第四章 生きる意味


 もう、何度目だろうか、この行為に、何の意味があるのだろうか。

 これは、私に何を望むのだろうか。

 私は、どうするべきなのだろうか。

 これを受け入れ、悦楽に浸るべきなのか。

 拒み、自ら死を選ぶべきなのか。

 だとしても、もう感情が残っていない。

 もう、自分を殺す力もない。


 私は、どうして生きてるのだろうか。






『そこから東・・・、2㎞くらい?・・・』

 祥の携帯から気だるそうないろはの声が響いた。

「聞くな」

 祥は短く答える。

 祥は、椿と藍と共に、生存反応を追って探索を続けていた。意味など無い、もう、それは事務的な、ただの作業と化していた。

 それでも、彼女達は作業を休むことは無かった。そうすることでしか、生きれないほど、諦めていた。

 絶望に、呑まれ始めていた。

「でも、本当にそこに、生き残った人の集まりがあるのかな・・・」

 それでも突き進むのは、一途の希望を見出だしたからだ。いろはの作った、生体反応を感知するレーダーに、信じがたいことだが、十数人余りの生体反応があった。

 これほどまで衰退し、出会えば死ぬか殺すかの葛藤が頭を支配する今の世界で、まさか寄り添い生き抜いている人類が居るとは思わなかった。罠かもしれないと、誰もが考えた。しかし、答えは決まっていた。それしか、答えは無かった。

 誰でも良い、生き延びている人が居る。あまつさえ、そこで共同生活をしている可能性があるとするなら、行かないわけには行かなかったから。

 季節は夏。ジリジリと火が陽が照りつける。汗がにじみ、不快感に体力が奪われていく。

「まだかよっ・・・、くっそ・・・!」

 苛立ちが募り、祥がぼやいた。

「あと少しだよ、頑張ろ・・・?」

 藍が言うと、祥は乱暴に、分かってる。と一つ答え、黙々とまた歩き出す。

 藍は、二度の失敗を悔いていた。

 私が、一緒だったならと、血を吐くまで泣いた。そして、もう二度と間違えないと誓った。誓い、再び前を向いた。その姿に、強さに、覚悟に、祥も椿も引っ張られていた。

 身近に絶望を知る藍は、知っていたのだ。絶望は呑まれたら最後だという事を。

 だから、彼女は精一杯抗い、泥臭く、格好悪く、血へどを吐こうが、前に進む事を止めない。止めたら終わりだから。終わらせたく無かったから。罪を償いたいと願うから。

 それが、唯一生に執着できる手段だったから。

 彼女達は歩く。生存者を求めて、自分達が、今を生きている意味を求めて。


 数十分歩いた先に、地下へと続く階段があった。どうやら、元は地下鉄だった様だ。

 いろはが言う。その先から反応がある。と。

「よし、行くか」

 祥が先陣を切った。椿が続き、藍が椿に平行する。

 中は、電気がまだ少しだけ生きていた。主電源は死んでいるようだが、非常電源で、辛うじてチカチカと蛍光灯が鳴っている。

 洞窟状になっているのか、中は少し肌寒いくらいの冷気があり、彼女達は束の間の休息を得た。

 まだ争いが少なかったのか、駅構内は地上に比べると原型を残している部分が多かった。切符売り場や改札、電子時刻表なども、そのまま残っている。

 そして、祥達はしばらく探索し、ある違和感に気付いた。静かすぎるのだ。

 誰か居るか!と叫ぶ祥の声は、反響し、山彦のように返ってくる。にも関わらず、他の生存者らしき声も無ければ、ここで過ごしている痕跡も、何も見当たらなかった。

 嫌な予感が脳裏を過る。そして、それは最悪の形で的中した。

 開けた空間、待合所だったであろう場所に、数人の生存者を発見するが、もはやそれを生きていると称して良いものではない。

 皆、壊された魂で、虚ろな表情で、定まらない視点で、一部が欠落した手足で、鉄柱で穿たれた四肢で、ただただ、あーーー・・・あーーー・・・。と、声を漏らした呼吸をしているだけだった。

「んだよ・・・これ・・・!?」

 祥の拳が震える、押し寄せる絶望に、腰が抜けそうになる。

「酷い・・・、酷すぎるよこんなの・・・!」

 藍の涙が、地に落ちた。

 考えうる最悪の結末が、彼女達の理性を蝕む。

 ふと、椿が気付いた。

「なんで・・・、女の人ばっかり・・・」

 ボタリ。

 椿の左肩に何かが落ちた。液体であること、少し粘性があること、触れた所から、衣服が・・・皮膚が溶けていること、そこまで理解するのに、約3秒ほどかかり、液体を慌てて払い落とした時には、左手は完全に麻痺していた。

