花と蟲①「コルナという少女」

 昔々、まだ劇団が魔法使いと呼ばれていたころのお話。まだ人が人らしかった頃のお話。

 ある町に、注意して見渡さないと見落としてしまうような、小さな小さな花屋があった。その花屋は、大きな城も旅芸人の馬車も通らないような小さな田舎町の中にあってもいっそう小さな花屋だった。扱っている花の種類も少ないし、店の外装はボロボロで、黒ずんだむき出しのレンガ造り。さらに店先にはクモの巣が所々に張り巡らされ、ドアノブにも汚いサビが目立つ。手入れが行き届いていないのが明白だった。


 そんな小さな花屋。そして人が寄り付かない、一番の理由がその店の主にあった。


 彼女の名はコルナ。この花屋の店主をしている女性。


 彼女はとても醜い外見をしていた。


 まだ年は二十にも満たない生娘だと言うのに、顔には皺が増え、まるで潰れたパンの様。

 花の世話の関係で土をいじることが多く、指もボロボロ。爪ももう四枚ほど無くしてしまった。

 そして、花を育てるには日光がいる。

 つよい日差しはコルナの肌を蝕んで、いたるところに皮膚病の兆候が表れていた。それは痒みを呼び、コルナは無い爪で変色した皮膚を果実の皮を剥くように掻き毟る。痛々しくもはがれた皮膚が、より一層彼女の醜さを引き立てる。

 治そうにも人が寄り付かない花屋の店主には、病院にいって治療を受ける金などない。


 まさに女として、コルナは絶望の淵にあった。


 その事実を考えるたびにコルナは頭を掻き毟ってしまいたい衝動に駆られたが、ボサボサの金髪がより一層言う事を聞かなくなるだろうと思い、なんとか我慢する。

 

 父親から受け継いだ花屋。この店を継いでから、ずっと惨めな思いをしてきた。町の若者からは馬鹿にされ、同世代の女の子からは石を投げられた。教会にいって助けてもらおうとしたこともあったが、悪魔の使いと勘違いされて(最近コルナは自分は本当にそうなのではないかと考えていた)追い出されてしまった。

 

 しかし、驚くことに、コルナはこれだけの目にあったのに、花の世話の所為で醜さが増していくのに、花が嫌いではなかった。むしろ彼女は自分が絶対に持つことを許されなかった美しさを平然と備えている花たちに、一種の敬愛の念すら抱いていたのだ。

 花に触れ、花の世話をする。

 その時間が唯一、コルナが女の子として生きられる時間だった。

 それに花に触れていたら、コルナは両親に言われていた言葉を思い出すことができた。特に父は、どんな外見であろうとも、コルナを愛してくれていた。ある日、幼いコルナが近所の女の子に外見を笑われ泣きながら帰ってくると、父はコルナを抱いて一本のバラのつぼみの前に連れて行った。

 

「さぁ、コルナ。見てごらん。これはバラのお花だよ。」

「ウソよ。こんなのお花じゃないわ。だって丸くて全然綺麗じゃないもの。」

「そうだね。今は花が閉じているから、みんなその下にある棘に目が行ってしまうんだ。でもこのお花は、何時か大きくなったらつぼみを開いて綺麗な花を咲かせるんだよ。」

「本当? とてもそうは見えないわ。」

「大丈夫。いつか開くよ。もしこれから先コルナに辛いことがあったら、この花を見て、さっきのパパの言葉を思い出してごらん。」

 

 その時のコルナにはこの言葉の意味が解らなかったが、今にして思うと、アレは父からの慰めの言葉であり、希望の言葉だったのだとわかる。彼女は感動したのだ。つぼみから花が開くその瞬間に。だからコルナは嫌なことがあればあるほど花の世話を怠らない。


 そうしている間は父の言葉をしっかりと思い出せたから。

 自分が花開くと信じることができたから。


「大丈夫。私はバラのつぼみ。今はみんな私の棘を嫌うけど、いつか必ず私は咲くわ。だから、心配しないでお父さん」


 さて、コルナがどういう人生を送って来たか説明した所で、いよいよ物語を始めよう。

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