勧誘

 同日 午後十二時三十分。


 昼休みになり、部室で真理沙と二人並んで、悠斗は、ジークドラグーンの前に立っていた。


「これがジークドラグーン・マークⅥだ」


 悠斗と奈々実の汗の結晶。

 青春の輝きを閉じ込めた傑作を見た真理沙の感想は――


「えらいレベルが低いですね」


 全く予想と違っていた、訳でもなかった。

 何故ならマークⅥは公共のバトルスペースを利用する際に、小学生相手にもバカにされる貧相な完成度なのだから。

 敗戦の度に、つぎはぎだらけで左右非対称になっていく機体。

 そんな物をまぁ素敵と言ってもらえると思うほど、悠斗はめでたい性格をしていない。


「明らかに素人が作った感が」


 しかし辛辣なコメントに何も感じないわけではない。

 悠斗は高校一年生。

 たとえ真実であっても強烈な批判を受ければ、心はガラスよりも脆く砕けるのだ。

 これには黙っている事も出来ずに、悠斗は思いつく限りの懸命の反論を試みる。


「今壊れてるからだよ。直したら――」

「なぜ壊れたんですか。という質問をしようと思いましたが愚問ですね。これで一度でも勝った事ありますか?」


 大学出の洞察力の恐ろしさ足るや、常軌を逸している。

 高校生をやるより、いっそ探偵でもやった方が良いのではないか。

 そんな現実逃避をしてみる悠斗だが、会話の流れとマークⅥの状況を見れば、完全無欠の戦績でない事ぐらいは分かるだろう。

 逆の意味で完全無欠だが。


「ないです」

「奇跡って起こらないんですね」

「うるさいな……」


 ここに来て露呈した真理沙の本性。

 意外にも毒舌家であるらしい。

 口の悪さを自覚している悠斗でさえ、こうも人の心を穿つ言葉のみを述べる事は出来なかった。

 いっそ失恋の痛みの方がマシかもしれない。

 そんな激痛に胸を縛られていると、突然真理沙がマークⅥに近付いた。

 近くで見てさらに毒を吐くつもりなのかと戦慄する悠斗だったが、真理沙の行動はそんな予想すら生温い恐ろしい行為だった。

 いきなりマークⅥの胸部装甲に手を掛けたと思った矢先、それを引っぺがしたのだ。

 躊躇いすらなく、容易く、苦労して直した装甲を剥がす美少女。

 細い腕のどこにそんな力があったのか。そんな考察すら許さない惨状が悠斗の目の前にあった。


「ああ!! 折角直したのに!!」


 悠斗の絶叫すら真理沙の耳には届いていないらしく、がむしゃらに胸部装甲を剥がし続けている。

 恐らく内部構造を確かめたいのだろうが、それにしてもやり方という物があるはずだ。

 部室に来てからまだ二分。

 数時間前の真理沙との出会いを後悔している悠斗がここに居た。

 このまま放っておけば、どこまで甚大な被害をもたらされるか分かった物ではない。

 そう考えて真理沙へ静止を呼びかけようとした瞬間。


「これも自作ですか」


 無慈悲な破壊の手を止めて真理沙は言った。

 ジークを見れば、既に装着者の保護フレームすら取り外され、動力炉が剥き出しの形になっている。

 さすが理系だけあり、手が早いと不本意に関しつつも、真理沙が本物である事を悠斗は悟った。

 彼女が示しているのはジークの動力炉だ。

 これに着目する辺りが真理沙の経歴が嘘偽りないという証明だろう。

 父の発明が天才を注目させている。

 それが誇らしくて、悠斗は嬉々として語り出した。


「それは、俺の父が作った物だよ。ジェネシス機関って言って、フェアーズスーツ開発初期に作った試作型の動力炉なんだ」

「これが……あの……」

「知ってるの?」

「噂で聞いた事があります。最初期に試作されたけど、市販品には、出力が高すぎて採用されなかったとか」

「そうそう。無限の可能性がある。ってのが、それくれた時の親父の台詞」

「なるほど」


 呟きながら真理沙は、ジェネシス機関に視線を浴びせ続けている。

