第14話

 額座家の法要のその二日後は、お斎の席で喪主が頻繁に自分の店に誘ってきた百合浦家の初七日。


 法要が終わった後のお茶の時間、開口一番。

「来ないじゃないのよー」


「電話くださいって言ったじゃないですかー」と苦笑いの法道。

「よし、今夜電話するっ」

「何というか、アクティブですね」

「あなたと十才くらいしか違わないもの。当然でしょ」

「……あなたって初めて言われた。いっつも和尚さんって言われてるからなんかヘンです」

「そういえばそうだった。私もなんか営業トークしてるみたい」

 ケラケラ笑っている。


 楽しい思いをすると、どうしても気が引けてしまう。自分だけ楽しむわけにはいかないと決めたからだ。

 しかし遺族の人たちもそのやり取りを見て楽しそうにしている。これはこれで、まあいいか? とも思う。


 そこでもみんなで楽しい時間を過ごす。

 やはり帰寺後、住職に報告する。

「目的さえブレなきゃ問題ないんじゃないか? 場を乱したり我を忘れたりしなければいい」


 そしてその夜、電話が鳴る。

 枕経か。続くなぁ と思ったら、その百合浦家から。

「今から店開くからおいでー」


 まるで古くからの友人に電話をかけるような口調。

 こっちから言い出したもんだから、仕事の依頼の連絡はおそらくもうないだろうと思われる時間に外出。

 

 店はカウンターだけ。人は百合浦家の喪主をしたママさん一人だけ。こじんまりとした内装。


 当然ではあるが、法事の時に見た時と全く違う感じ。夜に出歩くのは数多くはないが、こういうお店の女性と話す機会は全くなかった。

 対応は、普通のお客さんと同じという感じはしない。やはり日中の続きという感じだが

「和尚さんもそういう格好するんだー。へぇー」

 と物珍しそうに見ている。

「あんな格好でこういう店には入れませんよ」

 前に同じようなことを言った記憶があるな と思いながらカウンターに座る。


 法事では主に話を聞くことを中心に考えていた。だがこの場では、その時ほど話題に制限がない。

 

 ずっといたいのも山々だが、毎日の起床時間は決まっている。寝不足になるのもちょっとつらいし寝坊が怖い。檀家が寺参りに来たらまだ門が閉まっていたなんてことになったら檀家との交流どころではない。


 そろそろ店を出ようかという時間、ほかの客も四、五人入ってくる。

「お、先客がいるのか。この店では珍しいじゃないか。どちらの方?」

「あ、えと」

「うちのちょっとしたお得意さん。ささ、座ってくださいな」


 自分のことをほかのお客さんに教えずに、しかもそこにこだわらずに客を席に案内したことにハッとした。


 ひょっとしてこの人から何かトーク術のようなものを見つけることができるんじゃないか?

 そう感じ、店を出ることを思い直す。帰りが遅くなることを、そのトーク術を感じたことも含め電話で住職に伝える。


 乾き物には手を付けず、お茶だけ口をつけて様子を伺う。しかしある意味油断できない。

 そっちの客と会話に夢中になってるかと思えば、その話題をこちらにも振ってくる。

 一部の客に退屈させないし、みんなを楽しませるし、売り上げを上げる工夫もする。


 声を必要とする仕事という意味では、この仕事から学んでそれを活かせることがたくさんあるような気がする。

 だが、いくらたくさん学んだところで、それを活かせるかどうかはそれぞれの能力次第である。

 が、彼女の仕事ぶりを見て、自分の基本姿勢を改めて見直す機会をもらった気がした。


 なお滞在時間は夜十時半から三時間。車で来たため、飲み物はずっとお茶だけ。

 もともとあまり飲めない方。だが帰る間際には酔っぱらっている客に絡まれ、それにも法道はきちんと対応し、ママからは驚かれる。

「そ言えばお酒何も飲んでなかったね。何も飲まないでこんなに盛り上がれる人、初めて見た」


 新たな才能を見つけた と言わんばかりである。

 当の本人は、その才能に長けていても持て余してばかりで使いようがない。

 店にいる人全員から次も来い と誘われた。

 好かれることはいいことだし歓迎されるのもうれしいものだ。ほかの客は来る日が決まっているらしい。体が空いてたら一週間後の来店を約束して店を出た。 

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