結城真理沙
四月二十一日 午前八時五分。
現在、悠斗にとって学校と言う場所は、勉学に励む場所ではなく、自分のフェアーズスーツが置いてある場所だった。
WAF部に与えられた部室は、フェアーズスーツ部の半分の広さしかない。
三階の角部屋。
日当たり最悪。
電源も少なく、床にはドラムコードと延長コードの線路が網の目状に走っている。
制作用の機材に関しても、先輩たちが残していった物が中心だが、まともな手入れはされておらず、壊れている物が大半だ。
荒れ放題の部室に比べると、子供が適当に詰め込んだおもちゃ箱の方が余程綺麗に整理されている。
無論二人には、この混沌と化した部屋を今更片付けて使おうと言う意志はなく、顧問の香苗もそういう点では甘い性格で、二人に部室の整理を要求した事もほとんどない。
悠斗と奈々実は、鞄を工具に占領された机の上に投げ捨てると、ジークドラグーンの破損個所の確認を始めた。
幸いにも内部パーツへのダメージはなく、破損した装甲板を取り換えるだけで修理は完了となる。
「そっちどうだ、奈々実」
胸の装甲板を張り付けながら聞くと、背部を担当していた奈々実が親指を立てながら高く掲げた。
「いい感じ。何とか修理完了」
奈々美の作業を確認する為、廃部に回り込んだ悠斗が見たのは、上下逆さまに取り付けられた背面装甲だった。
「してねぇだろうが!!」
「だってよく分かんないんだもん!」
父親がアーマード・フェアーズの開発者である悠斗とは対照的に、奈々実は全くと言っていいほどこの競技との接点はない。精々悠斗と幼馴染である事ぐらいだ。
それなのに奈々実は、悠斗と一緒にこの部に居る。これで機械系の知識に富むなら分かるが、生憎と理系は、大の苦手ときている。
取り柄と言えば手先の器用さだが、頭の方がどうにも不器用な作りをしているらしく、このような単純ミスが大変に多い。
背中の装甲を正しく取り付け直した悠斗は、ジークドラグーンから三歩下がってその雄姿を見つめる。
雄姿というには、あまりに継ぎはぎだらけで、体型のバランスも悪い。客観的に、はっきり言ってしまうと不恰好だ。
しかしどうだろう。
主観的に眺める悠斗にとっては、これ程かっこいいメカは存在しない、
本気でそう思えていた。
「ぼろいね」
現実を突き刺す奈々実の声に悠斗の怒気が表情に浮き上がった。
「壊れかけの機械ってのは、浪漫があるんだよ! 退廃の美学っていうか」
「あたしは、綺麗な方が好き」
この感覚の差は男子と女子の価値観の差なのだろう。
「あっ……そう」
悠斗が説得を諦めると同時にチャイムが鳴り響いた。
「そろそろ教室行かないと」
「だな」
悠斗と奈々実は、クラスが違う。
悠斗がA組で、奈々実がC組だ。
二人が別れて、それぞれの教室へと向かう。
そんな何げないいつもの日常のはずが、悠斗のそれは少し違っていた。
「本日は、転校生が来ています」
一年A組の担任教師、酒井紀仁から告げられたニュースに、A組の教室を小さな驚きが支配した。
一年生が入学から一ヶ月もせずに転校してくるというのは、中々のレアケースである。
けれど悠斗には、さほど興味を引く話題ではなかった。
頭の中を駆け巡るのは、差し迫った県大会とそれに向けたジークの改造プランだけ。
それ以外の思考が働く場所は生憎と確保出来そうにはない。
「結城真理沙君だ。どうぞ」
酒井がそう呼ぶと、一人の少女がしとやかな歩調で教室に入ってきた。
その途端に部屋中の大気が一気に華やぐ。
思考は、全てアーマード・フェアーズに捧げる。
悠斗の宣言は、たったの数秒で破られた。
視界に飛び込んできた転校生の理不尽なまでの美しさによってだ。
くりっとした丸い瞳。
厚すぎず、薄すぎない理想的な唇。
通った鼻筋。
完璧なバランスで整えられた顔立ちだった。
そしてスタイルも到底同じ日本人とは、考えられない程、胴体が短くて足が長い。
