第5話夜の吸血鬼
ベッドの上に男がいた。いつもは枕が二つ並んで置いてある場所に、代わりに浦戸が座っていた。床の上のいつ壊れてもおかしくないラジカセには、二人のお気に入りのCDが入っている。アルバムは一時間で一周して、最初の曲を聞いた回数だけ時計の短針が動く。そういう所もお気に入りだった。
ナハトが浦戸の上に座っている。どちらも服を着ていなかった。寒がりな二人は風も通らないよう身を重ねている。男の胴体に細い足を絡みつかせて、網のように黒い髪を広がせて。その両手で逃げられないように、彼の頭の後ろで合わせ。
小さな声でこう言った。
「いただきまぁす」
牙が皮膚を食い破った。刺し貫かれる痛みが浦戸を襲う。異物が深く深く身体の中に侵入してくる違和感は、何度経験しても慣れるものではなく、浦戸は顔をしかめる。
やがて、牙が血管にまで突き刺さる。血が牙を通してナハトに注がれる。心臓から送り出された血液が、ナハトにも流れてゆく。まるで二人が一つになっているようで。それがナハトは嬉しくて仕方がなかった。
ナハトが繋がりやすいように浦戸は上を向いていた。後頭部を寝室の壁に預けて、見慣れた天井を眺める。一度挿し終われば痛みはない。身体の中を流れるはずの血液が、外へ流れ出す不思議な感覚に身を浸しながら、呆けたまま天井を見上げる。
身体が深く沈んでゆくように男は感じていた。極楽のように暖かく、乙女の接吻のように甘い、夜の闇よりなお暗い。そんなどこかへ沈んでゆくようだった。いつもは冷たいナハトの身体が、熱く火照っているのが分かる。男は子供が母親にするように、その身体にしがみついた。茫洋な意識とは裏腹にもう一人の浦戸は屹立と勃ち上がっていた。
甘やかな刺激だけでは我慢しきれない尖塔が、欲望を滴らせながらその行き場を探る。もどかしげに震えるそれを冷たい小さな手が囚えた。熱い吐息が男の首筋を焼いた。根本から先端まで、形を確かめるように五本の指が動く。押し潰すように激しく、引き絞るように強く、融かすように優しく。根本から充足し、溢れそうな塊が、塊のまま根本で抑えられている。少女の小さく細い指が、その道をしっかりと塞いでいるのだ。小さな刺激が募り、開放されたい衝動は、柔らかい箍によって抑えつけられている。行き場をなくした律動が虚しく繰り返されて。良いようにされる男自身が涙を流している。赦しを乞うように、強く強く浦戸はナハトを抱き締める。
「あ、はっ♡」
ナハトの笑い声が溢れた。開いた口から溢れた血が、一筋の血痕を残して男の胸を流れる。刺激が臨界寸前の路に向かっていく。しかし途中で雫は消えてしまう。二人の身体には液体が通れるほどの、か細い隙間すらないのだ。まるで拷問だった。前も後ろも上も下も。まさに彼女は男を扱くだけの悪魔だった。狂いそうなほどの欲望が彼女によって与えられ、押しとどめられ、開放されるかと思えば、奪い取られる。叫び出しそうな想いは、喉笛から吸い出されて飲まれて消えた。縛り上げられた獣欲は虚しい抵抗を続ける。目の前の極上の肉を貪り喰らう。それはどれだけの快楽であろうか。だが、届かない。見せられるだけの拷問。
男の熱くなった目頭から透明な雫が溢れた。一滴、二滴と少女の頬に落ちた。
不意に、何もかもが消えた。違う、ナハトが離れたのだ。男の顔が前を向く。
艶やかな黒い髪が微かな光を浴びて輝いている。その黒髪だけを纏った、興奮で朱に染まる幼い肢体。てらてら輝く欲望の橋が彼女の右手から伸びている。半開きになった口からは赤い舌が、赤く染まった鋭い犬歯が見える。そして、暗い穴が空いたような眼が二つ並んで男を見ている。唇から血が溢れ、その血を舌が掬い上げた。抱きとめるように大きく手が広げられ。
いつの間にかCDは一周していた。機械的な動作で最初の曲がまた始まる。
浦戸とナハトが疲れ果て眠りにつくまで。二人の夜は終わらない。
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