 まるで宝石でも眺めているかのようだ。


「どう?」


 悠斗が尋ねると、真理沙はようやく視線をジェネシス機関から外して、悠斗を見やった。


「さすがに、この動力炉は、すごいですね。伊達に競技創設者の作じゃない。出力は?」

「データあるよ」


 悠斗は、工具の散乱する作業デスクからノートパソコンを発掘すると、記録していたジェネシス機関の実働データを真理沙に見せた。

 通常では考えられない数字が並んでいるのは、悠斗にも一目で分かる程であり、専門知識を持つ真理沙が驚嘆の声を漏らしたのは言うまでもない。


「すごい。フルカスタマイズの世界大会用の機体すら上回ってる」

「すごいでしょ」


 悠斗が満面の笑みを浮かべると、真理沙は咳を一つだけしてから向き直った。


「でも宝の持ち腐れですね。これを扱うのは、高校生どころか、本職の技術者でも難しいでしょう」


 真理沙の言う事は、正論だ。

 悠斗と奈々実は、ジェネシス機関の性能を生かしているとは言い難い。

 期待値通りの出力をジークが発揮した例は、一度もなかった。

 むしろ高すぎる出力に、機体が追い付けず、今まで最大出力での稼働をした事がない。

 並の高校生が扱う事は、出来ない。

 しかし、真理沙の発言には、例外が設けられている。

 その微かな機微を悠斗は、本能的に悟っていた。


「君は?」


 並みの高校生には、無理かもしれないが、例外はある。

 もしも大人以上の能力を持つ人間だったら。

 それが世界でも有数の工科大学で学んだ頭脳の持ち主ならば。


「君なら扱える?」


 そんな人間だったらあるいは。

 期待を込めて返事を待つと、悠斗の考えていたよりも、はるかに早く返ってきた。


「私なら扱えると思います」

「ならさ、入部しない?」


 悠斗の問いに真理沙は首を傾げた。


「私が?」

「俺じゃ限界があるのは自覚してる。ジェネシス機関は扱えない。だから君に入ってほしいんだ」

「いいですよ」


 良い返事がもらえる事は、確信していた。

 彼女は、ジェネシス機関に強い興味を示している。

 けれども了承が、こんなにあっさりとしているとは、悠斗も想像の外であった。

 アニメや漫画なんかでは、ありがちな、新しい仲間が入部するまでの紆余曲折もない。

 ここまで来ると張り合いがないのを通り越しているが、何にせよ返事の色が良いというのは、めでたいし、現実なんてそんなものだ。


「本当!? やったぁ!」


 悠斗の歓喜の声は、部室に揺蕩う暗雲を晴らすように轟いた。

 部員が増えてくれるだけでもうれしいのに、入ったのは、超天才の美少女だ。

 この場合喜びの比重は、超天才よりも美少女の方が大きい。

 これからは、毎日一緒。

 上手くすればスーツだけじゃなく、子供の制作行為に臨める可能性もある。


 どうしょうもない妄想に身をやつしながらも、こちらの開発は、焦るべきでないと自制しつつ悠斗は、真理沙と共に迎える放課後が楽しみで仕方なかった。

 なにせ実現出来なかったジークの設計や武装プランは、山のようにある。

 どれから手を付ければいいのか迷う程に。

 だからそう言った改善案の話をするのが今から待ち遠しいのだ。

 全ては、放課後。あと二時間程の我慢で夢に大きく近付く事が出来るかもしれない。

 そんな期待が破裂しそうな程、悠斗の中で膨らんでいた。


「じゃあ放課後、早速こいつを改造しよう」

「これを改造するのは、やめておくべきです」


 悠斗の提案に対する真理沙の反応は、またも想定外の物だった。

 ここに来て否定的な態度を取られるとは思ってもいなかった悠斗が混乱するのも無理はない。


「なんで!?」

「不出来だからです。これ以上改造の余地はない」

「はっきり言うな……」

「事実ですから」


 確かに事実かもしれない。