モデルのような骨格でありながら肉付きは適度であり、制服の上からでも胸の膨らみをはっきりと確認出来る。
何より印象的なのは、歳とはかけ離れた彼女の雰囲気だった。
見た目は十代中盤の少女の物だが、その醸し出す空気が、まるで香苗のような年齢の女性を前にしている、そんな錯覚を覚えさせる。
結城真理沙。
突然現れた美少女を前に、男子生徒は、唾を飲み、女子生徒さえも息を飲んでいた。
神凪悠斗も例外ではない。
奈々実も顔だけなら決して負けてはいないだろう。
幼馴染の贔屓目を抜きにしても彼女は美人だ。
だが悲しい事に、胸がない。
それ以外のスタイルも劣ってはいないが、やはり胸がない。
悠斗は、奈々実へ同情すら通り越した憐れみを抱いていた。
何故ならそれほどまでに、今黒板の前に立つ少女は、世の不公平を体現した存在なのだから。
「彼女は、アメリカに留学していたので、日本には、不慣れな面もある。みんなで支えてやるように」
日本では、肥満の元とバカにされるハンバーガーとコーラだが、適正な摂取がこのような芸術品とも云うべきプロポーションを生み出すのだとしたら、その価値も一考の余地ありと言えるだろう。
無論、彼女がファストフード浸りだったというのは、食の欧米化が進んでからプロポーションの良い日本人が多くなった辺り、決して信憑性の薄い推理とは言えないのだ。
その割にハンバーガーとコーラ大好きな奈々実は、あのスタイルだが何事にも例外はある。
どちらにせよ、真理沙には効果があった。それは事実である。
――ありがとうアメリカ。
悠斗が合衆国への限りない謝意を抱いていると、アメリカ文化が生んだ美の結晶は小さく会釈した。
「よろしくお願いします」
帰国子女という物を初めて見る悠斗だったが、日本語の発音にまったく違和感はない。
それどころか、真理沙の声はどこかガサツさを感じるクラスの女子とは違い、これぞ大和撫子という風情で桜の香りが漂ってきそうだ。
スタイルは、欧米式でも、日本人らしさというのは、遺伝子に刻まれているのだろうか。
アメリカ帰りという話が信じられない程、所作から和の雰囲気を感じさせる少女だった。
真理沙が暫ししてから頭を上げると、突然酒井が悠斗を指差した。
変態的な考えの渦巻く思考が漏れたのか。
そんなあり得るはずもない錯覚が、疑惑が、悠斗の感情を支配していく。
「悪いけど、席は、一番端の後ろなんだ。大丈夫かい?」
「はい」
何の事はない。彼女の席の話か。と安堵するも、心が平静を保てたのは刹那にも満たない時間に過ぎなかった。
何故なら一番後ろの端は、今悠斗の座っている席だ。
よくよく見やると、前の机が空いており、毎日見ている同級生、九条君の背中が空いた机を一つ挟んだ向こう側の机から見えている。
つまり酒井の話を総合すると、悠斗の後ろに新しい机が置かれ、ここは、本来結城真理沙の席だ。
だが転校生が来る事を知らず、さらにはアーマード・フェアーズで頭が一杯になっていた悠斗は、自分の机が前に一つズレ込んでいる事に気付かず、真理沙の席に座っているという事だろう。
些細なミスだがクラスメイトの前だと、どうにも気恥ずかしい。
茶化してネタにするのも悪い手ではないが、滑った時に倍増するダメージを考え、無言で席を立ち、明け渡すのが正解だろう。
悠斗は、口を堅く結んで机から下げたカバンを手に取り、一つ前の空っぽの席に座った。
悠斗が前にずれたのを確認してから、真理沙は、自分の机に向かって歩き出した。
一歩一歩近づく度に増してくる鼻を撫でる香水の、しかしキツ過ぎない匂いが心地よい。
やはり悠斗も元気な男の子。
アーマード・フェアーズと同じぐらい美人が大好きなのだ。
だからこそ悠斗はタイミングを見計らっていた。
チャンスは、真理沙が椅子に腰かける瞬間。
