甲……何をしたぁ!!」


 愚直な男故、阿澄の機動は真っ直ぐだ。

 望んでいるのは正面からの対決。

 乗らない訳には行かない。

 悠斗も両の剣を構えた矢先、突如阿澄がブレードを投げつけた。

 予想していない攻撃に、数瞬ではあるも硬直する悠斗。

 しかし飛翔する光刃が捉えたのは、悠斗の背後から近づいてきた敵機だった。


「邪魔をするなぁ!!」


 この対決に無粋な横槍は不要という事だ。

 悠斗は剣を構え、地面を蹴った。


「墜ちろぉ!」


 阿澄が声を荒げ、青白光の刃を翻した。

 悠斗は左の剣を逆手に持ち替え、光刃を受け止める。

 右の刃で阿澄を狙おうとしたその時、彼の背後に剣を振り上げる機影が見えた。

 邪魔をされるのは癪であり、それに阿澄との決着は悠斗自身が付けなければならないのである。

 悠斗は阿澄の頭部から狙いをずらし、その背後に居る敵機の頭部を貫いた。

 この致命的な隙を阿澄が見逃すはずはなく、ギルティ・ブラストの左拳が悠斗の眼前に迫る。

 体勢を立て直す時間はない。

 直撃を覚悟していると拳は逸れ、ジークの頬を掠めるだけに終わった。

 振り返ると、そこには阿澄の拳で頭部を砕かれた敵機の姿がある。


 周囲を見回すと、悠斗と阿澄を参加者が囲む、包囲網が形成されていた。

 不本意だが勝負を邪魔されるのならば仕方がない。

 確かにバトルロイヤルで一対一の戦闘に集中している機体はカモである。

 悠斗と阿澄が背中合わせの格好になったのは同時であった。

 この共同戦線は、互いの決着をつける為。邪魔する奴を蹴散らす為。


 戦闘開始からそれなりに時間は経過している。

 正確な時間は定かではないが、既に殆どの機体が撃墜され、試合から除外されている。

 残っているのは、本戦に出場経験のある猛者ばかりと考えるのが妥当であった。

 囲んでいる機体は計十三機。

 まずはこの邪魔者を排除するのが最優先だ。

 その思考を悠斗が阿澄に伝える事はない。

 きっと分かっているはずと信じていたからだ。


 残された猛者達は光学ブレードを振り抜き、一斉に襲い来る。

 悠斗の機体に並みの銃撃では歯が立たない事を知ってだろう。

 あえて不利な土俵に、数の有利で向かうのは、発想としては間違っていない。

 だが悠斗にも負けるつもりはさらさらなかった。

 両の剣を振るい、迫るただ敵を潰すだけだ。

 それは阿澄も同様の考えをしているのだと、彼の戦いを見れば分かる。

 漁夫の利を得ようとする者等、悠斗の眼中にはない。

 一つ二つと切り伏せて、三つ四つと薙ぎ倒す。

 その動きに微塵の無駄はなく、ただただ剣閃が踊るばかりだ。


「すごい。読み通りに動ける。意識に付いてくる。これなら戦える!!」


 何かを打ち倒す快感。

 敵を壊す感覚。

 初めての体験は、人間に強い衝撃を与える。

 一度味わえばやめられない。

 娯楽とはそういう物だ。

 勝てる限りは、止められないし、負けてしまえば、もう一度勝つために止められない。

 どうせ止められないなら勝ちたい。

 目指しているものは、世界の頂点でもあるし、背中を預けた男との決着でもある。

 その邪魔は誰にもさせない。


 悠斗が刃を振るう度に、フェアーズスーツが爆炎に包まれていく。

 それは阿澄の方も同じで、次第に漁夫の利を狙う敵の数は減っていた。

 それでもなお戦いは続いていく。

 もはや誰の撃墜数が多いかではない。

 誰が最後まで生き残るかの戦いだった。

 そして悠斗の剣が敵の頭部を貫いたその時、バトルスペースに残されたのは阿澄と悠斗の二人きりだった。

 しかし悠斗にとってこれはあと一機倒せば勝ちという状態ではない。

 ようやく勝負の舞台が整ったに過ぎなかった。


「この野郎!!」


 雄叫びを上げながら繰り出した悠斗の拳が阿澄の纏うギルティ・ブラストの顔面に打った。


「舐めるなぁ!!」


 阿澄の振った剣がジークの左肩装甲に傷跡を刻んだ。

 幸い、内部にまで損傷は、及んでいないが、高出力の近接兵装までは、さすがに防ぎ切れないらしい。

 むしろそれでよかった。全ての攻撃を防いでは性能差が圧倒的過ぎる。

 それでは、阿澄を倒したにしても、まったく面白みがないという物だ。


『接近戦に転じてから防戦一方!! ギルティ・ブラスト歯が立たないようだ!!』


 実況の言うように接近戦ではギルティに勝ち目はない。

