ゲム戦SS 『最後の願い』

ミササギ

第一章 終わりの始まり




 今から地球の皆さんには、殺し合いをしてもらいます。などとどこかで聞いたフレーズは、機械音声にのせて、唐突に、世界中へと鳴り響き、誰も彼もが虚空を見上げた。

 なにをバカなと笑う民間人、ふざけるなと憤り拳を握る権力者、水を得たように騒ぐ浮浪者、様々な人々の他人事は、次の瞬間、明らかな自分勝手へと変わる。

 月が、半分に欠けたのだ。

 映画や本などで見飽きたとも言えるフィクションが現実に起こり、再びどこからともなく声が響く。

 最後まで生き残った人物には、私、オン・ルカが願いを1つだけ叶えましょう。もう一度言います。

 殺し合いなさい。


 その日、一体何人が死んだかは定かではない。ニュースでは、アメリカ大統領の暗殺が取り上げられたのを皮切りに、連日数多の著名人が殺されたことを報じていた。が、一部番組内で、生放送中に大量虐殺がそのまま放送されたある日から、テレビには砂嵐のみが映るようになった。

 そして次第に人々は立てこもり、恐怖に怯えながら、孤独に、あるいは愛するものと共に、自らを殺し始める。

 もう世界中が、このイカれたルールに従い、畏れ、抗おうとする者は無かった。






「こちらブルー、ホワイト、状況は?」

 携帯を片手に祥は淡々と語りかける。足元は誰の者でもない血で黒ずんでいたが、そこに死体らしき物は無い。

『はいはーい、こちらホワイト、とりあえず全部回収したよー』

「おう。流石死神、死体回収は仕事が早いな?」

『いやいやいやいや!!いつもは魂だけだし!重いし臭いしちょーしんどいんだけどー!』

「ちゃんと供養してやりたいってヒコネの意見に真っ先に賛成したのはお前じゃねーか、しっかり点数稼ぎしやがれ、じゃあな」

『うぇーい・・・』

 祥は携帯をポケットにしまうと、手を合わせ、目を閉じ、小さく一礼してその場を去る。


 積み重なる瓦礫の山を、身軽な祥はひょいひょいと跳び移りながら少し拓けた空間で立ち止まった。

 よう、と片手を軽く上げた先には椿の姿がある。

「あぁ、おかえり祥」

「任務中はコードカラーで呼べっつってんだろ」

「アハハ、二人きりだといまいちしっくり来なくてさ。まぁいーじゃん」

 椿はボロボロの腰掛けに座り、細く長い指を慣れた様子で運び、タブレットで何かの操作している。

「どうだ?」

 椿の後ろからタブレットを覗きこんで祥が訪ねた。

「んー、やっぱ近くに生体反応は無いみたい」

「はぁ、おい咲!また無駄足じゃねぇか」

 携帯に怒鳴り散らすと、負けじと張った声が響く。

『だからっ!生きてるんですから動くに決まってるじゃないですか!追跡して常駐するのを待った方が――』

「そんなことしてたら手遅れになんだろうが!」

『そんなこと言われても私悪くないです!』

 エキサイトする言い合いに椿がやれやれと仲裁に入った。

「もぉーまた始まった!喧嘩なら帰ってからにしなよ」

「クッソ椿のくせに」