最初に与える好印象が今後のアプローチの可否を大きく左右する。
真理沙が机の脇に鞄を下げ、椅子に座った瞬間、悠斗は手を出しながら声を掛けた。
「よろしく、神凪悠斗です。何か困った事があれば言ってね」
丁寧なあいさつと精いっぱいの微笑み。
そしてアメリカ帰り相手には、有効と思われる握手。
真理沙は悠斗の予想通り、自然に手を握り返して来た。
「よろしくお願いします」
真理沙の語調は、淡々としているが、しかし悠斗は、初手を失敗したとは思っていない。
印象が悪くなければ何とかなる。そんな確信があったのだ。
実のところ、悠斗は、幼い頃からかなりモテている。
顔立ちも良く、背は平均的だが、武術をやっているおかげでスタイルのバランスもいい。
成績は並レベルだが、悪くはないのでマイナスにならない。
運動も武術系は得意なおかげで、何かあれば守ってくれる、頼れる奴と取られる事が多かった。
ようするに、かなりモテるのだ。
ただし少しでも仲良くなるとアーマード・フェアーズについて熱すぎる部分が大きなマイナスとなり、結果引かれてしまうのだが。
おかげで、未だに彼女は居ない。
だがそうした経験を生かす時がまさに今であろう。
不安な転校初日に優しくしてくれるイケメンくん。
そこで趣味さえある程度隠しておけばもう完璧である。
何も未来永劫隠す必要はない。
熱すぎる語りを押さえればいい。
徐々に明かしていき、最終的に自分に色に染められれば勝ちだ。
そんな邪な事を考えていては、授業など耳に入るはずもなく、気が付けば妄想だけで一時間目が終わっていた。
安くない授業料を払っている両親には悪いが、これも青春の為と割り切りながら悠斗は、後ろに座る真理沙を見やった。
美少女は、何をして休み時間を過ごすのか。
スマートフォンを弄っていた。
音すら置き去りにしそうな指使いで画面に触れ続けている。
真理沙がスマートフォンで何をしているのか。
本来なら注目すべきはそこなのだが、悠斗が気になっていたのは、彼女の使っているスマートフォンの機種だった。
光沢質の黒い金属のボディーは、今まで悠斗が見た事もないモデルである。
テレビCMやインターネット上の広告宣伝もやらないマイナーな機種がない訳ではないが、それにしてもそんな物を帰国子女とは言え、女子高生が使うだろうか。
「あのさ」
考えるよりも本人に聞けばいい。
それが悠斗の出した結論だった。
これがきっかけで話が広がれば御の字である。
「なんですか?」
手を止めて真理沙は悠斗を真っ直ぐに見た。
「それってどこの新機種なの?」
「これですか?」
「そう、見た事ないからさ。マイナーな奴?」
「自作です」
真理沙から出て来た答えに、悠斗の思考が凍り付いたのも無理はなかった。
自作のパソコンと言うのは聞いた事がある。
だが自作のスマートフォンと言うのは初めてお目にかかる。
そもそも自作していい物なのか。
それ以前に自作する物なのか。
「自作です」
黙り込んでしまった悠斗を不審に思ってか、真理沙が念を押してきた。
嘘でも冗談でもないらしい。
彼女はありのままの真実を告げている。
しかし経験した事のない事象をするっと呑み込めるほど、悠斗の思考は成熟していなかった。
「嘘でしょ」
「いえ。本当です」
紛れもない真実は、同い年の女子高生がスマートフォンを自作した。
小学生がエンジンを作ったとか、大人でも解けない方程式を解いたというのに比べれば、スケールが小さいかもしれない。
しかし、自分が普段から使うものだからこそ凄さが分かるのだ。
凄いと素直に実感出来るのだ。
「自分で作ったの! 嘘でしょ?」
「嘘を付くメリットってありますか?」
確かに何のメリットもない。
そもそも嘘だと思っている訳ではなかった。
ただ意識せずに口から漏れただけの言葉で、深い意味はなかった。
「いやあ、ないとは思うけどさ。まじで?」
