第17話

 一応の応えを出した法道は、それまでは昼も夜も気楽に外出する気分ではなかった。そんなことを考えながらの普段の仕事もこなす必要もあったから、そんなヒマはなかったのである。


 その間約半年。人の生き方や臨終についてのことを自分なりにまとめてきたことを振り返り、少しは宗教家として、僧侶としての価値は上がっただろうかと自問自答。


 だがその間の法事でも、彼なりに出した答えを法話に取り入れて話すこともあり、檀家の人たちからは納得したような反応もあったことは確か。

 その反応を見て、色々と考え込んでその結果を出してよかったと思えるのだが、なかなか気分は晴れやかにはなれなかった。


 父を若くして亡くした成長谷家の二人の娘からも褒めてもらえた。

「同じ年代なのにいろいろ考えたりしてすごいですねー」

「お話もっと聞きたいんですけど、料理運ばないと。あとでゆっくり聞かせてください」


 逆に恐縮してしまう。


「そーゆー話、うちらの店でも聞かせてくださいよー」

「だよなぁ。こーゆーとこだと話題限定されるからさぁ。つか、いつになったら来てくれるんすかー?」

 額座兄弟からの反応である。



 どこかで悲しんでる檀家がいるかもしれないのに、自分では何もしてあげられないのに笑ってていいのか、楽しんでいいのか? 悲しみに寄り添う役目の仕事なのにそんなことでいいのか。


 この仕事に対しての理想の姿が次第に法道の中で出来上がる。しかしその理想の姿とは程遠い自分の今。






 


「「ごめーんくーださーい」」


 来客の挨拶に留守番の法道が出る。


 そこにはビジネスマン風の若い男性二人。時々寺院専門に衣などを販売する業者がくることがある。今の住職より三代前あたりから出入りしている馴染みの業者がいて、それで十分に間に合っている寺の従事している者としてはほかの業者の出入りは断っている。

 法道は、新規の飛び込みの業者は久しぶりだな とも思いながら、気を配りながら断りの言葉を考える。


「えーと、どちら様?」


「あ、お久しぶりです。根槍です。年回忌の法要のお願いで伺いました。」


 檀家にしては身なりがきちんとしすぎている。仕事の迎えならそれなりの格好だが、日時の予定なら電話でも十分事足りる。


「ついでに遊んでもらった若い和尚さんとお話しできたらなーって。変わってないですね、和尚さん」


 法道は面食らった。

 誰だこいつら? こんな若者の遊びに付き合った記憶はないぞ?

 そんな、ハトが豆鉄砲食らったような感情。


 いや待て。根槍っつったら……と思い返す。


「ゲーマー和尚さん、まだやってるんですか?」

「ゲーマー和尚ってお前……まさか、ゲーマー園児かよ?! 園児がなんで大人になってんだよ!」

「いやいや、もう十七回忌になるんですよ? あんとき、俺が五才か? こっちが四才で、もう大学生ですよ俺ら」

「つか全く変わってないですねー。あの頃のまんま」


 そういえば、この家の年回忌は偶然なのか故意なのか、いつも住職一人でお勤めしていたはず。つまり法道に懐いていたのは葬儀のときだけ。それなのに。


「あんときホント遊んでもらってうれしかったです」

「だーれも相手にしてくんなかったもんな」


「ふっかけてきたのはそっちだろ。ホイミなんてできねーってば」

「ホイミは和尚さんから言ってきたんですよ。俺ら復活の呪文しか聞いてないもん」


 随分と記憶力がいい。

「で、就職決まったの? そろそろだろ」

「国家公務員に決まっちゃったりして」

「すげーなおい。で、弟くんは?」

「俺は大学院に進む予定で。まだ一年あるんですけどね」

「どっちもすげーな。よくそういう進路決められたな。おじいちゃん、さぞ鼻が高かろうよ」


 坊さんに向かって復活の呪文をリクエストしてくるあの子供が、今では大学生。しかも進路がそうなるとは。


 二人は照れ笑い。


 十七回忌。彼らのおじいさんが亡くなってから十六年経ったということ。

 年を取った感じはあまりしないが、子供が成長していく姿を見ると実に不思議な気分。


 


 自分ももうちょっとやる気を出してたらどうなってただろう。

 もし、たら、ればは、現実の自分の前では絵空事。ただ彼らを羨ましく、そして眩しく思うだけ。



「和尚さんのおかげかなぁ」

「だよなぁ」

 

 そんな羨望の思いに浸る法道に、思いもかけない言葉が飛んできた。


 こいつらに何かやったっけ?


「和尚さんも、あの頃の俺らのときからお経の練習してたって聞いた」

「すげーよなって。んで帰ってから一生懸命頑張った」

 

 法道たちが寺に帰った後のことで、家族からそう言い聞かせられてた二人。


「帰ってからって、おじいさんと一緒に住んでたんじゃないの?」

「親父はじーちゃんの長男だけど、家から出て独立して。んで今みんなで東京に住んでんの」

「賢い人間は都会ばかりじゃないって言われて、なぁ」


 法道はむず痒さを感じるが、そこまで言われるような思い当たる節がない。


「……おばあちゃん一人暮らしか」

「何とかしてあげたいけどね」

「ここ、気に入ってるらしいから。無理強いできないよな」


「自分もあのおばあさんには毎年お盆お世話になってるからなー。いなくなったら、俺もちょっと寂しいかな?」


「仲いいんだ。なおさら寺に任せられるよな」

「でも家族も世話してあげないとだけどな」


 核家族化からの墓じまいも社会問題の一つになっている。

 だが彼らの場合は、あの葬儀以来、この地域にもだいぶ詳しくなるほどちょくちょく遊びに来ている。


「そりゃ寂しい顔もしないわな、あのおばーちゃん」

「祖母孝行したげないとな」

「かわいがられたしなー」


 その後玄関先で五分ほど立ち話で盛り上がる。

 日時を決め、彼らは祖母の家に戻る。帰ったらそっちでまた盛り上がるのだろうか。

 


 それにしても、と法道は思い返す。

 ただ話に付き合っただけなのに、それが国家公務員と大学院に進む遠因になるとは。しかも自分のおかげとまで言われた。


 帰りの途中で、住職から「あれでいい」と言われたことを思い出す。

 初めて檀家との対応を評価してもらったような気がした。まさかそこまで見越してたわけではないだろうが。


 でもおじいさんを亡くして、心に元気を失ったままだったら今はこうではなかったかもしれない。

 

 それがはっきりとそのような目的をもったわけではなかったが、進学や進路にまで、いい結果を導き出すようなことを法事の席でできたというのは、それこそ自分の理想ではなかったか。それもまた現実の生活の一部であるはずだから。

 もちろん、この場合にはこんな対応を。この人相手にはこのようにする という決まりきった方法は存在しない。ただその場、その人に応じたことしかしてない。


 どんな場合でも、喜んでもらえること、励ましや応援につながることを心掛け、そのために何が一番いいのかを常に考え続け、それを行動に表し続けただけ。


 住職も種を植えて芽を出した。

 彼も種を植えることができ、その芽が出た。しかもそれを直に確認できた。


 ちょっとうれしくなった法道は、その夜一人でひそかに祝杯を上げに行った。

 


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