第19話

「にしてもさぁ、あれから十年か? お前変わったよな」

「なんだよいきなり。もう酔っぱらったか?」

 帰省して同期との飲み会から十年。自分の仕事に対する姿勢を見つめ直すきっかけをもらってから、もうそれくらい経ってしまっていた。その間彼らとは全く会っていない。


「お前はすっかり飲まなくなったなー。カクテルとか言いながら、ジュースだろそれ」


「失礼なこと言わないでくださいよー。でもセンパイ、まさかうちの和尚さんと同期とは思わなかったっす」


 額座兄弟のバーのボックス席。彼の同期の一人は、この兄弟の兄と高校の部活つながりでOBの先輩にあたる。かなり面倒見がいいようで、この店が開店して以来の常連とのこと。今でも社会人野球で一緒にプレイすることもあるそうだ。

 思いもしないところで人のつながりがあり、それだけでも大いに話題が盛り上がる。


 アルコールで思考をごまかすようなマネはしたくない。そう思った法道は、すっかり酒の類は口にしなくなっていた。

 長男のオススメのカクテルはノンアルコール。ジャンルとしてはソフトドリンクになるのだろうが、色彩が複数同時に存在していてきれいに仕上がっている。


「実はこれを飲んでくれるお客さんは和尚さんが初めてなんですよ。名前まだ未定なんです。『極楽浄土』とでも名付けようかな?」

「バッカお前、こんなきれいなのを生臭坊主に最初に飲ますんじゃねーよ」

「生臭じゃない坊主の方が少ないと思うぞ」

「和尚さん、自分で言っていいんすか?それ」


 檀家とは言え、店の中ではすっかり気兼ねがなくなった。その分例えば町の中の店や企業、施設の移転の情報だの、市議や市長の話だの、どこの農地が終わっただの新しい作物ができただのという、地元の話にも耳を傾けることが多くなる。

 そこからどこの家でどんな人がいるなどという細かい話題にも移り、その中には檀家の話題もあがったりする。

 本人から直接聞かされる話の中には自慢話になったり控えめな話になったりするので、曖昧な部分が多くなる。

 けれどもこのような場所での話だと、意外に正確な話が出たりするので重宝する。


「そう言えばお前も結婚したんだってな」

「お? おぉ。となるとこの中で独身なのは田鳴だけか」

「いい人ってあちこちで言われるけどな。まぁ、『どうでも』いい人ということで」

 法道はやや自嘲気味に言う。そろそろ結婚は? とあちこちの檀家から聞かれるのだが、縁もないし聞かれるくらいなら縁談を持ってきてくれる方が話が進みやすいだろうにとも思っている。だが他人事のようにも感じられるのは、結婚自体あまり関心がないせいか。


「けどこの仕事に理解してくれる人もいないだろうしな。そんなにこだわりはないよ」

「でも跡継ぎは必要だろ。そこんとこどうなるんだ?」

「昔は弟子入りする人もいただろうから、その中から選んで次の代にうつるんだろうけどな。今の時代じゃ弟子入りするほど熱心な人もいないだろうし、このままでは生活ができないってんで自分の子供を寺に預けてってケースもあったらしいからな」


「お寺も大変っすね。まぁ楽な仕事はないでしょうけど。世の中色々辛いことありますからね。前向きになれるとしたら、仕事を楽しめるかどうかってことくらいかなぁ」


「まぁその辛いことも一緒に乗り越えられる相手が結婚相手ってことなんだろうけどね。恋愛感情はそんなに必要ないかもね。ストレスが溜まりづらい相手がいたら結婚は考えてもいいけど、今んとこは寺の仕事で精いっぱいだな。まだ知らないこともいっぱいあるし」


 大きな寺だと職員がいて、財務、人事、総務など、そんな部署も設置しているところがあるらしい。

 しかしごく一部。寺院のほぼすべてが、住職の手腕一つで賄っている。副住職も手伝うことはあるだろうが責任者は住職である以上、それ以外の関係者はその指示に従うのみ。


 法道はまだそこまでに至っていない。戒名をつけたり引導文を作ったり、寺の運営経営にもまだ関わっていない。個人的な希望より檀家への貢献に強く関心を持っている法道には、住職のすべての仕事の代理を任されても何の不安もなくこなせるようになることを課題としている。

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