またも疑っているような口ぶりになってしまい、悠斗は心の中で不覚を認識する。
「本当です」
真理沙の語調が少し険しくなってしまった。
繰り返された疑いの言葉で気分を害したのだろう。
ここは話題を変えるのが、適当と判断した悠斗はある考えに至った。
なぜ彼女はスマートフォンを自作したのかだ。
「でもスマホの自作って聞いた事がないや。機械いじり好きなの?」
悠斗の質問に、真理沙は間を置かずに答えた。
「はい」
機械弄りが好きなら、もしかしたらアーマード・フェアーズに興味があるかもしれない。
悠斗が封印するつもりだった話題をむしろ喜んで聞いてくれる。
そんな希望に悠斗の目が輝くのは仕方がないだろう。
「へぇ。俺もだよ!」
語尾の調子が上がる程テンションの高い悠斗と対照的に、真理沙は尚も冷静な態度を貫いている。
「どの程度のレベルですか?」
意図の見えない真理沙の問いに、悠斗は首を捻った。
「レベル?」
「はい。同じ趣味の人には聞いているんです」
「どうして?」
「大抵話についていけないからです」
悠斗は、やはり真理沙の発言の意図を掴めない。
「スマホを自作するほど腕があるのに?」
「私の話に付いて来られないんです」
その言葉で、ようやく腑に落ちた悠斗であった。
ニワカはお断りと釘を刺されているのだろう。
では現在の悠斗の状態は如何ほどか。
フェアーズスーツを自作しているのだから当然並みよりは上である。
完成度は、ともかくとして、そう思いたいというのが本音だった。
それに、美人相手に掴んだ会話のネタをむざむざと手放すのは避けたい。
「あ、そっち。それなりだと思うよ。フェアーズスーツも作ってるし」
この発言を受けて、真理沙の平熱だった顔色が強い興味と感心へ一転した。
万国共通、性別問わずフェアーズスーツは皆好き。
悠斗にとって、今日ほど父の存在に感謝した日はなかった。
「スーツは、自作ですか?」
食い付く真理沙に、悠斗は力強く頷いた。
「もちろん」
「大学でも作っている人たちが居ましたね」
「大学?」
「はい」
「何で大学?」
「私アメリカに留学してたんです」
「それは聞いてるけど」
「ですから大学に通っていたんです」
「アメリカの!?」
悠斗の驚愕が叫びに形を変えて零れ出でると教室を反響した。
教室中の視線が一斉に悠斗を見つめたが、当の本人としては赤面必至の状況にあっても、そんな事がどうでもよくなる衝撃だった。
「飛び級です。マサチューセッツの工科大に通っていました」
とどめを刺し得る言葉は、ためらいもなく悠斗に襲いかかった。
マサチューセッツの工科大と言えば有名なあれしかない。
この事実から明らかになる結論は一つのみだった。
「もしかして天才ですかな?」
「有体に言えば、天才ですね」
躊躇もなく言ってのけたように、結城真理沙は天才なのだ。
そして真理沙の妙に達観した雰囲気の理由も悠斗は納得する。
大学で大人達と対等に学んできたのなら当然だ。
学歴的には、新社会人と同等か、それ以上という話になる。
趣味の機械いじりにしても真理沙から見れば、その辺に居る機械好きでは話のレベルが合わないはずである。
しかし、ここで大きな疑問が悠斗の中に生まれていた。
真理沙はアメリカの大学を卒業しているのに、なぜわざわざ浦野宮学園に入学したのかだ。
大学を卒業した人間が、偏差値が平均より少し高い程度の日本の高校で何を学ぶのか。
「何で天才がわざわざ高校に?」
悠斗は、声にする事を躊躇しなかった。
スケベ心ではない。
純粋に、真理沙という人間の事が知りたかったのである。
「しかもガチガチの進学校でもなくて、普通な感じの」
質問続きであるにも拘らず真理沙は嫌そうな素振りをせずに、けれども特に他の感情も出さずに淡々と話し始めた。
