電車の夢


本日のスタートはここ、

電車の中からお送りいたします。


「まぁ、普通の電車ではないんだけど。」


車内とうは目ざわりにチカチカしているし、

窓の外はただの闇しか映っていない。


荷物だなにはクモの巣とホコリ、

つりかわは全て千切ちぎれて辺りに

転がっていて。


そして床には・・

あちこちに意味な、

汚れがこびり付いていた。


しかし、

それらを見た

私の口からこぼれた感想は


掃除そうじぐらいしろよ。」


であったが。


この様子だと、

ここにいる奴を倒せば終わるパターンだろう。


「まぁ、電車だし、すぐ終わるからいいや。」


こういう事をやらかす奴は、

えらそうに先頭車両にいるのが好きだ。


経験からそれを学んでいる私は、

迷いなく進行方向に向かって歩き出す。



それから少しの間、

私はとびらくぐっていたが、

いまだ先頭車両は見えてこない。


「この車両、何両編成へんせいなんだろ?」


思ったよりも長い電車にげんなりしながらも。


私は車両同士をつなとびらを次々と開け、

ここから出るべくさっさと先に進み続けた。



「・・。」


先に進むたび、

とびらを開ける手が段々と、

苛立いらだちで乱暴らんぼうになっている事が自分でわかる。


どうやら、

ここにいる奴は自己顕示欲じこけんじよくが強いらしい。


入る車両ごとに、

微妙びみょうにホラー的なかざり付けがされていたのだが。


・・あまりにも苛々いらいらする物ばかりなので、

私の精神の平穏へいおんために無視をさせていただいた。



苛々いらいらしながらも進み続け、

とびらの開け方がこわすような状態になった時。


ようやく、

先頭車両に辿たどり着いた事がわかった。


一目で辿たどり着いた事がわかった理由は、

実に簡単だ。



散々さんざんあおってくれていたあやしが、

にやつきながら此方こちらを見ていて。


・・その手には、

小さな子供の姿の人形がつかまれていたからだ。



突然だが私の父は、

人よりもヤンチャをして生きてきた。


その父が、

幼い頃から私につねに言っていた言葉がある。


それは


『女、子供、年寄としより

自分より力や立場の弱い奴には、

手出しをするな。


そんな人間に暴力を振るう奴は、

最低だ。


そんな喧嘩けんかは、

勝っても自慢じまんにはならない。


本当に強い奴は、

自分より強い人間にいくもんだ。』


だった。


だから、

例え人形だとわかっていても


「・・。」


気分は、良くない。



私の表情に変化があった事を、

相手はおびえと受けとったようだ。


ソレはゲラゲラわらいだすと、

手に持った人形を床にたたきつける為に

かぶる。


その瞬間、

私は側に会ったつり革を引き千切ちぎり、

奴の顔面に向かってブン投げた。


・・今回だけは、

残念な運動神経はお休みしてくれたらしい。


持ち手の部分がキレイに、

投げた速度そくどのままで奴の目に直撃ちょくげきした。


痛かったらしく、

そいつは持っていた人形を手から放し、

目をおさえて悲鳴を上げる。


「弱い者いじめして、

喜んでんじゃねーぞ!」


バーカ!!


目をおさえ、

痛みにもだえるソレに向かって叫ぶと、

ちゃんとこっちに意識が向いたらしい。


(よし!)


私は走り出し、

そいつが落とした人形をつかもうと

手を伸ばした。


(人形でも、

これ以上痛めつけられるのは可哀想かわいそうだ。)


せめて、

コイツを倒すまでは何処どこかに置いておこう。


そう思っての行動だったのだが。



バキ



「・・。」


手を伸ばした目の前で、

人形がくだった。


視線をつぶす足から、

ゆっくりと辿たどってその持ち主を見上げる。


見上げた先に存在する、

にごった真っ赤な目と視線が合った。


「・・ヒヒヒッ!」


その目が、

凶暴な色に染まり、

楽しそうにゆがむのを見た瞬間


「・・・・・・。」



私の頭は真っ白になった。





取りえず、

目の前の不快ふかいき飛ばす。


の突然の変化に、

動揺どうようした呆気あっけなくかべを突き抜け、

その体は電車の外へと放り出された。


「・・悪趣味あくしゅみだ。」


車内の様子を見回した自分の眉間みけんに、

自然にしわるのがわかる。


静かに横に手でぐと、

人形も電車も、

空間自体が全て消え去った。


残されたのは、

俺と今しがたつくりだした白い空間。


・・そして、

この場につかわしくない真黒まくろあやしだけ。


「・・あいつを怒らせたな。」


戦闘せんとう用の面を身に着け、

自分が愛用する2振りの変形型小刀こがたなを、

其々それぞれ逆手さかてに持った。


ソレは此方こちらを見た瞬間、

に気が付いたらしい。


みっともなく悲鳴を上げ、

無様ぶざまなほど取り乱し、

逃げ出すため此方こちらに背を向ける。


「・・情けない。」


沢山たくさんあやしを見てきたが。


・・やはり弱い者を甚振いたぶるる弱者は、

強者を見るとあわてて逃げ出すな。


だが。


「・・弱者でも、容赦ようしゃはしない。」


素早すばやくソレの目の前に移動し、

低くかまえた位置から、

相手の見開かれるにごった眼だけを

視線でとらえた。


「邪悪な者よ。」


消え去るがいい。


げると同時に、

手にした小太刀こだちが空気をぐ。





「・・。」


「・・どうした?」


朝から黙ったままの私に、

今日もレッドのおもさんが声を掛けてきた。


「・・思い出せないんですけど、

腹の立つ夢を見たような気がするんですよ。」


だから、苛々いらいらしてるんですよね。


そう溜息をつく私の目の前に、

大きくてカラフルな箱が差し出される。


箱の中には、

見た目も綺麗きれい小粒こつぶのチョコレートが

キレイに並んでいた。


「あ、これおもさんの一押いちおしチョコじゃないですか!」


値段もそこそこ高いが、

味はそれ以上に最高の物で、

これは1番量と種類の多い贈答ぞうと用である。


しかし、

この店はつねに人が多いため

人混みの嫌いな彼はよほどの事が無いかぎり、

買いに行かないのだ。


機嫌きげん上向うわむかない時は、

甘い物を食べるといい。


・・菓子は心の栄養になるから。」


そう言って、

彼自身も1つぶ口に運ぶ。


「・・それじゃ、いただきます。」


甘い香りと、

彼の心づかいにられた私も、

つぶ口に運んだ。



その後、

めずらしく饒舌じょうぜつおもさんと話していた私は


彼とチョコレートのおかげで、

苛々いらいらをキレイさっぱりと忘れ去ったのである。

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