第四話 お騒がせ淫魔到来
その1
美しい女が、夜の街を歩いている。
白い肌が月明りに映え、金の髪が月明りに輝き、女の周囲だけスポットライトを当てているかのような錯覚にすら陥る。
そしてなにより、女の身体から振り撒かれる匂い立つような色気に、すれ違う男たちが思わず二度見する。
「おい、あの女見ろよ」
「すっげぇ、色っぽいな」
周囲の反応に気を良くした女は、蠱惑的な笑みを浮かべる。
すると女の周囲に花の香りが漂い出す。
その香りを感じた者たちは、途端にトロンとした目になり、足元がおぼつかなくなる。
――人間の男なんて、簡単に堕ちるんだから。
女は自らの力に自信を持ちつつも、しかしこの程度で満足してはならないと、己を戒める。
女にはもっと大きな目的があるのだ。
――あの日の屈辱を今、晴らす時が来た。
女には長年、屈辱を味わわされている相手がいた。
いつになっても忘れることのできない彼女について、最近気になる情報が入ってきた。
偶然聞いた内容によると、彼女には最近執着する人間の男がいるらしい。
それを聞いて、女の目の前は真っ暗になった。
――私からあの人を奪ったのに、人間に目移りするなんて!
己の長年の恋を邪魔しておきながら、自分はのうのうと浮気をしていたなんて、断じて許せるはずがない。
ここは、相手に己と同じ思いを味わわせてやるべきだろう。
――待ってなさいよ、ヒロミ!
女はその瞳を光らせた。
***
大学の夏休みも半ばを過ぎた。
大学生活初めての夏休みだというのに、弘美は藤沢の一件の後、一週間ほど夏風邪を引いてしまう。
――せっかく徳海さんとの仲が進展したっぽいのに!
空気を読まない夏風邪が恨めしい。
こちらも夏休みの康平に看病されながら、夏風邪もようやく完治した。
元気になればすることは一つ、徳海の元へ突撃である。
久しぶりに大学へ出かけようと玄関を出たら、ポストに手紙が入っていることに気付く。
「誰だろ?」
手紙を手に取ると、宛名は弘美だった。
両親とは毎日パソコンでメールのやり取りをしているので、手紙を出す理由はない。
その他の知り合いとも、交流手段はほとんどメールだ。
不思議に思いながら、弘美は手紙を裏返して差出人を確認する。
「アルベール・マクレーン……って父さんの友達だっけ?」
淫魔の一族のダンディなおじ様で、今までに数回家族ぐるみの付き合いで顔を合わせた程度の相手だ。
その彼が、両親ではなく弘美に手紙を出すとは、何事だろうか?
そう疑問に思ったが……
「あ、電車の時間!」
のんびりしては電車を逃す。
暑い中駅で待つのは御免な弘美は、とりあえず手紙を鞄に突っ込んで走る。
後に、電車を乗り過ごしてもいいから、この手紙を読んでいればよかったと、後悔することも知らずに。
いつものようにコンビニで差し入れを買った弘美は、意気揚々と研究棟へ向かった。
「こんにちは、但野といいますが」
『はい、どうぞ』
インターフォン越しに名乗ると、あっさり了承の答えが返って来てドアが開く。
先日の一件で、弘美の顔がすっかり知れ渡っているらしい。
――顔つなぎって大事だよね!
「徳海と仲良くなろう」計画が確実に成果を上げていることに、弘美はご機嫌だ。
鼻歌交じりに廊下を歩くと、見知った草野の姿を発見した。
休憩中なのか、廊下でボーっとしている。
「草野さん、こんにちは!」
草野は弘美の挨拶に振り向きもしない。
結構大きな声をかけたと思ったが、聞こえなかったのかもしれない。
「おぉーい!」
弘美は草野の前に回り込んで視界に入る。
その時、弘美の嗅覚がなにかの匂いを捕らえた。
香水ではない、けれども花のような香り。
――どこかで、嗅いだことがあるような……
引っかかるけれども思い出せない、そんなモヤモヤする気分になる。
そんな時でも、草野はこちらを無視だ。
「……草野さん、どうしたの?」
いつもならばうるさいくらいに構いに来る草野なのに、今日の態度はどうしたことか。
しかし、またもや無反応。
――考え事をしているから邪魔だというアピールかも?
そうだとするなら、弘美の目的は草野ではないので、ここで粘る必要もない。
研究に疲れているのかと思いながら、弘美は本来の目的である徳海の元へと向かう。
――藤沢さんを見なくなったら、徳海さんの機嫌が良くなった気がする。
実は弘美が夏風邪を引いて寝込んでいる間に、一度だけ徳海が家まで見舞いに来てくれたのだ。
いつの間にか康平と連絡先を交換したらしく、そのルートから知ったらしい。
連絡先交換なら何故自分としないのかと、事実を知った時は釈然としない気持ちだったが、お粥を作ってもらったらすぐに忘れた。
転がされやすい女で結構だ。
それにどんな理由であれ、徳海の機嫌がいいのは良いことだ。
弘美に血を飲ませてくれるチャンスが増えるかもしれない。
そう、弘美の最終目標は徳海と仲良くなることではない。
あくまで血を飲ませてもらうことなのだ、できれば定期的に。
――そのためにも、小さなことからコツコツと!
気合を入れ直した弘美は、勢いよく資料室のドアを開けた。
「但野弘美、参上!」
片手を斜め上に掲げたポーズ付きで叫んだ弘美の前に、ソファに座る徳海の姿があった。
しかしながら、その場にもう一人、徳海以外の姿があった。
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