 自覚がない訳でもなかった。

 それでも客観的過ぎる意見と言うのは、受け止めるには少々辛い物だ。

 大抵はこうした判断を突き付ける時、多少なりともオブラートに包むものだ。

 でも結城真理沙は、言葉を選ばない。

 良かれ悪かれ、真実を口にする。


「これなら機体を新造した方がいいでしょう」


 設計からやり直す方が早いというのは、そうだろう。

 だがこのアイディアには問題がある。

 真理沙の提案を阻む最大にして究極的な問題が。


「実は――」

「何か?」

「あんまし、予算がないんだよ」


 金。

 資金。

 現ナマ。

 これがなければ、この世では、何も出来はしない。

 シンプルにして明快。

 残酷で冷徹な資本主義の現実だ。

 圧し掛かる問題の根源に、悠斗は、頭を抱えた。


「残りはいくらですか?」

「十五万円……」

「これにいくらつぎ込んだんですか?」


 答えたくない。

 きっと答えれば、真理沙の巨砲が撃ち出される。

 直撃に耐えられるか?


「二十万円……」

「無駄遣いの極致として世界記録に認定されるかも」

「そこまで言うか」


 予想以上にシニカルな真理沙の反応に、悠斗は、身体から何かが抜け出るような錯覚を覚えた。

 或いは、これが魂という物かもしれない。

 悠斗は、まるで糸が切れたマリオネットのように、その場に崩れ落ちた。


「すいません。気に障りましたか」


 謝罪らしく聞こえる真理沙の台詞だが、上から見下ろして気遣われても、何も伝わってこなかった。

 ついでに、語調から特に謝意も感じない淡々としたものなら、なおさらである。


「心がもう大破してる」

「脆いですね。装甲を厚くするべきです」

「そう簡単に厚くなれれば」

「苦労はないな。神凪」


 愉悦に満ちた声を響かせて、部室に乱入してきた長身痩躯の男が一人

 名を阿澄一太郎。フェアーズスーツ部の部長を務める三年生だ。

 成績優秀。

 品行方正。

 甘いマスクは、女子生徒からだけではなく教師陣からも好評だ。

 しかし彼の実体は、悠斗に言わせれば意地の腐り曲がった猫被りという所で、事実嫌がらせ行為をWAF部に繰り返している。


「あ、ハゲ」


 唯一の欠点であり、本人も気にしている額の広さを指摘してやると阿澄は前髪を額に撫でつけながら顔色を赤くした。


「誰がじゃ!」

「あんたじゃ」

「指差すな!」

「何の用ですか、阿澄先輩」

「お前じゃない。そこの転校生に興味があるんだ。君は、アメリカの工科大を飛び級で卒業してるとか」

「もう噂になってんのかよ」


 大方教師陣から聞いたのだろう。

 彼等がアメリカの一流大学を出た帰国子女の話で盛り上がる様は、容易に想像出来る。


「こんな背部寸前の塵芥より、我々フェアーズスーツ部のほうがより、君の才能を生かせると思うがね」

「でもわたし、ハゲは生理的に嫌いなの」


 悠斗が真理沙の声を真似すると、さすがにばれたらしく阿澄が悠斗を睨み付けた。


「俺は、デコが広いだけだ!」

「毛髪の面積が少ないのは認めるんですね」


 真理沙の援護射撃に阿澄の両肩ががくんと落ちた。


「君も初対面なのに、容赦ないなぁ!」


 しかしすぐさま体勢を立て直すと、阿澄は前髪を弄びながら微笑んだ。


「まぁいいさ。それなら彼女を賭けて、フェアーに決着をつけよう」

「――え、うまいこと言ったつもり?」

「いいからやるぞ!」


 阿澄の気迫に、悠斗の中で普段燻っている闘争心すら嘆息交じりに飽きていた。

 とは言え、無視した所でしつこくされるのも目に見えている。


「分かりましたよ……」

「よーし!!」


 悠斗の辟易とした同意だったが、阿澄は、無邪気に笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る