存続の危機

 悠斗と阿澄の対決と時同じくしてもう一つの戦いが理事長室で繰り広げられていた。

 対戦者は、WAF部顧問永原香苗と私立浦野宮学園理事長、浦沢秀平だ。


「廃部って、待ってください!!」


 呼び出されるや、突然告げられたWAF部の廃部。

 顧問である香苗は、この理事長の決定に異議を申し立てているのだ。

 今すぐにも噛み付かんとする獰猛な猟犬の如き剣幕の香苗に、怯みながら理事長はおずおずとした口ぶりで理由を告げた。


「頑張ってるのは、分かる。それにあの神凪さんの息子さんと言う話だったし、悠斗君のポイントマッチでの成績も素晴らしい。存続はさせたかった。でもね、予算が掛かりすぎるんだよ」

「確かにそれは――」


 正論だった。

 それも言い返しようのない圧倒的な正論。

 理は自分にある。そう判断したのか理事長の声音が紡がれる度に落ち着きを取り戻していく


「学校所有のスーツや自分のスーツを持ち寄るフェアーズスーツ部ならともかく、WAF部は、予算の大半を学校に依存している。それにポイントマッチではなく、より資金のかかってしまうフリーマッチなのも痛い。実績のある部ならともかく今の状態では」


 理事長の主張は、至極全うだ。

 金の掛かる割に、何の実績も上げない。

 二人しか居ない部活に、金を惜しみなく投入するのは論外だ。

 香苗としても、食い下がろうにも反論が捻り出せない。

 完全な理論武装を突き崩すには、感情論しかない。

 苦し紛れでしかないが、今の香苗に残された武器はそれのみなのである。


「ですが――」


 しかしそれすら振るわせる気がないのか、香苗の声を理事長が遮った。


「気持ちは、分かるよ。私もアーマード・フェアーズは、好きだ」


 予想とは違う答えに活路を見出した香苗は、ここしかないと踏んで畳み掛ける。


「それならお願いします。あの子たち見込みあると思うんです。今までの子達とは熱意が違うんですよ。私もそう思ったから、またあの部の顧問をしてるんです。だから」


 今までは、口先ばかりの部員しか居なかった。

 理想は、声高に語るが、いざ目標を前にすると、その実現のためには、一切の努力をしない。

 怠惰を惜しまない連中ばかりだった。

 香苗が新人の頃に押し付けられる形で顧問になり、けれど生徒達は、口先ばかりよく動き、何一つまともな行動はしてこなかった。


 中身のない日々を何年も過ごして、ようやく部員が一人も居なくなり、廃部出来ると喜んだ矢先に出会ってしまったのがあの二人だ。

 最初は、疎ましかったが、すぐにその気持ちは彼等への愛情に変化した。

 悠斗も、奈々実も、自らの掲げた理想に怯まず進んでいく。

 傷ついても、力及ばなくても、諦める事を知らない。

 そんな身の程知らずな愚かさがいつのまにか移ってしまった。


 少しでもあの子たちの役に立ちたい。夢を叶えるために僅かばかりだけでもいい。手助けをしてやりたいと心の底から思う事が出来たのである。

 そんな自分にやれる事は、彼等の夢の舞台を奪わぬ事だ。

 せめてあの場所を守り抜いて、笑顔で励ましてやるぐらいしか出来ないなら、その役目は何が何でもやり通す。

 そんな覚悟を込めて理事長を見つめるが、彼が首を縦に振る事はなかった。


「すまないが、県大会で成績を残してもらわないとね」


 理事長からの提案は、あまりに残酷な物だった。

 それがいかに無茶かを理解している香苗からは無意識の内に、怒声が飛び出していた。


「埼玉が世界王者を輩出してる激戦区なのは知ってるでしょ!」


 埼玉県は、神凪雄二の出身地として世界的に有名で、観光資源の少ない県がこれを好材料として利用した。

 県が運営する大型バトルスペースの設置。

 アーツ・システムズと提携しての積極的なイベント運営。

 そして東京からのアクセスの良さ等が功を奏して、今では世界的にも強豪選手の多い激戦区として知られている。


 世界レベルの選手が集まる埼玉県大会で優勝を狙うのは、今の悠斗たちのレベルでは、無謀の極みだ。

 香苗も生徒を信じていない訳ではないが、楽観論者でもない。設定された目標は、あまりにも高過ぎる。

 しかし理事長の眼からは、この提案を曲げる事はない。そんな固い意志が溢れ出ていた。


「だからこそ、そこで成績を残せるならこっちとしても存続の価値が見出せる。結果を残してくれ」


 確かに県大会で優勝すれば、部存続の正当性は生まれる。

 けれど、それはあまりに生徒達には荷の重い話だった。


「――というわけ。次の県大会で優勝出来ないと廃部になる。ごめん。先生、守ってやれなかった」


 WAF部の部室で阿澄との戦いを終えて帰ってきた悠斗たちを前に香苗は不甲斐なさに押し潰され、今にも泣き出しそうな顔をしている。

 悠斗には、分かっていた。

 香苗が自分達の為にどれほど努力してくれたのか。

 力が及ばなかった事がどれほど悔しかったのか。

 

 けれど、香苗に非はない。

 全ての責は、悠斗にある。

 理想を掲げるだけで、結果が伴わない部活に、金を出す慈善事業をしているわけではない、という理事長の主張は、もっともだ。

 それに反論出来ない無力さも、全ては神凪悠斗の責なのだ。

 悠斗は、己の無力がこれほど恨めしく思えた事はなかった。


「ううん。俺が悪いんだ。弱いから……」


 全ての責任は、自分にある。

 その重圧に、破綻を懸命に堪えていた心が、悲鳴を上げていた。

 いっそこんな夢を持たなければ、どれだけ楽だったのだろう。

 他人に迷惑を掛けて、自分も苦しくなって、そんな夢に価値はあるのか?