 だが接近戦でないとダメージは与えられない。

 阿澄は接近戦を挑まざるを得ないのだ。

 そしてこれは勝負だ。

 相手に慈悲は必要ない。

 ついに使う時が来た隠し玉。

 阿澄に使わず誰に使うのか。


「これで――」


 最後。

 その想いを込めて〝とっておき〟を起動する。

 右手の剣を腰に刺し、掌を大きく広げると指先から装甲が展開され、青白く輝く内部構造が透けて見えた。

 装甲の展開は肘まで続き、開かれる度に輝きはより強く増していく。


「喰らえ!!」


 悠斗が声を張り上げると、腕を包む輝きは、目を開ける事すら苦痛なほどに光を放ち、エネルギーが濁流のように溢れ続ける。

 圧倒的な破壊の力は見る者全てを畏怖させ、その命を確実に奪い去る。


「ジェネシス・クライシス!!」


 悠斗は掌を広げたまま阿澄に腕を突き出した。

 無慈悲な光を伴う掌がギルティ・ブラストの胸部装甲を貫く。

 ジェネシス・クライシス。

 ジェネシス機関のエネルギーを全て放出して放つ最強の武装。

 マークⅦの最高の火力となるべく生み出された誰にも真似出来ない代物だ。


 猛り狂う光は、貪るようにギルティ・ブラストの装甲を食い破っていく。

 夥しい閃光の暴風に包まれた掌が胸部の保護フレームに触れた瞬間、撃破の証となる爆発エフェクトを起こしてギルティ・ブラストが地面へと吸い込まれていく。

 仰向けに倒れたその姿をギルティ・ブラストであると判別出来る者は居ない。

 全身の装甲を失い、保護フレームが剥き出しになっている。


『試合終了!! 勝者ジークドラグーン・マークⅦ 神凪悠斗選手!』


 周囲を見回し、バトルフィールドに立っているのが自分だけであると確信して――


「勝ったあああ!!」


 悠斗は、両手を高く掲げて、降り注ぐ歓声の雨を全身に浴びた。

 この幸せを一人で過ごすのはもったいない。

 悠斗は手を振りながらバトルスペースを走って後にした。


「やったぁあああ!」


 出迎えてくれた奈々実は歓喜に振るえ、ジークの胸に飛び付いてきた。

 スーツを着たままの悠斗はパワーアシストにより、奈々実を軽々抱き上げて一回転してから地面に下ろした。

 勝利を祝うのにジークを装着したこの恰好ではまずいと思い、スーツを脱いだ悠斗を次に襲ったのは何とも嬉しい香苗からの抱擁だった。

 ふよふよとした膨らみが押し当てられ、とても心地がよい。

 やはり女性の胸とは、偉大な物だ。


「やった……あんたすごいよ」


 言葉による労いよりも、やっぱりおっぱいに勝る物はない。

 香苗の胸に縋り付きながら神凪悠斗十五歳の歓喜が膨らんでいく。

 奈々実からは期待出来ないので、真理沙からのおっぱい歓迎はないものかと見やると、何故か分からないが、集まりから離れた場所に立っていて動く気配がない。

 生憎と歓迎はなさそうだが、でも勝利を喜んでいるのだろう。微笑みの表情でこちらを見ている。


「予定通り……」


 相当自信があったのだろう。でなければ言えない台詞だ。

 確かにすごい機体だった。

 この勝利は悠斗だけの物ではない。

 奈々実や香苗や、そして真理沙の、WAF部が一人でも欠けていたら手に出来なかった物だ。


「悠斗やったね! 遂に初勝利だ!」

「ああ、お前たちの――」


 奈々実に声を掛けられ、労いの言葉を掛けようとすると、


「すごいよ。あんた達最っ高!! よくやった!」


 香苗は、そう言って今度は、奈々実も抱き寄せた。

 二人でこの双丘を堪能するのも悪くない。

 悠斗と奈々実は、親指を立てて笑みを浮かべると、この至福を享受した。

 しばし二十代中盤の若さと熟れの両立された身体を味わっていた悠斗だったが、真理沙が近付いてきたところで、香苗から離れて真理沙と向き合った。


「いい操縦でした。ジークドラグーンの性能を引き出せていたと思いますよ」


 悠斗にしてみれば、これほど嬉しい賛辞もない。

 だが性能を引き出そうにも、引き出すだけの性能が無ければ話にならない。

 全ては真理沙が作り上げたマークⅦのおかげである。


「ありがとう真理沙」


 悠斗が送ったのは、とても短いお礼の言葉だった。

 変に飾った言葉よりもずっと真意が伝わると思ったからである。

 真理沙は、きょとんとしてそれを受け止めた。

 何故礼を言うのか、そんな風に思っていそうな顔。

 まるで自分の功績を一切認知していないような、そんな表情だ。

