対決

 悠斗の通う私立浦野宮学園には、アーマード・フェアーズ用のバトルスペースが設置されている。

 チューン次第では、時速数百キロで飛行させる事も可能なフェアーズスーツは、専用のバトルフィールド以外での使用が法律で禁じられていた。

 バトルスペースの外郭は、強化ガラスで出来ており、観戦も視野に入れて設計されている。

 内部は、設定されたバトルステージに合わせて変形する構造となっており、変形した構造体に、映像を投影する事で、実物と見紛う戦場を再現出来た。


 大会などでは、フェア粒子に反応する素材を用いたジオラマが採用される事もあり、この場合遮蔽物も攻撃で壊れるという戦略性とリアリティーが追及されている。

 スクリーン型で利用料金が一時間でおよそ千円。

 ジオラマ型は、維持費の関係上、一時間五千円という高額な使用料を取られる。

 これは高校生にはなかなか痛い出費だが、悠斗の父である神凪雄二は浦野宮学園の卒業生で、数年前学校にバトルスペースを提供する話を持ちかけ、校内に設置される運びとなった。


 以来WAF部とフェアーズスーツ部は、学校へ許可申請を出せばバトルスペースを自由に使える。

 バトルスペース前に会した悠斗たちWAF部とフェアーズスーツ部の一同だったが、顔全体に青筋を走らせて激昂する奈々実に、真理沙は、涼しい表情を、フェアーズスーツ部は、戦慄を、悠斗は、笑顔を向けていた。