「あ゙っぁああああっ!!?」

「椿!」

 祥が駆け寄る。藍が続く。しかし、何者かの触手はすでに椿を捕らえ、天井へと引きずり上げた。

「オオオ・・・オンな、オンナ・・・!ヒサジブリノ・・・シンセンな・・・オオオ、おオオおお・・・」

 触手は、蛙のような姿の狂人者の舌だった。

 祥達は知っている。もう何度も出会っていた。女を犯すことが目的の狂人者を。

 しかし、ほとんどの場合が犯したあとに殺していたのに対し、その狂人者は捕らえた女を生かし、飼育し、犯し続けている様だった。

 周りの凄惨な状況から察した祥は、怒りに震え、大剣を構える。

「椿を離せっ・・・!ゲスが・・・!!」

 蛙の舌が、椿の肢体を舐め回す。次第に服が腐敗し、椿の右足に舌が絡み付いていく。

 椿は、寒気がした、女性としての嫌悪感や、貞操観念からではない。周りにいる女性達の、欠落した四肢を思い出したからだ。

「まっ・・・て!やだ、やだやだやだ!!食べちゃヤダ!!」

 取り乱し、暴れる椿。祥が勢いよく飛び掛かるが、蛙は瞬時にそれを避け、違う壁へと飛び移る。

「逃げんなクソがっ!!」

 祥が叫ぶが、椿の脚の腐敗は止まらない。

「やだやだやだ・・・!痛い痛い痛いいたいいたいイタイ痛いっ!!もうやだ止めて!!」

 もう椿には、ただ痛みに仰け反る事しか出来なかった。祥は再び飛びかかろうと構えるが、それを藍が止める。

「待って!私が動きを止める、祥は一旦下がって・・・」

 いつものメリケンサックを懐に仕舞うと、藍はふー・・・と大きく息を吐き、踏ん張った足が地面を抉る程の力を込めて、手刀を振り降ろした。

 「ゲェっ・・・!!!?」

 蛙は見えざる氣の衝撃に不意を突かれ、壁から落ち、椿もその隙に逃げ出した。

 すかさず祥は追撃の一太刀を振るう。外殻はさほど硬くなく、祥の怪力で容易く両断できた。余程気に食わなかった様で、懺悔も聞かずに再び一太刀、喉を切り裂く。

 藍も椿も、それを責めたりはしなかった。

 椿の右足も、皮膚が爛れてはいたが、切断までには腐敗は進んでいなかった。

 椿は言う、みんなを、楽にしてあげようと。

 反対するものは居なかった。

 彼女達は順番に、一人ずつ、丁寧に葬っていった。それが救いなるのかどうか、分かるはずも無い。それでも、何もせずに立ち去ることは出来なかった。

 そして、最後の一人を前にし、愕然とした。藍は、声も出さずに座り込み、今までに無いくらいの大量の涙で頬を濡らし、この世の終わりを見るように、彼女を見ていた。

 忘れるはずも無い、愛しい紫色の髪、一際長いまつ毛、一部が欠落していても、面影が残る流線の四肢。それが紫苑であることは、直ぐに分かった。

 ヒュー、ヒューと呼吸が喉から漏れている。

 髪の一部がむしられ、皮膚が剥がれている。

 左目が腐敗し、爛れている。

 左足が欠落し、右手右足に杭が穿たれている。

 祥は、急いで杭を引き抜いた。血が吹き出し、辺りを赤く染める。それでも、紫苑は微動だにしない、まるで人形のように、力なく壁にもたれ掛かった。

 椿が抱き上げ、揺すり、懸命に語りかける。

「紫苑!しっかりして!目を覚まして!」

 返答は無い。辛うじて、腹部の脈動から生きていることだけは確認できた。

 祥は、叫ぶ。肩を持ち、懸命に呼び掛ける。

「今すぐ連れて帰るぞ!まだ・・・まだ間に合うかも知れねぇ!」

『それは・・・多分無理・・・。生体スキャンした・・・けど、その状態を回復させる手段は、もう残ってな――』

「うるせぇっ!!“プログラム”は黙ってろ!!」

 祥は携帯を地面に叩きつけた。

 助からないなんて、そんなことは分かっている。それでも、助けたいと思うのが、仲間という物だ。

 藍は、そんな常識を疑った。

 助けたい、それが当然だと、今の自分が、そう言い切れるのか。

「祥、どいて・・・」

 藍は、ゆっくりと立ち上がると、祥を退かし、紫苑にまたがる。

「藍・・・お前まさか・・・」

 幾度となく見てきた、覚悟を決めた眼と、背中。

 殺す。ただそれだけの意思が、祥にも椿にも、伝わった。


 藍は、大好きだった少女の首に手を掛けながら、思い出す。

 白い死神が、寡黙な巫女に拘った姿を。

 妹が、姉と対峙した、あの背中を。

「あぁ、そうか・・・、今なら分かるよ、二人の気持ちが。助けたかったんじゃない、守りたかったんじゃない。大好きだから、大切な人だったから。たった一人の、友達だから、家族だから、仲間だから、だから・・・・・・・・・」


 自分で、殺したかったんだ。

 盗られたくなかったんだ。


 ワタシが、コロすんだ。


 最期に、紫苑は何を思ったのか。知るものは居ない。しかし、椿は言う、きっと感謝していると。

 祥が続く、そうだよな・・・、最期に、会えたんだから、と。

 藍は、悲しそうに笑いながら、思う。


 ミンナ、ワタシがコロしてアげるんダ。

 ソレガ、ワタシの・・・・・・。


 多くの仲間を失い、三人は、ついに決意した。ことの元凶たる、カソカを、悪を、倒そうと。

 カソカには、仲間の家族も属していたため、彼女たちは心のどこかで、そのことには触れないようにしていた。いつしかそれは、暗黙の了解となっていた。

 しかし、もう失うばかりでは居られなかった。あの日々を、安らぎを、世界を、取り戻す。


 三人は歩み出す。

 最後の仲間、長谷流オモイの元へ。







第四章 完


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