「コードカラーはどうしたコードカラーは」

『そういえば、リリーさ――ホワイトはどこに?』

 問いかけに椿が答える。

「別行動中」

 祥が付け足す。

「魂見えるし、飛べるし、生体反応調べるより確実だろ?」

『・・・、いろはちゃんが怒ってますよ?私の発明に文句は許さないって』

「コーラ買ってきゃいいんだろ」

『・・・あ、いいんだ?じゃ、じゃあ、椿さん、祥さん、リリーさんが戻ったらもう一度連絡を下さい。こっちもそろそろ藍さん達が連絡くれる頃ですから』

「コードカラーめんどくなりやがったな」

「うん、分かった、ありがとう」

『それでは』

 通話が終わると、一変した静けさに包まれる。静寂に耐え兼ね、先に話し出したのは椿だった。

「ここ、前は団地だったらしいよ」

「・・・」

 祥は黙って遠くを見つめる、ふと足元にある何かに気付いた。ほとんど原形をとどめていないが、それがもともとクマのぬいぐるみだっただろうことは分かった。

「たった1年だ・・・、あん時からたった1年で、このありさま」

 あの日、祥に何が出来た訳でもない、あの惨状を防ぐことなど、誰にも、何事にも、出来ることなど無かったのだ。しかし、祥は許せなかった、自分の無力を噛み締めることしか出来なかった自分を。

 一体何度地面を殴り抜いたか、怒りに空に吠えたか、悲しみにくれ、死を選びかけたか。

「あっという間だったよね、ホント・・・」

 その度に仲間が支えてくれた。そっぽを向いていた祥は、椿の方に向き直し、

「終わらせるさ、そのためのウチらだ」

 にっ、と笑って見せた。

「だね」

 笑って返す椿。

 この荒れ果てた世界で、親しい人を亡くした者も仲間のなかに大勢いた。すでに行方が知れない者も、引きこもり、安否の知れない者も。しかし、彼女たちは、その悲しみを乗り越える術を知っていた。

 絆という名の見えない糸は、絶望に負けじと、強く太く彼女達を繋ぎ止めている。それを離さないよう、離れないよう、見失わないよう。

 今日は穏やかな快晴だ。祥と椿の間に吹く風は、必死に生き抜く日々の壮絶さを、少しだけ和らげてくれた。

 そう、少しだけ。

「タスケ・・・、タ・・・、ケ・・・」

 不意に聞こえた何者かの声に、祥と椿は直ぐに互いの背を合わせ、身構える。

「いつのまにこんな近くに・・・、周囲に生体反応は無かったハズ・・・」

「油断すんな?“あれ”かも知れねぇ・・・」

 ガラガラと音をたてた瓦礫の山。見ると、そこには人影らしきものがあった。しかし、彼女らはそれを見て尚緊張を解くことはない。

「“どっちだ”・・・?」

 祥は呟く。人影は彼女らにゆっくり歩みより、潰れた声で呟き出す。

「イタイ・・・タス・・・ケ・・・タスケ・・・、死・・・ヌ、ヤダ、死、死、シ・・・死、シシ、シ・・・」

 よく見ると、それの腹には穴が空き、臓物をズルズルと引きずっている。彼女らの緊張はさらに強まった。そして、クソが・・・!と祥が吐き捨てたと同時に、それの腹から巨大な異形の手が飛び出す。