 もうこれ以外の表情を浮かべる術を喪失したかのように。


「という訳で結城真理沙さんです。よろしくー」

「ていうか何で女の子!? なんなのあの子!!」


 気になるはずだ。

 奈々実は、昼休みにあった出来事を何も知らない。

 ここに至った経緯を説明する責任が悠斗にはある。

 だが、めんどくさかった。


「聞くな」

「何があったの!? ていうか何で女の子!?」


 悠斗からは、何も聞き出せないと察したのか、奈々実は、飢えた猛獣のような荒々しい足取りで真理沙に迫った。


「あの、私木村奈々実って言います。悠斗君の幼馴染兼親友です。もう一度言います幼馴染です。何をしているのか教えてください」

「私を取り合って、神凪君と阿澄さんが決闘するそうです」


 奈々実は、呻きのような咆哮を上げながら、悠斗を睨み付ける。その表情は、あの有名な絵画『叫び』の浮き写しだ。


「どういう経緯でそうなったの! ていうか何で女の子!!」

「好き好んでこんな状況に置かれたのではありません。後、女だと問題でも?」

「女の子なのは、大問題っつーか」


 何故奈々実が真理沙が女である事を問題視しているのかという点は、面倒な事になりそうなので悠斗は無視を決め込んだ


「おい、そろそろ勝負を始めたいんだが」


 焦れた阿澄の声に奈々実の形相は、悪鬼と化し、


「るっせハゲ!黙っとけ!!」


 阿澄の頬を一筋の雫が伝い落ちた。


「ルールは……お前達に合わせてフリーマッチだ。ただし負け……まげだら」

「おい声震えてんぞーアスミィ」

「だ、だ、たら廃部届を出し、結城君は我々の部に入る……」

「聞こえねぇよ!」

「煽るな奈々実! さすがにかわいそう!」

「それで……いいな」

「了解したわよ、ハーゲ」

「誰がハゲだ!?」


 阿澄の叫びに、奈々実は、彼の生え際を指差した。


「指差すな!!」

「悠斗、あいつ気にしてるよ。ハゲ」

「奈々実、ほっとけ。ハゲがうつるかもしんねぇぞ」

「きゃー。ハゲになるー」


 奈々実は、頭皮を両手で覆い隠すると、阿澄に背を向けて逃げ出した。


「お前達、先輩に対する敬意とか、そう言うものは、一切ないのか!! 大体お前達は――」


 喚き出した阿澄を放置して。


「お願い! 聞いて!」


 阿澄の懇願を無視して悠斗と奈々実は、試合の準備を始める。

 準備と言ってもやる事は、至極単純。自分のスーツを着てバトルスペースに入るだけだ。

 まず装着するのは、保護用フレーム。

 フレーム内部のふくらはぎの部分にある傾斜のついた足場に、悠斗は足を乗せた。

 フェアーズスーツは、時速数百キロの高機動で行われる競技であるため、着地などの際、足に掛かる負担が非常に大きい。

 アーマード・フェアーズ創成期は、保護フレームを以てしても着地の衝撃を吸収しきれず、選手が足首を負傷する事故が多発した。

 現在では、スーツの足首から下は、完全に機械化され、操縦者の足はスーツの足首より上に位置するよう作られている。

 それ故、スーツの平均サイズは二メートルと、装着者よりも大型だ。

 保護フレーム装着については、保護フレームが大会でも市販品が多く使われる関係上、全自動での装着が可能だ。

 しかし外装のフェア装甲部分となると話は別。

 自動装着なら外装にもそう言う機能を自分で付けなければならない。

 だがそんな技術が高校生にあるわけもなく、保護フレームの上から奈々実が外装を取り付け始めたが、毎度ここが中々の難関である。


「天地逆」


 胸の装甲板を逆さまに付けようとしたので指摘すると、奈々実は、ニカッと破顔して裏表を逆にした


「そういう意味じゃねぇんだけど!!」

「悠斗、試合大丈夫なの?」

「お前の頭が心配だよ」

「真面目にさ」


 悠斗の着る保護フレームにパーツを取り付けながら、奈々実が不安げを隠さなかった。

 悠斗自身、生身での戦いなら負けない自信はあるのだが、フェアーズスーツとなると話は変わってくる。

 自作のスーツで完成度の高い市販品相手にどこまでやれるのか。

 今までを考えれば勝ち目は薄い。

 だがここまで来てやっぱりやめましょうとは言えないのだ。


「任せろ」

「ねぇ、悠斗」


 不安に苛まれる友人を励まそうと力強い調子の悠斗を無視して、当の奈々実は阿澄達を指差した。

 悠斗が見やると、真っ先に目が行ったのは、阿澄の纏うスーツだ。

 澄み渡るスカイブルーの流線型の装甲。

 細い体躯に反比例する巨大な背部フライトユニット。

 つい最近テレビで見た事のある姿だった。

 フェアーズスーツの販売元アーツ・システムズが出した最新鋭機。


「ギルティ・ブラスト!」

「すごい!! ……の?」

「はい。凄いですよ、奈々実さん」


 阿澄の用意したギルティ・ブラストは、基本価格が四十万円はする高級機だ。

 前年の世界チャンピオン、クラウド・ハイドが監修した機体性能は、無改造でもフリーマッチ国内大会レベルで優勝を狙えると言われており、とても高校生の手が届く機体ではない。

