第18話
一人で ということもそうだが、自分から夜に飲みに出歩くことを望んで外出することはかなり久々である。
自分だけ楽しんでいいのか? という気が引ける思いに付きまとわれていたからということもあった。
だが、誘われたこともあるし、待たせるのも悪い気がする。
そういうことで、前々から誘われてた額座兄弟のバーに足運んでみることにした。
「いらっしゃいまーーーっと、ようやく来てくれましたねー」
「おぉ、カウンター、どうぞー」
「何? 知り合い? 誰?」
「うちの和尚さん。ささ、こっちこっち」
言われるがままに案内される。
寂れつつある町と思っていたら、意外と若者が多いようで、カウンター、ボックス席三か所がそれぞれ半分は埋まっていた。
「フードメニューもありますよ。何します?」
「じゃあちょっと小腹もすいてるから、何かもらおうかな?」
メニューを選んでると、近くに座っている若者たちが興味津々で近寄ってくる。
「和尚さんってお寺さん? こんなとこにきていいの?」
「うちのお寺さん、飲んでばっかなんだよなー」
「うちのは何も話しないよ。マスターんとこは?」
マスターは、額座兄弟の長男である。
「この若和尚さんは話しかければ話してくれるかな。住職といっつもくるからな」
「たまに一人できた時もあったんじゃね? しゃべってるの見たことあるもん」
「マジで? いいなー。なんか話聞かせてよー」
若和尚と言われても、ここにいる若者からすれば十くらい上になるはず。物おじしない人たちに囲まれ、法道はタジタジである。
「今日は気分転換に……いろいろ考え込んでたりして……」
考えてみれば人口は五万人ほどの町。その中で檀家が三百ほど。知らない家の方が圧倒的多数。
見知らぬ他人の方が多いはずなのに、特に今まで何の問題もなかったのは檀家制度のおかげだろう。それに比べてこの店でのアウェイ感。他人との距離感が測れないのは法道にとっては初体験のような気がした。
片やカウンターの客は、まるで珍獣を見るかのように興味津々でやってくる。
「一人でうちに来られた時は色々お話ししてくれましたよ。覚えてないっすか?」
弟の方から話しかけられる。
法道は、住職から一人で行くように指示されたときから当日まで、その檀家でどんな話をするかを考える。
だが、その檀家のその法事にふさわしい話題がなかなか浮かんでこない。
「ごめん。どんな話したか忘れちゃった。ギリギリまで話考えるんだよ。お仏壇の前に座った時に思い浮かぶこともけっこうあってね。夢中になって考えて、話もうまく繋げられるかどうかもわかんないし」
「でもなぁ、こう言っちゃ悪いけど、住職の話よりも分かりやすくていい感じだよ。昔の人は住職の言う通りにするって感じだけど、若和尚の場合は難しいことを丁寧に教えてくれる感じだから好きだなー。当たり前のように手合わせるけど、どう合わせるのかって話わかりやすかったなー。」
それを聞いたカウンターの客。
「うちにも来てお話ししてよー」
「それ無理だろ」
「無理だな」
「えー」
「お檀家さんになってもらわないと、それはさすがに……」
若者の発想の柔軟さが羨ましい。
どんな心がけで檀家と接するか という課題は一段落ついた。
だが、どんなお話しをすれば聞いてもらえるか、いつまでも覚えてもらえるか。そこまで考えている余裕はなかった。
住職でさえ、喜んでくれてた成長谷家のあの母親ですら、話の内容は覚えてもらってないのだ。
話をしても覚えてもらってない。ありがたがられない。これでは檀家に無駄な時間をとらせてしまう。
覚えてもらい、理解してもらい、生活の中で活かせる話なら一番有意義な時間の使い方じゃないだろうか。
でもこの兄弟の弟のように覚えてもらえたのは、自分にとってもうれしいことだ。
法道はそう感じた。
でもどちらかというと、宗派の行いの解説であり、厳密には法話ではないかもしれない。
あなたの心境はこうですね? ならばこうあるべきです。
というような、話す側が聞く側の気持ちを決めつけたり押し付けたりする話し方を、法道は嫌っている。
だからといって、あなたは今どういうお気持ちですか? といちいち確認する問いかけもどうかと思う。
相手の気持ちを、何気ない会話の中から察して、それにあわせた話ができないだろうか とも考える。
今までの彼は檀家という、小さい頃からの彼を知ってる人たちに囲まれた生活をしてきた。
しかしこの店では、逆に檀家の人がほとんどいない。それだけ世間知らずであったことを思い知らされた場所であり、知らない世界に触れる機会を多く持てる場所でもある。老若男女問わず、誰にでも聞いてもらえやすい話題を探している彼にとって、その幅が広げられる情報収集の場にもなりそうな気がした。
同じ飲み屋でも、百合浦家の方ではママのトーク術。こちらではいろんな人との会話で、人との距離感を学ぶことを目的とし、以来社会勉強も兼ね、現在もこの二軒には通い詰め、常連の一人となっている。
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