ジークドラグーン・マークⅦ

 四月二十二日 午後四時二十分。


 部室に集合した悠斗、奈々実、真理沙の三人は、机の工具を端に押し退けてスペースを作るとそこに設計図を広げた。

 それは、昨晩悠斗が徹夜で描いた新型機ジークドラグーン・マークⅦの設計図である。

 マッシブな印象のシルエットに、背中に実弾砲とビーム砲、腰の光学ブレードがそれぞれマウントされている。

 描かれているマークⅦの図面は、高校生が描いたとは思えないほどしっかりしていた。

 フェアードスーツ開発者である父から、図面の描き方を教わっているおかげである。

 その図面を見て、第一声を上げたのは、奈々実であった。


「うわー、金掛かりそう。に見える」

「いいんだよ、想像だから」


 確かに残りの予算で足りるかは分からない。

 けれどラストチャンスなのだ。

 廃部の危機を前にして起こった真理沙との出会いにはきっと意味がある。

 だからこそ、その意味をチャンスに、そして結果に繋げたい。

 悠斗がそんな想いを抱き、真理沙を見ると、彼女は普段よりも一層大人びて、頼りがいがある表情を浮かべている。


「なるほど重装空戦型の機体を作りたいんですね」


 真理沙の発言は、悠斗の真意を的確に見抜いていた。

 さすがと言うほかにない。


「何故そういう機体に?」

「改造既定の緩いフリーマッチは、相手がどんな武器や戦術を繰り出すか分からない。どんな相手に対応出来る機体じゃないと勝ち残る事は出来ない。だから多様な高火力兵装を使える機体にしたいんだ」


 フリーマッチの大会を勝ち抜くには、生半可な汎用空戦型では、太刀打ち出来ない。

 機体改造の自由度が高いと言う事は、パイロットの技術依存度が高いポイントマッチとは違い、機体性能の高さも強さの指標となるのだ。

 パイロットの技術が百点で、機体の性能が五十点の選手と、パイロットも機体も九十点の選手では、どちらかが強いか、明白である。


 あらゆる相手、状況に対応し、自分の強みを前面に押し出して戦える高性能機なんて条件を普通の高校生が達成するのは難しいかもしれない。

 だが今のWAF部には結城真理沙が居る。

 届きうる。今までは夢想でしかなかった目標が手の届く頭上に見えている。

 熱の籠った悠斗の意見を受けて、真理沙はこくこくと頷きながら口を開いた。


「なるほど。ジェネシス機関の性能を生かす意味でも重武装型と言うのはいいと思います」


 自分のアイディアが褒められた。

 それだけのはずなのに悠斗は、隠す素振りすら見せずに嬉々としていた。

 止めどなく溢れてくる感情に任せて悠斗は、言葉を踊らせる。


「だろ。やっぱいいアイディアだよなぁ。重装型で空戦性能を高くして」

「それは、無理です」


 きっぱりと真理沙に否定される最大のポイント。

 空戦性能の向上は、今後の戦いにおいて必須課題と言える。

 それに突き付けられるNOの回答。

 その真意を察し切れず悠斗は反論を述べていた。


「今は、空戦型が基本だろ。空飛べないと話になら――」


 そこまで言ってから悠斗は、押し黙った。

 真理沙の考えについて、ある予感が脳裏を過ぎったからである。

 しかしそれは悠斗のアーマード・フェアーズへの観念を根底から否定するような内容で、口にするのがはばかられた。

 それでも真理沙が意味もなくする提案ではない。

 そう信じて悠斗は、疑惑を呼気と共に吐き出した。


「まさか陸戦型を作る気だったのか?」

「はい。そのつもりですよ」


 真理沙の提示した陸戦型という選択。

 叶って欲しくなかった予感に悠斗の肩は落ちていた。

 アーマード・フェアーズの初期、フェアーズスーツには、二つのタイプがあった。

 重装甲・高火力を売りにした陸戦型と機動性を重視した空戦型の二種類である。

 最初の一年程は、この二つのタイプに明確な差はなかった。

 だが、日進月歩という言葉があるように、技術は、瞬く間に洗練されてしまう。


 進歩が味方したのは、空戦型だった。

 動力炉の出力大幅増強や各種ブースターの性能アップ。

 さらには、武器の小型化・高火力化により、空戦性能を強化しながら陸戦型との火力差は縮まっていった。

 陸戦型得意の重装甲も、高火力化した武装の前では、ボール紙程度の対弾性能しか発揮出来ず、さらには過度の重装甲化はただでさえ低い機動力の低下という結果を招いてしまう。