 フェアーズスーツ開発者の息子である悠斗でさえ、実物を見るのは初めてであった。

 けれど、バトルスペースの事で金の話題を出して悠斗を罵倒したにしては、随分と大人気ない機体選択である。

 武装の購入金額も考えると、当然高校生が多少アルバイトしたぐらいで買える機体ではないから親にねだって買ってもらったのだろう。


「金に物言わせやがって。まったく安い奴だ」

「すごい強いの? ねぇ大丈夫なの?」


 奈々実の不安も無理はない。

 国内大会で通用する機体を持ち出されては、ジークドラグーンと圧倒的な性能差がある。

 それでも悠斗は、笑顔を返す事にした。

 奈々美の不安そうな顔を見たくはないから。


「心配すんなよ」


 奈々実にだけではない。何よりも自分に向けた言葉だ。

 ここまで来て不安材料しかない現状。心配がない訳がない。

 それでも一度勝負をすると決めた以上、逃げられない。

 もしもここで逃げてしまえば、アーマード・フェアーズに背を向けた事になる。

 無謀な戦いなのはわかっていた。だけど、アーマード・フェアーズからだけは逃げたくなかった。


「あれぐらい倒せねぇと、世界になんていけねぇっての」

「この程度の機体で行けると思ってるあたり、神凪君の脳は」

「さっきから男子のやる気そぐのやめようか、女子たち!」


 悠斗がフェイスアーマーを装着する。

 これから試合に臨むからというだけではなく、不安に押し潰されそうな顔を奈々実と真理沙に見せたくなかったから。

 スーツを纏った悠斗は、二人に親指を立ててみせると、バトルスペース入場用の射出カタパルトに足を踏み入れた。

 もうここに入ったら逃げられない。

 最初から逃げるつもりはなかったが、それでも恐れがないと言えば嘘になる。


「でも、逃げたくない……」


 一度逃げてしまえば、後はきっと簡単になってしまう。

 だから絶対に逃げる事は許されなかった。


「ジークドラグーン・マークⅥ 神凪悠斗出ます!」


 カタパルトのシャトル部分に足を乗せ、固定した瞬間、天井に取り付けられた青いランプが点灯し、ジークを纏った悠斗がバトルフィールド内に射出された。

 こうした入場時の射出の勢いを生かすのは、アーマード・フェアーズに置いて有用なテクニックの一つである。

 スラスターを噴射し、射出の速度を保ちながら飛行する。機動性の低い機体には必須とも言える技術だ。

 悠斗は、その基本通り背部のスラスターを最大出力で噴射する。


 フェアーズスーツの基本操作は、脳波コントロールシステムにより行われ、機体の姿勢制御などは、ある程度オートメーション化されている。

 さすがにこうした制御系に関係する部分は、高度な開発技術が要されるので、世界大会レベルでも自作をする人間は少なく、ジークドラグーンも市販品が流用されていた。


 悠斗は、飛行したまま、背中にマウントされた光学式ライフルを手にして構えた。

 空中における高機動射撃戦、これが現在アーマード・フェアーズの主流となっている戦い方だ。

 ジークの武装も、光学ライフル×一、光学ブレード×二となっており、機体重量を極力抑えた最低限の武装となっている。

 ライフルを構え、飛行していると突如、悠斗の眼前のHUDが警報を告げると同時に、悠斗が手にしていたライフルが突如炸裂を起こしたのだ。


「いきなりか。阿澄の野郎……」


 勢いよく飛び出した悠斗とは、対照的に阿澄は、カタパルト付近で地に足を付け、ライフルを構えている。

 阿澄は、悠斗の機体の空戦性能が高くない事を知っている。つまりカタパルト射出の勢いを生かして飛行せざるを得ない。

 阿澄は、それを見越して、自身の射出の勢いを殺し、地面に着地。悠斗を狙撃したのだろう。


 だが悠斗にとっての脅威は、阿澄の読みの精度ではなく、カタパルト射出の勢いを完全に殺し切れるギルティ・ブラストの飛行性能だ。

 カタパルト射出の速度は、時速百キロを超える。

 それだけの加速度を瞬時に相殺してしまう出力は、伊達に最新鋭ではないという事。

 そしてそれは、悠斗と阿澄の圧倒的な機体性能差を如実に示している。

 遠距離武装が奪われたのも非常に手痛いが、このまま負けを認める訳には行かない。


 悠斗は、破損したライフルを投げ捨てると、腰の左右にマウントされた光学ブレードを両方引き抜いた。

 懐中電灯のような形状の柄から青白く輝く一メートル程の細い刃が形成される。

 敵は空戦型の中でも速度を追求したタイプ。

 近接光学武装の直撃には耐えられない。


 悠斗は、背部スラスターの出力を最大に上げ、阿澄へと一直線に突き進む。

 対する阿澄もフライトユニットから猛炎を吹き出し、空へと登った。

 その速度に悠斗の目が眩んだ数瞬、瞬き程の間に、阿澄は。悠斗の上を取っていた。


