県大会開幕

「ついにここまで来たか」


 完成したマークⅦを前に、悠斗が感嘆の声を上げるのも無理はなかった。

 部室の中心にそびえ立つ二メートルの白い巨体。

 マッシブな印象を抱かせるが、決して太すぎない逞しいボディー。

 マークⅥとは違い、装甲に隙間もなければ、デザインも不恰好ではない。

 ちゃんと設計図通りの、理想のスーツがここにあった。

 ほんの数十秒前。最後に顔の装甲板を取り付けてようやく形になったマークⅦの姿を、悠斗だけではなく奈々実や真理沙も満足げに見つめている。


「まだ完成ではないですが……でもいい出来ですね」


 真理沙の言うようにマークⅦはまだ完成していない。

 最後に肝心な、そして悠斗の最大の懸念である飛行機能という課題が残っている。


「あとはスラスターだっけ?」

「はい」


 悠斗が尋ねると真理沙が頷き答えた。


「早くやろうよ、悠斗」


 完成が待ち切れないのか、やる気を見せる奈々実は、真理沙の言葉を忘れているらしい。


「真理沙、一週間前の答え、教えてくれないか」

「一週間前?」


 首を傾げ、悠斗の言葉を聞く奈々実はやはり忘れているようだ。

 それを言った本人は、当然だが忘れてはいないようで一度瞼を閉じると、意を決した様子で瞳を見開いた。


「以前言いましたね。この機体は、飛ばせないと」

「あ、そういえば、なんか言ってたっけ?」


 奈々実は、ようやく思い出したらしく、腑に落ちたかのように微笑みを浮かべていた。

 しかしその表情は数瞬で一転し、困惑に満ち溢れたのだ。


「って待って待って! ダメじゃん! 飛べなくてどうすんの!?」


 奈々実の指摘に、真理沙はいつもと変わらず淡々とした調子で答えた。


「飛ばずに戦っていくしかありません」


 やはり真理沙は、この主張を変える気はないようだ。

 真理沙は、最初に言っていた。作っていく内に説明すると。

 そしてそのタイミングは、大会を翌日に控えた今なのだ。


「真理沙、どういう事?」


 悠斗も尋ねると真理沙は、ようやくその勿体ぶった口を開いた。


「この機体は、飛ばすにはあまりに重量が重い。金属を装甲材に混ぜているからすでに二百キロ近い重量です」


 機体重量は空戦型主流のアーマード・フェアーズでは頭の痛い問題だ。

 鉄よりも軽いフェア装甲だが、それでも幾重にも折り重ねれば、その重量は著しく肥大化する。

 マークⅦはマークⅥとは違い、多層構造の装甲を採用している上に、さらにはその一割近くが金属粉末となっている。

 真理沙の言うように、重量は。普通のフェアーズスーツの比ではない。

 中量級のマークⅥの重量が百五十キロ前後であった事を思えば、全備重量となれば二百五十キロを超えるだろうマークⅦは、超重量級の機体と言える。

 確かに高い空戦性能を持たせるのは、無謀に近い。

 しかし奈々実は真理沙のこの判断に異を唱えた。


「ちょっと待って。アーマード・フェアーズは、空飛ぶのが普通なんだよね? なのに空飛べないのなんて。私でも不利なの分かるよ」


 奈々実の言う通り、空戦主体の現在では陸戦機に勝ち目はない。

 戦車が戦闘機に挑むようなものだ。

 けれど真理沙は自分の判断に何の間違いもない、そう確信しているように見えた。


「私は、ジェネシス機関の出力に耐えられるスラスターを用意する事は無理だと思っていました。少なくとも廃部寸前の今の部の予算では」


 真理沙の言うように、飛行ユニットはフェアーズスーツの構成要素として非常に重要である。

 だからこそ高性能な物ほど他のパーツよりも値が張るのだ。数十万円の値が付く事も珍しくない。

 そしてもうWAF部には予算がない。これが現実だ。

 残りの予算で何とかなるのは入門用のエントリーモデルぐらいで、五百キロもある機体を縦横無尽に飛ばす能力なんて存在していない。


「だから空戦を捨てんだな。大会に勝つために」

「ええ、半端に万能機を作って、並みの空戦をさせるよりも高火力・重装甲・高機動を陸戦主体でもいいから目標とするのがいいと思っていました。ジェネシス機関を生かす意味でも」


