「馬鹿」という方が「馬鹿」


今より少し昔の事。


その日、

空ににじかっていた。


青空と、白い雲と、にじ


その組み合わせが、

あまりにもキレイだったので、

誰かに見てもらいたくなった。


しかしその日は、

仲間達は全員仕事でいそがしく、

私以外は家にいない。


なので。


黒之介くろのすけ~!」


私は、

我が家にいる家族を呼んだ。


「なぁに?」


名を呼ぶと、

ゆるいウェーブがかった長い耳をらし、

ぽてぽてと大き目の足で歩きながら、

アーモンド形の目をかがやかせ側までやって来る。


この子の名は、黒之介くろのすけ


我が家のアイドルの、

ミニチュアダックス君だ。


ちなみに語尾ごび

「~なんだけど。」

とつけるくせがある。


「ほら、にじが出てるよ。」


「にじ?」


不思議そうに小首を傾げる彼を、

優しく抱き上げ空を見せる。


「ほら、あれがにじ

空にかってるキレイな橋。」


わかりやすいように指で指し示すと、

彼はその目をまん丸にしてにじを見つめた。


「わぁ~!とってもきれいだね!

ボク、はじめてにじみたよ!」


うれしそうなその言葉に、

キレイな物をもっと知ってほしくなった私は、

彼ににじの事を話す。


にじはね、雨の後によく出るんだ。

雨の水にお日様の光が当たって光るから、

あんなにキレイなんだよ。」


「へぇ~。

きみはやっぱり、すごいねぇ。

いろんなことをしってるんだね。」


感心した声で言う彼の言葉に、

気を良くした私は他の事もかたって聞かせた。


空の事、雨の事、風の事。


その度に感心し、

真剣に聞いてくれる彼に・・

調子に乗った私は、冗談じょうだんで言ってしまったのだ。


黒之介くろのすけは、何にも知らないんだね。」


馬鹿ばかだなぁ。


と。


・・本当に、

冗談じょうだんのつもりだった。


だが、彼の悲しそうな顔を見た時・・


私は、あまりにも気軽な気持ちで、

とてもひどい事を言ってしまった事に気が付く。


「あ、その。

ご、ごめ・・。」


しどろもどろであやまろうとしたが、

それより先に彼が口を開いた。


「ボクはばかじゃないよ。


きみがボクのしらないことを、

たくさんしってるだけだとおもう。」


そう言うと、

私の目を真っ直ぐ見ながら、

ゆっくりと長い尻尾しっぽを揺らす。


「ボクね、

きみとおはなしするのすき。

しらないこと、

いっぱいきかせてくれるから。


でもね、

ボクもしってることあるんだよ。」


だからこんどは、

ボクのおはなしきいてね。


「・・うん。」



その後、彼は私にかたってくれた。


雨の後は、良いにおいがする事。


カタツムリからは、

不思議なにおいがする事。


そらさんからは、

何時いつもお菓子のにおいがする事。


彼だけが知る楽しい話を、

私に沢山たくさん聞かせてくれた。


「ね!ボクもいっぱいしってるでしょ!」


彼は尻尾を振り、

ほこらしげに此方こちらを見る。


微笑ほほえましい気持ちになりながらも、

大切な事を教えてくれた小さな家族の頭を、

敬意けいいをこめて優しくでる。


「そうだね。

黒之介くろのすけは、色んな事を知ってるなぁ。

・・すごいね。」


私が穏やかな声でそう言うと、

彼は元気よく尻尾を振りながら、

嬉しそうに笑った。



その後も、2人で色々話をする。


とても楽しかったので、

気が付いた時には夕方になっていたが。




その日以来。


私は冗談じょうだんでも、

相手を「馬鹿ばか」というのをめた。


小さいが、純粋で賢い彼に、

忘れてしまっていた大切な事を、

思い出させてもらったから。


馬鹿ばか」という方が「馬鹿ばか


という事を。

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