 自己に問い掛ける悠斗を救ったのは、思わず微笑んでしまうほどに心地よい温度だった。


「悠斗」


 耳元で煌めく甘い音色が、ざわついた心を解きほぐしていく。気が付けば悠斗と奈々実は、香苗の胸に抱かれていた。


「三人で頑張ろ。絶対勝とう」

「先生?」

「大丈夫、悠斗と奈々実なら出来る。先生信じてるんだからね」


 これほど頼もしい励ましを悠斗は、未だかつて聞いた事がない。

 香苗という恩師に出会えた事。

 それだけでこの夢を持った意味はあったのかもしれない。

 信じてくれているのなら、その想いに答えよう。

 自分の夢は、今はもう自分だけの夢じゃない。

 奈々実や香苗にとっての夢でもあるから。

 悠斗は決意を新たにする。

 たとえ汚泥にまみれようと恥辱の海に沈もうとも、勝利を掴み、なんともしても三人の、この夢の場所を守るのだと――


「四人です」


 水を差してきた氷のように平静な声が悠斗の鼓膜を揺らした。


「盛り上がってるところ悪いのですが、私も居るので多分楽勝です」


 勧誘していながらすっかり新入部員の存在を失念していた。

 そして真理沙との経緯を知らない香苗は彼女を指差し、首を傾げる。


「誰?」

「転校生だよ。俺らよりむしろ情報入ってるでしょ。先生なんだから」

「ああ。確か結城さんだっけ。顧問の永原香苗です。よろしくね」

「結城真理沙です。よろしくお願いします」

「それで入部するの?」

「はい」

「アーマード・フェアーズ好きなの?」

「ええ」


 頷きながら真理沙は、大破したジークの胸部装甲板を引き剥がした。


「ちょっと!?」


 真理沙の奇行に、香苗が悲鳴を上げるも、この数時間で慣れきってしまった悠斗が香苗の肩を叩いた。


「いいのいいの。考えがあるみたいだから」

「はぁ!?」


 困惑を振り解けない香苗をよそに、真理沙は剥がした装甲板を見つめながらぶつぶつと声を漏らしている。


「やっぱり足りないなぁ。あと二倍は、欲しいかも」


 呟きを拾った悠斗は真理沙に近付くと、彼女の手から装甲板を取った


「もしかして装甲材が二倍って事?」


 真理沙が頷くと、悠斗は首を横に振った。


「そりゃ無理だ。予算がない」


 残り部費用は四万円。

 機体が大破してしまった今、外装を修繕した時点で予算オーバーとなるだろう。

 しかし真理沙の経歴を考えれば、この発案は部の存続に不可欠な物。

 こういう状況で頼るべきは年長者だ。


「せんせー」


 悠斗の甘ったるい声に香苗のこめかみが不機嫌に震えた。


「なに?」

「予算の増額おねがーい」


 悠斗の懇願を受けた香苗は、喉を鳴らして腕を組んだ。


「無理」

「どうしても?」

「さっきの話聞いてた?」

「うん」

「残りの予算じゃ無理なの?」

「保護用フレームもおしゃかだし、マークⅥを修繕するより機体を新造した方が」