 真理沙の判断は合理的と言えば合理的なのである。

 だが奈々実は尚も異論があるらしく真理沙に食い下がった。


「でもでも、今までは、空飛んでたんだよ! 空から撃たれたらどうすんの? やばくないの?」

「だからこその重装甲です。並の武装は、弾き返すでしょう」


 この過剰な重装甲化も全てはそのための伏線という事。

 幸いにして搭載武装は遠距離から近距離まで対応出来る物が揃っている。

 つまりは飛べずとも相手をこちらの土俵に引きずり込めばいい。


「飛んでる相手の攻撃を受けながら撃ち落とすって事?」

「そうです」


 あっさりと肯定して見せた真理沙だが、言うほど簡単な事でもない。

 世界大会常連のエースならまだしも悠斗は二十一連敗中の身。

 そうそう上手く事が運ぶとは思っていなかったが、真理沙や奈々実が懸命に作り上げた機体だ。

 二人は、少ない予算の中で自分の理想を可能な限り叶えてくれた。

 その想いを活かすのは、パイロットである悠斗の責任だ。


「飛んだら意地で落とすってとこか。まぁ真理沙は俺達よりも機体造りを分かってるみたいだし信じる。今俺達に出来る正解は、きっとこの陸戦型の機体なんだ」


 出会ってまだ一週間足らずだが、悠斗が真理沙の能力を本物だと理解するには十分すぎる時間だった。

 真理沙が提示したこの形が、きっと今自分達に出来得る最善なのだと心から信じる事が出来た。

 付き合いは、時間ではなく、過ごした内容というが正にそれが今の悠斗と真理沙の関係性である。

 改めて決意を固める悠斗だったが、真理沙はこう付け加えた。


「無論スラスターは、つけますから空戦がまったく出来ない訳ではありません。ただ重量もあって相当性能は低いでしょう。ですが改良はしてあります」

「改良?」

「既製品のスラスターの出力を弄りました。強度的には問題ですが。短時間ならこの機体をかなりの速さで飛ばす事が出来ます」

「つまり、飛べる?」

「はい。ただ数十秒かそれよりも短い」

「つまり地面に敵を撃ち落として、ダッシュで詰めて一気に接近戦で、かな」

「はい。それが基本となります」

「そっか。なら武装が大事だな」


 まだ武装は完成していない上に大会は明日だが、急ピッチで作れば何とか用意は出来るだろう。


「あ、もう一つ問題があります」


 ここでの真理沙の発言。

 嫌な予感しかしなかった。


「武装ですが――」


 武装は、全て未完成だ。

 光学ブレード×二本。光学砲×一門。実弾砲×一門。

 これが搭載される予定の武装である。

 これらの開発は基本真理沙が主導し、悠斗が手伝う形になっている。

 完成の目途が立っており、追加のパーツを買い足せば明日にはぎりぎり間に合う計算だ。


「お金が尽きました」


 真理沙の告白。

 それと共に部室を振動させる、正に絶叫と呼ぶに相応しい悲鳴。

 それが自分の物だと悠斗が気付いたのは、大気の震えが収まりかけた頃であった。

 マークⅥの武装を使い回せればまだ何とかなるが、生憎と解体して、そのパーツを新造する武器に使ってしまっている。


「とりあえず県大会の最初の戦いは、武器なしですね」


 突如真理沙によって明らかにされた敗色濃厚の事態。

 悠斗は、大会を翌日に控えながら廃部を覚悟した。




 四月二十九日 午前十時。アーマード・フェアーズ埼玉県大会当日。


 悠斗にとって今日は最高の日となるはずだった。少なくとも昨日までは。