 頭では、理解している。反射でなら体も動く。にも拘らず阿澄についていけないのは、悠斗の使っているジークの機体性能が、悠斗の思考と身体に追いついていないから。

 悠斗の反応から数テンポ、動きがずれて反映される。

 それは致命的とも言える隙を晒していた。

 阿澄もポイントマッチでは県大会で好成績を収める腕前。

 好機を見逃すほど、愚かでもなければ鈍くもない。

 ギルティ・ブラストのライフルから躍り出た閃光が、ジークドラグーンのスラスターを溶解する。途端にジークドラグーンは姿勢を崩し、地面へと打ち付けられた。


「ダメだ。性能が違い過ぎる……くそっ」


 ついて出たのは、絶対に吐きたくなかった弱音だ。

 性能のせいにはしたくなかった。しかしあまりにも違い過ぎる。


「機体だけじゃない」


 銃口と抗えぬ現実を共に突き付けるギルティ・ブラストの向こうで、きっと阿澄は勝ち誇っているに違いない。


「パイロットもだ!!」

「くそ!!」


 一年前のあの時とは、真逆に――


「たいーむ」


 気の抜けた真理沙の声がバトルスペースに木霊した。


「あの……真剣勝負の最中――」

「ハゲ会長さん。五分ください」

「ハゲじゃねぇっつってんだろぉ!!」

「名前なんでしたっけ? ハゲとしか呼ばれていないからそう記憶してしまっていて。まぁとにかくタイムで」


 有無を言わせぬ真理沙の平静な気迫に押されたのか、阿澄は舌打ちと共に銃口を下し、入出口となるカタパルトへ向かった。

 悠斗も大破寸前のジークと共に引きずるようにバトルスペースを出ると、出迎えてくれた真理沙の肩に右手を置いた。


「助かったよ結城さん。だけど……」


 五分時間を貰った所で戦況は絶望的だ。

 遠距離武装を失い、スラスターも損傷していてまともに飛べない。


 ――もう無理だ。諦めるしかない。


 そんな心中の呟きを――


「あきらめるのなんて誰でも出来るじゃないですか」


 真理沙は、見透かしたかのように一蹴してきた。


「勝算が僅かでもある限り、常にそこへ向かい続けられる人が世界に行けるんです。悠斗君。あなたがフリーマッチに転向したのはなぜですか?」

「俺は……」

「あなたのポイントマッチでの活躍は知っています。激戦区の日本大会で四位入賞の好成績を収め、翌年度は世界大会出場が確実視されていたのにフリーマッチに転向」

「どうしてそれを?」

「アーマード・フェアーズファンの間でちょっとしたニュースでしたから。アメリカでもね」


 ポイントマッチでの悠斗は、ちょっとした有名人だった。

 ジュニア大会ではなく、大人に交じって全国大会に出場し、中学三年の時には、全国大会ベスト四。

 全国大会の三位入賞者までが国の代表選手として世界大会への出場権を得られるのだから、あと一歩のところまで世界が見えていたのだ。

 だが悠斗は、高校進学と同時にフリーマッチに転向。

 メディアからの取材で、その理由を尋ねられた事もある。


「どうして転向したんですか? 世界だって確実だったポイントマッチよりも、フリーマッチを選んだのは?」


 メディアには、フリーマッチに興味があるからと、そつのない返答をするに留めていた。


「くだらねぇ理由だよ」


 だが真理沙には、そして奈々実には正直に話す必要がある。

 それがどれほど愚かな理由であっても。


「俺、昔から武術やってたんだ。親父方のじいちゃんがすごい達人でさ。自分の流派を立ち上げてて、門下生も何万人もいて。俺も物心付く前からやってた。俺結構強いんだぜ。試合したら大人相手でも勝ててさ」


 祖父から受け継いだ天賦の才。

 努力すれば必ず応えてくれる事が嬉しくて、また努力する。

 際限なく強くなれる。そんな錯覚すら抱いた事もあった。


「親父は、フェアーズスーツ作ってて、その縁で俺もガキの頃から遊んでて。そっちも結構強かった。中三の時には、全国ベスト四になれた」


 雄二は、悠斗の機体を特別性能良く仕上げていたわけではない。

 市販品を悠斗の操縦癖に合うようチューンナップするポイントマッチ規定内の必要最小限の改造しかしなかった。

 機体に改造余地があまりないルールだったからこそ、親の七光りや特別扱いといった批判を受ける事もほとんどなく、他の選手や世間も正当に実力を評価してくれていた。

 武術も、ポイントマッチも、自分の望んだだけの物が簡単に手に入る世界だった。


「でも満たされないんだ。試合でもポイントマッチでも」


 望みどおりに上手く行くからではない。

 ひたすらに喰い足りない。物足りない。

 食べても食べても飢えていく。

 何を手に入れても満たされない。


「命のやり取りとまではいかないけど、ぎりぎりの戦いがしたい。相手を実際に壊して、こっちも壊されて、ガツンと衝撃が伝わってくる。肉と骨がきしんで、脳みそがとろけるような」