 こうした経緯を踏んで十年前には、陸戦型の機体はアーマード・フェアーズから姿を消してしまった。


 時代錯誤も甚だしい真理沙の設計プラン。

 無論何かしらの考えは、あるのだろう。

 だがその答えを察す事が、悠斗には出来なかった。

 当の真理沙は、


 「無理な理由は作りながら教えます」


 ともったいぶった言い方をして、マークⅥから剥ぎ取った装甲板を抱えてフェア装甲溶解用の炉に入れた。

 炉の原理は、単純で、高出力のフェア粒子を放射してフェア装甲の結合を緩める。

 無論溶けた装甲は、金属とは違い、熱の類は持っておらず比較的安全で、現在では子供の工作にもよく使われている。


 炉の中で粘性のある液体となった装甲材を取り出して、適当な形を作ったところで三十分も待てば再び固体化する。

 だが作業はこれだけでは終わらなかった。

 真理沙は、作業台に置かれている電子測りに紙を敷くと、その上に黒い粉末の乗せ始めたのだ。


「それなに?」


 悠斗が聞くと、真理沙は作業の手を休める事無く言った。


「金属粉末です」


 ここまで来て用途まで聞く必要はないだろう。

 溶かした装甲材に混ぜ込むつもりなのだ。

 これに異を唱えたのは、計量作業を真理沙の傍らで見つめていた奈々実だ。


「そういうの入れちゃいけないって、悠斗言ってたよ」


 フェア装甲は、フェア粒子を浴びると簡単に崩壊するが以外の物理現象には、強い耐久性を示し、本物の火器相手ならば十二・七ミリ弾程度であれば、傷を負わずに防ぎ切る装甲強度と、その衝撃を装着者に一切伝えない衝撃吸収性を誇っている。

 対して、これを容易く破壊するフェア粒子自体には、物理的攻撃力は皆無だ。装甲が紙で出来ていても傷一つ負わせる事は出来ない。


 そのため、フェア装甲に不純物を混ぜ込むと途端にフェア粒子の効果は落ちてしまう。

 最初期の大会では、装甲材に大量の不純物を混ぜたり、ビニールや金属で表面をコーティングする改造が頻発し、フェア装甲には、コーティング剤使用の規制や厳正な純度基準が設けられる事となった。

 そしてこれが装甲に頼って戦闘する陸戦型終焉の最たる理由ともなったのである。

 こうして経緯を知っていれば、真理沙の行動は、反則行為にしか映らなかった。


「フェア装甲を構成するフェア粒子反応物質の量が九十%を下回らなければ問題はないです。ギリギリの量の金属を入れて強度を高めます。純度が低ければそれだけ武装の威力を低減出来ますから」