 アーマード・フェアーズは、競技中の事故を考慮して、人体を完全に防護出来るフルアーマーのパワードスーツでなければ、出場を認めてもらえない。

 以前フェア粒子が人体に無害であるのを良い事に、部分的に装甲や保護フレームを取り外して、機動性を追求する改造が横行したのだが、事故が多発し、ルール改定により禁止された。


 競技故に、安全性には、極端とも言える気遣いがされている。

 だからフェア装甲だけでなく、実際に人体を保護するアーツ・システムズ社規格の保護フレームと保護用装甲、もしくはそれに準ずる強度を持った自作保護フレームと保護用装甲がまず必要となり、その上に試合用のパーツや装甲を重ねる構造にフェアーズスーツはなっている。


 悠斗達は、保護フレームや保護用装甲までは、さすがに自作していないので、目指す機体に合わせた既製品を購入すればいい。

 だがこれも当然ただではない。二~三万円するのがざらである。

 ここに各種パーツ類を合わせれば、四万円では新造するには予算が足りない。

 空から金が降ってくる。

 誰もが一度したであろう空想をここまで強く望んだ人間も今の悠斗以外には居ないはずだ。


「パーツなら用意出来ますけど」


 縋る思いの悠斗に差し述べられた救いの声。

 その音色を奏でてくれたのは、自作のスマートフォンを指差している真理沙であった。


「この手は、全部自作しているので、家にパーツが大量にあります。後で返してくれるなら使ってもいいですけど」


 渡りに船ということわざをこれほど強く実感した瞬間は、悠斗の人生で初めてである。

 悠斗は、真理沙の両手を自身の両手で包み込むように握り締めた。


「ありがとう!! 絶対返すからさ。よし保護フレームは自腹切る。じいちゃんから貰う小遣い積み立ててあるしな」


 ここで真理沙の協力が得られたとあれば、残りの問題は部長が背負うのが筋だ。

 悠斗は、残った貯金全額を保護フレーム代に使う覚悟を決める。

 本音を言えば、漫画やゲームなど、他に欲しい物もあるが、ここに来てフェアーズスーツ以外を優先するのはあり得なかった。


「これ使い回せば?」


 奈々実は剥き出しになったマークⅥの保護フレームを親指で指したが、悠斗は微笑んだ。


「いや、作りたい機体があるんだ。こいつじゃ少し細いし、どっちみちぶっ壊れるからもう使えない」


 真理沙の技術と自分のアイディア。

 二つを組み合わせればきっと作れるはずと確信していた。

 世界にも手が届きうる規格外の怪物ジークドラグーン・マークⅦを。


「ありがとうな、マークⅥ」


 ここまで戦い抜いてくれた戦友の頬に触れ、労うと


「あとは、弟にバトンダッチだ。お疲れ様」


 六番目の竜は、役目を終え、眠りについた。

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