 野生。

 獣性。

 人の持つ遺伝子の最も凶暴な部分が今までを許してくれなかった。


「そんなギリギリの戦いがしたかった」


 より強い刺激を欲して止まなかった。


「試合もポイントマッチも安全に配慮されてる。それは当然そうなんだ。でもだからこそどっちも本気は出せない。本当の意味で死力を尽くせない」


 悠斗は痙攣する右拳を握りしめ、黒い笑みを浮かべた。


「だから実際に相手を破壊することができるフリーマッチに憧れてた。ガキの頃からずっと、ずっと……分かってんだよ。頭おかしい事ぐらい。でも」


 自分の胸倉を鷲掴みにし、嘲笑を浮かべる。


「でも、この滾りを消せるんじゃねぇかって。俺の中で燻ってる何かがぶっ壊れんじゃねぇかって」


 それでも欲望を無視する事が出来なかった。

 直視するしか出来なかった。

 きっと離れていってしまう。

 そんな風に思っていたのに真理沙は表情を変えず、


「理由があるなら、それがどんな理由だっていいんじゃないですか?」

「それだけは、新入部員に同感。あんたの事、何年見てると思ってんの? そんなの分かった上で、私は、ここに居るの」


 そして奈々実もいつも通りの笑顔を浮かべている。


「奈々実……結城さん?」


 どうして?