 手はそれを持ち上げ、それは一変してケタケタと薄ら笑っていた。

「死・・・シシシシ、シシシシシシシシ。コロス・・・ミンナコロ死テ、オレガ・・・オ、オレ、オレオレオレオレオレオレオレ・・・・・・」

 瞬間、腹からさらに手が生え、それは一直線に祥と椿に襲いかかる。しかし警戒していた彼女らには、それは空振りと終わった。

 後方に飛び退いた祥と椿。祥は苦虫を噛み潰したような顔で、かつて人だっただろうそれを睨む。

「狂人病・・・、また狂人者かよ・・・!」

 祥はそれを狂人者と称した。

 狂人者は腹から生えた手で立ち、歩き、再び彼女らに殴りかかる。

 今度は椿をピンポイントで狙い撃ってきた。椿はそれを避け、愛用の剣で素早く3回斬り付ける。

「硬っ・・・!」

 腕には若干の切り傷がついたが、まるで効いている様子は無かった。椿は悔しさから歯を食い縛る

「リリーが居れば、こんなやつ・・・」

「止めろっ、アイツの状態分かってんだろ?ウチらだけでも殺るんだ」

 椿のそんな弱音を、祥は言及した。

 椿は少しだけうつ向いたが、直ぐに狂人者へ向き直し、キッと表情を引き締める。

「そうだね、二人なら大丈夫だよね!」

「ったりめーだ」

 二人は、今度はこちらからと、同時に狂人者へと距離を詰める。狂人者の巨腕は、今度は高く振りかざされ、凄まじい勢いで降り下ろされた。

「っらぁ!」

 椿は、それを直進することで無理矢理突破し、祥は気合いと共に剣の腹で巨腕を受け止める。

「椿!!」

「OK!!」

 そして、椿はもう一方の巨腕に渾身の力で斬りかかる。相変わらず効いている様子は無いが、バランスを崩した狂人者は前のめりで倒れ込んだ。

「これでも・・・、喰らえ!!」

 祥は狂人者の本体、人の形を留めている部位に対し、大剣を思い切り振りかぶる。椿のそれとは比べ物にならない一撃は、胸から上部を吹き飛ばした。

 一瞬気が緩む。祥はその一瞬で生えた三本目の巨腕に捕まった。

「しまっ・・・!?」

 巨腕はそのまま祥を地面に叩き付けようと再度振りかぶる。椿にそれを止める力はない。祥は拘束された腕の位置が悪く、振り払うだけの踏ん張りが効かない。

 死なずとも、負傷し、その後の戦闘が出来なければ死ぬ可能性はある。祥は必死にもがいた。地面すれすれまで、必死に。

 しかし、ついに自力で抜け出すことは出来なかった。訪れる最悪の事態。祥も椿も、その予感に目を背ける。

 ついに、祥が地面へ叩き付けられることは、

「りゃー!!」

 無かった。

 リリーが叫びながら、上空から狂人者へと、落下する形で迫る。巨腕は、さらに巨大なドクロによって途中で勢いを殺され、祥は地面に接触せずに済んだ。

 リリーが作った、ドクロ型のエネルギー、骸火によって。

 祥がそのことを理解した時、リリーの持つ身の丈程の鎌が狂人者を斬り裂こうとしていた。

 鎌が狂人者を傷付けることは無い。彼女の、死神の鎌は、魂を斬り裂く性質を持っている、強固な狂人者の外殻を無視した、一撃必殺の刃だ。

 さらに、リリーは魂を見ることが出来る眼を持っている。彼女の前には、いかに狂人者といえど、生物である以上身を守るすべは無い。リリーの特技は、今の彼女たちにとって最強の武器であり、希望でもあった。

「っ!止めろぉリリー!!!!」

 代償として、一時的に彼女の視力が失われることが無ければ、祥はただただ安堵に溺れる事が出来ただろう。

 リリーは魂を常時見ている訳ではなく、意識することで可視することが出来る。その代償が、一時的な視力の欠落。度重なる狂人者との戦闘で、リリーは今や2秒も魂を見てしまえば、2日は視力を失う状態だった。下手をすれば、その視力は一生失ったままになるかもしれない。

 そんな心配を他所に、リリーはものの見事に狂人者を無力化させ、胸を張りながら祥の方を向く。

 Vサインをして、にっと笑うリリーの胸ぐらを、祥は歩み寄って思い切り掴み上げた。

「お前っ!!またそうやって勝手に・・・!」

「アハハ・・・いやぁカッコ良く助けようかなぁなんて」

 ケラケラと笑うリリーをそれ以上責めることが、祥には出来なかった。自分の油断が招いた結果であることを、誰よりも理解し、後悔し、怒り、唇を噛み締め、ようやくと、一言、たった一言を十数秒かけて振り絞る。

