第13話
檀家軒数約三百。檀家数は決して多いほうではない。何とか専業でやっていける軒数ではある。
なので、毎日法要があるわけではない。一日中留守番の日もあるし、来客も来ない日もある。
のんびりできるが、何もしないわけではない。
のんびりと新聞を読み、のんびりとニュースを見る。一つ一つゆっくりチェックしていくので、関心のあることはいつまでも覚えられるほど入念に読んだり見たりする。
檀家でのお勤めの後のお茶飲み話で話題に上がることもある。それについていけなければ、世の中のことを知らない人に見られてしまう。それが常識を知らない人に見られ、檀家とのつながりも希薄になるそんな風が吹けば桶屋が儲かる話。
目を覆いたくなるニュースもあれば、読んでてため息をつきたくなる記事もある。
ほのぼのとしたニュースもあり、盛り上がる記事もある。
そして、お悔やみ欄には毎日誰かの名前が挙がる。
人の死なない日ってないな。
世界のどこを見ても、人が誰も死んでない日があったら、絶対記念日にしてほしいもんだ。
そんなとりとめのないことを考えたりもする。
ふと目に留まった新聞記事。隣町で心臓移植を受けに海外に向けて出発した親子について書かれていた。
葬儀の準備のため缶詰状態。新聞を読む暇もなかった法道は、そのための募金活動も行ってたことも知らなかった。
いきなり海外で手術か と驚いていたが、知らない情報もあったことを知る。
移植手術で海外に行くとなると、ニュースでは全国区に流れることが多い。
全国から好意の支援受けたのか。へえぇ と感心しきり。戻ってきたら幼稚園に通えるのかな。上手くいったときの親御さんの心境を慮る。
缶詰から解放された法道は、羽を伸ばす意味も兼ねて昼ご飯は外食にする。
ゆっくりと町中歩くことも少なくなった法道は、昔の街並みを思い浮かべながらちょっとした散歩を楽しむ。
世間のニュースにもついていかなきゃいけないが、今の町の様子も最近は把握しづらい。人口が減少傾向にあるため、空き家が更地になり、そこに養護施設の基礎工事が始まってたりする。
あれ? ここはどんな建物立ってたっけ?
目立たない民家だったりすると、見慣れたはずの風景を思い出すことが難しくなったりする。
「あれ? 和尚さん?」
「え?」
「和尚さんもそういう格好するんだー」
自分より一回り若そうな集団とすれ違う。
その中の二人ほどから不意に声を掛けられた。若い人と面と向かって話をした記憶はない。思い出そうにも、ないものが出てくるはずもなく、返事に困る法道。
「額座ですよ、ヌカザ。覚えてないっすか? 先月お葬式でお世話になりましたよ。でも俺らはあんときゃ大人しく聞いてただけでしたからねー」
「どっか行くんすか? 和尚さんも外に出ることあるんですねー」
「あ、あぁ。覚えてますよ。住職と一緒だったからこちらも大人しくしてましたので。昨日まで何軒か葬儀が続いて缶詰でした。ようやく一区切りついたんで自分にご褒美のお昼に」
ちょっとバツが悪そうに答える法道に興味津々の彼ら。
「そっすか。またウチに来るんすよね? そんときゃよろしくっす」
賑やかに去る彼ら。
お年を召した方ばかりを相手にしていた法道は新鮮に感じる。法道が仕事の後のお茶などの相伴してくれる相手はその家の年齢が高い人がほとんど。自分より若い人は遠慮してるのか無関心なのか、法要が終わるとすぐに仏間から立ち去るので、話しかけようにもその機会もない。
そして法道も法道で、寄ってくる者とだけ会話していた。住職の付き添いともなれば、こちらからしゃしゃり出ることもできない。そして喪主や世帯主はみんな自分よりも年上。自分よりも若い年代とはプライベートでも会話することがなかった。
それでもこうして話しかけてきてくれるということは、それなりに縁があるということだ。
その檀家の次の法要は来週の三七日。いつも話を聞く受け身の立場ばかりでなく、檀家から関心を持ってもらえるようなことを寺がしていかなければ、と彼らの後姿を見ながら考える。
ところがゆっくり考えてるヒマもない。その日の夕方も枕経の連絡が入る。
季節の変わり目よりも、一日の中での寒暖の差が何回も激しく変わるときや、湿気などの気候の変化が目まぐるしい時期に葬儀が続くことが多い。
知っている人と別れの時が突然やってくることも悲しいことだ。特に法道の場合は、体力がなくなっていく様子など一切知ることがない分なおさら。
そしてこの寺にしてはこんなに続くのも珍しい。その分住職から怒られる回数も多くなる法道。そのことも憂鬱な気分にさせてくれる。
そこでの葬儀では特に何の問題もなかったが、お斎の席では誰もが緊張感から解き放たれるせいか、色んな情報が入ってくる。
その家ではおじいさんが亡くなり、男の人はその孫高校生一人だけ。
喪主は奥さんではなく長女。飲み屋を経営しているそうで、読経の声がよかったからお店でも聞かせてとねだられる。
法道は苦笑しながら、ほかにお客さんがいないときにでも寺に電話したら行くかも とリップサービスのつもりで答える。
その三日後には、若者の集団の中にいた額座という檀家の三七日。さらに二日後がこの葬儀の檀家の初七日。
三七日の法要のために額座家に伺い法要をすますと、それまではなんとなく素っ気なかったその若者たちがそばによって話をしに来る。
町中であったのは二歳違いの兄弟とその友人たち。その下に二歳離れた妹もよってくる。
「お寺さんの後ろの飲み屋通りで店やってるんすよー」
世帯主である彼らの父親は飲食店を経営している。
自分なりの武者修行といったつもりのようだ。それでも二十代で自分の店を構えるというのは、よほどやる気がなければできないこと。
「店で声聞かせてくださいよー」とここでもせがまれる。
「そんなに自分の声はいいのかな? ほかの檀家さんにも褒められて、店に誘われちゃって」
「あぁ、そこの店ってば、ママさんは……百合浦さんだっけか?」
「あ、知ってるの?」
「店同士っすからね。あそこもおんなじお寺さんだったんだ」
檀家同士で共通点があって顔見知りだけど、同じ檀家とは思わなかったらしい。
そういう縁も感慨深いものである。
知らない間に和気あいあいになれたことに、ほかの家族は不思議そうな顔ではあるが、話に混ざってくる。
話は盛り上がり、居心地のいい時間が長くなっていく。だがさすがにいつまでもというわけにはいかない。
「じゃあ来週あたり、空き時間の様子を見て伺いますかね」
「待ってますよ、和尚さん」
檀家にとって、敷居が高い寺であっては檀家が困る。寺に親しみを持っていただくためには、こちらからも歩み寄っていく必要もあるよな と法道は自分に言い聞かす。
「いいんじゃないか? 法事以外に檀家と交流を持つことは悪いことじゃない。ただ、自制心は持てよ」
帰寺後、住職のこのことを報告するとそう言ってきた。
法道は仕事から離れ、檀家の職場で初めて顔を合わせるその家族はこの兄弟が最初の予定だったのだが、そうはならなくなってしまった。
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