 そんな胸中の疑問を察したかのように真理沙が口を開いた。


「何も人を殺したいというわけではないんですから、おかしいとは思いません」


 そう言って真理沙はジークの廃部装甲を引き剥がして道具も使わずに修理を始めた。


「大なり小なり、そういう要素を持っている人間でなければこういうスポーツで強くなることは出来ないでしょう」


 饒舌な唇よりも指先はよく動き、千切れた配線を繋いでいく。


「闘争心は、狂気ばかりを生むわけではない。理由もなく漫然と生きるのは、悪です」

「所詮遊びに、なに熱入れてんだとは思わねぇの?」

「私は、遊びで遊ぶ人間よりも、本気で遊ぶ人間の方が好きですよ」


 真理沙の口元に、ほんのりと笑みが差し込んだ。

 悠斗が桜色の唇に見惚れていると、真理沙は剥がした装甲材を取り付けて、作業の手を止めた。


「武装は、まだ光学ブレードが残っていますね。スラスターも応急修理ですが、飛べるでしょう。あとはあなた次第です」

「俺?」

「私を勧誘したからには、私を繋ぎ止めるに足るものを見せてください」

「悠斗。この人の言うとおりだよ」

「奈々実?」

「諦めるのは、らしくない。武術じゃ勝ち目の薄い大人にだって、食らい下がってたじゃん。こっちでも出来る。悠斗なら絶対に」


 狂犬。

 祖父にすらそう言わしめる闘争本能を二人の少女はまっすぐに受け止めてくれている。

 修理を受けてもジークの姿は痛々しい。

 全身の装甲が痛めつけられ、内部機器が剥き出しになっている。

 試合を続けたところで逆転の女神が微笑むとは思えない。

 それでも果たさなければならないのだろう。

 彼女たちの期待に応える義務があるのだろう。

 修復された、しかしなおも満身創痍のジークを纏って、悠斗がカタパルトに足を乗せる。

 ここから先の戦いは、何が出来るかではない。

 二人に託された想いを受け止めて、何をするかだ。


「行くぞ。ジーク」


 カタパルトに撃ち出され、バトルスペースに飛び込んだ悠斗の身体は――


「何!?」


 突風となって駆け抜けた。

 視界の色が溶けて、混ざり合っていく。

 自分がどこを飛んでいるのか、どんな状況に置かれているのかを視覚では判断出来なかった。

 圧倒的な初速に、悠斗の三半規管が痛めつけられる。


「なんて出力だ! 抑えらんねぇ!!」


 白き竜は、まさにその名の如く、猛るように空を駆けている。

 まるで今まで飲み干してきた鬱憤を推進力にしているかのようだった。

 制御など到底出来てはいない。

 飛んでいるというよりも暴走という表現が近いそれを眺める阿澄の焦燥が、熱気となり、蒸らされたフェイスガードの中で汗が頬を伝い落ちる。


「なんだあのスピードは……あの神凪が制御出来ないだと?」


 誰よりも悠斗を近くで見てきた奈々実にも眼前の光景は規格外として映っている。


「素人目に見てもいつもと動きが違う」


 機械に疎い奈々実ですら、今のジークが尋常でない事は理解出来る。

 自分と悠斗が作って来た物にこれほどの力はなかったはずだと。


「あなた何したの?」


 その元凶を奈々実が見やると、


「ジェネシス機関の出力ラインとバランサーを弄りました。元が元だけに大したスペックアップは出来ていませんが」


 真理沙は、ほんのりと笑みを零した。


「まぁ市販品程度、遅れは取りません」


 暴風に等しい挙動の中でしかし悠斗は自分のすべき事を認識していた。

 眼前の敵を倒す事。結城真理沙と言う規格外を繋ぎ止める事。


「行くぞ!!」


 掛け声とともに空中で意志している阿澄のギルティ・ブラストへと悠斗の狩るジークが襲い来る。

 光学ライフルの銃口を向け、阿澄が引き金に指をかけると、銃身が切断され、爆炎を伴ってギルティ・ブラストを飲み込んだ。


「この機動性は!?」


 阿澄の驚愕をよそに悠斗は動揺していた。

 今の一撃で頭部を切り裂き、勝利しているはずだったのだ。

 しかし機動の制御が思うように効かず、敵のライフルのみを切り裂く結果に終わってしまった。


「機体が暴れやがる……」


 今までのジークと同じようにしていたのでは乗りこなせない。

 一緒に戦えない。

 ジークに自分を合わせていたが、今回は自分にジークを合わせる作業だ。


「こうか!!」


 悠斗は、両足を突き出すと、ジークの足裏からスラスターの噴射炎が吹き出した。

 圧倒的なブレーキ力が機体の完成を殺し、空中でようやく静止する。

 そんな悠斗とジークの姿に、この場で最も感慨を覚えるのは敵であるはずの阿澄だった。


「さすがは、神凪。この短時間で修正してくるか。そうだ。俺の戦いたかったお前は、これだ。さぁあの時の決着をつけよう!」


 阿澄が思い返すのは、去年行われたポイントマッチ県大会の決勝だ。

 全国大会への切符を掛けた勝負を制したのは悠斗で、阿澄は苦渋を飲まされている。

 結局阿澄は夏の大会でも優勝を逃し、全国大会出場は水泡に帰してしまった。

 阿澄にとって、神凪悠斗は因縁の相手かもしれない。

 だが――


「もう付いたよ」


 それは絶対不可避の速攻。

 常人の反射神経、その知覚の外。

 ジークの繰り出したブレードの一閃がギルティ・ブラストの胸部装甲を貫いていた。

 悠斗の目標は、もっと上。世界だ。

 だからここでは立ち止まれない。

 ギルティ・ブラストが撃破を示す爆発エフェクトに飲み込まれるとともに、ジークは全身から黒炎を吹き出しながら地面に墜落した。

 HUDには、機体損傷の警告が表示されており、パワーアシスト機能もダウンしている。

 機能を完全に停止したスーツは数百キロ超の重しに過ぎず、身動きの取れない状態になっていた。


「オーバーヒート起こしてやがる。機体がついてこれねぇか」


 いくらポンコツとは言っても、オーバーロードで機体が爆散するとは想定していなかった。

 しかしそうではなくては困るのだ。

 悠斗の想定通り、想像力の範疇を出ないのであれば世界を狙う事は出来ない。

 ジェネシス機関と言う動力の可能性と同時に、


「でも見てみてぇ。アイツの造る怪物を」


 結城真理沙の生み出す怪物への期待が悠斗の闘争本能をより一層微笑ませた。

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