「・・・・・・すまねぇ」

「祥が謝るとかウケる」

 膝蹴りをリリーの腹に入れる判断は半秒だった。

「ぐぉおぉおおお・・・!」

「おめぇはいつもいつもっ!!」

 祥の怒号が響いた。歩み寄りながら椿がまぁまぁとなだめる。

「リリー、目は?」

 椿は座り込むリリーと目線を同じにして訪ねた。

「一瞬しか見てないから平気・・・、それよりお腹の心配して・・・?」

 涙目で訴えるリリーに、冗談が言えるならホントに大丈夫みたいだネ、と椿は呆れて笑いながら言う。

「冗談じゃないし!」

 リリーはムッとした表情でギャーと喚く。

 そんなつかの間の休息は、祥の一言によって収まり、三人は一斉に狂人者へと視線を戻す。

「始まんぞ、いいか?」

 狂人者との戦いは、まだ終わっていなかったのだ。

「うん」

「はぁー、また“あれ”かー」

 狂人者には特徴があった。

 姿形も出現場所もまるで違う、どうして人がそうなってしまうのかも不明な彼らに、たった一つ、共通した特徴が。

 狂人者だった彼の姿が、徐々に人の姿を取り戻す。吹き飛んだ上半身も綺麗に再生し、まるで何事もなかったかのような、傷ひとつ無い姿へと。

「・・・あ、れ・・・、俺は、何を・・・・・・」

 狂人者は皆、死の間際に人へと戻る。それが例え魂を切り裂かれていようと、まるでそう決まっているかの如く、自然の摂理のように、当たり前に。

「あ・・・あああ・・・あ、あああああ!!!!」

 そして思い出す。最後に願ったことを。

「そうだ・・・、俺は・・・、アイツを!妻を殺して・・・!自分が・・・、自分だけが生き延びれば!!願いを・・・・・・妻を生き返せると・・・・・・!!」

 大量の涙が流れる。彼が最後に願ったことは、疑心暗鬼になり、たまらず手にかけた妻を、生き残って蘇らせようという、純粋な、愛ゆえの、自分勝手だった。

「ごめん・・・ごめんな!一緒に・・・、俺も一緒に・・・死んでやれば良かったのにっ!ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん・・・・・・・・・」

 彼はただただ謝り続けた。振り絞った命の残りカスを使いきる瞬間まで、何度も、何度も。

「・・・・・・、やっと終わったか・・・」

 祥が肩を下ろして呟く。

「毎回これだと、やっぱ堪えるね・・・」

 椿が肩をポンと叩くと、祥はその場にへたれ込んだ。

「そうも言ってなれねぇけどなぁ・・・」

「まぁまぁあんなのだんだん聞き飽きてくるよ」

 リリーはまるで気にしていないようだった。死神という職業柄、こういった場面に慣れているリリーは、変わらずケラケラと笑う。

「おめぇみたいな無責任野郎とは違うんだよクソが」

「野郎じゃないしー美少女だしー」

 最初の頃は、リリーの態度に誰しもが反発していた。不謹慎だと、人でなしと。だが、それも繰り返していくうちに、無意識に皆、それを支えにしていた。

 死に際に、自分の罪と絶望を、嫌がおうにも突き付けられるこのふざけた病。何度も、何度も何度も、彼女達はそれに立ち会った。

 繰り返し愛する名を呼び。

 親しい者の裏切りに、怒り、悲しみ。

 親を求め、ただただ泣き叫び。

 理不尽な怒りに、汚い罵声を浴び。

 はいはいと聞き流せるリリーの存在は、まだまだ幼い彼女達にはあまりにも自分勝手で、あまりにも冷たくて、汚くて、許せなくて、許せない自分が、許さない自分を、聖人化し、苦しみを和らげることに利用していると、自覚してしまうほど、ただただ真っ直ぐだった。

 祥と椿も分かっている。リリーは嘘を付いていない。本心で聞き飽きたなどと言っていることを、だからこそ、それを本心から批判し、自分を保っていることを。

 必要悪とまでは言わずとも、リリーは間違いなく、彼女達、ゲムリア戦隊に必要な人物だった。






 そうであり続けると、彼女達は信じて、疑わなかった。





第一章  完

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