第二章 死神と巫女 日常





 寡黙な巫女は、考えました。こんな世界になってしまったからこそ、自分の勤めを果たそうと。


 寡黙な巫女は、言いました。凄惨な最後を迎えた人々の供養をしたいと。


 突拍子もない申し出に賛同したのは、始めは、白い死神だけでした。


 寡黙な巫女は、思いました。こんな世界だからこそ。こんな・・・、こんな・・・。





 狂人者を倒した三人は、互いに背を向け瓦礫に腰掛けながら、咲からの連絡を待っていた。

「おっせぇなー、咲のやつ」

 祥は腕を組み、指をトントンと揺すりながらイライラを募らせていた。

「貧乏揺すりは止めなって、きっと藍達も大変なんだよ、もう少し待ってよう?」

 椿が言うと、祥は、分かってる、と答えながら深くため息を吐いた。そして、お腹が空いたと喚くリリーの脇腹に肘を入れる。

「いったぁっ!?」

「っるせぇんだよ、我慢しやがれ」

「だって今朝からまともなご飯食べてないんだよ!?」

 椿はこのやり取りを聞いて、ふとこんなことをリリーに訪ねた。連絡があるまで、多少気が紛れればと。

「今さらだけど、リリーって死神なのにお腹空いたり暑がったり寒がったりするんだね」

 半ばからかうような声色だったからか、祥も便乗するように続く。

「そういや戦隊に入った時はそんなことなかったよな?調子いいのは変わんねーけど」

 そんなことないよー?

 いつものリリーならそう言ったかもしれない。しかし、気紛れな彼女は少し間を置いて、話し出す。

「・・・ヒコネのおかげ、かな」

 予想に反した、落ち着いたトーンでの返しに、祥と椿はきょとんとしながらも、普段なら自ら語ることの無いであろう話しに、自然と耳を傾けていた。


 死神は、食事の意味を、誰かと共に過ごす喜びを、誰かを、愛する意味を知りませんでした。

 ある日、死神は、和菓子の美味しさを知りました。

 ある日、死神は、誰かと過ごす喜びを知りました。

 ある日、死神は、知りました。

 今まで、死神として持ち得なかった感情。

 『この人には、死んでほしくない』

 死神は、この感情が愛であると、知りました。


 とても簡単な語り口が終えると、祥と椿はポカンとした顔でリリーを見つめていた。

「ちょっ、なんか言ってよ!せっかく話してあげたのにっ!」

 祥が笑って誤魔化しながら返す。

「あぁわりぃわりぃ、あんまり真面目に語るもんだから」

「それ、ヒコネ本人に言ってあげれば?」

 続く椿は、対照的に、明らかな意地の悪さを見せる。

「嫌だよ!めっちゃハズいし!」

「普段好き好き愛してる連呼してて嘘だろ今更」

 すると、唐突にリリーの腰当りから声が響く。咲の提示連絡だ。

『あの・・・、すいませんリリーさん。全部聞かれました』

 静寂。リリーの顔が青ざめ、すぐに赤くなる。

「だだだだだ誰に!?誰に聞かれた!?ヒコネは!?居るの!?」

 涙目になりながら訴えるリリー。咲は慌てて答えた。

『あぁいえ!ヒコネさんは供養のため留守にしてるので、藍さんとゴルディさん、それとシルヴィさんにしか聞かれてません』

 ヒコネが居ないと聞いて安心する手前、次々飛び出す名前に肩がガクガクと下がっていき、ついには四つん這いになってしまった。

「ヒコネが戻ったらちゃんと伝えといてやるよ今の」

「うぁああああ止めてっ!!ヒコネの顔まともに見れなくなる!!」

 祥がニヤニヤしながら言うと、リリーは必死にしがみついて懇願した。

 わいわいとかしましい声が響く。団地はすっかり夕焼けに染まっていた。リリーは言う、もう帰ろう、と。祥が答える、んじゃあコーラ買ってってやるか、と。椿は笑う、ちゃんと覚えてたんだ、と。

 こうして、今日もまた少女達の1日が終わろうとしていた。

 その時だけは、いつもと変わらない、安らかな気持ちになれる、唯一の時間だった。


 ヒコネは、ついに帰ることは無かった。






 寡黙な巫女は、何も思いませんでした。

 人々が日々死に行く最悪の世界を、ただ傍観し、使命に、家訓に従い、黙々と暮らしていました。


 寡黙な巫女は、何も感じませんでした。

 目の前に築かれた死体の山。

 それを、丁寧に火葬しながら、冥福を祈り続けました。


 寡黙な巫女は、思いました。

 何も思わないことが、異状なのでは無いかと、悲しみを理解できないことは、自分の未熟さゆえなのではないかと。


 寡黙な巫女は、感じました。

 何も感じていない自分が、何を祈ることがあるのかと。


 寡黙な巫女は、気付きました。

 自分勝手な自分に、何も役に立てない自分に、気付いてなお、仕方がないと思っている自分に。





 寡黙な巫女は・・・、絶望を知りました。






第二章 完

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