冬の朝の公園で待ち合わせをした

蛙が鳴いている

冬の朝の公園で待ち合わせをした

 忙しくて会う時間がなかなかないけれど、バイト行く前の早い時間だったら会えるんじゃないの? なんて話になった。

 その時のノリでオッケーをしたものの、早起きってのは大変だなあと思った。

 だけど忙しいのは彼女のほうで、僕といえば有限である貴重な人生の一日を毎日のようにゴミ箱に捨てているような生き方をしている。要するに毎日ダラダラ過ごしているということ。

 昼夜逆転しているような生活なので、前日は布団に入ってみたもののあまりよく眠れず、横になって眠ろう眠ろうと目を閉じていたらアラームが鳴った。

 彼女から僕がちゃんと起きているかどうかを確認するメッセージが届いていた。返事をして出かける支度をした。

 待ちあわせたのは近所の公園で、僕と彼女の家のちょうど中間地点くらいの場所ににある。二人でどこかへ出かけたときの帰り道に、たまにそこでとりとめのないこと話すことがあった。


 公園に到着するとすでに彼女はベンチに座っていた。僕の足音に気が付いたようで顔をあげた。僕はあいさつ代わりに、

「寒い」

 と声をかけた。

「太陽出たばっかりだしね」

 と彼女はこたえた。ポケットに手を入れて肩をすぼめて小さくなっている。

 

 自動販売機であったかい缶コーヒーを買った。両手で包んで手を温める。頬に押し当ててみたが、それはちょっと熱すぎた。

 しばらく温まってからプルタブを開けた。すこしぬるくなったコーヒーが身体の中に落ちていく。起きてから特に食べていなかったので、より一層身体に染み込むような感じがした。

「だけどさあ、こういう時はコーヒーよりもコーンポタージュを選ぶほうが可愛いんじゃない?」

 と僕はどうでもよいことを話してみた。

「コーンポタージュもおいしそうだったけど、朝だし」

「いや、朝でもコーンポタージュ飲むでしょう」

「あ、そうか。じゃあ別れてコーンポタージュを飲むような子と付き合えばいいじゃん」

「そうしまーす」

「じゃあね。ばいばい」

「いやいや、うそです。すみません」

 帰るふりをして歩き出す彼女の腕をつかんで謝った。

 なんとなく僕はこういう力関係が心地いいなと思っている。

 

「それにしても寒いよね」

 彼女が言った。そしてため息とうめき声の中間の音を発しながら、その場で足踏みをし始めた。身体を動かして温まるつもりらしい。

 中身のなくなったコーヒーの缶はすでに冷たくなっていたので、ゴミ箱に捨てた。

 彼女の真似をして、僕も足踏みをした。二人とも両手はポケットに入れたままだった。


 足踏みをしながら身体が温まるもの運動をぼんやりと考えていたら、頭にラジオ体操が浮かんだ。

「ラジオ体操をしよう。真剣にやれば結構あったかくなるって言うし」

 その誘いに彼女は賛同したので、僕らはラジオ体操をすることにした。

「ちゃーん ちゃーん ちゃ ちゃんちゃんちゃんちゃん」

 と二人で声を合わせてメロディを歌った。

「腕を前から上にあげて、のびのびと背伸びの運動から、はい!」

 ナレーションというか、動きの説明まで二人ともずれることなくシンクロした。

 ラジオ体操をやったのはたぶん小学生以来だったと思う。二人ともげらげら笑いながら身体を動かした。

 背伸びの運動を終えた。メロディを口ずさみながらのラジオ体操は続く。腕を振って膝を曲げ伸ばし、そのあとは腕をぐるぐると回した。前まわし、後ろまわし、前まわし、後ろまわし。それから足を肩幅程度に開き、腕を胸をそらした。

 これはとても良いかもしれないと僕は思い始めていたが、順調だったのはそこまでだった。

「あれ、このあとなんだっけ?」

 二人ともまだげらげらと笑っていて、笑いながら僕が言った。最初は順調だったメロディもだいぶあやふやになっていた。だけどそれもなかなかよかった。

「横じゃないっけ?」

 と彼女が身体を横に曲げたが、すぐに

「ん、下だったっけ?」

 と言って、上半身を下に曲げた。

「これまでは腕の動きが綺麗に繋がっていたのに、いきなりその流れを止めたっけ?」

 なんとなく理屈っぽく言ってみたが、僕はもう全然わからなくなっていた。そもそもラジオ体操は身体の動かし方の流れを意識して覚えたわけではないのに。

「あーなんかくやしいな」

 彼女は身体を動かしながらどうにか思い出そうとしていた。

「検索するのはなんか負けた気がするよね」

 僕が言うと彼女も同じ意見だった。


 何度もはじめからやり直して色々と試してみたが、僕らはラジオ体操を思い出せなかった。

「あれ、こうじゃなかった?」

 とラジオ体操第二の筋肉もりもりポーズをやって、小学生の頃のようにふざけてみたり、実はラジオ体操第三もあるらしいというどうでもいい知識を披露したりしてみたが、何度試しても胸を反らした後の動きがどれもしっくりこず、結局今日はあきらめようということになった。

 二人とも寒さを忘れていたと思う。

 

 彼女がバイトへ行く時間が近づいていた。バイトの後は研究室へ行かなければならないらしく、とりあえず忙しいらしい。

 彼女と一緒に駅まで歩いた。

「あ、ファミレスでよかったじゃん」

 彼女が言った。二十四時間営業のファミレスが駅前にあったのだ。

「でもラジオ体操楽しかったでしょう?」

 と僕が訊いてみた。

「わざわざ寒い思いする必要なかったんじゃん」

 彼女は怒ったふりをしたけど、すぐに

「でも思い出せないのがくやしいからリベンジしないと」

 と言った。

「また公園に集まる気じゃん」

 笑いながら僕が言うと、彼女も笑った。


 改札で彼女と別れて、家までの道を歩いた。

 今日はこのまま起きていようかと思った。

 身体を動かしたおかげか今は眠くないし、自分でも昼夜逆転の生活はよくないと思っていた。

 だけどどうせ寝てしまうんだろうなあとも思った。

 日差しが気持ちよかった。

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