 ようするに、やっている事は反則スレスレの行為。

 だがこれに対して悠斗は、そして奈々実も、特に不快感を抱いていなかった。

 むしろ大会用の機体と言うのは、そうしたルールの穴を突いたり、反則に近い調整がされる事が多い。

 勝つための努力と創意工夫に他ならないのだ。


「これでほんとに装甲厚くなんの?」


 しかし効果のほどに不安があるのか、奈々実が声を漏らしながら炉を覗き込んでいると、真理沙は、粉末を指先につけて奈々実の視線に割り込ませた。


「この金属粉末は、私がフェア粒子の特性を考慮して調合した特殊な物です。ただの不純物を混ぜるのとは違います」

「なるほどー」


 分かっているのかいないのか、気の抜けた奈々実の返事だったが、真理沙は気にも留めていないかのように説明を続ける。


「これを何枚も重ねて装甲を作ります。重量は、重くなりますが、ジェネシス機関の出力なら問題は、ないはずです。むしろそれでも他の機体より機動性は高いでしょうね」


 真理沙は、炉の装甲材に計量した金属粉末を入れると、炉に手を突っ込んで混ぜ合わせた。

 金属粉末を混ぜ終えた装甲材を板状に固め、試合に使う光学ブレードの原理を応用した加工用光学ナイフで、寸法通りに装甲を切り出していく。

 この工具は、部室にある旧式ではなく、最新式を真理沙が自宅から持って来てくれた。


 手先の器用な奈々実に、装甲材の削り出しを任せ、悠斗と真理沙は新しい保護用フレームの胸にジェネシス機関を取り付け、電子部品との接続作業を行っている。

 マークⅦに使われる保護フレームは、以前の物よりも大型化しており、装甲などのパーツを取り付ければ以前よりも数割増しのサイズとなりそうだ。

 ちなみにこの保護フレームは、悠斗が昨日学校から家に帰るついでに購入した物で店に預けおき、香苗に頼んで車を出してもらって、学校まで運んできた。


 早朝呼び出したせいで殺気満々の半切れ状態の香苗に、睨み付けられはしたが、マークⅦが空戦性能は削られたとしても、理想に近い仕様で実現しようとしているのだから、貯金が無くなった事と合わせても、その甲斐はあったと言える。

 作業が一段落したところで手を止めた悠斗は、作業机の上に広げていたマークⅦの設計図を持って真理沙に見せようとした。


「結城さん」


 そう、呼び掛けると真理沙は、


「真理沙でいいです」


 作業の手を止める事も、視線を悠斗に向ける事もなく言った。

 態度は、ともかく、彼女なりに歩み寄りをしてくれようとしている。

 悠斗は、素直に彼女の名を口にした。


「真理沙。これなんだけど」


 設計図を指で叩き、音を鳴らしてみると真理沙がようやく振り返った。

 悠斗は、改めて設計図を指差す。

 マークⅦの前腕。ここに悠斗は〝とっておき〟を搭載しようと目論んでいたのだ。

 ただ悠斗には、設計図を見た真理沙の反応が気掛かりだった。

 理由は、定かではないが、空戦性能の特化については否定的な意見を述べられている。

 今回も同意されるとは限らない。

 しかし悠斗の予想とは対照的に真理沙は、設計図から悠斗に視線を映すと微笑んでくれたのである。


「なるほど、面白いですね」


 早速真理沙がマークⅦの右腕に、ジェネシス機関からエネルギーラインを直結し始めた。

 その作業を横目に見ていた奈々実は、不思議そうにしている。


「なにそれ?」

「武器です」

「ていうより必殺技?」


 真理沙と悠斗の回答を得て、奈々実の顔色も一層光り輝いた。


「まじ!? どんな奴も一発でノックアウト出来ちゃう感じ!?」

「おうよ」

「おおおお!!」


 親指を立て、笑顔を交わす悠斗と奈々実。

 熱い男と女の友情だ。

 これがあるから奈々実との付き合いは楽しい。

 そんな感慨に浸っていたかったが、


「いちゃついてないで、急がないと日が暮れますよ」


 真理沙は釘を刺しつつ、手を動かし続けていた。

 横槍を入れられた事で頂点だった奈々実の機嫌は途端に急降下し、真理沙を睨みつける。


「別にいちゃついてないし。これが私と悠斗の日常だし」

「口より手を動かしてください」

「後から入って来たから知らないんだろうけど、この部活は、こういう感じなんだよね」


 どうして女同士の言い合いというのは、こうも不穏な空気を生み出すのだろうか。

 この空気で作業をするのだけは避けたい。

 悠斗は火花を散らす二人の間に割って入り、その身を壁にした。


「はいはい。作業しましょう作業。真理沙は、このまま頼む。奈々実も削り出し頼むぜ。お前にしか出来ないんだから」

「私だけ?」

「当たり前だろ。この中でお前が一番器用なんだから。期待してるぜー」

「おっしゃー!! 任せろ!!」


 いつもの調子に戻った奈々実は、作業デスクに戻り、装甲の削り出しと加工を再開する。

 どうにか場を納めた事に胸を撫で下ろす悠斗だったが、奈々実と真理沙のギスギスが続く事だけは勘弁してほしいと願うのであった。

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