 どうやらもう少し、気持ちをきちんと伝えないと、彼女は受け取ってくれそうにない。

 しかし悠斗は、何を言うかは考えなかった。

 だから拙くてもいい。

 心の想いを出るままに任せた。


「すごい戦いやすかったんだ。ありがとう。こんなすごいスーツ作ってくれて。ほんと俺、感謝してるんだ。ほんと」


 そう伝えても真理沙は、不思議そうにこちらを見つめる。


「いいえ、勝ったのは、神凪さんの――」

「悠斗な」


 真理沙は、眉間にしわを作り、首を傾げた。


「悠斗? ですか?」

「そうだ。悠斗。神凪さんじゃなくて。悠斗って呼んでほしい」

「なぜ?」

「友達だろ。苗字だと他人行儀じゃん」


 真理沙は、途端に穏やかな顔つきになり、悠斗を見つめた。


「悠斗くん」


 やっと名前を呼んでくれた。

 それは仲間なら当たり前の事なのに、悠斗にはどうしょうもないぐらい嬉しくて、気付けば彼女の名前が口から零れていた。


「真理沙」


 見つめ合い、互いの名前を呼び合うという行為が何故か急に恥ずかしくなる。

 友達や仲間というよりもこれでは恋人のようだ。

 異性間での友情は成立しないというが、その理由を悠斗は身をもって体験していた。

 たとえ最初は、友情でも相手を好きになればなるだけ、ちょっとした表情や言葉で恋に落ちてしまう。

 いいや、悠斗は、初めから恋をしていたのかもしれない。

 彼女の可憐な姿と聡明な振る舞いに。


「やめんか。教師の前で異性交遊禁止」


 突如桜色の心持を打ち砕いた香苗を、悠斗は刃のような眼光で突き刺した。

 まったくいいところで邪魔をしてくれる教師である。

 しかも奈々実までもが香苗に同調して異を唱え始めた。


「そうだ!! こういうのはいけないんだからね、結城さん。高校生は清く健全でないといけないんだ!」


 悠斗からすれば、何が悪いのか分からない。

 何故なら真理沙に声を掛けて入部させたのは悠斗の功績だからだ。

 そして彼女の我が子とか分身とも言えるマークⅦを纏い、戦ったのは悠斗である。

 奈々実や香苗には割って入る事の出来ない深い絆が悠斗と真理沙の間にはある。

 これは言うなれば悠斗に与えられた特権なのだ。


「へっ。いちゃつきってのは、パイロットの特権だ」


 悠斗の自己弁護を聞いた途端に、奈々実が激しい地団駄を始めた。


「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ!! そう言うのはダメったらダメ!! どうせするなら悠斗は私としてよ!!」


 何やら懇願の入り混じった怒声を上げる奈々実の肩を香苗が叩いた。


「諦めな、奈々実。あんたは所詮サブなのよ」


 香苗としては励ますつもりだったのだろう。

 しかし奈々実は薄ら笑いながら香苗に告げた。


「先生なんかサブにもなれないんだよ」

「な、一緒にするな!! 私のどこに不足があるっていうわけ?」

「脇役オーラぷんぷんじゃん」


 奈々実の言う通りだ。

 これがもしも悠斗のアーマード・フェアーズ世界一への挑戦的な映画だったとして悠斗を主人公とするなら香苗はどこに出番があるのだろうか。

 応援役Aぐらいの役割しか貰えなさそうである。

 しかし香苗の態度はめげてはいるようには見えなかった。

 香苗はしつこいぐらい自分を曲げないタイプだ。面倒見は良いが、同時にめんどくさい人でもある。


「私は、終盤なぞの美人パイロットとして登場するんだよ。そして主人公との禁断の愛」


 あり得もしない妄想を口にされ、悠斗は徹底的な無視を決断した。

 これに触れると火傷では済まない。そんな予感がしたからだ。


「あれ? 目の前に居る行き遅れのブスが何か言ってる」


 奈々実は地雷原に飛び込んだが、勇気ある自己犠牲というよりは死にたがりの無謀野郎としか思えない行動だった。

 当然奈々実の発言は香苗の憤怒に点火し、あとに待っているのは制裁である。


「てめぇ殺す!」


 そう言ってからの香苗の行動は速かった。

 逃げる間も与えずに奈々実の襟首を掴んで捕縛した香苗は右拳を震わせた。


「教師が体罰を……するのですかい!!」

「これは体罰じゃない。正義の裁きだぁ!!」


 奈々実の頭蓋に放たれた香苗の拳は直撃の際、およそ人の出せる馬力ではありえない爆音を轟かせた。

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