 浦野宮駅周辺は二〇二〇年より始まった再開発計画により、ウラノミヤ・アリーナを起点とした多様な複合興行施設が造られ、様々なイベントを開催し収益を上げていた。

 埼玉県大会も毎年、超大型多層フリースペース『浦野宮広場』の最上層である第五層で行われている。

 埼玉県は全国屈指の激戦区という事もあり、予選のこの日だけで集客は、二万人に及ぶ。

 駅前から会場まで、人の列がまるで大蛇のようにうねりながら進む様は壮観だ。


 最上層の中心には、百機のフェアーズスーツが一斉に戦闘出来る二キロ四方の巨大バトルスペースが設置され、その周囲を囲むように客席が組まれている。

 県大会と言え、へたな競技の世界大会よりも大規模だ。

 無論、こんな場所で戦わされる選手の立場で煽られる緊張は、想像を絶する。

 武器もなく、無謀な戦いに挑もうとする少年にはその重圧がどれほどか。

 バトルスペースの外で待機する選手たちに交じり、悠斗は武器も付いていないジークドラグーン・マークⅦを見つめながら敗北を決意していた。


「武器なしでどうすんのよぉ。悠斗、あの子入れたの失敗じゃない?」


 背後から聞こえる奈々実の声に振り返る。

 当然その表情には、欠片も希望を見せていない。

 奈々実だけではなく、香苗も落胆を露わにしている。

 顧問としては、廃部が確定事項となった事が悔しくもあろう。

 普段と変わらないのは、ある意味災厄の元凶とも言える真理沙唯一人である。

 

 黙々とジークの整備を続ける真理沙だが、悠斗には、これっぽっちも勝利への自信はない。

 確かに真理沙の手によってジークは、高い基本性能を得たかもしれないが、武器もなく、さらには装着しての動作テストすらされていないのだ。

 大会当日のぶっつけ本番である。


 一対一ならまだしも、県大会の初戦は、必ずバトルロイヤル方式の乱戦だ。

 参加者を八ブロックに分け、一ブロック毎に乱戦形式で戦わせ、最後まで生き残った者、もしくは制限時間内に最も高い撃破数を獲得した者が本戦のトーナメントに進める。

 つまり武器もなければ飛べもしないジークは、真っ先に狙われて一番乗りで撃墜されるのが関の山だ。

 そんな現実を考えただけで悠斗の口からは、ため息が止めどなく溢れ続け、ただただ肩を落とすばかり だったが、


「や」


 と背後から聞きなじみの、しかし聞きたいと思った事のない男の声に振り返った。


「あ、成金阿澄」


 悠斗がそう口にすると、途端に阿澄の顔色が紅葉のように赤くなった。


「変なニックネームを付けるな!!」

「好意的解釈をしてるな。今のは悪口だ」


 悠斗は、口で阿澄に負けた事はない。

 それは阿澄も自覚している所なのだろう。形勢不利と見たのか、すぐさま真理沙の整備するジークへと向き直った。


「まぁいい。そいつが新型か。なるほど前のポンコツとは、出来が違う」


 餌を前にした猫のように阿澄は微笑みながら、ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見せてきた。

 Aブロックと書かれている。

 これは、バトルロイヤルの出場ブロックを現す物で、大会にエントリーした際、大会運営側から大会参加者用サイトの個人ページに送られる物だ。

 悠斗の参加ブロックも当然既に送られており、参加ブロックは阿澄と同じAブロックだった。


「同じってわけか。あんたとの決着も案外早く着きそうだな」


 悠斗が言うと、嘲笑を浮かべながら踵を返して、阿澄は手を振りつつ去って行った。


「俺のポイントになる前に墜ちるなよ」


 ――持ちこたえられるだろうか?