「父に言ったんです。普通の高校で普通の青春してみたいと。同い年の人との付き合いもしたかったですし」
「でも君ならもっといい学校に」
「別にもう勉強しなくても問題ないので。どうせなら楽しそうな校風の学校がいいなと。いくつか体験入学を」
確かに大学を出た人間が、学校の勉強をこれ以上続ける必要はない。
同い年との人生経験こそ飛び級をしてきた真理沙には新鮮に感じられるのだろう。
悠斗もまだ入学したばかりだが、この学校の事は気に入っている。
幼馴染に再会し、そして良き指導者にも出会えた。
そして今はこうして真理沙にもだ。
「なるほど。ちなみに他はどこ行ってたの?」
「汪聖。北洋。川北大付属などです」
「へぇ。どこもアーマード・フェアーズの強豪校ばっかりだね。川北付属なんて織田選手が居るところじゃん」
アーマード・フェアーズ全国大会準優勝経験者にして、世界大会で三回戦まで勝ち上がった現役高校生、織田正行。
甘いマスクと併せてアイドル的な人気を持つ有名選手で、悠斗のような高校生選手からすれば羨望の的である。
「ええ。在学期間中の短い間ですが、スーツの制作を手伝いました」
「まじで!? すげぇな」
そんな有名人の在籍している学校に居ただけでなく、スーツの開発を手伝ったとあれば、悠斗にとってこれほど羨ましい話もない。
「この学校のアーマード・フェアーズの部もかなり成績がいいと聞きました」
「……まぁね」
彼女の言う成績は、間違いなくフェアーズスーツ部の事であろう。
真実を話して離れられるのは嫌だが、しかし嘘をつくのも気が引けた悠斗は話題を変える事にした。
「ここ気に入ったんだ」
そう尋ねると真理沙は、やっぱり平坦な語気を変えずに答えた。
「ええ。普通な感じが気に入りました」
「まぁ普通だよ。確かに」
「それは良かった。これからが楽しみになりました」
ここに来て順調だった会話が途切れてしまった。
慣れた関係なら別にたいした事はないが、こういう初対面の相手だと、どうしても気まずさが先だってしまう。
相手が美少女なのだから、余計焦りも倍々に増していくという物だ。
何かないかと思案を巡らせる悠斗に舞い降りたのは、フェアーズスーツの話題だった。
「あ、そうだ。よかったら昼休み、フェアーズスーツ見に来ない?」
悠斗の狙いは、二つ。
一つは、世界一の工科大を出たプロフェッショナルの真理沙にジークの出来を見てもらう事。
もう一つは、二人きりでランチタイムとしゃれ込む事。
一石二鳥。
一挙両得。
これほどの会心の策を思い付いたのは、悠斗の人生の中でもそうはなかった。
けれども、初対面の男子と二人きりと言うのは、残念ながら断られる可能性が高い。
だからこそ悠斗は、この『二人きり』と言う肝心な部分を伏せている。
当然相手に警戒心を与えないためだ。
卑怯な手段ではあるが、女性を口説く際に綺麗も汚いもない。
機械談議で盛り上がり、あわよくばその場で――。
「興味は、あります。でしたら昼休みに」
妄想に割り込む少女の快諾。
自ら誘っておきながら、真理沙の返事が何に対してかを失念する悠斗であったが、すぐさま思考の進路を修正する。
「あ、良かった。あ」
ここで一つ疑問が生まれる。
それは真理沙の昼食がお弁当なのか、学食なのか、購買部なのかである。
お弁当と購買部での購入なら部室で食べる事も可能だが、学食ではそうはいかない。
「……お弁当?」
「ええ」
「なら一緒に食べよう。部室で」
「分かりました」
突如チャイムが鳴り、数学の担当教師が待っていたかのように、教室へ入ってくると悠斗と真理沙の会話は途切れた。
しかし、悠斗は、確かな手応えを得ていた。
上手く運べば、欲しい物が両方手に入ると。
念願の趣味を理解出来る彼女と、待望の新入部員である。
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