「なぜ悲観的なのですか?」


 真理沙は、心底不思議そうにしている。

 ジークの装備が終わったらしく、いつでも装着出来るように、装甲と保護フレームを開いた待機状態になっている。

 真理沙が懸命に整備していたのだから、もしかしたら勝算はあるのかもしれない。

 薄氷の上を象が渡るような、そんな微かな可能性が。

 けれど、そんな可能性を信じる段階はとっくに過ぎている。

 優勝出来なければ廃部。

 そんな運命を背負って戦うのなら、もっと確かな勝機が欲しかった。

 悠斗だけではない。奈々実と香苗も、確固たるものが欲しいはずだ。


「廃部になるからよ」

「教師は、生徒を信じるのも仕事では?」


 あっさりと言ってのけた真理沙に、香苗は、眉を寄せた。

 それは生意気な真理沙の物言いよりも、生徒を信じきれない自分に腹が立っているように見えた。


「そりゃあ勝ってほしいけどさ。でもね、現実的に考えるとさ。その、武器もなしで……」

「大体動かすの今日が初めてじゃんか」


 奈々実が指摘するように、まだ動作テストすらしていないのが現状だ。

 だが真理沙は平静な態度を崩す事はなかった。


「ええ。調整に時間が掛かったので仕方ありません」

「調整するって言って何時までやるのかと思えば、結局今日だしさ。悠斗、練習すら出来てないんだよ!」

「ええ、接続系統に問題が」


 冷静を貫く真理沙に、奈々実は焦燥に任せて声を荒げた。


「そうじゃなくって問題が山積みなの!! これどうするの!? もう滅茶苦茶でどうしょうもないよ! 勝てるわけないじゃん」

「そうでしょうか?」

「悠斗にとっては、すごい大事な大会なんだよ!! それなのに!」


 語気に熱を帯びていく八つ当たりとしか思えない奈々実の反応。

 真理沙には申し訳ないが悠斗にとって嬉しい物だった。

 彼女が悠斗を大切に思ってくれているからこそ出てくる言葉だったから。

 けれど、真理沙には罪はない。

 無償でここまで協力してくれた彼女を責めるのもまた酷という物だ。


「奈々実、落ち着けって」

「悠斗、でもさ」

「お前の気持ちは分かった。ありがと」


 そうだ。

 真理沙は、奈々実や香苗の不安をぶつけられても平然としてここに居る。

 彼女は、無根拠にそう出来る人間ではないと、短い付き合いながらも悠斗は、感じていた。

 だから彼女の自信には、絶対的な確証がある。


「真理沙、勝算ある?」

「はい」


 迷う事無く紡がれた自信に満ち満ちた言葉。

 これを受けて今更吐ける弱音がどこにあるだろう。

 迷う事はない。

 信じればいい。

 いつの間にか悠斗の心を縛る緊張は解きほぐれていた。


「なんか真理沙、自信あるもん。俺も頑張る」

「頑張ってください」


 美女に微笑みながら言われては、やる気も俄然出るという物だ。

 悠斗も笑みを浮かべ、主を待つジークに向かった。

 勝算は薄い。でもゼロじゃないはず。

 そう信じて悠斗はスーツを纏う。


 まずは保護フレームが悠斗の身体を包み込み、その上を金属入りのフェア装甲板が覆った。

 既製品の保護フレームはともかくとして、今まで外装は手作業で取り外しをしていた。

 それが真理沙の手に掛かれば全自動での装着となる。

 大会に出る自作機体や高級な市販品には、大抵全自動の装着システムがあるのだが、マークⅥには搭載されていなかった。

 機能的というだけではなく、かっこいい。

 手作業じゃないだけでこうもカッコいいのだ。

 世界大会の中継や映画のようなフェアーズスーツの装着が出来ただけでも悠斗の感動は大きかった。


 装着が完了し、スーツに内蔵された真理沙特製のオペレーションシステムが、フェイスアーマーの内側に取り付けられたモニターに表示される。

 機体の状態を示すパラメーターは武装が付いていない事もあり、未装備を示す赤い表示が多い。

 ロックオンサイトも表示されているが、使える武器はないのだから無意味だ。

 せいぜい敵との距離を測るぐらいしか役には立たないだろう。

 悠斗は、両手を握ったり開いたりを繰り返した。

 以前よりもずっと動作が軽い。真理沙がぎりぎりまで調整をしてくれたからだろうか。


 脚部も動かして稼働を確かめるが、機械で出来た足首もよく回り、問題はない。

 少なくとも機体の動作という点において不測の点はなく、今までのスーツのどれよりも動きやすいと悠斗は感じていた。

 こうなれば素手でもなんでも。いざとなればとっておきの『超必殺技』で勝つしかない。

 その決意を逃さぬように悠斗が拳を握りしめた瞬間――


『まもなくAブロックの試合開始です。出場選手は、バトルスペースに移動してください』


 試合開始を告げるアナウンスが会場に響いた。

 ついにWAF部の存亡を賭けた戦いが始まる。

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